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厄介毎に首を突っ込んでみる 4

9月中、ずっとだらけてました。

 人形は魔力によって初めて活動できる道具だ。例え人間と遜色ない自我を持つアデルフィアシリーズとて、それは例外ではない。魔力を供給されない人形など、高価なガラクタでしかない。


「これは驚いた」


 先の戦闘で大破した自作の人形を詳しく調べてみたところ、僅かに手が加えられていた。

 心臓とも言える核に使われていたのは膨大な魔力を凝縮した大宝玉。それも術者から魔力を提供されるタイプではなく、大気中の魔力を吸収するタイプだ。


(けど、大宝玉なんてレアドロップをこんなことに使う奴なんて居るか?)


 大宝玉は廃人プレイヤーから見てもそう簡単に入手できる代物ではない。大宝玉をドロップする魔物は何匹か居るが、一番高い確率を誇るシルバー・ソル・ドラゴンでさえ五パーセントだった。自然、これの持ち主はプレイヤーに限定される。


 この人形に手を加えたのは何者か──そこまで考えた彼は首を軽く振って意識を切り替える。護衛の仕事はまだ終わっていない。


「歌音から連絡があった。ジョニーが姫様の前に現れたらしい。行くぞ」

「御意」

「ん。りょーかい♪」


 命を受けた二人の娘は彼に追随し、市街地を疾走した。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 殴り、防がれ、レジストされる──

 ジョニーとの戦闘は膠着状態にあった。全身全霊を賭した一撃も、複雑なフェイントを入れた連携も、歌音の呪歌も、決定打には繋がらない。


 数えるのも億劫となった突撃。歌音から充分な支援を受けているにも関わらず、シャルロットの拳がこのキザ男に届くことはない。


(ボクが苦戦? マスターから充分な魔力が供給されているのに?)


 シャルロットはシリーズの中では次女に次ぐ火力を持った人形だ。手数の多さ、装備の関係で紫に分があるとはいえ、一撃必殺に絞れば彼女はシリーズ最強と言える。


 具体的な数字として現すと素のSTRにスキルや支援諸々が上乗せされ、最終的な彼女のSTRは一○○○を超える。流石に純粋な前衛職を極めたプレイヤーには及ばないが、この数値は廃人たちと肩を並べられる値だ。


(まさか、こいつもプレイヤーなのか?)


 シャルロットの知る限り、かつてプレイヤーと呼ばれていた者建は理不尽が服を着たような存在だ。


 千単位で習得しているスキル。

 総額にして国家予算を上回る装備。

 平然と神に喧嘩を売り、何事もなく帰ってくる強さ。

 少なくともシャルロットを始め、自分たちが戦ってきたプレイヤーはそんな猛者ばかりだ。国家規模で対応しなければならない魔物を屠る戦士から国宝級の装備を平然と露店売りする商人まで、この時代の者達が見れば卒倒しかねない暴挙が日常レベルで起きていた。


 勿論それはあくまでトッププレイヤーと呼ばれる集団に限られるが、自分の拳を完全防御するとなるとやはりその線が濃厚だ。


「シャルちゃん、この人多分【ポイントガード】使ってるよ」

「【ポイントガード】だって? だとしたらこいつはとんでもない技巧派じゃないか」


 タンッと、着地と同時に距離を取りながらそうごちる。

 防御系スキル【ポイントガード】はあらゆる物理攻撃を完全無効化する代わりに、受付時間が非常に短い上に失敗時のペナルティとして五秒間、全く何も出来ないというリスクを背負うスキルだ。


 効果に反してペナルティがキツいということで【ポイントガード】をわざわざ使うようなプレイヤーはごく少数だった。その少数のプレイヤーでさえ、成功率は三割だという。


「イクザクトリー。そこのお嬢さんの言う通り、【ポイントガード】でキミの攻撃は全て防がせて貰っているよ」


 手の内を少しも隠そうともせず、素直に種明かしをする。

 なるほど。確かに件のスキルは一撃に重きを置くシャルロットにとっては厄介だ。


(セリアはこの男を囮にしてお姫様を何処かに連れて行ったし。早いトコ追いかけたい。だけど……)


 この部屋の出入り口はジョニーの背後にある扉のみ。これまでは自重して大人しく戦闘に徹してきたが、これ以上は形振り構っている場合ではない。


 思い立てば即行動。自分が取るべき行動を決めたシャルロットの動きは早かった。


「【極大全力攻撃】【ギガントブロー】」


 かつて主から教わったスキルの同時発動を併用して床を殴りつける。ダマスカスに様々な術式が付与された邸宅は単純な物理攻撃で破壊できる程ヤワではない。こと防衛に関して言えば人類最強の一人、レオノーラの攻撃力にさえ対抗できるあのローウェンが込めた術式だ。


 その術式を封じ込めたダマスカス製の床が、単純な物理攻撃スキルによって容易くぶち抜かれた──


「歌音、時間ないからトバしていくよ!」

「う、うん……っ。分かった」


 普段の彼女なら咎めるであろうシャルロットの行動を、今回ばかりは歌音も容認する。

【ブースト】を始めとする支援スキルを自身に掛けつつ歌音を担ぎ上げての全力疾走。一瞬遅れてジョニーが反応して【真空波】を飛ばす。片腕を上げて【エルボーガード】で対処。高レベルの人間は勿論、肉体的な強さにおいて圧倒的なアドバンテージを保つギガント族の筋肉さえ断ち切る渾身の必殺技は、甲高い音を立てるだけで呆気なく防がれた。


「おいおい嬢ちゃん、一体何モンだ?」

「ふん。セリアから訊いてないのか? ボク達は世界一の人形遣いが作った世界最高の人形。それ以上でもそれ以下でもない」


 ジョニーには一瞥もせず、最短距離で駆け抜ける。慢心の現れか、【トラッキング】に対する警戒が全くない。五○○年経った今も、マスターなしでは油断しまくりな彼女だが今回ばかりはその性格に感謝した。


(今のセリアはボク達と違って供給源がない)


 仮初めの主人ということであの男と仮契約を結んではいるが、それまでだ。本職以外の職業で人形を動かす場合、消費する魔力量は増える。付け加えるなら仮契約の場合、人形と契約者──この場合は当然ジョニーとセリアを指す──との距離が離れればその分、注ぎ込む魔力が増えるだけでなく、距離を開けすぎると自動的に仮契約が失効するリスクも出てくる。


「あら。意外とあの下僕も役に立たないのですね」

「観念するんだセリア。ていうかお前じゃボクに勝てないことぐらい承知じゃないか」

「ふっ……。これだから庶民というものは困りますわ。……私が、何の勝算もなしに足を止めたとお思いですの?」

「何を言って──」


 瞬間、シャルロットは見た。セリアの後ろで装飾が施されたレイピアに魔力を込める王女の姿を。


 咄嗟の判断で地面を蹴って肉薄する。だがもう遅い。


「御免なさい、世界一の人形さん」

「……っ」


 拳が前髪に触れるその直前、光が爆ぜた。装飾されていた宝石の一つが砕け、質量を持った光がシャルロットの身体を襲う。濡れたタオルで均等に身体を叩かれたような衝撃は全身を貫き、各パーツに甚大なダメージを与え、彼女を地面に叩き付ける。


「ふっ……やはり庶民は地べたを這いつくばっている姿がお似合いでしてよ?」

「お姉ちゃん、言っていいことと悪いことがあるよ?」


 珍しく語気を強めた歌音が【ハイヒール】を掛けながら一歩前に出る。内気な彼女にしては珍しい、決意表明だ。


「私に勝負を挑むというのですか? ですが、たかが制御役でしかない貴女に、私と彼女の持つ精霊の宝玉に対抗できるとお思いですの?」


 良くもまぁそんな高価なものを──と、内心呆れながらも視線は彼女に定める。

 精霊の宝玉。人間の住む世界とは違う領域でのみ採掘される特別な宝石。

 普通にアイテムとして使っても強いだけでなく、錬金術の素材から武具の材料、果てはステータス向上系料理に使われたりととにかく使い道が無数に存在し、どれに使っても遺丘品の代物が出来る。


 因みにアデルフィアシリーズにも精霊の宝玉は使われてる。魔眼を再現する為に加工した宝石を両目にはめ込んでいる。実際、片目を失うことさえ厭わなければそれっぽいことができる。


「確かにお姉ちゃんの言う通り、私は戦闘に向いてない」


 あっさり認めて、歌音は頷いた。

 どれだけ装備を潤沢にしようと、歌音の本質は戦場の制御にある。純粋に攻撃に向いてないのだ。


「でもお姉ちゃん、忘れてない?」

「あら、何を忘れると言うのです?」

「お兄ちゃんは優秀なマスターでもあり、同時に四英雄の一人だってこと」


 刹那、一陣の風が吹き荒れた。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 三女の性格は非常に分かり易い。

 目立つことが大好きで、どんなときでも余裕を持って行動して、優美な勝ち方を好む。

 そうした彼女の性格を知っている彼だからこそ、早期にセリアを発見することが出来た。


「よぉ、セリア。数年──いや、五○○年振りか」

「あら。誰かと思えば庶民臭い人形遣いではありませんか」


 タンッと、瓦礫の上に着地を決めて辺りを見渡す。

 王女様を護るよう立ちはだかるセリアと人形達。そして遅れてやってやって来た快族団の頭目。


 優勢ではない。必勝と言ってもいい。ジョニーがセリアを完全に制御できる程の魔力量を持っていれば、或いは状況は違っていたかも知れない。


(けど、万が一のこともあり得る)


 思い出すのはここ最近の失態。

 エルメスのときは気楽に構えた結果、奥義発動を許してしまい想定外の窮地に陥った。

 防衛戦では勝負を急ぐ余り、安易に短期決戦に走り敵を逃してしまう。


(必勝を盤石にする為にも、厳しく攻める)


 深呼吸一つ。それで彼の腹は決まる。デスゲーム時代も、同じ方法で気を落ち着かせていた。その癖は今も残っている。


「【マナフォール】」

『ッ!?』


 持てる手札の中でも上位に位置するカードを切る。そのスキル名を聞いて顔色を変えたのはセリアを含めた人形達。


 スキル宣誓と同時に地面一帯を包む黒い光。同時に全身に襲い掛かる虚脱感。

【マナフォール】──その効果は敵味方を問わず、範囲内に居る全ての存在の魔力を強制的に枯渇させる無差別範囲スキル。


 魔力切れなど大したことない──と、思われがちだがヴェルトオンラインではMPにも気を払う必要のあるゲームだった。


 というのも、圏外でMPがゼロになるとそのキャラクターは行動不能に陥る。これは如何なる手段を用いても治療不可能で、自然回復を待つより他ない。当然、ゲームの世界と酷似したこの世界でもこのルールは適用される。


 そして気になる単位時間当たりは術者の最大MPの一割が秒間ダメージになる。

 装備の恩恵、職業補正、INTカンスト、パッシブスキル、レベルを合わせた結果、弥生の最大MPは五万六千。五六○○のMPダメージが入ることになる。


 補足として先の戦いで彼が【マナフォール】を使わなかったのは未だに自分が習得してるスキルを把握しきれてないことが挙げられる。彼の習得スキル数はアクティブだけで軽く二○○○は超える。そのうち、半分以上は期間限定のイベントで使うスキルや習得するだけして結局使い道の分からないスキルも含まれてる。


「むっ?」


 スキル発動後、自分と制御下にある娘たちのみ、無事で居るだろうと予想した弥生。だが結果は彼の予想とは少し違うものだった。


「お前が人を庇うなんてな。この五○○年で随分殊勝な人形になったじゃないか」

「わ、私だってそのぐらいの度量は持ち合わせてますわッ!」


 珍しく語気を荒げながらも、失った魔力を回復すべく霊薬を飲み干す。

 セリアが無事なのは想定内だ。ジョニーとの仮契約によって一方的な形であれど魔力が供給される。ジョニー程度の魔力では雀の涙ほどだが、今回はそれが活きたとみるべきか。


「ていうかさ、なんでお前がこんなのに加担してるんだ?」


 チラリと、【マナフォール】の範囲外に逃れたカーマインを見やる。スキルが発動する一瞬前、セリアは彼女を護るべく、体当たりをかまして範囲外へ逃した。そこまで思い入れがある関係には見えないこともあるが、昔のセリアしかしらない彼らからすれば先刻の行動は驚き以外、何でもない。


(まぁそれは後でじっくり訊くか)


 とはいえ、やることが変わる訳ではない。

 目的はあくまでカーマインの身柄の確保。ついでにジョニー一味を捕虜にすれば情報が聞き出せる。


「セリア、大人しくするなら俺の方からローウェンさんに口添えするが、どうする? お前が逆立ちしたって俺に勝てないことぐらい分かるだろ」

「えぇ。非常に不本意ですがこの私がその辺の庶民よりは出来る庶民に勝てないなど業腹も良いところですわ」

「なら──」

「ですが、今カーマイン様を引き渡す訳には参りませんの。先程私が庇ったのも、彼女の魔力を温存する為。……まぁ、あなたのような庶民では崇高な使命を背負った彼女の苦悩など分かる筈もありませんわ!」

「そうか」


 これ以上の問答は無用か──そう判断した後の彼の行動は早かった。

 一足飛びでセリアとの間合いを詰めて【掌打】を叩き込む。


(掛かった……ッ)


 顔に掛かった前髪の奥で、セリアはほくそ笑んだ。

 先のやり取りであった通り、自分がマスターである彼に勝つには同じ限界突破相当の実力者からの魔力供給が絶対条件だ。


 但し、それは正攻法で勝負した場合の話。差し違えることを前提とした行動ならば、ワンチャンスはある……!


「相討ち覚悟ならチャンスはある──なんて、思ってるだろう?」

「──ッ!」


 まるで自分の思考を読み取ったかのような発言に、驚愕する。

 そして気付く。【マナフォール】を受けたときと同じ感覚が──全身を襲う、虚脱感に。


「【掌打】に【マジックドレイン】を織り交ぜた。お前の切り札、【プラネットストーム】を撃つ余力はない」

「そんな……ッ! この私の戦略が看破されるなんて──」

「言い訳は後でたっぷり聞いてやる」


 気絶効果のあるスキルを追撃で撃ち込み、セリアを無力化してカーマインと向き直る。彼女の手には美しい装飾が施された短剣が握られている。


「姫様、どう足掻いても抵抗するおつもりですか?」

「あなたが私の身柄を確保する限り、私は抵抗します」

「んん? それってつまり、エル君が姫様の味方になるんならオッケーって解釈だよね?」

「そうです」


 紫の言葉をあっさり肯定する。


「訊くだけお訊きしましょう。貴女の目的は何ですか?」

「目的地はアレルヤ。そこで再封印をするのが、私の役目です」

「アレルヤ、だって……?」


 嫌な予感がした。その単語を聞いた途端、心音が跳ね上がったのを確かに感じた。

 アレルヤ。当時のままならばあそこは地下世界が広がっているだけで魔物すら寄りつかない無人の地下洞窟。だが当事者にとってアレルヤは忘れたくても忘れられない忌まわしい土地だ。


 何故ならあそこは──


「ツァトゥグァの落とし子──彼の者の封印が弱まりつつあります。かつての悲劇を起こさぬ為に、私はジョニー達に協力を仰ぎました」

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