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厄介事に首を突っ込んでみる 3

 MMORPGにおいて結婚システムは目新しいものではない。

 現実と違い、結婚したからと言って共同生活が始まる訳でもなければ負担が増える訳でもない。ただ仮想世界では夫婦という関係になる。離婚するときは引退するときか相手に飽きたときだ。


 当然、ヴェルトオンラインにも結婚システムはあったが、その凝り具合はなかなかのものだ。


 男女のペアで首都の大聖堂に行けばそれで済むのがMMOにおける一般的な結婚式だが、ヴェルトオンラインに限って言えば何種類かのコースが用意されている。


 安上がりなのはリアルでも出来る披露宴から。ゲームならではの結婚式なら廃級ダンジョン・スカイブルーと瓜二つの専用マップで式を挙げられる。オプションで花火や花吹雪なども簡単に設定できる辺り、流石はMMOと言ったところか。


 そうして結婚した二人には神の祝福の名の下にマリッジスキルが授与される。授与されるスキルはいくつかあるが、大抵のプレイヤーは同マップに伴侶が居る場合、全てのステータスが五パーセント増加する【愛の力】目当てで結婚する場合が多い。他にも便利なスキルがいくつかあるがいずれも他職のスキルや料理アイテム等で代用できる。


 因みに弥生もゲーム内だがちゃっかり結婚しているし結婚式の盛り上げ役を担ったこともある。


 デスゲーム時代、ツァトゥグアの落とし子の攻略方針が決まったその日、思い残すことがないようにとのことで以前からそれっぽい雰囲気だったオステリアと生産担当のメンバーが付き合うことになった。周囲の反応は『今更かよっ!』『三年間全裸で正座してた俺等に謝れ!』というものだった。オマケに生産担当のメンバーがはっきりと恋心を自覚したのが前日で、それも人に指摘されるまで全く気付かなかったと来れば髪の毛を掻き乱しながら発狂したくもなる。実際、そうなったメンバーが何人か居た。


 結婚式は安全圏内の教会で行われた。神父役はジャンヌ。女なのに神父という野暮な突っ込みはなし。


 参加者たちが見守る中、いよいよ誓いのキスを交わそうとしたところで昔の男という設定を持った弥生が式場に乱入。すったもんだ挙げ句に世界の中心で愛を叫ぶ的なノリで愛の告白をしてキスをした後、過去の男を切り捨てめでたく初夜を迎えた。


 どうでもいい話だが弥生は普通のゲームだった頃に結婚を済ませている。相手は人間でも亜人でもない、スノードラゴン。ヴェルトオンラインでは基本、雄と雌であれば、例えどんな種族であっても──それこそ蛮族だろうとアンデットだろうと愛さえあれば結婚できるという大胆な仕様だった。


 そもそも何故スノードラゴンと結婚したかと言えば娘達の製造に関係している。その辺の素材では【魔力操作】による操作はあまりにも非効率と言えるし、露店で買おうにもスノードラゴンの血液はエリクサーの製作材料である為、廃人から見ても安くない出費を覚悟しなければならない。


 スノードラゴンの血液を仕込めば効率は格段に上がる。しかしスノードラゴンの血液のドロップ率は一○パーセントと低めに設定されている上、限界突破者であってもソロ攻略が難しいボスモンスターだった。何より僻地に住むボスモンスターを好き好んで頻繁に狩りに行くような変わり者もいなかった。


 そこで彼が取った手段が結婚だった。数百回にも及ぶ殴り愛(決して誤字に非ず)という名の死闘の末に、二人はめでたく──と言って良いかどうかは微妙なところだが、夫婦となり、同時にスノードラゴンの血液を安全かつ大量に確保することに成功した。


 魔物と結婚すればその魔物から採取できる素材を無償で譲り受けられるというのは大きなアドバンテージだ。尤も、譲り受けられるのはあくまで素材に限定されるけれど。


 閑話休題。

 結婚式当日を迎えた朝。控え室では既に準備万端の体制を整えた護衛が待機している。

 カーマインの護衛としてやってきた騎士はガルディアを含めて五人。いずれもこの世界では一流と呼べる戦士だ。


「皆さん、お待たせしました」


 部屋の外で待機していた護衛達に声を掛けたのは真っ白なウェディングドレスに身を包んだカーマインはにこりと微笑む。自分に好意が向けられてないと分かっていても、見目麗しい女性に微笑まれれば胸が高鳴るのは男の悲しい条件反射だ。


「見惚れるのは分かるが気を抜くな」


 ガルディアは、そんな弥生の態度を軽く咎めるだけに留める。実際、彼も注意を受けた直後にはキリッと表情を引き締めていた。


「良くお似合いですよ、姫様」

「ありがとう御座います。でも、出来ることならこのウェディング姿はオフトリートに見せてあげたかったわ」


 オフトリートとは本来の婚約者である。ローウェンから聞いた話では弱小貴族出身で、政治的手腕で侯爵まで上り詰めた天才児……らしい。


 余談だが弥生の全貌は変身スキル【ディスガイア】で変装済み。幻影を纏わせるスキルなので【ディスペル】で解除されたり【スキャン】で見破られたりすれば即アウトなので回数限定でスキルを無力化するブローチを胸元に付けている。想定外のアクシデントさえなければ見破られることはないだろう。


「今回の件が終われば、オフトリート様とも再会できます。ですからどうか、今しばらくのご辛抱を」

「分かってるわ、ガルディア。私もそこまで物分かりの悪い娘じゃないわ。……それではエルフォードさん、今日一日、宜しくお願いしますわ」

「全力を尽くします」


 少しの熱を帯びた声援に対して、彼は誠実を持ってそれに応えた。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 さて。表面上は何てことのないよう装っている彼だが、内心ではかなり緊張しているのが本音だったりする。


 大舞台に立つのが初めてという訳ではない。元居た世界でも似たようなことは何度か経験しているが、流石にこの手の舞台は未知数も同然だ。


 教会にやってきた参列者はに目を向ける。ローウェンとアリッサ、そしてフリージアの姿が確認できた。後は知らない人達で埋め尽くされている。


 護衛達の姿は見えない。流石に注目を浴びてる中、【レーダー】を使う訳にもいかないが手筈通り、インビジブルクロークを被ったまま、付かず離れずの距離を保っているに違いない。


 厳かな雰囲気が流れる中、二人は神父の前で歩みを止めて真っ直ぐ見上げる。人の好さそうな神父だ。彼は笑顔を浮かべたまま、おきまりの台詞を口にする。


「汝、新郎は病める時も、健やかなる時も、苦難を共にし、分かち合うことを誓いますか?」

「……誓います」


 一度頭の中で台詞を復唱していたこともあり、すらりと出てくる台詞。言葉とは裏腹に『あ、俺神様の前で嘘付いちゃった……』とか考えてる辺り、だいぶ緊張がほぐれている。


「汝、新婦は病める時も、健やかなる時も、苦難を共にし、分かち合うことを誓いますか?」

「誓いますわ」

「では、二人の門出を祝って──」


 瞬間、首筋にチリチリと軽い痛みが走り、全身から冷や汗が噴き出る。

 このプレッシャーは何処から発せられているものか? 決まっている、目の前の、人の好い神父からだ……っ!


「──あの世への新婚旅行をプレゼントしてあげる」

「ガルディア!」


 力の限り叫んだ頃にはカーマインをお姫様抱っこして全力で後方に飛び退く。神父の懐から一斉投擲された数十本にも及ぶナイフは全て隠し持っていた短剣で叩き落とす。


(なんだこの神父は!?)


 事前に警戒していなければ間違いなく直撃していた。三○○レベルに達した彼が直前まで気付けなかったのは生粋の戦士ではないからだ。


 デスゲームを終わらせた英雄の一人と言えども、所詮は仮想世界での話。本物の百戦錬磨の戦士と比べれば場数も経験も遠く及ばない。彼が後追いで反応できたのだって優れた警戒スキルと回避スキルがあってこそ。


(だからと言って、あいつのあの速さは一体……)


 考え出したら思考の渦に囚われそうだが、状況がそれを許さない。神父の襲撃に呼応して、参列者を装っていた人達が一斉に立ち上がり、片っ端から魔法スキルを唱える。


「リーラ! 先輩ッ!」


 主人の命令に応じ、隠蔽スキルで姿を隠していた二人が躍り出る。瞬きする間に伏兵が切り捨てられていく。教会内で血煙が上がり、真っ白な大理石が不吉な赤で塗り潰される中、返り血を浴びる事なく次なる獲物へ疾走していく。


「何処の手の者か存じませんが、お覚悟を」


 梁の上に潜んでいたリーラは神父の頭上を取り、加速と体重を乗せた上で【全力攻撃】を上乗せする。刹那の速さで振り下ろされた断頭の一撃は、刹那の速さで抜かれた二振りの短剣によって阻まれた。


 ズシンと、衝撃が走る。並みの武器は元より、下級魔剣であっても全力で振り下ろされれば一秒と持たずに得物が折れて、そのまま持ち主に刃が届く。仮に武器がそれに耐えうるだけの業物だったとしても、両腕に襲い掛かる衝撃で腕が押し込まれ、肩口に刃が食い込む、或いは肩が外れるといったことが起こるのだが──


「な……っ!」


 リーラの完璧な一撃を受けた神父は──いや、神父だった者はそのまま攻撃を受け流し、【アサルトダンス】を叩き込む。片足だけで跳躍して攻撃から逃れようとするも、いくつかは被弾し、メイド服を切り裂く。


「この女、暗殺ギルドの者か!?」

「あは、おじさん酷いなぁ。こんなに可憐で可愛い女の子を暗殺ギルドだって断言するとかちょっと信じられないなぁ。やっぱり無駄に歳取ると心が汚れちゃうんだね。分かるよその気持ち、私だって今日そこでイチャイチャしてるリア充見てたらむしゃくしゃしたんだから」


 世間話でもするような口調とは裏腹に、手捌き足捌きは熟練者そのものの動きを見せる。

 彼我の実力差は素人目から見ても明らかだ。その気になれば秒殺できるような相手を、彼女はいたぶっている。


「ねぇおじさん? もしかしてその程度? 出し惜しみはあまりお勧めしないよ。ほら、死にたくないんでしょ? 大事なお姫様を護るんでしょう? だったら、もっともっと頑張らないと……そう、それこそ血反吐吐きながら立ち上がってさ、ここ一番ってときに修行じゃ出来なかった新必殺技を決める主人公みたいな覚醒決めるぐらいのことしたら? あ、もしかしておじさん、今までずっと全力だった? それだったらもう──」

「【魔力撃・剛】ッ!」


 充分に力を蓄えてから放たれる一撃。筋力と武器に魔力を付与することで瞬間的に最大火力を発揮する。魔法を得意としない剣士が魔法使いに対抗する為に編み出したものだ。


「ふぅん……この程度なんだ」


 迫り来る剛剣を、彼女は退屈そうに長め、やがて短剣を巧みに操りガルディアの剣を砕く。あまりの出来事に一瞬、我を忘れたかのように惚ける。彼の意識を引き戻したのは腹部に走る強烈な打撃。ガルディアが身体を張って作った隙を活かすべく、弥生はカーマインの手を引っ張り出口へ走る。


 だが──


「逃げられると思ってるの? 私から?」


 ストンと、軽やかに着地しながら宣言する。唯一の出口である正門を塞ぐように立つ少女の姿はさながら死神。


(こいつ、早いな……)


 一瞬で退路を断たれたにも関わらず、彼は冷静でいた。式が始まってから不測の事態に備えて気を張っている以上、滅多なことでは遅れは取らない。先程反応できなかったのは単純に相手の速さを見誤ったからだ。


(数値的には多めに見積もってAGI五○○ってとこか。そりゃそれ前提で動かなきゃ反応できないな)


 公式が出したデータに基づけばAGI五○○のキャラの敏捷性を例えるなら一キロを十秒で走破するのと同じ速さだと好評していた。勿論、それが単純にインパクトを付ける為の方便だと当時のプレイヤーは知っていたが、その方便もこの世界では無視できるものではなくなっている。


(出し惜しみはしない、けど……切り札を切るには早い)

「姫様、私の側から離れないで下さい」


 護衛用に用意した短剣を引き抜く。神聖な力が働いている教会内ではどのような手段を用いてもアイテムストレージを開くことができない。教会内では多数のクエストが用意されているからその為の措置だろうとは思うが、今は逆に鬱陶しく思う。


「どうしたの、お兄ちゃん? 仕掛けてこないの? ……あ、もしかして私に怖じ気づいちゃったとか?」


 少女の独り言に応じない。いや、応じる余裕がないと言うべきか。

 護衛という条件付きの戦闘ではあるが勝つこと自体はそれほど難しくはない。自分が護衛に徹して、今まで通り人形を戦わせる。人形遣いの基本とも言える戦型だ。


(間違いない……)


 かつては人形遣いのプロを自称していた自分が、見間違う筈もない。

 フリルの付いた、真っ黒なオフショルダートップスにジーパン生地のホットパンツ。

 火属性と水属性が付与された武器。

 ほんの一瞬だけ見えた、左肩の肩胛骨に刻まれた、戦乙女を象徴するエンブレム。

 外見も去ることながら、決め手となったのは三つ目の特徴。


(俺の作品だ……)


 ごくりと、生唾を飲み込む。

 デスゲーム時代、お世話になっていたギルドの生産担当者からの要望で『護衛用に強力な人形を何体か置いて欲しい』という要請を受けた彼はアデルフィアシリーズと同性能──とまではいかずとも、それに追随する強さを誇る人形を何体か作り、彼らにプレゼントしたことがあった。推定レベルは二五○。これ以上の人形を作るとなると素材のグレードが跳ね上がる上にデスゲームという過酷な環境では命懸けで相応の素材を集めるだけの度胸がなかった。


 余談だが目前の人形クラスを正規ルートで購入しようとすれば材料費手数料込みで三○Mゼニーは下らない。普通に強いプレイヤーを雇った方が懐に優しいし、NPCでは修復出来ないし、やっぱり修理には材料が必要になってくる。まぁ当時はデスゲームであったことに加えて身内からの頼みということで必要経費だけで手を打った。何より護衛の為にわざわざ人員を割く必要がないというところが大きい。


「ねぇ、お兄ちゃんには恋人って居る? 婚約者は? 愛人は? 義理の姉妹でもいいよ? そういう大切な異性っているの?」

「生憎、そういうのは間に合ってるんで……ね!」


 雑談しながら嬉々と斬り掛かってくる名称不明の人形の連撃を、涼しい表情を浮かべたまま捌く。しっかり動きさえ見ていれば回避をアシストするスキルに頼らずとも充分対処できる。


「ふぅん。……じゃあさ、お兄ちゃんのアレ、一体何なの? ……あぁそうか。都合の良い女って訳だね。見た目に反して随分酷いことするね。女の子はアクセサリーじゃないんだよ? うん、やっぱりお兄ちゃんみたいな奴は死んじゃえばいいんだ。あはっ♪ ということでお兄ちゃん、女の敵ってことでサクッと死んでくれると嬉しいなー」


 二振りの短剣が同時に光る。見覚えのあるスキルエフェクトに目を見開く。もう間に合わない。


「死んじゃえ♪ 【ダンスマカブル】」

 直後、短剣を持つ腕が人体の構造を無視した動きを見せながら高速で迫る。

 コンボに組み込むことの出来ないスキルではあるが、必中攻撃による高火力に加えた連撃、スキル終了後に発生するディレイタイム・クールタイムの短さは恐らく物理攻撃スキルの中でも五本の指に入るとまで言われている。


「チッ【ダンスマカブル】かよ!」


 必中攻撃である以上、回避は無駄でしかない。魔法スキルで進撃を阻止しようにもその斬撃を止めることは出来ない。


 唯一の救いは全ての必中攻撃に共通する、装備品のように自身の一部分と認識されている物で防御した場合は攻撃が当たったという判定が下されること。


 地面に対して垂直に振り下ろされた刃が速度を落とすことなく、予備動作もなく直角に曲がる。角度を付けて振るわれた双刃が頸動脈を狙う。


 タキシードの上から首筋に刃が食い込む。それすら構わず彼は投擲スキルと魔法スキルを駆使しながら至近距離で応戦する。まともな装備が支給されてないのが悔やまれるがないものを強請っても仕方ない。


 首筋に食い込んだ刃がそのまま肩をなぞるように奔る。無視して懐に忍ばせたパラライズダガーをまとめてぶち込む。


 腹部に刃をめり込ませて抉るように回転させる。構わず腕を押さえ込んでダメだしのパラライズダガー。


 抑え込まれてない腕が短剣を逆手に持って左胸に突き立てるように振りかざす。突き刺さる筈の刀身が真ん中で折れた。


「……お兄ちゃん、何者?」


 事ここに至ってようやく、人形少女も彼の異常性を認知した。

 頸動脈は避けている。出血死は免れない。

 肩口も切断とまではいかずとも、ぱっくりと傷口が開いてる。

 腹部を掻き回した短剣は主要臓器を破壊し尽くした。

 だというのに何故この男は平然と両の足で立ち、腕を抑え込む力が一向に弱まらないのか。


 いや──そもそも何故、これだけ斬られても痛みを感じないかのように振る舞えるのか?


「答えは簡単さ」


 パラライズダガーを投擲した腕で彼女の首根っこを掴み、抱き寄せるように引き寄せてガッチリホールして耳元で囁く。


「品性の欠片もない、下品な人形だよ──」


 直後、彼の身体が爆ぜた。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆


(久しぶりだけど案外覚えてるもんだな)


 とある場所で身を潜めながら状況を俯瞰的に監視する人形を介して中の様子を伺う男がいる。


 柊弥生だ。

 先刻まであの場に立っていた者の正体は何てことはない、スキルで創り出した人形に過ぎない。


 自身のステータス能力と一部スキルをそのまま継承する【フェイクドール】と硫酸を内包する【アシッドドール】の併用。それが彼が使ったスキルだ。


 デスゲーム時代、彼は斥候人形と併用して【フェイクドール】を多用した。危険地帯への偵察に重宝するし、人形視点で内部や敵の情報をリアルタイムで知ることができる。仮に人形がやられたとしても長めのクールタイムを甘んじて受ける以外のペナルティはない。


 どうでもいい話だが彼は【アシッドドール】を嫌っている。コストパフォーマンスもそうだが一番の理由は自分の美的感覚では受け入れがたい仕様だから。


 彼はカーマイン達と顔合わせをする際、試運転を兼ねて自分ではなく【フェイクドール】で創り出した分身を行かせた。ぶっつけ本番で使うほど自信家ではない。仮に【スキャン】をされてもレベル差があれば細かい個人情報まで表示されることはない。


【フェイクドール】を早期に破棄しなければならなくなったのは痛手だが、必要経費だと割り切るしかない。


(さて。もう一人の敵……誘拐犯はいつになったら現れることやら)


 件のジョニーなる男は、未だに姿を見せてない。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 ぽんっと、小規模の爆発を起こしたその身体の中心部から滝のように溢れ出る紫色の液体はじゅぅぅぅ~っと、肉を焦がすような音を立てながら少女の身体を侵食していく。


 弥生だったモノの四肢が糸が切れた人形のように床へ落ちる。大理石の床に巻かれた液体は数秒ほどで自然に蒸発していく。謎の液体を至近距離で、それも頭から浴びた少女がどおっ! と、前のめりに倒れる。熱風を浴びたように皮膚が焼け爛れ、その下から顔を覗かせるのは人間の骨と同サイズに加工されたオリハルコン。この世界での価値は語るべくもないが、ゲーム時代から『人形にオリハルコンやヒヒイロカネを使うバカはお前ぐらいだ』と、職人から呆れられたのは良い思い出だ。


「やはり、そのような人形は御主人様に相応しくありませんね」

「私も賛成。エル君の言う通り、人形っていうのは美しいから人形って言うんだね」


 主人の形をしていた人形の破片をこんっと、靴先で蹴り飛ばす。とは言え、流石に至近距離からアレを喰らえば──


「痛い……」


 ずずっと、引きずるように腕を動かす。


「いたい……」


 口に溜まった液体を吐き出しながら新たに武器を取る。


「イタイ……」


 見るに耐えないほど醜くなった美貌を隠そうともせず、標的へ向ける。


「痛い、いたいイタイ痛い痛い痛い痛い痛い痛いいたいいたいいたいイタイイタイいたイイタいイタイいたい痛いいたいたいたいイタイイタイイタイイタイいタイいたイイタイ痛い痛い痛い痛い────っ!」


 懐から人形を取り出し、魔力を注ぎ混む。人形から闇よりも深い漆黒の光が溢れ出し、人形少女の身体を包む。


「傷口が、再生している?」

「【修復】……いえ、違うわ。アレは一体──」

「紫、来るわよ」


 動き出すと同時に双剣をギリギリまで引き付けて躱し、聖剣の一撃を叩き込む。確かな手応えを感じる筈の一撃は、まるで水をたたき切るような手応えとして手に伝わった。


(実体がない?)


 想定外の結果に僅かに眉を動かす。主人関連以外では滅多なことでは動揺を見せない彼女にしては珍しいことだ。


 すぐに目前の敵に対する分析を行う。実体がない、ということは何かしらの手段で魔法生物か幽体に昇華したか。光属性が付いたエクスカリバーなら何度も斬りつければいずれ倒れる。だがそれでは時間が掛かりすぎる。


「アンタ達みたいなのがいるから……」


 黒い霧に覆われた人形少女がやがて実体を持ち始める。首から下を霧に護られたままであることに代わりはないが、眼に宿る殺意は先程の比じゃない。


「──あたしが不幸になっちゃうんだっ!」


 短剣を投げ捨て、徒手空拳のまま組み付いてくる。カウンターで顔面に刃を叩き込まれたのも厭わずゴリ押してくる。ノックバック効果の高いスキルと回避スキルを組み合わせて強引に引き剥がして距離を取る。間髪入れず紫が躍り出てスキルを叩き込む。


 黒い霧を纏った腕を盾のように振り上げてレイヴンブランド、ストームブリンガーを受ける。


 轟音が響き、周囲にあった長椅子が弾丸のように吹き飛んで壁に叩き付けられる。拡散した余波がステンドグラスを残らず割る。魔剣を受けた衝撃で踝が大理石に埋まる。


 紫の全力攻撃を受けきったことには驚嘆に値するが、だからと言って足を止めるようでは最高傑作の人形とは言えない。人形少女が紫の攻撃を受けきる寸前のタイミングで背後に回り込んだリーラが袈裟斬りにエクスカリバーを振るも、やはり黒い霧によって阻まれる。


「憎い、にくいニクイ憎いッ! どいつもこいつも幸せヅラしやがってッ! 子供を孕めないのが何が悪いっていうのよ!? 毎朝ご飯作ってあげたり近寄ってくる害虫を駆除したり閨を共にしたり好みの服を着てあげたり沢山尽くしてあげたってのにどいつもこいつも私のことを捨てやがってッ! マジぶっ殺してやるわよ!」


 もはや感情面に置いても完全に本来の人格から切り離されているとしか思えない錯乱振り。彼女を元に戻す方法があるとすれば一つしか無い。


「リーラ、合体技行くわよ。多分それしかない」

「不本意ですが、仕方ありませんね」


 充分な距離を取って構えを取る。聖剣を上段に構えるリーラと、二振りの魔剣を持つ腕を交差させるように構える。


 人形少女が動き出す。霧が剣の形となってカーマインもろとも斬り殺そうとする。

 二人が同時に地を蹴る。猛威に身体を晒し出してスキルを発動。二人の放ったスキルは吸い込まれるように重なり合う。そして──


『【モルティガ・ブラスト】』


 収束した力が、人形もろとも吹き飛ばした。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 遠くの方から聞こえた爆音が彼女の居る邸宅まで響く。

 ずずずず……と、低音で腹の底まで響くような音だ。


(成功? それとも失敗かしら?)


 無事に護衛が成功したかどうかは重要なことではない。

 そもそも彼女の目的は結婚式を挙げる為にやってきた訳ではないのだから。


「やぁお姫様。待たせたかね?」


 彼女が──本物のカーマインが隠れている部屋へすんなりと入ってくる一組の男女。


 男は切れ目の入ったツバの深い黒の羽根突き帽子に汚れと擦り傷が目立つトレンチコートを纏っていた。得物はコートの中にさり気なく帯刀している居合いに特化した刀が一本。それ以外の武器は見当たらない。


 翻って、女は対照的なまでに煌びやかだ。

 金砂色の髪は縦ロールで纏められ、その隙間から見えるエルフ耳が印象的だ。身に纏うのは背中が大きく開いた真っ白なイブニングドレス。着る人によっては派手過ぎたり服に着せられてる感が出てしまうが彼女はそれを見事に着こなしている。こちらの得物は両手持ちの杖。


 但し、優美な彼女には似つかわしくない、攻撃的なデザインをした杖だ。


「時間通りね。てっきり、私の偽物に釣られるかと思ったけど」

「突然のデートのお誘いであってもレディを待たせないのが紳士ってもんですぜ」


 二枚目っぽく決めたジョニーの脇腹を、隣に立っていた金髪美女が肘で突く。かなり本気で。


「あら。庶民が何を偉そうなことを仰ってるのかしら? この聡明な私の慧眼が、教会にいるアレが、庶民臭いカーマインであることにいち早く気付いたのは誰でしたかしら?」

「勿論、キミの功績があってこそさ。俺はただの引き立て役に過ぎないさ」

「分かっているなら結構ですわ、下僕」


 なんだこの二人は。

 そんな彼女の視線など意に介さず、金髪少女は目を細めて杖を掲げる。カーマインは自分に杖が向けられてると誤解し、警戒の色を露わにする。


「そこでこそこそ隠れてる庶民臭い人形、この私が気付かないとでも思っているのですか?」

「庶民庶民って、セリアはいちいちうるさいんだよッ!」


 声はカーマインの背後から。

 突然実体化した彼女──シャルロットは【極大全力攻撃】を迷わず叩き込む。名を呼ばれた少女は無言で【エアハンマー】を発動させて迎撃する。シャルロットはこれを全て無視して強引に間合いに入る。


「お嬢さん、挨拶もなしにいきなり殴り掛かるなんてはしたない真似はよしなさい。淑女たるもの、マナーは尊重するべきだと思わないかい?」

「なっ……!?」


 咄嗟に合間に割り込んだジョニーが、鞘でシャルロットの一撃を事も無く防ぐ。シャルロットにはそれが信じられなかった。


 シャルロットはシリーズの中でも単発攻撃に特化したタイプだ。手数と攻撃速度では次女や四女に劣るがこと一撃の威力に関しては右に出るものはいない。


「まずは自己紹介といこうじゃないか。人に会ったらまず自己紹介をするのは人として最低限の礼儀だぜ?」

「そのようなことをするのはあなたぐらいのものだと思いますわよ、下僕」


 金髪美女の突っ込みをさらりと流し、わざとらしく咳払いをする。


「目の前にいるお嬢さんも【ハイディング】で隠れてる恥ずかしがり屋さんも初めまして。ジョニー快族団の頭目・ジョニー。お嬢さんのような方とは是非とも快族団に入って頂きたいものだ」

「アデルフィアシリーズ三女、セリアですわ。五○○年振りにこの私の美貌を直視できることを光栄に思いなさい、庶民臭い人形!」

「ふん。ボクは歌音一筋なんだ。そんなのお断りだね」


 目線だけ動かし、隣の女を睨む。


「大体セリア! お前はなんでそんなキザったらしい男と一緒にいるんだ! 流石のボクでもそいつはないと思うぞ! ていうかマスターの方が毛の先ぐらいはマシじゃないか!」

「あら? 何を勘違いなさってるのです庶民臭い人形。彼は私の下僕……そう、この触れることすらおこがましい美貌を持ってして生まれたこの私に、光栄にも魔力を提供させてあげる権利を与えてやってるだけに過ぎませんわ。庶民の言葉で言うなら……そう、ギブアンドテイクという関係ですわ」

「えっと、セリアお姉ちゃんの場合だとギブアンドギブだと思うけど……」


 おずおずと、【ハイディング】を解除して歌音が姿を現す。

 カーマインは最初こそ、密かに自分に護衛が付けられてることにこっそりと驚いてたものの、既にいつもの調子を取り戻していた。


「ふんっ。まぁそこの傲慢なバカはどうでもいい」

「だ、誰がバカですって!? バカって言った人がバカですのよッ?!」

「姫様、ボクはこれに対して説明をして欲しいところなんだけど」

「機密事項、としか言えないわ。事が事なだけに、ね」


 それに──と、言葉を付け足し続ける。


「回りくどいやり方だけど、どうしても私が直接出向く必要があるのよ。周りの臣下やガルディア達からは駄目出しの一点張り。だから発想を変えて誰かに連れ出して貰うことにしたの。わざわざ婚約者の協力を得てね。因みにローウェンは知らないわ」

「お兄ちゃんの危惧してた通りだ……」


 歌音の言葉に小さく頷く。

 思えば犯行予告が届いていることに加えて命を狙われてるという状況下で結婚式をあげるということ事態おかしかった。そこに妙な引っ掛かりを覚えた弥生は独断で誰にも内緒で密かにカーマインに護衛を付けた。


 本来の予定ならば事前に製作した偽物のカーマインを使ってジョニーを捕縛する手筈だったが、一足飛びで本物のカーマインの元に辿り着かれるとは思ってもみなかった。


「下僕、私の下僕が来る前に姫様を飛空挺に乗せますわ」

「そいつは名案だな。俺もアンタご自慢の坊やと刃を交わすのは避けたいとこだしな」

「……ふん。お前、ボクのマスターを過小評価しすぎなんじゃないか? あいつは仮にもボク達を作ったマスターなんだ。舐めて掛かると痛い目にあるぞ」

「そうです。それにお兄ちゃんが来るまで私達だって、頑張れますッ」


 むんっと、小さな手で握り拳を作って意気込む歌音を護るように一歩前へ出る。

 かくしてここに、もう一つの戦いの火蓋が切って落とされた。

伏線って難しい。(-_-)

書いた本人はそうでも読み手からすると「これ間違いだろ?」とか思われるのは日常茶飯事。

そして書いているうちにプロットと違う話が出てくるのも日常茶飯事。自重しろ私の頭……。

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