厄介事に首を突っ込んでみる 2
最近、オンゲー世界でも異世界旅行記でもない、ノクターン向けの短編小説のネタを考えてることが多い。(コラ)
紫に【チャット】を使って記念館前で紗音たちと合流する。勿論、見学する為にこの場所を選んだのではなく、当初の目的通り、元ギルドホームである建物に用事がある。
用事と言ってもそう大層なことではなく、手付かずの区域に足を運んで中の状態を確認、場合によってはローウェンに頼み込んでその一部を私物化する腹づもりだ。
プレイヤー、特に生産職にとって、ギルドホームを持つことは購入するか否かで大分勝手が違ってくる。
例えば紗音たちが使っているエンチャントが付与された武器はプレイヤー専用の工房でなければ付与できるような代物ではない。但し、属性付与に限り自前の工房でなくとも材料さえあればその場でエンチャントが可能だ。
専門家ではないとは言え、弥生もエンチャントならできる。人間そっくりの人形を作る過程でどうしてもエンチャントスキルが必要になったからだ。
但し、工房の設備を充実させるには相応の金が掛かる。通常のエンチャントや下級ポーションを作る為の設備を造るだけでも当時の金額で五Mゼニーは必要だ。限界突破専用の工房を造るとなれば桁が一つ増えるがその分、恩恵は計り知れない。
具体的な例を挙げよう。
限界突破した、武具製造に特化したプレイヤーが最高レベルの工房で鉄の剣を打ったとしよう。市販の鉄の剣の攻撃力を一とするならボリュームゾーンの職人が打つ鉄の剣は二。転生カンストレベルでも三・五。限界突破に至っては一○と笑えるくらいの差が出る。そこにエンチャントという要素が加われば鉄の剣一つ取っても如何に工房が重要であるかが分かる。
まぁそれだけ廃性能な武器を量産したところで廃人プレイヤーを困らせるのが大好きな運営が用意した超弩級ボスモンスターのお陰でイマイチバランスブレイカー感がなかった訳だが。
「確かこの扉だったな」
居住区は展示スペースになっているものの、工房スペースは全くの手付かずだった。と言うのも、工房へ続く扉はどうやっても開かない。鍵穴はフェイントで本命は封印魔法による閉鎖と睨んだローウェンを始めとする数多の腕利き魔法使いが開錠に挑戦し、失敗していった。
確かに両開きタイプに似た扉を前に、それも強力な封印魔法が施されているとあれば解除に躍起になるのも無理はない。
故に彼らは気付かない。そう思わせることこそが制作者の罠だということに。
「【ラブドール】」
この場に居る紫に加えてリーラを追加で召喚。グッと腹部に力を込め、巧妙に隠された溝に手を掛けてグッと持ち上げる。
「……えっ?」
「はっ?」
「えっと…………」
「まぁ、そういう反応になるわな」
片手で扉を支えながら苦笑を浮かべる。
なんてことはない。この扉は見た目とは裏腹に持ち上げるタイプのものなのだ。とは言え、防犯を兼ねてSTR値が三○○以上なければ持ち上げることは叶わない。
どうでもいいが弥生以外のメンバー──当時お世話になってた攻略ギルドの仲間たち──は普通に開けられる。魔法職だったジャンヌでさえ、補助スキル諸々込みでSTR三○○越えという化け物だった。わざわざ【ラブドール】を使って扉を開けていたのは弥生ぐらいだ。
呆気に取られてる一同を諭して工房内に入る。狭い通路を少し歩くと通路が三つに分かれ、陶製プレートが掛けられた扉が見えた。
プレートにはそれぞれ『製薬工房』『鍛冶工房』『人形工房』とある。
「弥生さん、ここで何をするんですか?」
「んー、まずは装備の強化と姫様の保険かな。……まぁこっちは今すぐ出来るって訳じゃないからまずは防具優先だけど」
「……?」
言ってる意味が分からず首を傾げる彼女たちを無視して鍛冶工房へ入る。現実の職場と違い、大きな炉と金床、そして鍛冶用ハンマーと自作であろう武器の数々が壁に並んでいる。主の仕事場でもあるが、ここは同時にコレクションルームでもあるのだ。その証拠に、ただの作業スペースにしては無駄に広く、武器も丁寧に飾られている。
「無闇に触らない方がいいぞ。下手すると死ぬから」
「さ、触っただけで死んじゃうんですか!?」
好奇心に身を任せて触ろうとするミアに注意を促す。
現代の人々が言う魔剣は一般的に属性が付与されただけの武器を指すが、本来は【魔剣クエスト】を得て初めて装備できる武器のことを指す。
このクエストをこなさなくとも魔剣自体は装備できるが代償として力が充分に引き出せなかったり所有者への秒間ダメージが凄まじく持っているだけで死ぬようなことになる。
(まずは当日着るタキシードのエンチャントからスタートだな)
屋敷を出る際にローウェンから渡されたタキシードを取り出し、作業台の上に置く。そこから手頃なエンチャント用のハンマーを見繕い、魔力を込めてスキルを発動させる。
今回付与したのは素材の関係もあり、どれも下級レベルのエンチャント。内訳は【防御力アップ・小】【速度上昇・小】の二種類のみ。専門職ならもっと無理が利くが生憎と彼の力量ではこれが限界だ。
当日着るタキシードのエンチャントが終えて、すぐに紗音たちが着込んでいる防具のエンチャントに取り掛かる。廃人の仲間入りを果たしていたプレイヤーの感覚からすればエンチャントのない防具を着るなど正気の沙汰ではない。
「──うし、完成。つっても余計な注目浴びないように下級エンチャントしか仕込んでないから過度な信用はするなよ? ある程度強くなったら改めてちゃんとした防具をこっちで用意するからそれまではそれで我慢してくれ」
「いえっ、ここまで良くして貰っているのにこれ以上は……」
「気にするなって。俺がそうしたいだけだ」
何か言いたげなジェシカを手で制して使った道具の後片付けながら思う。
今後のことも考えてこまめに工房へ出向いて管理すべきか。もしそうなら生産志望のルーナとミアがある程度成長してから工房を任せるのが無難なところか。
(出入りの問題はそのうち解決しよう)
まだ先の話なので頭の隅に留めておく程度にしておく。
その後は人形工房に入り、必要な材料が思いの外大量に余っていたことに歓喜しつつ、徹夜で必要なものを作りあげる。
因みに工房内に管理されていた武器は弥生が全て回収した。今までは無事でも今後も無事とは限らないと判断しての行動だ。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
アスガルト王国第七子、カーマイン・ブリュンヒルデ・フォン・アスガルトと顔合わせをしたのは翌朝のこと。
急遽、護衛の人選に追加したい人がいるとあれば反発したくなるのも無理はない。
「貴様がローウェン殿推薦の男か?」
カーマインを庇うように間に立ち、威圧するように睨み付けるのは鎧の上からでもはっきりと分かるほど偉丈夫な男。ご丁寧にスキル込みでの威圧だ。
身長差の関係で彼を見下ろす壮年の男はふんっと、鼻を短く鳴らす。
日焼けを嫌うように全身を保護する長袖と長ズボン。手首までがっちりガードした革手袋。夏を終えて初秋を迎えたとは言え、表を歩くにはあまりにも暑い格好だ。
「随分と線が細いようだが……貴様、この仕事がどれだけ重要であるか理解しているか?」
「勿論です」
「やりましたけど失敗しました。そんな言い訳が通じる仕事ではない。貴様、レベルはいくつだ? 事と次第によっては例えローウェン殿の推薦者であってもこの場で切り捨てるぞ?」
「少なくとも、貴方を素手で倒せるぐらいには自信があります」
「ほぅ……?」
彼を知る者なら決して吐くことの出来ない大言壮語を、世間話でもするような口調で言ってのける男の態度により一層、威圧感が増す。
カーマインの護衛として賛同したこの男、ガルディア・フォートレスは第三王女直轄部隊の隊長だ。王女直轄の部隊というのは剣と魔法に優れているだけでは入れない。実力も去ることながら殿下への忠誠心と人としての人格が問われる。その為、王女直轄部隊は正規の軍隊とは完全に独立した存在でもある。国を護るという一点については同じだが、最大の違いは彼らを動かす権限を持つのは自分たちが仕える王女のみ。
余談だが第三王女直轄部隊は部隊の中で尤も数が少ない。第七子ということで大した予算を割り当てられてないのもそうだが周りの嫌がらせもまた一役買っている。
「私を素手で倒すと言うか」
「はい」
「今すぐにでもか?」
「証明しますか?」
瞬間、二人が動いた。
ガルディアが腰に提げた剣を一瞬で引き抜き、上段から【全力攻撃】を乗せて、大理石の床を叩き割る勢いで振り下ろす。小細工などない。速さと腕力を併せたその一撃は力任せに振り下ろしているように見えるがその実、教科書通りの体捌きによる一撃だ。
対する弥生は宣言通り素手。腰に提げた護身用という名の魔剣を手にすることなく、素手で迎える。
パンッと、乾いた音が響く。無手防御スキル【白羽取り】で上段攻撃を防いだ後、足払いを掛けて転倒させる。だがガルディアもやられてばかりではない。せめて一矢報いてやろうとばかりに世界が暗転する中、片手に持ち替えて刃を立てたその一撃を、側面を軽く叩いて弾き、そのまま剣を持つ手首を足で押さえ込み手刀を首筋に当てる。
「続けますか?」
「………………」
ガルディアは元より、その場に居合わせていた王女直轄部隊の面々も言葉が出なかった。唯一、彼の事情を知るローウェンだけは当然とばかりに事態を見守っていた。
「信じられないわ。元とは言えガルディアは精鋭揃いで知られる第一騎士師団のエリートよ?」
「そうですか。ですが、これで私が戦力として問題ないことは理解して頂けたかと思いますが?」
「確かに、な」
拘束を解かれたガルディアがきびきびした動作で立ち上がり、剣を鞘にしまう。表情は硬いが、決して若造に負けたからではない。
「ローウェン殿、貴殿の言う通り、この男の強さは文字通り身を以て知った。しかし、強さと信用問題は全くの別問題だ」
「まぁ、そうでしょうね……」
「だから、貴様は私と常に行動を共にしろ。ローウェン殿の推薦ということである程度は信用するが私は姫様をお守りしなければならない立場にある」
「ふむ。落とし所としては妥当な線でしょう。……エルフォードさんもそれで構いませんね?」
「いいですよ。ガルディアさんの職務を理解できないほど私もバカじゃないんで」
こうして互いの顔合わせが済んだところで当日の段取りを確認する。
新郎役兼護衛を担うのは婚約者と体格が似ている弥生。当然、顔は変装アイテムを使って誤魔化す。素手でもガルディアに勝る戦闘力を見せたということで目に見える範囲での武器は全て没収。彼も妥当な線だと思い、異を唱えることはしなかった。
「ローウェン様、あの男は何者ですの? 最近になって頭角を現した腕利きの冒険者ですか?」
弥生がガルディアに連れられるよう部屋から出て行ったところを見計らい、真っ先にカーマインが尋ねる。
他の王族と比べてフットワークの軽い彼女は情報収集の一環として平民と同じ格好をして、同じ料理を食べて、時に護衛たちを連れて冒険者パーティーを装う。ガルディアから直々に剣術を叩き込まれているだけあって、その実力はB-3ランクに相当する。ランクアップ申請をしてないのでギルドカードはC-1と表記されているけれど。
あの位の年齢でガルディアを圧倒する実力者は、それこそ数える程度しかいない。
エルフォード。それがローウェンから告げられた男の名前。
フリーの傭兵で、何処で何をしていたかは彼も訊いてない。身元もそうだが、傭兵にしてはやけに身なりが良い。ファッションセンスには一言言いたくなるところがあるが、パッと見ただけでもかなり上等な布地を使っているのが分かる。
「彼については私もそう多くのことは存じませんが、あの通り腕は折り紙付きですのでご安心下さい」
「ふぅん。ハイエルフの貴方がただの人族にそこまで肩入れするってことはかなりの傑物ってことね」
「えぇ、それはもう。……ところでカーマイン様、折り入って頼みがあるのですが──」
そう前置きをして、ローウェンは本題を切り出す。
わざわざ自分がカーマインと接触した本当の目的を果たす為に。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
時を同じくしてシューレ某所に一人の少女がやって来た。
日焼けを知らない真っ白な肌と白髪。ピアニストのようにしなやかで細い指。鮮やかな緋色の瞳に宿る仄暗い色。
彼女はアスガルド王国の王族・第四王子に雇われた何でも屋だ。
何でも屋──少女は文字通りどんな仕事もこなしてみせた。
例えば貴族の屋敷の庭掃除。
例えば大量発生した魔物討伐。
例えば──暗殺。
そして少女が尤も得意で己の力を遺憾なく発揮するのが暗殺だ。
「王女様の暗殺……あは、ついに人殺しの依頼受けちゃったんだね、私」
始めは日銭を稼ぐ為に始めた何でも屋。だがいつの頃からか、次第に彼女の仕事に魔物討伐が加わり、盗賊ギルドからの依頼が入るようになり、ついには今回の件へ発展した。
少女は特別、人殺しに対する忌避感は抱いてない。例え相手が大陸最大国家の王族であろうと、少女には人間の女として映るだけ。
「ねぇ、あなたはなんで幸せを掴んだの?」
その声は誰に対して向けられたものなのか。少女は構わず歩きながら虚空に向かい、喋り続ける。
「私はね、最愛の人がこの世にいないんだよ? なのになんであなたは幸せを掴もうとするの? 別にね、憎いって思ってる訳じゃないよ? たださ、あなたの周りには私みたいに惨めで不幸な子が居るってこと、ちゃんと自覚してるのって話。それでも幸せいっぱいオーラを振りまくんだったら──」
目の前で結界が起動する。殺意を持つ者が一定範囲内に踏み込むと発動するタイプのものだ。構わず少女は腰に提げた二振りの短剣の片割れを引き抜き、特に狙いを定めることなく無造作に腕を突き出す。
実に気の抜けた所作だ。だが結果として、ローウェンが新たに張り直した結界に刀身はするりと入り込む。豆腐を刺したような手応えを機械的に感じながら雑に腕を振り上げる。釣られるように刀身は登り、結界の亀裂を大きくして、ついに破壊する。
「──こんな風に壊しちゃうよ?」
壊れた結界には一瞥もせず、短剣をしまい、懐から人形を取り出す。
自作の人形なのだろう、酷く不細工な出来だ。その人形を少女は愛おしそうに撫で、何かに縋るようにぎゅっと胸に抱き込んだ。
仄暗い感情を抑えるかのように──
どうでもいい補足。
第三王女ことカーマイン様は第四王子と双子で王女様が妹だから末娘。修正中に考えた設定。
活きるかどうかは不明。