厄介事に首を突っ込んでみる 1
その日のシューレはいつも以上の賑わいを見せていた。
馬車の行き交う表通りでは食べ物関係の屋台が出店していたり、花束を買う女性客が多かったり、身なりを整えた人がせわしなく行き交っていた。
喧噪の原因は教会。断っておくと不祥事をやらかしたとかそういう話は一切ない。
太陽の光を浴びたステンドグラスがきらきら輝き、風になびくカーテンのように光が揺れ動く。その下では祭壇に上がった神父が今まさに、聖書を片手にありがたい言葉をつらつらと述べ、それを厳かに受ける一組の夫婦──いや、仮面夫婦と言うべきか。
(人生、何が起こるか分かったものじゃないな)
厳かに祝福の祝詞を紡ぐ神父を前に、弥生は何度目になるかも分からない現状確認を行う。
オーソドックスな黒のタキシード。一見してただの礼服に見えるが素材の耐久度を超えないギリギリまでエンチャントを施している。殆ど気休め程度でしかないが、何もしないよりは遙かにマシだ。
右隣に立つのは真っ白なウェディングドレスを纏った、眉一つ動かさない花嫁。こちらは普通に予め用意された花嫁衣装を纏った見目麗しき少女だ。歳の頃は一四歳。
彼は知らないがこの世界で尤も多い死因は魔物によるもの。それも全体の死亡率の六割を占めている。故にこの世界に住まう人間は平民であっても平均して一五歳で結婚し、一六歳で母親になるケースは決して珍しいことではない。
魔物とは自然災害と同等の存在なのだ。人の手が行き届いている街道に現れることもざら、数ヶ月単位で魔物が村を、街を襲ってくるのは風物詩。日常に置いても死と隣り合わせの生活が続くのだから婚期が地球のそれよりも早いのはある意味当然と言える。
閑話休題。
神父の言葉を半分聞きながらしながらパッシブスキルを頼りに五感を研ぎ澄ませる。人形遣いと言えども相応の場数は踏んできた彼だが、こんな経験は始めてと言ってもいい。
ましてやそれが、姫様の護衛ともなれば尚更だ。普通の護衛とは訳が違う。
失敗しました、では許されない。この日に備えて出来る限りの体制は敷いてきた。だがそれでも何処かに不備があるのではないか。一度考え出すと際限なく負の思考に囚われそうだ。
(いや、もうここまで来たんだ! 腹括ってやってやろうじゃないか!)
ある種の開き直りの境地に達し、前向きに仕事に取り組むことにする。予定ではそろそろ奴が──ジョニーが姿を見せる頃だ。
結婚式に乱入して颯爽と現れて花嫁を攫う快族団の頭領。ついてはその花嫁の護衛を依頼する。ローウェン以下、アスガルト王国の大臣が直々に頭を下げたとあっては断る訳にはいかない。というか巨大な権力相手に断った後が怖い。スルガ商会という強力な後ろ盾を得たとは言え、穏便に済ませておくに越したことはない。
……依頼を受けた時点でそんなのは手遅れだという考えは頭から閉め出しておく。
そもそも何故こんなことになったのか。事の発端は三日前に遡る。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
シューレに到着した一同は真っ先に冒険者ギルドへと向かった。紫苑から冒険者ギルドについてあれこれ聞いて検証した結果、シューレで登録するのが妥当なところと判断した。
贅沢を言えば王都で登録したいところだが、冒険者登録をする為だけに王都へ行くのは億劫だった。何より紗音はともかくジェシカ達が王都の冒険者ギルドの試験に合格できるとは思えなかった。
それでもハイエルフが治めているシューレで登録するにはそれなりの試練が課せられるのだが、それは致し方ないことだ。
「それでは、四人分の仮登録料ですので銀貨四枚になります」
「……流石にそれは高くないか? 仮登録だろ?」
「はい。出費が大きければその分、冒険者たちは是が非でも本登録を勝ち取ろうと躍起になります。何よりローウェン様が治めるシューレの看板を背負った冒険者となればそれなりの質を求めるのは当然のこと」
「ふむ……」
言外に、冒険者なら本登録は自力で勝ち取れと宣言する受付嬢の言葉を聞き、上手いやり方だと思いながら四人分の登録料を支払う。
思うに、箔を付ける為にギルドへやってくる、実力もプライドも半人前の輩が後を絶たないからこのような措置を取ったのだろう。冒険者とは即ちギルドの顔。であるなら、可能な限り良質な冒険者を売り込んで起きたいのがギルドの本音。
登録料を捻出できるということは、裏を返せばそのぐらいの経費を捻出するだけの才覚があることの証拠。貴族のような例外は除外しておく。
「……はい、確かに銀貨四枚です。ではまず皆さんのステータスを開示して下さい」
現実と瓜二つの世界でステータスウィンドを開示するというのもおかしな光景だと思いつつ、弥生は皆のステータスを後ろから見る。当然、彼は冒険者登録する気はないのでステータスを開いたりしない。
寧ろ彼の場合、ステータスを開いただけで一大事件になる。三○○レベルに到達した人族など、今の彼らからすればそれこそ神と肩を並べられる存在なのだ。実際、ゲーム時代でも限界突破者の人口数は驚くほど少なかった。当然、人形遣いなどという地雷職で限界突破を果たしていたのは彼一人だった。
(だからこそ納得できないんだよな。いや、ただの僻みだってのは分かってるけど)
後ろから紗音たちのステータスを見る。
アリアドネの迷宮でのレベル上げが功を奏したのか、四人の平均レベルは五○を超えている。既に二次職への転職条件を満たしているが弥生の見解では時期尚早ということで未だに一次職のままにしている。
(たった数日で五○レベルオーバー……チート過ぎる)
装備のお陰とは言え、ここまでの急成長ぶりを見せつけられると自分の苦労は一体何だったのかと嘆きたくなる。
紗音が腰に提げている片手剣一つ取っても名工と名高いドワーフが鍛えた業物に迫る武器だ。見た目は何の変哲のないブロードソードだが、攻撃力を限界まで底上げすべく錬精値は最大。エンチャントは【攻撃力アップ・大】【攻撃速度増加】【弱点特攻】が付与されている。ハッキリ言ってその辺で売っている武器など話にならない。
現在の技術では一つの武具に複数のエンチャントを付与するのは不可能と言われている。栄光時代に複数のエンチャントが施された武具が存在し、それが出土品として発見されることはあるが、その程度だ。未だに装備に対する感覚が麻痺している弥生がそのことに気付くはだいぶ後の話になるのでここでは割愛する。
余談だが防具に関しては全てスルガ商会のコネを通じて新調しているものの、心許ない感じが否めない。その気になれば今以上にグレードの高い防具──それこそ【物理ダメージ軽減】が付与されたものも、いくつか所持している。
安全第一と言っておきながら何故それをしないかと言えば装備の外見に問題があるからだ。先に挙げた【物理ダメージ軽減】効果を持つ防具の外見はメイド服だったりブルマだったい露出系だったり……まぁ一言で言えば厨二病を煩っていた頃、わざわざ課金して装備の外見を弄りまくった代物が大半を占めている。
紫が常時着ている振り袖のような物も確かに存在するが、あれは魔装備に分類される為、条件を満たさなければ装着できない仕様だ。少し前にそれとなく紗音たちで検証したので間違いない。
「随分賑やかですけど何かあるんですか?」
四人が仮登録手続きをしている隣で暇を持て余してる受付嬢に話しかける。ゲーム時代でもそうだったがこの世界、武器屋にしろ防具屋にしろ、カウンターに座っている女性の美人率は異常に高い。もっとも女性の美人率が高いのは一般人でも同じこと。
その異常性を日本で例えるなら、新宿や渋谷を行き交う女性陣が例外なくテレビに登場するアイドル並みの容姿を持っているということになる。まぁここはゲームが元になった(?)世界なのだ。男女を問わず美形が多いのはある意味当然かも知れない。そもそも、ヒキガエルような顔をしたデブを登場させたところで需要などあるわけがない。
「えぇ。何でも三日後にアスガルト王国の姫様──あ、姫様ってのは第七子のカーマイン様のことね。で、その姫様がこの地で結婚式を挙げるってことだからもう街中はお祭り騒ぎって訳なの。お陰で冒険者ギルドは閑古鳥が鳴いてるって訳。ま、それはそれでむさ苦しいおっさん達を相手しなくていいから楽なんだけどね。あ、キミみたいな子だったらいつでも歓迎だからね♪」
ぺろっと、赤い舌を出しておどけてみせる。人によってはあざといように見えるが妙に板に付いた仕草だ。
「──はい。これで皆さんの仮登録は済みました。戦闘経験も充分にあるということで皆さんにはこれから別室にて実技試験を行います」
「え……実技試験、ですか……」
この中で一番気の弱いミアの声が強張る。【プリースト】志願のジェシカはともかく、生産特化にステ振りをしている【ブラックスミス】、【アルケミスト】志願のルーナ、ミアにとって戦闘は鬼門なのだ。
そんな彼女の不安を見越した受付嬢は微笑みながら補足する。
「ご心配なく。実技訓練と言いましても冒険者として最低限、やっていけるかどうかを図る試験に過ぎませんので試験官に勝つ必要はありません。あ、因みにその試験官というは私ですから」
「戦闘も出来るんですか……」
感心したようにルーナが呟き、受付嬢が『えぇ』と短く答える。上級ギルド職員ともなれば戦闘技能は必須レベル。冒険者ランクで言えばランクC-1は最低条件として設けられている。人手が足りないとき、冒険者に変わって魔物討伐に駆り出されることはあってもそれはあくまで副業。本業は通常業務の接客と無機質な書類の山との戦いなのだ。
「その実技試験が終わった後はどうなるんですか?」
「そうですね、彼女たちが合格ラインに達していれば仮登録で記入した書類を元にギルドカードを発行します。その場合、発行するのに凡そ一時間ほど掛かります。また、試験に失敗しても再挑戦できないという訳ではないので実力を付けてからまたここを尋ねて来て下さい。ただ、その場合は再度銀貨を支払うことになりますのでご注意下さい」
「試験の度に金払うとなれば冒険者も必死になるわな」
「えぇ。ですがその分、シューレ支部で登録した冒険者は間違いなく箔が付きますよ? 具体的にはランクC-3の頃から預金口座を活用することが出来る他、シューレ登録の冒険者に限り、格安で部屋を貸与してます。衣食住、全てを保証してお値段は一泊銅貨八○枚と大変お安いですよ」
長期滞在の場合は割引サービスも利きますよ──と、それとなく押し売りをする。何となく、通販の営業トークっぽく感じるのはご愛敬だ。
「じゃあ、しばらくは自由行動にするか。集合場所は……あー、紫に【チャット】飛ばすからそれで連絡取ることにしよう」
言いながら紫を呼び出して、四人のお守りを任せる。
人形遣い専用スキル【魔力操作】はMPを消費して人形を動かすスキル。その為、人形を召喚している場合は常時、MPを消費する。とはいえ、限界突破した彼なら人形を動かすだけなら一二体フルに動かしたところで問題ない……が、どういう訳か戦闘機動で動かす場合はより多くのMPを消費する。全く以て理不尽である。
紫に彼女たちを任せて冒険者ギルドを出る。外は相変わらずお祭りムード。普段はクエストをこなして日銭を稼ぐ冒険者もこの日ばかりは羽目を外しているのか、ちらほらと武装した男女が露店の食べ物をパクつく姿が見受けられる。縁日というよりは初詣のそれと似た雰囲気だ。
「あれ? もしかしてエルフォードさんですか?」
歩きながら行き交う人々を観察していたところを、名指しで呼び止められる。ライトグリーンのワンピースを纏った少女が出店で買ったと思われる串焼きを手にしていた。
「えっと、アリッサさん?」
「はい。お久しぶり……て、言うほど経ってませんね」
この前【チャット】で話したばかりですね──と、笑いながら付け足す。
「メイド服じゃないってことはアリッサさん、休暇?」
「えぇ。最近のお嬢様はすっかり冒険一色で私もローウェン様も頭を悩ませておりまして……」
「あー……その、アリッサさんも大変ですね」
「えぇ。おまけに犯行予告まで──」
言ってから、思わず『あっ……』と、両手で口を塞ぐ。そして次の瞬間、弥生は悟った。
あぁ、これは首突っ込んだらまずい案件だな──と。
「そう言えばローウェンさんは元気ですか?」
彼女の為にも律儀に聞こえないふりをした方が良いと判断し、別の話題を振る。
「ローウェン様はここ最近、ずっと執務室に籠もりっぱなしです。結婚式の護衛の人選もそうですし、何よりフリージア様のことが一番の悩みの種みたいで……」
「あのお嬢様には私も手を焼きましたからね」
当時のことを思い出して、二人揃って溜め息が出る。根は悪い娘ではないことは理解しているが、いかんせんあの攻撃的な性格は何度頭を抱えたことか。多感な年頃ということで低姿勢で当たっていたが、また同じような振る舞いを出来る自信はあまりない。主に相性的な意味で。
「そ、それより! エルフォードさん、【チャット】でも聞いたと思いますけど何か新しいレシピとかありませんか!? 姫様の結婚式ということで古今東西を問わず色んな種類の料理を出すようにとローウェン様から言いつけられているのですが正直私たちのレパートリーでは限界があると言いますか……勿論! これは依頼ということでキチンと報酬もお支払い致します!」
「うーん……まぁレシピぐらいならいいかな……」
栄光時代に普及していた料理も現代と比べれば大概だが、このぐらいなら積極的に広めても問題ないだろうと考える。
例えば香辛料をたっぷり効かせたレッドチキンは一○分間、STRが一○ポイント上昇する。これの最上位となる赤獅子の手羽先ともなれば持続時間は一時間、上昇値は二○○ポイントにまで跳ね上がる。流石に赤獅子の手羽先レシピはやり過ぎだが、一○ポイント程度の上昇なら大きな問題にはならないだろう。
「じゃあ、簡単なレシピをいくつかそっちへ送るから。報酬はアリッサさんの裁量に任せるから。……あ、でも条件出すとしたらこのレシピは全部アリッサさんが考えたってことにしといて」
勿論、トレードする前にしっかり釘を刺しておくことも忘れない。
こうしてこの場はお開きとなり、後日改めて彼女からいくばくかの報酬を貰って終わりになる──筈だった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「ポ●ナレフ状態とはこのことか」
数十分後、彼はローウェン邸の応接間でローウェンと向き合い、使用人に紅茶を勧められていた。
何かがおかしい。自分はただ、彼女にレシピを渡して報酬を貰えればそれで満足できた筈。なのに気がつけばこうして拉致されてしまった。
「その……非常に言いにくいことなんだが、この依頼はキミでなければ勤まらないと判断してね。非礼は詫びる。必要ならばこの件の報酬、キミの言い値で支払っても構わない」
ハイエルフとは思えない腰の低さと、既に自分が依頼を受けることが確定しているかのような言い方。ローウェンが腹黒いエルフであれば、間違いなく強引に断っていたに違いない。
「……まぁ、話を聞くだけなら…………」
言ってから『あぁ、俺って意志薄弱だな……』と、胸中で愚痴を零してそっと溜め息を吐く。昔からお人好しだと言われ続けてきたが、本当にお人好しな性格というのはこういうとき、足枷以外何でもない。
「三日後に街の教会で第七子のカーマイン様が挙式をあげるのは知っているかね?」
短く頷き、首肯する。
「私は自分の結界技術については未だに未熟の領域を出ないと思っている。しかし現実問題としてシューレ以上の結界を誇る都市は私の知る限り、存在しないのもまた事実。幸いにして王都までは馬車で数日ほどの距離ということもあり、王族や大貴族たちが式を挙げるときはシューレで執り行うのが昔からの慣例となっている」
「よくヘッドハンティングされませんね。国家としては是が非でもお膝元に起きたい人材でしょうに」
「うむ。離れられない事情があるのだが……まぁそれは追々話そう。少なからずキミにも関係のある話だ」
だがまずは目先の問題からだ起こせんそう切り出しながら懐から封書を差し出す。差出人の名前は──快族団頭領・ジョニーと、達筆で書かれてた。
「快族団、ですか……」
「あぁ。大胆不敵にもこの男、結婚式当日にカーマイン様を攫うと犯行予告をしてきた。その上、これ見よがしに強力な魔法スキルを用いて結界まで破ってみせた」
「そうですか」
表面上は平静を装いつつも、多少なりとも驚きはあった。
いくら限界突破を果たしてないとはいえ、推定レベル二○○の純魔法職に就いてるハイエルフが施した結界を破る。冷静に考えれば一大事だ。
因みに結界を壊すだけなら弥生でも出来る。但し、素の状態ではなく【ラブドール】で能力を底上げした上で結界破りの力を施した武器を振るうという、ただの力押しとなる。人形遣いなどという不遇職でなければ職業にもよるが普通に破れる。
「しかし、結界が破られたとあれば王都で挙式を挙げた方が良いのでは? 結界が宛にならないのであれば単純に防衛力のある王都が一番安全だと思うのですが……」
「もっともな意見だ。しかしカーマイン様は常に暗殺の危機に晒されている。彼女の持つ、王族のみが使えるユニークスキル【ロイヤルコール】のせいだ」
「【ロイヤルコール】……ですって?」
そのスキル名には聞き覚えがあった。
スキルの効果は指名したキャラクターを強制的に【封印】──スキルが一切使えない状態──にするというもの。通常のスキルと違い、完全にNPC専用スキルなのでプレイヤーには縁のないスキルと思われがちだが突発型イベント【王都防衛戦】において襲撃してくる人型ボス三体のうち、一体をプレイヤーが名指しして王族がそのボスに対して使うというイベントがある。
そもそも何故ユニークスキルを持っているからという理由で命を狙われるのか。これは【ロイヤルコール】の性質にある。
このスキルは代々、王族のみ継承されるスキルだが誰に継承されるかは完全なランダム。そして【ロイヤルコール】を持つ者が同じ王族に殺された場合に限り、【ロイヤルコール】の権限は相手に移る……という設定の筈だ。記憶違い、覚えてる設定がこの世界でも通じるならそうだ。
「流石はハイヒューマン……いや、敬意を込めて限界突破者と言うべきか。ごく一部の知識人しか知らない【ロイヤルコール】の性質まで知っているとは」
「たまたま知ってただけですよ。私にだって知らないことはありますから」
まさか馬鹿正直に『情報wikiで見ました』なんて言える筈もなく、愛想笑いを浮かべて答える。
「そういう訳だから、カーマイン様としては出来る限り王都から離れた地で挙式を挙げたい。しかし今となっては私の結界スキルですら怪しい。可能な限り、高レベル帯の冒険者を雇い、盤石な体制を敷いても私の結界を破るような相手ではそのような下準備など焼け石に水。そこへ、キミがやってきたという訳だ。……協力してくれないだろうか?」
「…………」
軽く目を閉じて思考する。
王族の護衛など、自分には荷が重い。口で言うのは簡単だし、そう言えば恐らくローウェンは引き下がるだろう。
セリアが快族団の一員として行動しているという真偽を確かめるには良い機会だが、そうなると今度は自分の力が高い確率で露呈する。単独で快族団と接触できたのならばそのようなことになる確率は低いが、これを逃せば次はいつ接触できるか分からない。
しかし同時に思う。遅かれ早かれ自分の異常性は伝わるのではないか?
オルフェウス防衛戦での出来事は当然、エルメスを始め都市の上層部に伝わっている。あれだけ派手に暴れ回ればアスガルト王国を始め、他国にも間者を通じて話が伝わっていると考えるのが自然だろう。
そう考えるならオルフェウスを救う為に暴れた時点で自分が国家権力に目を付けられるのは決定事項。寧ろ後手に回り続けて気付けば外堀を埋められていた──なんて状況になりかねない。
ならばいっそ、ここで完全に自分の力をさらけ出すというのは妙案に思えてくる。公の場で自分の存在が明らかになればアスガルト王国を始め、各国は他国に出し抜かれる前に先手を打ってくる。言い方を変えればこちらがイニシアチブを取れるチャンスもある。
幸いにして今は世界中に根を張るスルガ商会という大きな後ろ盾がある。お金の力は特に何よりも厄介な存在になることを、彼は良く知っている。
……仮に国家権力を相手に有利な立場を確保したところでそれを活かせる程の才覚がないのは否めないがこの際それは考えないでおく。
「分かりました。この依頼、お受け致します」
力強く頷く、真っ直ぐローウェンを見据えた彼は良く通る声で宣言した。
それは、自ら国家権力の闘争に巻き込まれることを宣言した瞬間だった。