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その後

ネーミングセンスが欲しい……切実に!

 一○万規模の魔軍によるオルフェウス侵略という前代未聞の事件は、いつの間にか終わっていた。それが参加者たちの共通認識だ。


 突然掻き乱された中衛と遠方から確認された常識を超える火力。不慮の事態に混乱した前衛陣を切り崩すのは冒険者たちにとって最大の幸運と言えた。


 そして幸運はもう一つ。開戦から僅か三○分としないうちに徒党を組んでいた魔物たちの足並みが目に見えて乱れ始め、中には同士討ちを始める者まで現れた。こうなってくるとレベル差があるとはいえ、格上の魔物を殲滅するのは容易かった。


 一夜明けると、冒険者ギルドは参戦した冒険者で溢れかえっていた。ドロップアイテムを換金する為に押しかけてきた彼らにとって、日本人のように礼儀正しく並ぶ習慣はない。


 ドロップアイテムも、並び順も、全てが早い者勝ち。弱者は淘汰される。それが嫌なら強くなるより他ない。良くも悪くも、この世界は弱肉強食なのだ。


 そんな冒険者たちの喧噪とは無縁の会議室に神妙な顔つきで居座っている者たちがいる。


 ギルドマスターのエルメスと数人の幹部。そしてギルドお抱えの専属鍛冶師。長方形の長机の上には二種類の武器。


 ドラゴンスレイヤーとホーリーランス。

 いずれも弥生が戦場に捨て去った代物だ。それが今、彼らの頭を悩ませている。


「参ったのぉ。こりゃ本物じゃ」


 鑑定スキルを使い、真贋を確かめていた鍛冶師のドワーフが溜め息を吐き、眉間をもみほぐすような仕草をとる。


 ドラゴンスレイヤーは属性こそ付与されていないが魔物の中でもっとも加工が難しいと言われるドラゴンの鱗、角、骨などを使って作られる装備だ。ドラゴンに対して圧倒的な火力を発揮することは勿論、武器にスキルが封じ込められているとなればその価値は計り知れない。


 ドラゴンスレイヤーですらこうだ。ホーリーランスに至ってはもはや国宝級の装備と言ってもいい。単騎でドラゴンを倒すといった大勲章を成し遂げた一騎当千の勇者にのみ下賜される業物。属性の中でも珍しい光属性が付与されているだけでなく、一○○レベル以下の不死・悪魔は無条件で一撃死を与える。当然、こちらもスキルが封じ込められている。


「これほどの業物を戦場に置き去った理由はあるか?」

「よほどの事態に陥ったか、相討ちとなった……といったところでしょうか」

「しかし、これを装備できるほどの冒険者がこの街に出入りしたという情報はありませんぞ?」


 郊外町とはいえ、一応は人の出入りを監視する人間が配備されている。監視者からの報告と照らし合わせてもこれほどの業物を扱う人間が郊外町に来たという話はない。


「そう言えば……確かこの前ゾンビマスターを倒した若者がいましたな。その者ではないのですか?」


 幹部の一人が思い出したように口を開き、別の幹部がそれを否定する。


「いや、彼の者は人形遣いであった。エルメス殿とまともな勝負ができるくらいには強いが、そのとき使っていたのは片手剣であった」


 ドラゴンスレイヤーとホーリーランス。どちらも両手で扱うような超重量級の武器だ。間違っても片手剣を武器とする人間が扱えるような代物ではない。


 そもそもドラゴンスレイヤーに至っては持ち運びをするだけで大変だった。ストロングホースに繋げて始めて動かせるほどの重量級の武器を扱える者となれば、ギガント族と考えるのが妥当なところ。


(あの男が絡んでいる?)


 幹部一同の話を半分聞き流しているエルメスの脳裏に浮かぶのは過日、ギルドを訪れた青年。


 随所で詰めの甘さが目立つものの、一度戦闘が始まれば洗練された技術と豊富なスキルで自分を圧倒するスペックを持つ人形遣いの男。


 年齢に見合わない実力と、それとなく腰の低い態度。戦いに対する割り切りの速さ。全てがチグハグだらけの存在。故に、彼が『あ、それ俺のモンです』と名乗りを上げてもきっとエルメスは驚かない。


 どのみち彼には上魔石の納品依頼を出したのだ。結果論ではあるが、あのとき依頼を出したのは間違いではなかったと、密かに自分の英断を自賛する。


 しかし同時に懐柔するなら慎重に行うべきだと、理性が告げている。あれだけの強さを持っていながら彼は一般人の枠を出ていない。下手に追い詰めれば突拍子もない行動に出てもおかしくはない。


 まずはこちらが相手側にとって有益な存在であることを臭わせ、ビジネスライクな関係を築くのが得策だろう。エルメスの脳内では既に彼を冒険者ギルドへ引き込む算段が建てられていた。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「まーせきーのたーめなーらーえんやこーらーさっさー」


 現実時間にしてお昼を少し回った頃、一同はグラードワームの住処まで降りていた。当初の予定通り、紗音たちは戦闘外エリアで見学。召喚された歌音が呪歌【黄泉の招き手】で動きを完全拘束してアルフォードが意味不明な歌を口ずさみながらピッケル片手に上魔石を採掘。弥生は体育座りで見学モード。スキルディレイタイムは少し前に終わったとは言え、能力低下のペナルティは依然継続中だ。グラードワーム程度なら一○匹抱え込めるぐらいのことはできるが、とにかくだるくて動きたくない。


 一言で言えばサボり。もう一言追加するとごろ寝したい。そんな気分だ。


「他の魔物も呪歌で拘束できれば楽だろうな……」


 味方に多大な恩恵をもたらす祝詞に対して、敵にデバフとはまた違った効果をもたらす呪歌。一度に多数の敵に対して効果を発揮する反面、敵のレベルが上がるにつれて効果時間が短くなる。加えて、呪歌はレジストされやすい一面も併せ持つ。歌音が歌っている【黄泉の招き手】一つ取っても、外部からの干渉──例えば殴られるとか──を受けるだけで解除されてしまう。


 まぁ今回はレベル差があまりにも開いているので長時間の拘束ができる訳だが。


「うっし、採れた。歌音ちゃん、もういいよ」

「うん。分かった」


【黄泉の招き手】を中断し、舞踏スキル【剣の舞】を披露。舞踏スキルの火力は雀の涙程度しかないが効果範囲が非常に広く、必中攻撃と怯み攻撃がもれなくセットで付いてくるが、どう足掻いてもネタスキルの領域を出ない上に浪漫型であっても舞踏スキルを主体とするマゾプレイヤーはいなかったと二人は記憶してる。これを歌音に覚えさせる為にわざわざ習得した弥生は自分のことを全力で棚に上げているけれど。


 今、歌音が踊っている【剣の舞】は物理攻撃を主体に置いたスキル。中には攻撃力や魔を下げる物も存在する。


 但し、そうした効果を与えるエフェクトが発生するのは一○秒に一回の割合。長期戦という長い目で見れば有用かも知れないが、身も蓋もない言い方をすれば踊る暇があれば歌えと言わざるを得ない仕様だ。全く以てネタスキルと実用スキルの差が激しい。


「にしても……」


 先程の戦闘の疲労と【リバース】の反動のせいか、太くて長いグラードワームを見ていると、どういう訳か麺類を連想してしまう。ついでにお腹がきゅぅ~っと鳴ってしまった。


 この世界の食文化は驚くほど低い。家畜の餌みたいな代物が食卓に上がる、ということはないが過疎化した村ではそういうところもあるとはアルフォードの弁。


 主食はパンとスープ、豆類や芋類が一般的。肉類は王都住まいの平民でも月に一度か二度食べる程度。乾物はない。保存の利く乾物はあるが携帯軍用食で普及している程度。


 普段はアイテムストレージの中にあった食材を使ってどうにか我慢してきたが、その在庫もそろそろ厳しい。礫の揺り籠で食べた食事は──我慢すれば食べられるレベル。逆に言えば、我慢しなければならない食事とも言い換えられる。


(家畜の飼育とかあんま真剣にやってなさそう……てかそれより米食いたい! 贅沢を言えば塩焼きした鮭と納豆、味噌汁の組み合わせ!)


 少し前にこの世界に米がないかアルフォードに聞いてみたところ、残酷な答えが返ってきた。ただ、弥生の感覚からすれば稲穂が全くないというのもおかしいように感じる。恐らくだが、アルフォードは稲穂のことまで気が回らなかったのではないか。


 何故こんなにも食文化が進んでいないか。その理由を考えたところでアリッサが以前言ってたことを思い出す。


 落とし子事件以降、数多くのスキルとその習得法が失われ、その過程で料理も決して少なくない影響を受けたと。


 少々、極端な例えだが美味い肉を食べたいとする。

 実家暮らしをしてた頃、家族の誕生日や祝いの席で食べてたA5ランクの黒毛和牛とはいかずとも、市販の肉でも美味しく食べる術はある。一人暮らしをしてた頃ならネットで調べたやり方で肉を熟成させる、一晩タレにつけ込む、調理の段階で塩胡椒で味付けする、等の方法が挙げられる。


 だがこの世界の住人は違う。肉を熟成させれば美味くなる、というのを知らない彼らは必然的に美味い肉はそれなりの魔物を狩る必要がある。


 参考程度にファルエン邸で出された肉の正体はヴィンダーラビット。戦闘力は大したことないが警戒心が強く、遭遇しても健脚を誇るその脚で一目散に逃げる。よほどのことがない限りは自分から戦闘を仕掛けてこない温厚な魔物だ。ゲーム時代でも料理の材料として小遣い稼ぎには丁度いい値段で売り出されていた。


「さてと……一応ノルマの五個は採掘したけどどうする。もう戻るか?」

「小遣い稼ぎしたいし、もう少し採掘していいと思う。あと、紗音さんにはグラードワームで即席の道場やらせよう」


 一部の攻撃スキルは使い続けることで派生スキルを習得することができる。


 だがそれは何も考えなしに使えばいいというものでもない。ただスキルを反復練習のように使い続ければそれなりの回数をこなす必要があるが自身よりレベルの高い魔物相手にスキルを使えばレベル差に応じて早く習得できる。


 そのことを紗音に説明し、納得した彼女は早速腰に提げた片手剣を引き抜く。


「道場かぁ。そうなるとヘイト管理徹底する必要あるな」

「まさか【絶望の視線】覚えてないのか?」


【絶望の視線】とは複数の魔物に対して強烈にヘイトを上昇させるスキルだ。後防衛役を担う【パラディン】や【ジャックナイト】のような騎士が習得してもおかしくないが、何故か正規の手段で習得できるのは斥候職用のスキルだったりする。


 勿論、秘伝書作成可能なスキルなのでメイン防衛役を担うプレイヤー達は当然のように習得していた。


「あー……俺の役目って基本攻撃役だったからパーキングとかは別の奴の担当だったんだ。つっても【挑発】や【クイックスタン】みたいな小技的なものは覚えてるから」

「けど今のメイン火力って多分というか間違いなく俺の作った人形になるだろうな。……つー訳でほれ、【絶望の視線】の秘伝書だ」


 ぽいっと、紐で結わえられた秘伝書を投げ寄越し、綺麗にキャッチする。


「……お前人形遣いだよな? ヘイト管理する必要ないよな?」

「人形達にスキル覚えさせるのに必要だった。因みに俺も無駄に覚えてる」

「本当に無駄でしかねぇな。……で、これを俺に寄越すその心は?」

「頑張れ」

「堂々とサボり宣言するなっ!」


◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 納品分込みで上魔石を二○ほど採掘したところでダンジョンから脱出する。久しぶりに外の空気を吸ったアルフォード、紗音一同を出迎えたのは茜色の空とオーストラリアに勝るとも劣らぬ地平線。


 魔物の死体はもうない。数時間前まで、貴族関係者や冒険者ギルドの職員が素材獲得の為に我先にと死体を確保していた事実を彼らは知らない。


 少しの距離を歩いて郊外町に踏み込む。日本のサラリーマンたちが一日の仕事を労い、一杯引っ掛けていてもおかしくない時間帯だ。ましてやここは娯楽の少ない世界。宴会騒ぎで酔いつぶれるまで呑む者から稼ぎ時とばかりに張り切って接客する娼婦をしこたま脇に抱えて豪遊する者、或いは大量のお酒が入り、気が緩んでいるその隙を突いて盗みを働く者まで。良くも悪くも、郊外町はあり得ない盛り上がりを見せてた。


 収容許容を超えた店は仮設テント宜しく仮設テーブルを外に設置して、大食漢たちの胃袋を満たす為にせわしなく動き回る。冒険者ギルドも似たようなもので、仮設テーブルが五席ほど設置されてる。そのなけなしのテーブルもばっちり埋まっている訳だが。


「よぉ姉ちゃん、色っぺーなおい」

「おじさん達とイイコトしようよ。勿論お金は払うからさ~」

「そんなひょろいもやし男じゃアッチも欲求不満なんじゃないのか、んん?」


 取り敢えずこの手の相手はスタン効果のあるスキルをぶち込んで黙らせるのが手っ取り早いというアルフォードの助言の元、一瞬の躊躇もなく気絶させる。礫の揺り籠ではそれなりに注目されてたと記憶していたが、思ってたより知名度は浸透してないようだ。


「こりゃ換金は無理そうかな?」

「外食するにもこれじゃあねぇ」


 男二人ならともかく、こっちは贔屓目抜きにしても美女と呼んでも差し支えのない女が四人もいる。忘れがちだがジェシカ、ルーナ、ミアも生まれこそ貧村だが奴隷商人に目を付けられるぐらいには顔立ちはいい。紗音に至っては出るところは出て、引っ込むところはしっかり引っ込んだプロポーションの持ち主。男共が放っておく訳がなかった。


「郊外町、明日にでも出立した方がよさそうだな」

「す、済みません……」

「いや別に紗音さん達を攻めてる訳じゃないから」


 ちょっとしたナイト気分を味わえるので男達二人の評価はイーブン、といったところか。


 出て行くと決めれば後は目的地を決めるだけ。取り敢えず無理矢理にでも換金だけは済ませて部屋に戻り、目的地を決めてさっさと出て行こうと密かに決意を固める。


 だが物事というのはそう単純に進むものではない。特に何かを決意した直後というのは、必ず魔が差すのがお約束。


「エルフォードさん」


 これだけの喧噪の中、自分を呼ぶ声をキチンと拾えたのはある意味奇跡だった。


 人混みを掻き分けて現れたのはスーツ姿の男性。あちこち探し回っていたのか、額にはうっすらと汗が浮かび上がっていた。


「ダニエルさん?」

「はい、ダニエルです」

「エルフォード、このおっさん誰?」


 この中で唯一、初対面のアルフォードはそれとなく投げナイフを掌で隠しながら持ち、紗音たちを庇う。流石に紗音たちを奴隷として売ろうとした商人と紹介する訳にもいかず、肝心なところだけは伏せておく。


「スルガ商会のダニエルさん。オルフェウスへ行くのに護衛として同行した。……て、お前。ずっと俺のこと監視してたなら顔ぐらいは見たんじゃないか?」

「おっさんの顔なんか覚えても楽しくない」


 もっともな意見に弥生は勿論、無礼極まりないことを言われたダニエルでさえ笑ってる。流石にジェシカ達はアルフォードと弥生の後ろに隠れながら何か言いたげな表情で睨んでいるが。


「どうしました? もしかして護衛の依頼ですか?」

「出来ることならスルガ商会の専属護衛になって貰いたいところですが、今回は依頼ではありません。スルガ商会の元締めであるスルガ様がエルフォード様に会いたいと」

「はぁ……」


 いきなりそんなスケールの話をされても正直、ピンとこない。そもそも、スルガ商会は世界経済の大黒柱とも言うべき存在。


 貴族専門の宿だけで年間売り上げ白銀貨五○枚を誇る宿泊専門の宿り木商会も、世界一のポーション出荷量を誇るティラミス商会も、スルガ商会の傘下企業とも言うべき存在に過ぎない。


 因みにスルガ商会の傘下企業となっている商会は全体の八割。下手をすれば金の力だけで大陸全土を支配できる勢いだ。こっちに来てまだ日の浅い弥生でも、流石に一般常識ぐらいは勉強している。


(だからこそ理解できない点もあるんだが……)


 これだけ大きな商会だ。オルフェウスにも子会社や支店があっても不思議じゃないが、元締めがこんなところで生活しているとは思えない。普通に考えるなら何かしらの取り引きで自らが出向き、たまたま滞在中に自分たちの噂を聞きつけた。そう考えるのが自然だ。


「彼女たちも一緒じゃダメですか?」


 宿屋に置いていく選択肢もあるが、状況を鑑みた結果、野放しにしておくのは危険だ。アルフォードを虫除けにするにしても物理的に限度がある。


「構いませんよ。エルフォードさんだけを連れてくるようにとは言われていませんので」

「分かりました」


 流石に商会が相手なら今すぐ消されるとかそういう展開はないだろう。警戒心をほんの少しだけ緩めてダニエルの後を付いていく。


 郊外町と下級区を隔てる門で見張りのドワーフと一悶着あったが、ダニエルが羊皮紙を見せつけて一発で解決した。この世界でも契約書のようなものは場所によってはとてつもない力を発揮する。


 門を潜り、まず目の前に飛び込んだのは白い馬車だ。普通、豪商の馬車というのは何かと着飾っているものが多いがこれは最低限の装飾を施しただけの、かなり質素な作りだ。


「皆様の姿は、例え下級区であっても大変目立ちますので、馬車をご用意致しました」


 ダニエルの言葉に弥生は答えない。否、答える余裕がない。

 外見こそ質素な作りになっているが侮るなかれ。耐衝撃、耐震、耐熱、耐冷、軽量化、強度強化、魔法抵抗のエンチャントをがっつり施した馬車を使うのは王族ぐらいだ。


 いや、単純な強度に関しては王族が所有している馬車以上かも知れない。具体的にはINTカンストしてる自分が一番強い魔法スキルを撃ち込んでも数発は耐えられる程度には丈夫だろう。もはや馬車というか移動型トーチカだ。


 馬車に乗り込み、中で快適に過ごすこと数十分。目的のスルガ商会支店に到着した一同を出迎えたのは見た目一二歳の少女だ。


 腰まで伸びた銀色の髪に緋色の瞳を持つ少女は一目でプレイヤーメイドと分かる装備を身に纏い、出迎えてきた。


 因みに装備の正体はバトルメイドスーツ。三度の飯よりメイド大好きなプレイヤーが作った渾身の作品。スカートのふんわり感を出しつつフルプレート装備に匹敵する防御力を維持するのに苦労したとか何とか……。


「スルガ様!? 何も自ら出迎えなくとも……っ」

「この御方は私にとってとても大切な方です。あなたの意見は聞いてないわ」

「あー…………スルガってお前のことだったのね」


 この場で唯一、冷静を通り越して呆れたようにポリポリと頭を掻く人形遣い。


 スルガ商会の元締め改め、アデルフィアシリーズ十二女・駿河紫苑。課金装備と課金アイテムによるパワーレベリングの末に三○○レベルに到達した生産特化型の人形は、滅多に見せない笑顔を、惜しげなく向けていた。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「ダニエルからお兄様が警護をしていたと聞いたときは本当に驚いた」

「それはこちらの台詞です。まさか私達の中で一番大人しかった貴女が大手商会の元締めをしているとは……【神託宣言】の賜物ですか?」

「リーラ姉様は相変わらずキツい。それに姉様ならスルガの名を聞けばすぐ分かると思った。あと、私は元々経理が得意」

「それは……確かに私の落ち度ではありますが……」


 場所は変わり、VIPをもてなす為だけに作られた客間。顔合わせということでリーラ、紫、シャルロット、歌音を呼び背中に全く負担の掛からないソファーに腰掛け、互いの近況報告を兼ねて雑談に興じる。


「……弥生さん、小さいのがお好きなんですか?」


 尚、同乗者四名が冷ややかな視線を送っていたことを追記しておく。


「お兄様」


 極上の香りが漂うハーブティーを一口啜り、紫苑が話題を振る。先程までの雑談と違う、本命の話題であると察した彼は自然、姿勢を正す。


「オルフェウス侵攻を目論んでいたブラッティ・ファングを殲滅したのは、お兄様で間違いない?」

「厳密に言うと違うな。戦力の大半を削りはしたが総大将には逃げられた。で、そのまま【魔操作】で支配されてた徒党を組んでいた部隊が瓦解、冒険者と騎士たちがケリを付けたってのが真実」

「流石は私のお兄様」


 ナチュラルに冒険者たちの活躍をなかったことにするあたり、良い性格をしてる。


「でも、少し目立ち過ぎた。オルフェウスにも各国が放った間諜がいる。紫姉様が一番暴れていたからそこまで注目されてないとは思うけど、近いうちに向こうから接触してくるから身の回りには気をつけて。特にエルメスはあなたを取り込もうと画策してくるはず」

「彼女はともかく、国に対する警戒はそこまで神経質になる必要はないと思うぞ。職業のこと抜きにしても一人の人間……いや、他人から見たら一組のパーティーか。たった数人規模のパーティーが一○万規模の部隊をどうにかしたなんて話、首脳陣が鵜呑みにする訳ないだろ」


 弥生の言い分を、紫苑は小さく首を振って否定する。


「アルフォードという前科がある。流石にバイラルト砦奪還のときとは規模が違うけど、向こうから接触はしてくるのは確定事項」


 弥生が知らないのも当然だが、アルフォードはかつてたった一人で盗賊たちに占拠された砦をたった一人で奪還した経歴を持っている。彼に当時のことを聞いてみたところ、一宿一飯の恩を受けた夫婦の一人娘が攫われたので取り返すついでに殲滅したと、呑気にコメントした。その一人娘は現在、二児の母として両親から受け継いだ雑貨屋で頑張っている。


 自分で選んだ結果とはいえ、面倒なことになったと溜め息を吐く主人の様子に、紫苑は何処か攻撃的な笑みを浮かべて答える。


「心配は要らない。お兄様は何も心配しなくていい。オルフェウス支部の冒険者ギルドはうちからお金を借りているし、こういう時に備えての貸しもある。今後、お兄様には指一本触れさせない」

「おま……しばらく見ない間にメチャクチャ物騒なこと言うようになったな……」

「強欲な商人を幾度も相手にすれば変わるわ。お兄様は知らないかも知れないけど、スルガ商会は今や世界経済の大黒柱でもある。そして私は自分の技術を全て晒した訳じゃない。お兄様さえ望むなら、大恐慌を引き起こすことも厭わない」

「異世界版ブラックマンデーとか洒落にならんから止めろ」

「大丈夫。富裕層だけが被害を受けるよう舵取りは怠らない」


 どうも過去に自分が作った人形は長い時間を経て思いも寄らぬ人格を形成してしまったようだ。平常運転なのはリーラと紫ぐらいか。


「まぁ、世界恐慌は毛の先ぐらい冗談だけど」


 無視できない一言をさらりと吐く。当然、脱線するので綺麗にスルーする。


「お兄様は今後、姉様達を探すの?」

「そうなるな。ついでに元の国へ帰る手掛かりとかも探すつもりだ。俺はともかく紗音さんは帰りたいみたいだし」

「なら、そこの男とは一度離れた方がいい。貴族階級の人間、情報通の人からすればアルフォードは生きた伝説だから一緒に居るだけで無用な苦労を強いられる」

「一理なるな。それなら一度、ザードさんのところに戻って経過報告しといた方がいいか。合流するだけならそう難しくはないし」


 紫苑の言い分をあっさりと認める。郊外町住まいの人間ならともかく、王都へ向かうのであればアルフォードが居るだけで確実に目立つし、それが原因で行動を束縛される可能背も出てくる。本当に嫌ならば暴れ回って力で黙らせるという最終手段もあるが二人はそこまで人格破綻者でもなければ短絡的でもない。


「探すならフローレンス姉様の方が良いけど、多分封印されたままの状態だと思う。あと、セリア姉様に関しては心当たりがある」

「マジかよ……」


 何故だろう。娘達が見つかるということは戦力拡大に繋がるというのにこの言いようのない不安は。


 三女のセリアと言えば魔法特化型の人形。火力という点では紫も大概ぶっ飛んでいる自覚はあるが、残念ながら広範囲に被害を及ぼす上級魔法による殲滅速度は語るまでもない。


 魔法使いが一人居るだけでパーティーの火力は大きく変わる。だというのに人形達の反応は第三者から見ても歓迎してるとは言い難いものだ。


「大方、適当な男を供給源として好き勝手暴れてるのでしょう、あの女は」

「私もセリアは嫌いかな。フレンドリーファイア設定されてるスキルとか好んで使うような娘だし」

「そもそも何故当時の俺はあんな面倒臭いの作ったんだって言いたくなるし……もういっそのこと分解するか? いやしかし、また同じの作るのはとんでもなく面倒だし──」

「お、お兄ちゃん……流石にそれはちょっと……。で、でも私もセリアは、苦手かも……」

「ふん。ボクもあの悪女のことは嫌いだね。ツンデレなんてボクには理解できない」


 シャルロットの言い分に男二人が『お前が言うなッ!』と胸中で突っ込む。二人の心が一つになった瞬間だ。少しも嬉しくないが。


 ただ、何処まで話し合ったところで結論は『放っておいた方が面倒だから回収しに向かおう』というものだった。究極、弥生でなくても適当な人形遣いに【魔力操作】のノウハウを教えれば魔力供給は簡単にできる。


 三○○レベルの人形を維持するほどの強力な魔力を持っている、という条件付きだが。


「ところで紫苑、あなたは御主人様と行動を共にしないのですか?」

「お兄様が望めば。ただ、私は商会で頑張った方がお兄様の助けになると思う。私がいれば大抵のことは便宜を図れるし、霊薬を作ってそれを提供するのだって造作もない」

「スルガ商会の影響力なら保証付きだぞ。殆どのギルドが創設時にスルガ商会から金借りてるしアフターケアも万全。おまけに現在進行形で世話になってるところも少なくない。具体的には冒険者ギルド本部とかファルエン家とか。個人で利用してるのはレオノーラとかそのぐらいだな」

「誰だそいつは?」

「そこの男と同じ最強候補の一人。冒険者という枠組みだけで見れば間違いなく最強。会ったことはないけど多分、アルフォードと同じ転生者」

「あの、前から疑問に思ってたのですが『テンセイシャ』って、一体何ですか?」


 少々、不自然な形ではあるがジェシカが質問をしてきた。そう言えばまだその辺のことを説明してなかったなと思い出し、苦笑する。


「えっと、転生者ってのは秘術を使って一度死ぬことで新しい肉体を得た人たちの総称なんだ。転生する為の条件はまず、二○○レベルに達することが条件だ」


 そう前置きをしてから説明を始める弥生。

 あくまでゲーム時代を基準とした話になるが、三○○レベルに達するには相応の手順を踏まなければならない。


 未転生時代の上限は二○○レベルに設定されており、ステータスの数値も一○○でカンストする。これより上の強さを目指すには古代図書館へ赴き、多額の寄付金を納めることで深部にある小さな部屋で転生の儀式を行うことができる。


 転生後、レベルこそ一に逆戻りするがステータスに振り分けられるポイントは初期の二倍ある為、より強いキャラクターを作成することができる。


 レベルも二五○まで解放され、ステータスの上限も二○○まで上昇する。この調子なら限界突破も簡単ではないかと思われがちだが、これより先は難易度のインフレがあまりに酷い。


 限界突破を果たすには三つあるグランドクエストの一つ、限界突破への挑戦をクリアしなければならない。大まかにクエスト内容を説明するとリアル時間で三○日以内に指定されたダンジョンの最下層にいるボスモンスターを殲滅しつつ指定された素材を納品。参加人数に上限はなし。


 回るダンジョンの数は五○箇所。必要素材は一○○種類。それをたった三○日以内にクリアしなければならないのだから社会人にとってはかなりきつい。


 制限時間も去ることながら、登場するボスモンスターも大概だった。例えば序盤に登場するハイレブナント・ドレイクデュークは前衛・後衛を巻き込む広範囲ブレスを一秒おきに吐いてくる。中盤以降登場するキメラアントヒルクィーンは常時三○体の取り巻きを従えて物量戦に持ち込み、プレイヤーのリソースを枯渇させようとする。


 五○箇所目のダンジョン最深部に潜むファフニールに至ってはヘイト値が一定値に達すると【アブソリュートディフェンス】を使ってくる始末。当然、無敵状態でも攻撃は続くのでプレイヤーは防戦を強いられる。ヘイトが高すぎればリソースを無駄に消耗し、かと言って前衛に対するヘイトが低ければ後衛が蒸発する火力が火を吹く。当然、取り巻きの質も量も生半可なものではない。


 これだけで大概酷い難易度設定だと思うが、本当に酷いのは失敗したときのペナルティだ。限界突破クエストは期日内にクリアできなかった場合、クールタイムとして二ヶ月間、再挑戦ができない仕様になるだけでなく、ボス攻略で使用した装備が全て没収される。これには大量のクレームが付いても仕方ないが運営は普通に受け流し、難易度が下方修正されることはついになかった。


 当時はMMOの有史以来、最高難易度とまで言われたこのクエストは数多の廃人たちの装備を没収し、嘆きのどん底に陥れた。それでも諦め切れない廃人たちは徒党を組み、対策を練りに練って、ついに運営の悪意に打ち勝った。


 限界突破の恩恵は凄まじいの一言に尽きた。

 一回のレベルアップ時に得られるボーナスポイントの桁が違う。習得出来るスキルの数は勿論、威力・効果が頭一つどころか二つ三つも違う。ステータスの限界値に至っては五○○と大盤振る舞い。その上、極振りをしても三つのステータスはカンストするというから驚きである。また、種族によっては属性を吸収するという特典付き。火属性に対してデフォルトで耐性を持つドワーフなら限界突破した時点で【火属性吸収】が付く。これにより、狩りの効率は凄まじく上がり、限定的に属性対策装備をする必要がなくなる。


 因みに人族の弥生はこれと言って種族特典はなく、多くの人族プレイヤーが地団駄を踏んだとか何とか。


「──というのが未転生、転生、限界突破の違いだ。分かったか?」

「なるほど」


 本当に理解しているかどうか、判断に困る反応をする紗音。ジェシカ達は『やっぱりエルフォードさんって凄い人なんですね!』と、尊敬の眼差しを向けてた。正直、直視できない。


「なあ、話聞いてて思ったんだけど人形遣いのお前がよく限界突破クエストの募集枠に入れたな。どうやったんだ?」

「聖剣シリーズを貸与することで話付けた。それに当日の俺は素材集めを命じられてたからボス攻略には参加してないよ」

「なるほど……て待て! お前持ってるのか、聖剣シリーズッ!」


 聖剣シリーズとはサーバーに七本しか存在しない武器の総称である。リーラが使っているエクスカリバーがまさにそれだ。


「あ、あぁ……持ってるぞ。と言っても手元にあるのはリーラが使ってるエクスカリバーとストレージに眠ってるフラガラッハぐらいだ。クラウ・ソラスは二振りでワンセットだから四女に持たせたけどフルンティングは……どの人形に持たせたか忘れた」

「半分以上独占してんじゃねーかッ!」


 アルフォードの絶叫はもっともだ。

 そもそもサーバーに七本しか存在しない時点で競争率が激しいというのに、それを一人で四本も所持しているのだ。この手札がなければ彼は限界突破へ挑戦するパーティーに参加させて貰えなかっただろう。


 ついにで何故彼がこれほど高価な装備を独占状態にしているかと言えば息抜きと称して他のキャラデータで遊んでいるときに集めたものだ。不遇職で遊び続けていた反動か、別のキャラで遊んでいるときはあり得ないほどの剛運を発揮。あれよあれよという間に必要な存在や条件を満たし、気付けば独占していたという訳だ。


「ま、まぁ俺の話はいい。今はセリアの行方についてだろ」

「そうね。お兄様の収集癖より、今はセリア姉様の方を優先すべき」


 大分話が脱線してしまったが、漸く本題に入る一同。あくまで私が人づてに聞いた話だけど……と、前置きして口を開く紫苑。


「ジョニー快族団にいるかも知れない」

「海賊団? あいつ海にいるのか?」

「違う。愉快の快に族で快族団。空は自由だとか何とか言ってる男が立ち上げた空族団。そこに高飛車で高慢、その上強力な魔法使いがいるという噂。金髪紺碧に加えてエルフ耳の絶壁。おーっほっほっほって悪趣味に笑う」

「うん。それセリアだ」


 見てもいないのにあっさりと断言できる辺り、本人がどんな人格者であるか窺い知れる。


「御主人様、快族団に居るのでしたら別に放置しても全く問題ないのでは?」

「寧ろ他人の振りをしたい。私としては」

「気持ちは分かるけど……うん。まぁ顔見せぐらいはしてそれから考えようか」


 正直なところ、性格はアレでも心血を注いで作り上げた人形だ。五○○年経った今でも元気に過ごしているか気になるというのが人情というもの。勿論、本人が今の暮らしがいいと言うなら無理に引き抜くつもりはない。


「じゃ、当面の目標は快族団への接触方法を考えつつオルフェウス以外の街へ行く、でいいな?」


 これには皆、同意見なので満場一致で決定。ただ、いざ何処へ行きたいかと言われれば咄嗟に意見が出ないのがこのパーティーの困ったところだ。


 結局、話し合いの末に一度、かつてのギルドホームがあるシューレへ戻ることで話は落ち着いた。

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