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アリアドネの迷宮 2

2013/7/15

本文を大幅に加筆修正。

「是が非でも、エルフォードさんをお連れするようにとギルドマスターから御諚を賜っております。ですからどうか、ここは私の顔を立てるつもりでお願いします」


 その一部始終を遠くの席で見守っていたアルフォードは注文したビールを一気飲みして気を紛らわす。職務中なのに酒を呑むのはどうかと思うが店員が五月蠅いので注文せざるを得なかった。わざわざ飲む必要があるかと訊かれれば返答に困るがそこは意図的に無視することにする。


「面倒臭いことになりやがって……」


 この世界に来て日の浅い弥生は知らないことだが冒険者ギルド・礫の揺り籠のギルドマスター・エルメスは強い。未転生者ではあるが、未転生の上限値の二○○レベルに達している。


 仮にも限界突破者として名を連ねる彼が負けるとは思えないが、人形遣いという地雷職のことを思えば、条件次第では負けも見えてくる。……その条件さえも達成するのは割と困難だけれど。


(あいつ、もしかしてギルドに肩入れするつもりじゃねーだろうな)


 あのエルメスのことだ。会えばすぐに弥生に光るモノを感じ取り、どうにか取り込もうとする。それこそ、人質を取ってでも利用しようとするぐらいには。


 現在、郊外町を含めてとザードが収める世界樹の街との関係は決して良くない。純粋な戦力ではオルフェウスに軍配が上がるが守りの堅さでは一考の余地もなく世界樹の街の勝ち。


 幹部を含めて、ギルドに属する人間というのは得てして野心家である傾向が強い。面識のあるアルフォードから見たエルメスの評価は『必要ならば手段を選ばない汚さを持つ女狐』だ。


 そして恐らく彼女はそれっぽい理由、或いは少々強引な展開であっても決闘を持ちかける。あれはそういう人間だ。腕っ節で支部超の座に就いたのだからそういう気性を持ち合わせているのはある意味当然と言える。


 決闘に勝てばギルドの一員として働いて貰う──

 エルメルが提示する条件は差し詰めそんなところか。


「アルフォードさん、どうします?」


 部下の青年が尋ねる。彼の顔色からして、事態が良くない方向に転がっていることだけは青年にも理解できた。


「一度接触して忠告──いや、いっそのこと一緒に行動した方がいいかも知れん。あの女のことだ。あいつの価値に気付いたらそれこそ手に入れようと躍起になる」

「荒事になったとして、アルフォードさん勝てるんですか?」

「ん? まぁ一○回やって一回は不覚を取るぐらいだろう。ウチの領主様から貰った資料見ての判断だけど」


 アルフォードが就いている職位【断罪の処刑人】は斥候職の中でも火力に秀でた職業だ。ローグ系と違い、アサシン系に分類されるそれは防御以外の能力が極めて優秀で、ステータスと装備次第では大抵のボスをソロで攻略できる。


 ボスモンスターをまともに抱えられるほどの回避力に瞬間的な火力を生み出す毒系スキル。魔物から姿を隠す隠蔽スキルと、まさにソロプレイヤー向けに用意された職業と言っても過言ではない。


 因みに限界突破から解放される【ファントムアサシン】は前職の回避力・火力・隠蔽を更に強化したような鬼畜性能を誇る上にゲーム時代は必中扱いとされてた魔法スキルを回避するというチート性能を誇ったとか何とか。


「お前等はここで待ってろ」


 相手が動いたのを確認して、衆人観衆の中で堂々と隠蔽スキルを発動させる。空想科学の世界でしばし登場するステルス迷彩のように全身が周囲の景色と同化すると共に他者から限りなく認識され辛くなる空気を纏った上で足音を消す。


 完全に空気と化したアルフォードはごく自然な動作で立ち上がり、弥生たちの後を追った。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「初めまして。冒険者ギルド・礫の揺り籠のマスターをしているエルメスです。以後、お見知り置きを」

「こちらこそ。私はエルフォード。彼女たちは私の仲間です」


 道中、余計なことは話さなくて良いと釘刺しをしておいたのでリーラたちは最低限の自己紹介だけ済ませてぺこりと頭を下げるだけに留める。


(つーかなんて装備だよおい。バケツ装備とかありえねぇ)


 失礼だと思いつつ、改めて目の前に立つエルメスを観察する。

 全身を覆う鈍色の金属鎧。頭部を守る兜は長方形型の被り物で、顔をすっぽりと覆うフルフェイスタイプ。そこに重装歩兵が着込む分厚い金属鎧を纏ったその姿をネットではバケツ装備と呼んでいた。


 極端に回避力が下がる反面、鉄壁の防御を誇る組み合わせなので防衛役を担うプレイヤーは大抵、バケツ装備で挑む。但し、前述したフルフェイス型の兜のせいで視野が極端に狭くなるという欠点を持つ。ゲームの癖に無駄にそういうところはリアリティだったのは覚えている。


「本題に入る前に些事を片付けましょう。まず、ユニークモンスター・ゾンビマスターを討伐した報酬です」


 引き出しの中から小さな革袋を取り出す。じゃらじゃらと音をたてながら小袋を渡し、リーラがそれを受け取る。


「金貨一○枚入ってます。確認を」

「……確かに。金貨一○枚、頂きました」

(え? 意外と多くない?)


 そう思ったのは弥生と紫だが、空気の読めない奴だと思われるので黙っておく。


 紫の感覚からすればゾンビマスターは弱点だらけの魔物でしかない。部位は一つ、光・火属性に弱く、普通の聖水で清めた武器でも弱点特攻が狙える、アンデット系の宿命で大して固くないと、四拍子揃ったカモだ。


 まぁそれはあくまでゾンビマスター単体の評価に過ぎず、実際は取り巻きたちとも戦うことになる。そうした諸々を含めての報奨金なんだろうと思い直す弥生。


 そうすると今度は少し安いような気もするが、そもそもこの世界の物価を正確に調べた訳ではないので考えるだけ詮無きことだと思い、思考を破棄する。


「次にそちらのお嬢さん……シャノン・イツクシマさんの冒険者登録についてですが……」

「何か不都合でもあるんですか?」

「いえ。ギルドとしては新しい人材が入ることは歓迎すべきことです。問題なのは礫の揺り籠で登録をするということなんです」

「それは、どのような理由があってのことですか?」


 言ってる意味が分からず、皆の気持ちを代弁するかのように疑問の声を上げる紗音。


「礫の揺り籠にいる冒険者を見てどう思いましたか?」

「野蛮人の集まりです。動物園かと思いました」

「危険、汚い、臭いを詰め込んだ場所」

「リーラ、先輩、流石にそれは言い過ぎだぞ」


 言い過ぎ、と窘めるだけで否定まではしない。

 結局のところ、彼も似たような感想を抱いていたのだ。


「そういうことです。発行されたギルドカードには登録したギルドの名前がしっかりと刻まれます。原則事項として、冒険者は登録をしたギルドの傘下に入っているものとして扱われます。そして当ギルドで登録した場合、お嬢さんは礫の揺り籠に所属する冒険者となる訳ですが……」


 一呼吸、間を置いてからはっきりと告げる。


「まともな仕事にありつくのは難しいかも知れません」

「……それは、私がホールに居た者達と同じ人種だと思われるからですか?」

「えぇ、見た目に違わない聡明さをお持ちですね。礫の揺り籠に属する冒険者は粗野で乱暴者、この認識は庶民レベルにまで浸透してます。オルフェウス周辺に絞って仕事をするならともかく、王都で仕事をすることを考慮するならここでの登録は今すぐやめるべきです。勿論、こちらの都合でお嬢さんの登録を取り消すのですから推薦状を一筆書く程度の誠意はお見せ致します」

「えっと、つまり紗音さんがちゃんとしたところで冒険者登録をできるように便宜を図ってくれるってこと?」

「有り体に言えばそうなります。但し、私にできるのはあくまで推薦状を書くことだけ。場所によってはギルド登録時に試験があったり寄付金を納めることを条件とするギルドもあります」


 私のところは特に設けてませんが──と、話ながらすらすらとペンを走らせる。一分と経たないうちに推薦状を書き終え、それを円柱型の書箱に入れて紗音へ渡す。


「何から何まで便宜を図って頂き、本当にありがとう御座います」

「いえ。必要なことをしたまです」

「必要、ね……。それは本題を円滑に進める為のお膳立てなんだろ?」

「勿論です」


 少しも悪びれた様子もなく、堂々と開き直るエルメス。傲岸不遜とも取れる態度に反射的に身構える。


「私からの要求は二つ……いえ、一つは要望と言うべき内容です」

「聞こう」


 聞かずに事を構える気は毛頭ないので、まずは話し合いから入る。例えそれが主導権を握られた形であっても。


「郊外町から二キロほど歩いたところにアリアドネの迷宮があります。その三○階層に生息するグラートワームの背中に生える上魔石を最低五つ採ってきて欲しいのです」

「ここは世界屈指の鉱山都市でしょう。それなのに上魔石がそんなに珍しいんですか?」


 言ってから、失言だったかも知れないと思い直す。

 元プレイヤーの感覚からすれば上魔石は属性付きの武具を製造するのに必要な材料だった。しかし上魔石を使用して作られた武器は短剣や価値の低い軽鎧がメインで、主に一○代から二○代半ばの冒険者が装備するようなものであり、メインにはなり得ない。


「如何にオルフェウスと言えど魔石鉱はないからね。それでも上魔石を採掘できる魔物が居るというのはそれだけで魅力的な狩り場だ。まぁ、これはあまり知られてないことだし」


 どうやら鉱山と魔石鉱は全く違うものらしい。ゲームでは名前が違う程度の違いしかなかったというのに。


「依頼の続きを話しましょう。先程申しましたようにあなたに依頼するのはグラードワームの背中に生えてる上魔石の採掘。期限は五日。基本報酬は金貨一枚。六個以上持ち込んだ場合は一つにつき銀貨二○枚出しましょう。どうです?」

「…………分かりました。上魔石の採取クエスト、確かに引き受けました。それで、もう一つは?」


 瞬間、エルメスが一瞬で消えた。

 否。少なくとも紗音にはそう見えた。

 だが、虚を突かれたとはいえそこは元・廃人プレイヤー。小細工なしに正面から迫ってきたエルメスの一撃に対して、帯剣してた武器を引き抜きしっかり防御する。後追いとは思えない速さだ。


「そういうことか」

「えぇ。あなたの実力を肌で感じたい。私もかつては武力で名を馳せた冒険者。目の前にこんな美味しい獲物が現れて行儀良く我慢するほど上品ではありません」


 フルフェイスの兜の向こうで、ぎらりと目が光ったような錯覚を覚える。


 これは純粋な闘争心だ。生死を賭けた野生の戦いではない。鍛え上げた己の力を全力でぶつけられる強者に出会えたことへの喜び。


 柊弥生は受け身体質の人間だ。仮想世界ならともかく、この世界で戦いを楽しむような人格者でもなければ血気盛んな若者とも言えない。


 だが──


「いいぜ。その態度が増上慢だってこと、教えてやるよ」


 ここまで露骨に剥き出しの闘争本能をぶつけられて黙るような人間でもない。


 取り巻く環境は違えど、かつては不遇職でもやればできるということを証明する為に戦いに明け暮れた日々を過ごした。だからこそ、彼女の気持ちも分かるし無下に扱うなんてことはしたくなかった。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 ギルドホールから奥の扉へ入り、渡り廊下を経て別棟に移動する。立てかけられた陶製プレートには『Aクラス専用訓練施設』と書かれていた。手頃な冒険者と手合わせするのかと思い、警戒しながら別棟へ足を踏み込む弥生一同。だがそこには冒険者らしき者は一人もいなかった。居るのは部屋を掃除している年配のギルド職員ぐらいだ。


「あ、エルメスさん。お早う御座います。……こちらの方は新しい冒険者ですか?」

「こちらは個人的な知り合いです。冒険者ではありませんよ」

「そうですか。……エルメスさん、くれぐれもやり過ぎないようにして下さいよ」

「それは保証しかねますね」


 どうやらギルド職員はある程度事情を把握しているようだ。となると、今回みたいな出来事は初めてではないということか。


(ふむ。室内だと流石に暴れ回ることはできないな。けどこのぐらいの広さなら許容範囲ってとこかな)


 移動中、こっそりエルメスのレベルを確認してみたところ、二○○であることが判明した。まともな職業なら二○○レベルとて、未転生相手に遅れを取ることは滅多にないが人形遣いの場合、敗北を想定しなければならない。


「御主人様」


 密かに燃え上がる闘争の炎を理性的に制御する弥生にリーラが声を掛ける。何事かと思い、振り向けば彼女の愛用の剣を差し出してきたではないか。


「差し出がましいとは思いますが、どうかこちらをお使い下さい。支部長とは言え、相手は二○○レベルに到達している強敵。ですからどうか、これを……」

「んー……」


 腰に提げてる最強装備と差し出されたエクスカリバーの性能を比較してみる。

 武器としての性能。対人戦における優劣。汎用性。

 結果、エクスカリバーに軍配が上がる。


「……分かった。ありがたく使わせてもらうよ」


 リーラからエクスカリバーを受け取り、代わりに提げていた剣を渡す。ずっしりとした重量感が手に伝わってくるが充分許容範囲だ。自分で使うのは何年ぶりだろうと、思わず過去の出来事に浸る。


「準備はよろしいですか?」


 頃合いを見計らい、エルメスが声を掛ける。


「質問があります」

「どうぞ」

「俺は人形遣いです。紗音さんは違いますがこの二人は歴とした人形です。これは戦力としてカウントしてもいいですか?」

「ふむ。それなら別に問題ありませんがこの施設の破壊、例えば壁や天井に穴を開ける等と言った被害を出した場合は弁償して貰うことになりますが宜しいですか?」

(あれ? わりと普通の答えだ……)


 リーラと紫を人形と紹介すれば大抵の人間は驚きに染まるが、彼女は特に反応することなく淡々と話すだけだ。


 最も、魔力を感知する【マナサーチ】の熟練度が高ければ気付くのは用意なのでそれほど驚かないが。

「私達、援護だけにしておく?」

「…………いや、まずは一人でやってみる。何処までやれるか試すにはいい機会だ。つっても最後まで一対一で戦う気もないから危ないと感じたら合図するからそのときは助太刀に入ってくれ」

「承知しました」

「ん。おっけー」

「話は済みましたか?」


 彼女の呼び掛けに短く答えて、白線で囲まれたリング中央へ歩き出す。リーラと紫は白線の角で待機していつでも割り込めるよう気を張って待機する。


 完全武装のエルメスが手にしているのはポールアームに分類される戦斧・ハルバード。低空飛行する魔物を地上に引きずり下ろせるということで飛行系の魔物を相手にするときはかなり重宝される。


「いつでもいいぞ」

「では……」


 参ります──そう宣言した瞬間、両者の間で激しい火花が散り、互いに大きく後退する。一呼吸の間にぶつかり合い、その衝撃で後ろへ下がったように見えるが実際はもう少し複雑な攻防が行われていた。


 後出しでも確実に相手から先手を奪える【イニシアチブブースト】で先制攻撃を仕掛けるエルメスに対して始めから後の先で受ける算段だった弥生がこれを弾く。エクスカリバーを片手に持ち替えてソードスキル【二段突き】で反撃しつつ空いた手で体術スキル【掌打】を打ち込む。


 急所を正確に狙ってくる【二段突き】は戦斧で薙ぎ払い、【掌打】は同じ【掌打】で迎撃する。二人の【掌打】が真正面からぶつかり、その衝撃で一斉に飛び退く。


「スキルの同時発動ですか。私も歴戦の戦士だと自負できますがそれは初めて見ます」


 彼女の称賛に弥生は答えない。実際のところ、同時発動できる組み合わせを使っただけに過ぎないからだ。


【二段突き】も【掌打】も威力自体はさほど高くない。特に【掌打】に至ってはノックバック効果が付与されてる。対象を固定して集中砲火を浴びせるのが基本のパーティープレイにおいてははっきり言って要らないスキルだ。その代わり、低確率で【スタン】状態を引き起こすので初手に限定すればそう悪くないスキルだし【掌打】も【二段突き】もスキルディレイ、クールタイムが存在しない。勿論、同時発動させるにはコツがいるし会得したところでパーティープレイでは実用性皆無のコンボだが、コンボの練習には丁度いいので多くのプレイヤーがこの基礎コンボを会得していた。


 弥生は更に距離を取る。現状、可能な限り自分に注目を浴びることなく目の前の敵を倒すなら武器の性能に頼って倒すというのが堅実だと彼は結論付けた。先のコンボに関しては特別隠すような技術でもないので躊躇なく使ったけれど。


「距離を取るのは構いませんが、私相手にそれは悪手ですよ?」


 刹那、ハルバードが輝き形態が変化する。三日月型の刃と柄を鎖で繋げた、ネタ武器の代表格・鎖鎌。攻撃力を犠牲にして得られるのは遠・中距離に対応できる能力と相手を一瞬だけ強制的に拘束する劣化版【バインド】が使えること。


 そして──意のままに刃を中空で操ることができる!


「……ッ!」


 一瞬遅れて弥生がそれに反応する。防御できる距離ではないと即断して咄嗟に首を振って躱す。切っ先が頬を軽く掠めるがダメージはない。だが使い手の意思に忠実な鎖鎌は蛇のように蛇行し、その凶刃を首に突き立てようと迫る。


 変則的な動きではあるが、見切れない速度ではない。首を少し振り、首の皮一枚の隙間を残して避け、鎖を掴んで手繰り寄せる。


 躊躇わず、エルメスは武器を手放す。同時に無詠唱で【アイスニードル】を連続発動させる。


 初撃、二発、三発は躱しながら前進。四発目はエクスカリバーで斬り伏せ、射程圏内に入る。


 まともに斬り合えば鎧ごと身体を切断しかねない得物だ。威力を落として【銅回し蹴り】を叩き込む。咄嗟に身体を投げ出すように攻撃を受けるエルメス。その勢いを利用して手放した武器を回収。明らかに手を抜かれてることには気付いてるが、手加減されているこの瞬間こそが、勝利を掴み取るチャンスでもある。


「タクティカルウェポンなんて珍しいの使ってるな。使いにくくないか?」

「そうでもないですよ。いちいち敵に合わせて武器を持ち替える必要がないのはそれだけで魅力的ですから」


 律儀に答え、己の脚力のみで急接近して鎖鎌の優位を潰して近接戦闘に持ち込む。


 タクティカルウェポン。とある生産系の限界突破者が気紛れで作ったプレイヤーメイドの武器。プレイヤーが毎月開催しているイベントの参加賞・残念賞として無料配布されていた代物なので当時の取引価格は最高額でも一○万前後。大量生産されていたこと、武器としての性能より浪漫を追求した結果なのでこの値段に落ち着いたとか。


 状況に応じて臨機応変に武器を変えられるという強みに加えて破壊不可能のエンチャントが付与されているものの、あまりの手数の多さに完全に使いこなせるプレイヤーは殆どいなかった。


(並みの武器なら【ソードブレイク】で武器破壊狙えたんだけど……)


 破壊不能のエンチャントが付与されてる以上、それはすっぱり諦めるしかない。装備品に耐久値が設定されている訳でもないし、武器破壊をしてくる魔物は少数なので何気に珍しいエンチャントだが、冷静に考えれば壊れない武器というのはそれだけで優れた武器だと言える。


 壊れない武器、それは究極を言えば刃毀れすら起こさないとも解釈できる。つまり、メンテすることなく常に最高の切れ味を維持していると言っていい。それでも性能重視で選ぶならやっぱり破壊不能のエンチャントはイマイチというのが彼が下した結論だ。


(ゲーム時代では不遇だったモノが脚光を浴びるようになったってことか)


 この分だと、意外と自分が気付いてないだけで優秀なスキルが多数存在するかも知れない。時間があるときにじっくり検証したいところだがまずは目の前の敵に集中する。


 エクスカリバーに付与されてスキルの一つ【物理障壁】を発動させて強引に正面突破を図る。各サーバーに七本しか存在しない聖剣シリーズの一振り・エクスカリバーの強みは圧倒的な火力ではなく使用者の補助・強化にある。他の聖剣の効果が派手過ぎてどうしても見劣りしてしまう感じは否めないが攻撃時に高確率で発動する【バイタルドレイン】の恩恵は計り知れない。これに【リジェネイト】の効果まで付いているからもはや剣の皮を被った何かだと思ったのは一度や二度ではない。


 眼前に迫り来るナイフ形態の刃は展開した【物理障壁】でシャットアウトして、刃を返して【ソードバッシュ】を叩き込む。峰打ちに加えてしっかりと手加減した筈の一撃は鈍い音を立てながら鎧を大きく凹ませ、相手を壁際まで吹き飛ばす。やり過ぎたかと、反省するも体勢を立て直してギリギリのところで踏ん張る彼女を見て平気みたいだから大丈夫かと開き直る。


「やって、くれますね。峰打ちでなければ鎧ごと斬られていてもおかしくない威力でしたよ……」

「俺としては耐えたあなたに素直な称賛を送りたいけどね」

「遠慮しておきます」


 軽口を叩きながら槍形態に変える。大きく距離が開けているのに槍形態を取ったことに疑問を抱く。

 タクティカルウェポンの武器形態は西洋剣からトンファーまで、あらゆる武器を網羅している。中には当然、弓も含まれている。


 遠距離スキルでも発動させるかと思い、好奇心に従い観察に徹する。それが思い上がりであることに気付いたのはその直後のこと。


「奥義、発動」

「な……っ!」


 ぞくりと、背筋に悪寒が走る。恐らく、ではない。この世界に来て初めて感じた負の感情、即ち恐怖。

 完全に失念していた。上級職に就いてから殆ど使わなくなったせいで存在自体すっかり忘れていた、絶対的な切り札とも言えるその存在に。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 奥義が実装されたのはヴェルトオンラインがサービスを開始してから三年が経った日のこと。その頃になれば転生職も大して珍しくもない、ありふれた職業と成り下がっていた。週末に行われるGvGでは多種多彩な上位二次職が乱戦を繰り広げ、ごく一部の限界突破者がど派手な一撃を放ち形勢逆転を図る。


 果たしてそのような空間に、右も左も分からない初心者が飛び入り参加するだろうか?


 サービスが長く続いているオンラインゲームの弊害の一つに、ゲーム初心者が入りづらいという意見がある。根っからのゲーム好きがプレイする分には構わない。そうした人間は勝手を知っているので放っておいても問題はない。


 だがオンラインゲームないしVRゲームが初めての初心者ならどうか。初心者は大抵、友人に誘われて仮想世界の大地に足を踏み入れることが多い。そうした人間は大抵、誘った側が責任を持ってある程度の強さまでパワーレベリングをするから結果的に楽しめることができる。


 だが予備知識も何もない初心者はそもそもギルドに加入して一定水準の強さに至るまで寄生するという発想はない。結果、周りの強さと自分の強さを比較して落ち込み、募集条件に肩を落とし、自分のような初心者がギルドに加入しても迷惑を掛けるだけだと思い込み、ゲームを楽しめないまま退会していく。そうした問題は何もヴェルトオンラインに限った話ではない。


 そうしたパワーバランスを解決すべく、数ある解決策の一つにヴェルトオンラインは初心者が熟練者相手でも逆転できる可能性を用意した。それが奥義システムである。


 概念は至ってシンプル。相手の強さ・装備の防御力の影響を受けない防御無視属性のダメージを与える。乱戦状況を利用すれば初心者でも充分逆転の余地のあるスキルではあるが、流石に無条件に強いスキルという訳でもない。


 まず、奥義は連続で使用できず、一種類の武器につき一度しか放てない。違う種類の武器に持ち替えればその限りではないが単発仕様であることは大きなデメリットとも言える。


 第二に武器の種類に限らず、奥義は全て無差別広範囲攻撃であること。その為、通常の狩りで使用するのはマナー違反とされてる。


 使い所が限られているとは言え、一度放てば待っているのは破壊の奔流。まさに奥義という言葉が相応しい威力を秘めた必殺の一撃と言えよう。


「ちょっと待て! そんなの室内で使ったらどうなるか分かるだろう!?」

「問題ありません。私が使う奥義は単体専用ですので」


 またゲームとは違う仕様が出て来たことに舌打ちをする。いや、もしかしたら今まで発見されてなかっただけかも知れない。そもそもゲーム時代から公式が用意すたスキル全てが発見された訳ではないのだ。自分が知らないスキルが登場した程度でいちいち驚いてはこの先やっていけない。


「仕方ねぇ……【ラブドール】」


 奥義を出されたとあっては出し惜しみする余裕はない。彼は迷わず【ラブドール】を発動させた。


 自身が召喚している人形の数だけ各種ステータスを倍増させるチートスキル……かと思いきや、そこはやはり不遇職。元々【パルフェドール】の強さは【ラブドール】を前提にしたものとされているので人形を多数召喚した上で【ラブドール】を駆使することで初めて【パルフェドール】は他の限界突破者と同じ土俵で戦える。


 利点を挙げるとするならパッシブスキルであること、発動時にもMPを消費することがないことぐらいか。【ラブドール】を使わないときはオフにして未発動にすればいいだけのことだ。


「【ハートブレイク・スピア】……っ!」


 純白色の光りに包まれた得物を真っ直ぐ弥生に向けて穿ってくる。これに対して、弥生が取った策は極めてシンプル。


 リーラと紫に援護を要請した上で【ラブドール】によって強化された身体能力にモノを言わせて回避した後、勝負を決める一撃をぶち込む。下手をすれば相手を殺してしまうかも知れないがそこはエルメスを信じることにした。


 光の奔流となったエルメスが迫る。【物理障壁】を発動させて威力と速度を落とし、その隙に横へ逸れて一撃を放つ準備に入る。


 この時点でもはや勝負は決まったも同然だ。弥生の立ち位置はエルメスのほぼ真横。後は背中を晒すタイミングを計り、一撃を入れて終わる。


 だが彼女の動きはその結末を覆して見せた。

 本来ならそのまま素通りする筈だった槍の軌道は一瞬にして反転し、あり得ない軌道を描きながら術者の身体に高負荷を掛けながら穂先が唸る。


(【イニシアチブブースト】ッ!?)


 奥義を見たとき以上の驚愕が、彼を襲った。

 相手から確実に先手を取れる【イニシアチブブースト】は、例え後出しであっても先手を取れる優良スキル。


 恐らくこちらが避けたのを見計らい、発動させたのだろう。理論上は確かに可能だ。クールタイムも終えてるので発動してもおかしくはない。


 だがこのスキルはHPの消費が激しい。確実に先手を取ったその代償は最大HPの四割を消費する。


 つまりは決死の特攻。よもや模擬戦の場で【イニシアチブブースト】を二度も使うとは流石の彼も完全に想定外の行動だ。


『──ッ!』


 攻撃に使う筈だった一撃を咄嗟に防御に変更して衝撃に備える。

 二つの力が衝突する。

 刹那の拮抗を経て食い破られる己の力。軍配が上がったのは、奥義!


(三倍レートでも力負けするのかよ!?)


 肩の関節が外れてもおかしくない衝撃を受けてもエクスカリバーを手放さず、体勢を崩しただけで済んだのは幸運だった。


 弥生のSTR値は高くない。攻撃は人形任せだから高くする必要がないからだ。自家製の人形に加えて強力な魔法スキル──生半可な相手では死に直結するような攻撃スキルが大半を占めてる──を主力とする弥生にとってSTR値は意味を成さないもの。それでも近接攻撃をする機会はあったので攻撃力よりは命中率に力を注いだ方がストレスなく遊べるだろうという理由でSTRはDEXよりも低めに振り分けていた。


 しかしそれでも三倍強化された筋力を持ってしても、奥義に力負けするとは思わなかったのは心に油断や慢心があったから。


 純白の光に包まれた槍の穂先が疾走する。エクスカリバーを弾き、減衰することなく突き進んだ穂先は回転しながら肩口に直撃する。防具を貫通して肩に突き刺さらなかったのは装備とステータスの恩恵によるものだが、深刻なダメージを負ったことに変わりはない。


 この世界に来てからの、始めての直撃。

 だが戦闘不能になるほどの致命傷ではない。

 ズキズキと痛む肩に慌てて【ハイヒール】を掛けながら距離を取る。

 純粋に今現在身に付けている防具の性能は元より、防御ステータスに関しては素の状態でカンストしている。装備の恩恵を加味した上で評価すれば彼の防御力は防御特化の【パラディン】と同等の防御力を持つ。


 だがそれでも、奥義という強力無比な技の前では意味を成さない。いつの時代も、防御無視の攻撃は最高攻撃ランクの上位リストに載るものだ。


「リーラ! 先輩ッ!」


 小さなプライドに拘っている場合ではない。恥も外聞もなく多対一の戦闘に切り替える。サブウェポンを構えたリーラと二振りの魔剣を装備した紫が主の声に応え、一足飛びで間合いを詰める。


 迎え撃つは槍から武器チェンジした大鎌。槍の奥義はクールタイムを必要とする為に再使用に時間が掛かるが、大鎌に設定されている奥義は使える。


 だがもはやエルメスに【イニシアチブブースト】を使う余力はない。

 だが──


(相手はまだ使えるつもりで突っ込む!)


 奥義を発動させようとする相手を前に、二体の人形は何処までも冷静だった。人形遣いと違い、人形本体はステータスに下方修正が加えられてない。言い方を変えれば当たりさえすれば瀕死、もしくは即死させることも容易い。そうでなくてもスキル攻撃の余波ですら無視できないダメージを受けることになる。


 それが二体同時。如何に確実に先手を取れる【イニシアチブースト】とて、先手を取った後の攻撃にまでは反応できない。先手対策はリーラを囮にして、紫で仕留める。万が一、仕損じた場合に備えて自分もまた、いつでも追撃できるよう気を張る。


 油断も慢心もない。もはやエルメスの敗北は決定事項と言っても良かった。そこに、第三者の介入がなければ。


「ちょっと待ったぁああああッ!」


 声はリングの中から。三者の攻撃を中断させるべく左右の手に握りしめた短剣を巧みに操り、人形二体の攻撃をパリィしつつ、エルメスの腹部に容赦のない前蹴りを入れる。


 いつから居た? どうやって潜り込んだ?

 疑問はある。だがハッキリしていることがあるならこの決闘を中断させた人間は転生クラスの斥候職だと断言できる。エルメスや弥生、リーラたちが知覚できなかったのが何よりの証拠だ。


 ……単純にこの場に居る人たちが隠蔽スキルに対して無警戒だったのも一役買ってるが。


「お前等、そのぐらいにしとけって。特にエルフォード、エルメスに死なれたら色々ヤバいんだよ」

「アルフォード?」


 果たして、二人の戦いに乱入してきたのは同郷の人間だった。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 場所は変わり、質素な応接間へ移る。安物のソファーに腰を掛けているのは弥生、紗音、リーラ、紫、アルフォード、エルメス。以上六名。


「この郊外町はエルメスが仕切っている冒険者ギルドと盗賊ギルドが拮抗関係にある。この町のマフィアは支配欲がとにかく強い。エルメスの身に何かあったと嗅ぎ付ければすぐさまギルドを乗っ取るだろうよ」


 上半身を前に預けて、アルフォードが切り出す。


「詳細は省くぞ。この郊外町から冒険者ギルドがなくなれば当然、支配者はマフィアになる。しかも連中は盗賊ギルドとの繋がりが深い。例えば、ブラッティ・ファングとかな」

「それで、あなたが私達の邪魔をするのとどういう関係があるのですか?」


 主の代わりにリーラが詰問する。面倒臭そうに溜め息を吐き、答える。


「……連中の最終目的はオルフェウスそのものの支配だ。山を切り開いて開拓した都市なだけに籠城には最適なんだよ。ましてやオルフェウスは各都市に上質な鉱石を輸出している。絶対にマフィアの手に渡す訳にはいかない」

「あの、それでしたらどうしてその『とうぞくぎるど』なる者たちは放置されているのですか?」


 治外法権とも言える郊外町は法律の力が及ばないことが多い。それでも明らかにヤバい組織であるなら国は威信を賭けて叩き潰すのがこの世の常識。にも関わらず何故彼等はその存在を許されているのか?


「それは……」

「需要があるからよ」


 アルフォードの言葉を遮ったのは、人形の紫。不快感を隠そうともせず、険しい表情を浮かべている。


「紗音ちゃんには信じられないかも知れないけど、盗賊ギルドの存在が黙認されている理由は利用価値があるから。あいつ等の活動は基本的に情報の売買だけど暗殺ギルドを母胎としているところになると殺人・暗殺も引き受けてるわ。上級貴族や国家の重鎮が依頼人だっていうケースも少なくないわ」

「そんな……っ! 民を守るのが為政者の務めではないのですか!?」


 堪らず、悲鳴にも似た声をあげる。紗音とて世の中が綺麗事でまかり通っているとは思っていない。時として道理を曲げざるを得ないことが世の中にはままあることも重々承知している。


 それでも彼女がその現実を真っ直ぐに受け止められなかったのはまだ学生だからか。或いは彼女自身の性格故か。どちらにしろ、簡単に受け入れられる問題ではない。


「今、エルメスさんの身に何かあれば敵対勢力が反攻に出る。だから、俺たちの私闘を止めに入ったのか」

「まぁな。けど、理由はもう一つある」


 一拍間を置いてから、告げる。


「ザードさん……あぁ、世界樹の町の領主様な。俺は彼女からアンタを監視するよう言いつけられた。本来なら接触はギリギリまで控えるつもりだったんだが、お前の今までの行動見てよーく分かった。お前、放っておくとマジで危ないわ」

「御主人様に対するその不遜な態度は気に入りませんが……一理ありますね。非常に不本意ですが」


 ピクピクと、青筋を立てながら辛うじて自制心を働かせているリーラがアルフォードに同意する。


「どういう意味だ?」

「アデルフィアシリーズを探すこと自体、私は反対しません。御主人様と同じように、他の妹たちがろくでもない男共に使われてる姿を想像しただけで気分が悪くなります。私が危惧しているのはそのようなことではなく、御主人様が邪な考えを持つ輩に騙されて利用されることです」

「何だかんだ言って、エル君優しいもんねー。あぁでも、そんな駄目なエル君を支える私ってとっても健気だと思いませんか?」

「先輩が言うとなんか嘘っぽく聞こえるんですけど、まぁそれはそれとして……そっちの言葉から察するに同行しようって解釈でいいのか?」

「まぁ、端的に言えばそうなるな。遠くからの監視が近くで監視するに変わっただけだと思えばいい。因みに拒否した場合、今まで通り遠くから監視する。こっちも仕事だからな」

「…………」


 人差し指で唇を軽くなぞりながら考え込む。監視云々はともかく、斥候職が近くにいるのは何かと都合がいい。索敵能力はマジシャン系には一歩劣るが、それでも一キロ圏内の敵を完全に掌握できる能力はこの世界においては極めて希有だ。


 隠蔽スキルも魅力的だ。元々ソロ向けの職業というだけあって単独で動くのに都合が良いスキル、瞬間的な火力を発揮する攻撃スキルが充実している。ましてや相手はプレイヤーだ。【スキャン】でレベルで確認してみたところ、貫禄の二五○レベル。限界突破こそしてないが、現状では充分過ぎる戦力と言っていい。それなら遠くへ追いやるよりは手元に置いた方が何かと都合がいいだろう。


「……こっちの雑事も手伝うなら大歓迎だけど、それでいいか?」

「決まりだな。……とまぁ、そういう事になったんでエルメス、こいつには今後不用意にちょっかい出さないでくれ。場合によっちゃザードさんと事を構えることになる」


 勿論、アルフォードの主人はそのような命令は言い含めては居ない。だが現場での判断は全て彼に委ねている。もし彼が自分の判断で『このギルドはヤバそうだから今のうちに叩き潰す』と言ってくれば、恐らく彼女はそれを許可するだろう。そのぐらい、二人の間には強固な信頼関係が築かれている。


 そんな彼の様子を見て、エルメスは口元を釣り上げた。フルフェイスタイプの兜を被っているせいで誰もそのことに気付けないが。


「私もギルドマスターとしての矜恃があります。よほどのことがない限り、彼には余計なちょっかいを出さないと誓いましょう」

「おし、言質取ったからな。……で、お前たちこれからどうするんだ?」

「あー、うん。上魔石を納品する為にこれからダンジョンアタック。アリアドネの迷宮ってところだけどアルフォードは何か知らない?」

「アリアドネ……あぁはいはい、郊外にあるダンジョンね」


 うんうんと、何度も頷きながら説明を始める。


「アリアドネの迷宮。あそこは平たく言えばローグライクだな」

「ろーぐらいく、ですか?」


 全くゲームに触れたことない紗音は当然として、エルメスと人形たちも聞き慣れない言葉に揃って首を傾げる。


「ローグライクって結構昔のゲームだな。俺らの祖父母が学生時代に流行ったゲームジャンルだったよな? 入る毎に地形が変わるって奴」

「そうそう、それ。一応、ゲームと違って普通に出入り口はあるから自力で脱出することも……まぁ可能だ。つっても俺らの知ってるローグライクと違う点は何回入っても地形が変わらないってことぐらいかな。例によって不思議な力によって鉱石が魔物と同じ感覚でポップする。その代わり、ダンジョン内へは一方通行の転移装置で飛ばされるからダンジョンアタックをしたければ【エスケープ】スキル持ちか転移石の持ち込みが絶対条件とされてるんだ」


 転移石とはどのような場所であっても自分が設定したセーブポイントまで一瞬で戻ることが出来る移動系アイテムのことを指す。


 但し、現在は製造法そのものが失われているせいで希少価値の高い消耗品に成り下がっている。持っているのは一流冒険者やコレクションを趣味にする上流貴族といった富裕層に限定される。たまにダンジョンのトレジャールームの宝箱に入っているか、遺跡から発掘される程度なのでなかなか市場に出回らない上にかなりの値が付いている。ゲーム時代は数百ゼニーあればNPCショップで買えたというのに。


「一応確認するけど【エスケープ】スキル、転移石は……あるよな?」

「ちょっと待って。……うん、大丈夫。人数分あるし【エスケープ】も覚えてる」

「ほぅ。転移石持ちですか。そのような人間が金欠とは些か信じられませんね」


 妙なところで目ざといなと、内心舌打ちをする。


「いやまぁ、別に持っているからと言って金持ちって訳でもないですよ?」

「そうですか。ふふ……では、そういうことにしておきましょう」


 意味ありげに笑うエルメスを見て、弥生は強く思った。

 できることならこの女とは関わらない方がいいだろう──と。


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