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旅にトラブルは付きもの 3

筆が乗ってるときに書いておいた方がいいと思ったので先にオンゲー更新することにしました。


4月14日追記

サブタイ変更、誤字・脱字修正に加えてリーラ・紫の紗音に対する呼び方を変更。

 音を頼りに部屋に飛び込むとボマーゾンビを従えたゾンビマスターと汚れた白衣に眼鏡、嗜虐的な笑みといかにも科学に魅入られた男が勝ち誇っていた。優先順位を考えれば一も二もなくボマーゾンビを始末することなので誘爆を引き起こさない、対アンデット用スキル【サンビーム】で浄化して素早く二人の間に割り込む。


「【サンビーム】」


 間髪入れず、再度浄化スキルをぶっ放す。ゾンビマスターはくぐもった声を上げながら膝を付く。予想していたのと異なる結果に首を傾げる弥生。


(一五○レベルなら一撃で倒せるぐらいの能力は持ってる筈なんだが……)


 同じ個体でも強さに微妙なばらつきがあるのはゲーム本来の仕様だが、ここまで明確な差が出ることはなかった筈だ。いくら地雷職とは言え、レベルが倍離れている相手を一撃で倒せないほど限界突破したキャラは弱くない。


(アンデットはテイムできないし、あの男が強化でもしたのか?)


 疑問は尽きないが、それら全ては隅に追いやる。ゾンビマスターが怯んでいる隙を突いてグランドソードメイスで殴りかかる。男には自分の姿が捉えられてない。完全に殺ったと確信を抱いた直後、硬質な衝撃音と共に見えない壁によって攻撃は阻まれ、武器に費やした力がそのまま弥生自身へ跳ね返ってきた。


「ばかな……っ」


 思わずそんな言葉が出る。スキル発動の宣誓もなしに、夢物語のような絶対防御を発動させたその男。咄嗟に距離を取りながら適当な遠距離攻撃スキルをぶつけてみる。


 結果は数秒前と同じ。当たる直前で見えない壁によって阻まれた。


「くっくっく、何をしたところで無駄だよ。この屋敷に居る限り、私は無敵だ……!」


 勝ち誇ったように両手を掲げ、溜まらずといった風に笑い声を漏らす。対する弥生は何処か冷めた目で男を見ていた。


(あぁこいつ、クエスト用のNPCかイベントボスだな)


 先のスキルを駆使した一斉攻撃で確信を得た。クエストの種類にもよるが、中には魔物が蔓延るフィールド、俗に言う圏外にいるNPCに話しかけなければならないものもある。そうしたNPCにはプレイヤーの誤爆攻撃によって死なないように【アブソリュートディフェンス】という、絶対防御を持っている。そしてこの【アブソリュートディフェンス】──通常AD持ちのNPCの中にはボスとして役割を持つ者もいる。勿論、ADが発動している以上は如何なる手段を用いてもダメージを与えられないが、ゲームというのは往々にしてそうした絶対的な力を無力化する手段が都合良く用意されているのだ。


 ダメージが通じないのであれば時間稼ぎに徹するべきだろう。弥生の決断は早かった。


「【サークルカッター】」


 男とゾンビマスターを囲むように一条の光が床に円を描く。描き終えた途端、削られた溝に沿って床が抜け落ちる。見たところあの男は典型的な後衛タイプだ。こうして足止めをしておけばしばらくは大丈夫だろう。そう思い、後ろにいる人たちに目を向ける。


 ボロボロの衣服に身を包んだ、日本人っぽい女性と布きれを付けてるだけの少女が三人。そして彼女たちを守っていたであろう騎士見習いと思しき娘が二人。


 突然の乱入者に少女たちはぽかんと口を開けていたが、日本人っぽい女性がその空気を断ち切るように一歩前へ出て来た。


「命を助けて頂き、ありがとう御座います。厚く御礼を申し上げます」


 ぺこりと、腰を深く折ってお辞儀をする。髪の毛先が薄汚い床に触れそうな勢いだ。そこから数秒遅れて、彼女に続くように二人の騎士見習いも頭を下げる。


(あれ、この娘何処かで見たような……?)


 異世界に来てからではない。飛ばされる何日か前に何処かで見たような顔だ。どちらかと言えば人の顔を覚えるのが苦手な彼だが、確かにここ最近見た顔だというのは確信を持って言える。


(まぁそのうち思い出すだろう)


 そう楽観的な結論を下して、少女の隣に立っている二人の騎士見習いに目を向ける。


「危ないところを助けてくれてありがとう御座います。私はベネット様の従騎士をしてます、アマリリスと申します。こちらは妹のサイネリアです」

「や……エルフォード。自称・冒険者だ。キミ達は──」

「エルフォード君どうしたの! なんかもの凄い音がしたけど……て、わ! 何なのこの穴!?」


 意図せず、彼の会話に被さる形でライラの声が暗い部屋に響く。ついでに薄暗い部屋がライラの持つ杖に掛けられた【ライト】によって照らされて、従騎士は初めとする彼女たちは自分たちが置かれている状況に気付いた。


 魔物から逃げ延びる過程で、彼女たちが身に付けていたものはぼろぼろ。目の前にいるのは男。そこから導き出される結論は一つしかない。


「エルフォード君ってそーいう趣味あったんだ…………」

「馬鹿なこと言ってないで連れて行きますよ。ダニエルさんと合流したら詳しい話をしますから」


◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 アイテムストレージの中にあった、娘たち用の上着を渡して着替えさせてからビリー達と合流し、一通り事情を聞いたところで弥生はこくりと頷き、ケンタロス一同は表情を険しくし、ダニエルは何かを考え込むように俯いた。


「ブラッティ・ファング……ですか。この近辺にいるのであれば少々厄介ですね」


 髭を撫でながらそう呟いたのはダニエル。その名前はビリーらも知っているようで似たような表情を浮かべている。この場でブラッティ・ファングのことを知らないのは弥生ぐらいだが、質問して話の腰を折っていい雰囲気ではないので空気を読んで沈黙を保つ。


「そこの嬢ちゃんたちの話が本当なら、俺たちでもダニエルの旦那を守り切るのは難しいな。嬢ちゃんたちが護衛対象に加わるってぇなら尚更そうだ」

「そうですね。ブラッティ・ファングにやられた商隊や冒険者はかなりのものです。彼らは独自の領土を持っているだけでなく、その領土を守り切るだけの戦力を保持してます」


 領土と言ってもただの不法占拠ですがね……と、それとなく付け足すダニエル。


 弥生は少女たちとダニエル、ビリーたちを交互に見渡す。私情を挟むのであれば助けたい気持ちはあるが、間違いなく反対されるだろう。しかし、だからと言って見殺しにできるほど彼のメンタルは図太くはない。


「ですが、今は彼女たちの処遇を決めるよりも今後の方針を決めるのが先決です」


 ダニエルの言葉に誰もが神妙な面構えになる。身体を休めている廃墟の中には一五○レベルのユニークモンスターとAD持ちのクエストモンスターらしき科学者。外に出れば視界の確保すらままならない暴風雨。この様子では唯一無事と言われてるローテル橋も氾濫した川に呑まれてるだろう。


 付け加えるならこうした雨の日にはユニークモンスター・レインマンが出現しやすい。レインマンがドロップする清流の大魔石はゼロが六つ付くほどの金額で取り引きされる収集品だが、討伐には風属性の下級魔剣──この世界では属性が付与されただけの武器のことを指す──と水耐性の高い防具、最低でも【サンダーストーム】が使える【ウィザード】の同行が必須と言われてる。


「エルフォードさん」


 しばらく考え込んでいたダニエルが、顔を上げて真っ直ぐ彼を見つめてきた。ぼんやりと考え事をしていた弥生にとっては不意打ちも同然だったのでびくっと肩を震わせる。


「ビリーさんから大方の話は伺っております。その上で率直にお答えして下さい。……今のあなたに、全ての問題を解決できる力は御座いますか?」

「えっと……それはゾンビマスターとイカれ科学者の排除とブラッティ・ファングに遭遇した場合の話ですか?」

「えぇ。この問題点を解決できるのであるなら私としても異議はないのですが──」

「あぁ、それなら問題ないですよ。あれぐらいサクッと片付けられます」


 ちょっと面倒な頼まれ事を快諾するかのような軽い口調で答える。この申し出は弥生にとって願ってもないことだ。それにこれまで出会った冒険者の強さ、ローウェンの話から考えるに、ゾンビマスター程度の魔物ですら無視できないレベルの魔物であることは容易に想像が付く。付け加えて言うなら騎士団が冒険者に劣っていることも引き受けた理由の一つだ。


 騎士団が冒険者より弱い理由は単純にNPCが無双しない為の措置だ。ゲーム時代において冒険者とはNPCの間で使われてるプレイヤーの俗称だった。最も、NPCに限って言えばゲーム時代に比べてかなり改善されてるのが窺える。ハイエルフのローウェンが良い例だろう。ハイエルフはエルフの中では絶対者とも言える存在で、その発言力は時に長老すら凌ぐとさえ言われる──というのがゲーム時代の設定だった。そんな殿上人のような存在が下等種族と揶揄される人族の世界で生活し、領主を務めるなど彼の感覚からすればあり得ないことだ。まぁこれは今のヴェルトから見てもかなりイレギュラーなことだが。


 これから取るべき行動が決まれば後は実行するだけだ。一度だけ、不安げにこちらを見つめている少女たちに目を向けて、優しく笑いかけてから近くにいた最年長の紗音の頭に手をぽんと置く。


「何も心配しなくていい。信じて待っていればすぐに終わる」

「は、はい……」


 呆気に取られた様子で答える一方で、紗音は男の存在に思いを馳せていた。


 彼は一体何者なのか。自分と同じ黒髪で、東洋人と思われる顔立ちでありながら不思議な力を使う青年。何処か頼りない感じではあるが、そのイメージを一瞬で吹き飛ばすほどの力を持っているにも関わらず、少しも怖いという感情が沸いてこない。いや、寧ろ親しみすら感じられる。


 似たようなことはアマリリスとサイネリアも考えていた。男に限らず、冒険者に騎士というのは強者であればあるほど、何処か近寄りがたい、切れ味を持った見えない衣に包まれてる雰囲気がある。オルフェウスで募集を掛けて集まった冒険者たちも自分の腕に自信を持ち、或いはそれを自慢したりする者が殆どだ。少なくとも少女たちの知る男というのは自尊心が高く、力を誇示する為に力を求める節がある。


(何者かしら……?)


 疑問と警戒心が半々に溶け合ったような感情が胸中で渦巻く。かつて自分たちが仕えていたベネットはいつもぴりぴりした空気を纏い、力でねじ伏せる男だった。やり方は乱暴ではあるが、彼は彼でオルフェウスの民を守ろうという気持ちが強かった。


 だがエルフォードと名乗ったあの男はどうだ。強者のみが纏える、威圧とも呼べる空気は微塵も感じられず、力を誇示することもしない。媚びを売っている訳ではないがそれでも腰も低く、相手の機嫌を損ねるのを恐れているようにも見えるその態度は平民が貴族と話をするときの様子と似ている。


 気になると言えばもう一つ。側に控えている、メイド服を着た女性とエルフォードに付きそう、異様に袖の長い見たことのない盛服だ。


 メイド(?)の女は鞘に収めても尚、神々しさが滲み出る剣を腰に帯剣したまま、周囲に目を光らせている。鎧を着ていれば騎士と言われても違和感のない立ち振る舞いだ。


「紫、私の代わりにしっかりと御主人様を守るのです。万が一……そう、万が一にも御主人様の御身に何かあれば容赦なく八つ裂きにして野良犬の餌にしますから心して警護するように」


 見目麗しい外見とは裏腹に随分と過激なことを言うメイドだと、誰もが思った。そんなリーラの物言いなど何処吹く風とばかりに紫は飄々と答える。


「大丈夫だって。アデルフィアの斬り込み隊長の私に掛かればあんなのチョロいチョロい♪」

「全く……。せめてフローレンスが居れば私も枕を高くしていられるというのに」


 フローレンスとは誰だろうと思ったが、とても質問できる空気ではないので押し黙る。

「はぁ……」


 再び通路の奥へ姿を消す弥生と護衛役の紫の後ろ姿を見て、溜め息を漏らす。自分の分かる範囲で廃墟内を索敵したところ、例え単独であっても主人が窮地に陥る確率はないと、頭で理解しても心が納得できてない。


 本音を言えば自分が側で仕えたい。姉妹の誰よりも忠誠を誓っていると自負しているからこそ、自分の全てをあの人に捧げたいと願っている。そんなのは俺が自分の都合に合わせて植え付けただけの偽物の感情だ──と、弥生は明言しているがそんなことはないとリーラは思っている。


 変化が起きたのは彼が──いや、彼等の言葉で言うデスゲームなるものが始まったときだ。それまで主人に対する好きという感情とそれを現す表現は、言ってしまえば台本に書かれた筋書き通りに動いているだけのものだった。


 ところが、デスゲームが始まってからそうした違和感が払拭されたではないか。表面上は普段と変わらない調子で接していたリーラだったが、内心そのことに驚愕したのは今でも鮮明に思い出せる。リーラを始め、人形たちはこれを人間と同じ感情が宿ったものだと解釈した。人間だって始めは感情を上手く表現できないし、成長するにつれて睡眠欲、食欲、性欲、愛情、独占欲などが芽生える。それが自分たちにも起きたのだと思えば不思議ではない。


 しかし同時に自分が主人の為にある人形であることも彼女は認めているし、自分が人間だと思ったこともない。そもそも自分が人間になってしまえば老化による衰えで大事なときに御主人様をお守りできないではないか。


 子を宿せる人間の女性が羨ましいと思った時期もあった。だけど最後は決まって『私は御主人様がお作りになられた世界最高の人形だからこそ、御主人様の望む美しい姿のままお守りできる』という結論に達する。まぁこの辺に関しては六女辺りが駄々をこねてたりしているが、少なくともリーラは人形である自分に満足している。


「あの……」


 思考の海に耽っていると、二人の従騎士が寄ってきた。他の娘はライラとビリーが空気を読んで話し相手になっている。


「何でしょう?」


 相手が少女ということで、笑顔で応じる。もし年頃の男なら無表情に加えて警戒の色を帯びた声音を出していたに違いない。


「つかぬことをお訊きしますが、エルフォードさんとはどのようなご関係ですか?」


 あれこれ詮索していたとはいえ、やはり年頃の少女ともなればこの手の話に興味はある。

 貴族とそれに付きそうメイドであれば気にとめることはなかったが、弥生はどう控え目に見ても貴族には見えない。多少なりとも邪な想像をしてしまうのは当然と言える。


「私は御主人様の人形です」

「に、人形……!?」

「そ、それってつまり……リーラさんは毎晩エルフォードさんと……ごにょごにょ」


 顔を真っ赤にして素っ頓狂な声をあげるサイネリアと、反射的にピンク色のもやに包まれたむふふなことを想像したアマリリス。


「人形ってことは、あのその……つまりリーラさんはせい──」

「違います、人形です」

「で、でも人形って言ったら普通はそういうものじゃないですかッ!」


 そこまで言われてから『あぁ……』と納得したように声を漏らす。一部始終を見ていたライラは『あれ絶対わざとでしょ……』と聞こえるかどうかの声で呟く。


「御主人様は人形遣いで、私は御主人様の手で作られた世界最高レベルの人形です。こう言えば分かりますか?」

「えっ? ……人形、遣い……ですか?」


 あれだけ強いのだからてっきり火力職の【ナイト】か【アサシン】ではないかと勝手に思い込んでいたが、まさか人形遣いだったとは……。


 人形遣いと言えば花嫁修業中の貴族令嬢、或いは旅芸人たちが就く【パペットドール】や古代の人形を研究しているマリアの【人形技師】を一纏めにした呼び名だ。前衛にも後衛にも向かない謎の職位で、せいぜい大道芸で人を楽しませるぐらいの価値しかない。


 外見もまさに人形という言葉が相応しいものが多い。木製から鉄製、或いは綿を詰め込んだ布に至るまで多種多彩な種類こそあるが、それだけだ。人形が成長する条件として術者からレベルドレインしなければならないというのも、敬遠される理由の一つだ。


「エルフォードさんの、人形? あなたが……?」

「はい」

「…………流石にそれは嘘じゃない? だってリーラさん、どう見ても人間にしか見えないし……」

「そう思われるのも無理からぬことですが、私が人形であることは純然たる事実です。私が人間のように見えるのは世界一の人形遣いである御主人様の精緻な技術の賜物です」

「なるほど。……あれ、それじゃあリーラさんのような人形は人間で言うところの不老不死?」

「その辺りは解釈次第、と言ったところでしょう。人間が生命活動の為に食事を取るように、私達も身体を維持するには御主人様から魔力を供給して頂く必要があります。ただ、普通の人形と違い私達は特別製なので多少は魔力を貯蔵することが出来ますが」

「ふーん……」


 リーラの解説にイマイチ納得しきれてない様子で生返事を返す。どうしても目の前の女性が人形だと思えないというのもあるし、本人がこういうものだと断定できる答えを用意しなかったこともある。


(まぁ、確かに人間離れした美貌だし、人形だからどれだけ歳取っても老けないってのは女としては羨ましい限りだわ。そう考えるとリーラさんってあの人と雰囲気が似ているけど……まさかね)


◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 現実の要素が盛り込まれたとはいえ、やはり根底にあるのは『ゲームの仕様』だった。


 件の男の安全を確約しているAD発生装置はベッドの下に隠された隠し階段を降りた先にあり、鈍器を一発振り下ろすだけで呆気なく破壊することができた。ゲームに限らず架空世界の住人というのは大事なものは何かと地下に隠したがるもので、そういう通路というのは大抵ベッドの下や移動する本棚、暖炉の奥にある隠し扉といった具合に世界が広がっている。


 こうしてイベントを一つ消化すると次のフラグが立つ。それは『絶対に倒せないイベントボス』から『プレイヤーの手で倒せるボスモンスター』に降格する瞬間でもある。ここがVRゲームの中ならばAD発生装置は一定時間経つと再起動するのがお約束だが、現実世界となった今のヴェルトならそうはいかないだろう。


(まぁ誰かが修理するっていう可能性もなくはないけど)


 一応、その可能性を考慮して壊れた機材の周辺に動体感知式の迎撃トラップをいくつかセットしておく。


 そこからは地道なダンジョン探索になる。部屋という部屋をしらみつぶしに探してボスと遭遇して戦う。ある意味作業とも言えるがこれもVRMMOの宿命だ。デモンズウォールのようにボスの間でずっしりと待ち構えているボスなど全体の一割程度に過ぎない。こちらが会いたいからと言って、わざわざ殺される為に出向いて来るようなボスなどいない。


「──て、俺は思ってたんだけど、まさかそっちから来てくれるとはね。探す手間が省けたよ」


 ごとんっ……と、グランドソードメイスの先端で床を叩く。鈍器の中でもかなりの重量を誇るそれは床に軽く触れただけで先端が軽くタイルに沈み、放射状の亀裂を作った。


「やってくれたねぇ、キミ。こうなった以上はタダで帰す訳にはいかないぞ……。せいぜいこの俺に楯突いたことを後悔させてやる」


 パチンと指を鳴らす男──ホウジョーと仮名しておこう──に合わせて、【取り巻き召喚】が発動する。ゾンビマスターが二体と取り巻きのボマーゾンビが一五体。スケルトンナイトが三○体にゾンビが五○体。その圧倒的な存在に思わず顔を歪める弥生。戦力差に苦虫を噛んだとホウジョーは勘違いしたが、実際はゾンビの身体から発せられる腐敗臭に耐えきれなかったのが一番の理由だ。


(彼女たちを保護してる間に【デットリーカーネーション】使ったのか。死体はストックから引っ張り出したのかな?)


 鼻を摘まんで目を細めながら状況を分析する。

 絶望的な状況と言えばそれっぽい状況だが、もはやただの経験値にしか見えない彼は立派な廃人だ。三○○レベルに到達しているのでレベルドレインでもされない限り経験値が入ることはないが。


 ……と、そこへちょんちょんと紫が肩を叩いてきたので振り向く。言葉にせずとも、彼は顔を見ただけで彼女の言いたいことを察した。


『私がやる?』


 ぽんぽんと、腰に提げたレイヴンブランドとストームブリンガーを叩きながらアピールする次女。久しぶりに兄妹剣を使って暴れたいのだろう。そんなことをすればどうなるかは目に見えるのでキチンと釘は刺しておく。


「一刀だけにしろ」

「はぁーい」


 詰まらなそうに返事をしてレイヴンブランドを引き抜く。鞘から抜かれたそれは白銀のような輝きを持ち、刀身にはびっしりルーン文字を崩したような黒い文字が刻まれている。その動作に合わせて、大きく飛び退きながら右手を前に出して──


「【ホーリージェイル】」


 ──紫ごと白く輝く巨大な檻の中へ閉じ込めた。


「くすっ。脆弱で哀れな仔羊さん、私のフィールドへようこそ」

「用意したの俺だけどな──てか流石にこれだけの数相手に使うとMP食うな……」


 グゥーっと、腕を思い切り伸ばしながら呑気に感想を述べる弥生に対して、思わず動揺を露わにするホウジョー。


「馬鹿な……【ホーリージェイル】だと!? その使い手は遙か昔に死んだ筈……!」

「あー、うん。これスクロールじゃ覚えられないから習得するのスゲー面倒だけど不死モブ狩るのにはすげー便利だから頑張って覚えたんだよ」


 何てことのない態度でとつとつと説明する。

 不死・悪魔対策の神聖魔法【ホーリージェイル】──ジェイルの名が指す通り光の檻の中に敵を閉じ込める行動制限型のスキル。不死族・悪魔族にのみ有効でそれ以外の種族だと光の檻を貫通してしまうという欠点を持つが、不死・悪魔に対しては絶大な効果を発揮する。具体的には──


・対象の種族はステータスが三分の一低下。

・移動速度半減。

・光属性のダメージ二倍。

・光属性攻撃の強化。

・五秒毎に最大HPの一%分の固定ダメージ。


 ──という効果が発揮される。流石にゲームバランスの関係でボス属性持ちの敵を閉じ込めることが出来ないが【ホーリージェイル】の効果そのものがなくなる訳ではないのでボス戦で瞬間的な火力を出すときなどは重宝する反面、敵の数に応じて消費MPが倍々ゲームのように膨れあがっていくので使い所を間違えると一瞬でMPが枯渇するなんて事故が起きかねない。


(ヤバイ、あまりMP持たないかも……)


 HPを現す緑色のバーの真下にある青色のバーがもの凄い勢いで現象していくのが分かる。リーラと紫を維持する為に魔力を供給しているとは言え、消費MPを抑える各種パッシブスキルをフル稼働させて尚、この減り具合。このままでは三○秒と保たないかも知れない。


「先輩、早めにお願いします。冗談抜きでMPヤバいんで」

「オッケー。じゃあサクッと終わらせよっか」


 レイヴンブランドを構えて、剣の力を解放する。レイヴンブランドに備わっている能力の一つに道具として使用するとINTに依存した光属性の魔法ダメージを与える能力がある。その能力を駆使して雑魚を散らした後、一足飛びでホウジョーとの距離を詰める。


「く、来るなぁーっ!」


 危険を事前に察したホウジョーはグレネード──中範囲の火属性攻撃を放つ攻撃アイテム──を取り出し、手当たり次第投げる。だがそれは地面に着弾するよりも早く、野球のバッドの如くレイヴンブランドを振って打ち返される。


「【アイスコフィン】」


 そこへ弥生が紫によって打ち返されたグレネード諸共、雑魚敵全てを氷の棺で一瞬で凍結して爆発を防ぐ。凍結した雑魚を一匹残らず砕きながら高速で肉薄する紫。ホウジョーが状況を把握したときには既に魔剣が彼の胴体を肩から斜めに斬り込んで真っ二つにしていた。


 神速の速さで踏み込み、一瞬にして相手の命を絶った紫の服に血は付いてない。和服が好きだと言ってくれた主人のことを思い、血が付着するよりも早く動いたからだ。


「う~ん、流石に【ホーリージェイル】はやり過ぎたか?」

「獅子搏兔の心で挑んだ結果でしょ?」

「どっちかと言えば『俺TUEEEEE!!』って感じだったけど……まぁいっか」


 かくして、舘の支配者だったホウジョーは理不尽とも言える暴力の前に沈んだ。こうして悪夢のような一夜は過ぎ去ったのだ──


「──と、思ったけど暴れたりないから私はこのまま狩りをすることを提案します!」

「えー……」


 ブンブンとレイヴンブランドを振り回してハイテンションになる紫と、右肩下がりで気落ちする弥生。


 腐敗臭は酷い、ドロップは貧弱、隠しスキル習得のトリガーも起きないと、三拍子揃った雑魚相手に無双など何が楽しいのか。そう言って引き返そうと提案する彼に対して、少しだけ佇まいを直してくる紫。


「ねぇエル君、ここってあの男の施設でしょ? 破壊した方がいいと思わない?」

「うっ……」


 そう言われると反論の余地がなくなってしまう。当面の脅威は去ったが、悪意ある人間がこの施設の有用性を見出して、それを悪用しない可能性はゼロじゃない。AD発生装置は修復不可能なぐらい徹底的に壊したが、もしかしたら自分たちの知らない厄介な何かがあるかも知れない。


「………しゃーない。斥候人形飛ばしてちゃっちゃと終わらすか」

「うんうん。何だかんだ言ってエル君ってお人好しだよね。私達はエル君のそういうところが好きなんだけどね♪」

「うっさい。行くぞ」


 ほんのり朱色に染まった頬を隠すようにそっぽを向きながら、いくつかの斥候人形を飛ばす。尚、その様子を紫がニヤニヤしながら眺めていたことを追記しておく。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 この世界に来てからまだ数日しか経っていないが、湯気の立つ食事を口にできることがどれだけ幸せなのか。そのありがたさを噛み締めながら紗音は今後について考えていた。


 従騎士のアマリリスとサイネリアはオルフェウスに戻り次第、状況を報告する必要がある。懲罰は免れないかも知れないと、苦虫を噛んだような表情で呟く二人の顔が印象に残った。


 奴隷たちは商人であるダニエルが戦利品として貰い受けることになった。それは勿論、紗音も頭数に入っている。


 手始めにダニエルは簡単な面接を行い、その過程で光るものがあれば手元に置こうと思った。しかし紗音たちを始め、彼女たちはダニエルの眼鏡に叶うような人材ではなかった。


 とは言え、唯一の武器とも言える若さと容姿を活かさない手はないのでオルフェウスに到着次第、正式な手続きを取って奴隷にすると宣言した。


 この世界において奴隷は法律で認められた身分であり、解放されるには役人に高い金を払って人権を得るしかないが、法的手続きを経て奴隷から解放されたという話は少ない。


 一口に奴隷と言ってもそれは様々だ。賃金の要らない労働奴隷からコロシアムで見世物として戦わせる戦闘奴隷、貴族の愛玩具として飼われる性奴隷。当然、奴隷に賃金を与えるような物好きは世界的に見ても珍しいので解放されるにはよほどの幸運に恵まれるより他ない。


 その辺、性奴隷や戦闘奴隷はまだ良い。性奴隷は相手に気に入って貰えば飼い主のお情けで解放されるチャンスがあるし、戦闘奴隷はコロシアムで優勝すれば自由を手にすることができる。戦闘奴隷以外の参加者も多いので茨の道であることに違いはないが。


 労働奴隷の場合、解放は絶望的と言ってもいい。賃金はなし、労働環境は最悪、理由もなく他の労働者より過酷で、人が嫌がる仕事を押しつけられる。そうした背景もあって、労働奴隷たちの寿命は極めて短い。


 当然、紗音たちは女なので性奴隷として売買されるが、それはあくまでベストな結果であり、実際はブラッティ・ファングに遭遇した際の捨て駒にされる可能性の方が高い。道徳的にはかなり問題のある行為だが、残念ながらそれに対する罰則は現状、存在しない。


 勿論、盗賊相手に取り引きが通じるとは思えないがそれでも何もしないよりはマシというレベル。やられる側としてはたまったものではない。


 当然のように紗音は懇願した。努力を惜しまないからどうか働かせて欲しいと。しかし、素性の知れない人間を雇うよりは奴隷として売った方が利益が上がると判断したダニエルは首を縦に振らなかった。ましてや紗音はこの世界では非常に珍しい黒髪に加えてエルフに勝るとも劣らぬ美貌の持ち主だ。奴隷登録をして、商品としての教育を施し、貴族達が集まる競売に掛ければ金貨五○枚は固い。


 ショックはある。しかし同時に紗音は認めていた。元々商人相手に善意を期待するなどナンセンスなのだ。箱入り娘で世間知らずな彼女とて、商売のイロハぐらいは知っている。


 だからと言って彼女は諦めた訳ではない。今、自分の力でどうにも出来ないのであれば将来的にどうにかするしかない。だから今は我慢するべきときなのだと自分に言い聞かせながらコップに満たされたスープを飲む。


「ただいまー……」

「天城紫、ただいま帰還しました!」


 のんびりした声とはきはきした声がロビーに響き、その方を見る。『ぞんびますたー』なるおぞましい敵と戦いに出向いた青年とその女性だ。


「ご苦労様です、お二人とも。それで、ゾンビマスターの方は無事討伐しましたか?」

「えぇ。と言っても討伐証明の部位が分からなかったのでアイツが持ってた杖を回収しておきましたけど、これで信用して貰えますか?」

「えぇ。問題ありません。ただ、ユニークモンスターともなれば遭遇すること事態が希有なケースなので後日、改めてギルドが調査しに来ると思いますが」

「うへぇ、事情聴取とか面倒だから嫌なんだけどなぁー。……それよりダニエルさん、彼女たちはやっぱり──」


 ダニエルとエルフォードの話を他人事のようにぼんやり聞きながら思う。もしかしたらこの人は自分のことを助けてくれるのではないかと。しかし聡明な彼女の理性はそれを否定している。何処から来たかも分からない、世間知らずな娘の為に大金を出してまで助けてくれるような物好きなど──


「あ、じゃあ金貨の代わりに魔武器でいいですか? いくつかストックあるんで」


 ──案外近くに居るものだった。

 ぽんぽんぽん……と、何もない空間からどんどん現れる武器。

 片手剣、大剣、短剣、鈍器、銃器、弓、杖……。


 どれ一つ取っても地球生まれの紗音は元より、二人の従騎士にケンタロス一同から見ても彼が適当に出した武器はいずれも珍しいものばかりだった。


「え……なに? なんで魔法付与された武器がこんなぽんぽん出てくるの?」

「あー! この剣って団長が使ってるのと同じヤツじゃないですか!」

「ふむ……確かにいずれの品物も交渉するに値する商品ですな。いえ、寧ろ奴隷とぶつぶつ交換できるのであれば破格の条件と言ってもいい」

「ポーション類もありますよ」


 言いながら、何もない空間に向かって腕を振り、何かを操作する仕草をする。数秒としないうちに新たに出て来たのはキラキラと光るカラフルな液体で満たされた小瓶。


「これは……まさか霊薬?!」

「へっ? これ、中級クラスのポーションですよ?」

「御主人様、かつて私達が当たり前のように使用していたポーションはこの世界では霊薬級の回復剤になってます」

「…………護衛の仕事なんかしないで始めからこれ売れば良かったな。武器より安そうだし」

「そうとも限りません。現在、下級魔剣の末端価格が金貨一枚に対して、使った瞬間に効果を発揮する霊薬は末端価格で金貨五枚と言われてます」

「インフレってレベルじゃねーな」


 ある意味、今日一番味方に衝撃を与えた本人はのほほんとしながら交渉を進めていく。


 話し合いの末、ダニエルが売る予定だった奴隷たちは各種属性に対応した片手剣一本ずつに一級霊薬一○本(ゲーム時代で言うホワイトポーション)と交換。怪我の酷い従騎士二人には無償で霊薬を提供した。ケンタロスのメンバーにも戦力強化という名目で使わない魔剣を格安で提供しようとしたが『金が貯まるまで待って欲しい』と頑なに断られた。


 意外と律儀な性格をした人たちだなと感心し、こっそり評価を上げたのはここだけの話。


「まぁ、そういう訳で今日から俺がキミ達の面倒を見ることになった。……つってもそれを決めるのはキミ達次第だけど、どうする?」

「…………。一つ、訊いても宜しいですか?」

「なんだ?」

「何故、私達を助けようと思ったのです?」


 紗音の言葉を受けて、弥生は真面目に理由を模索してみた。

 当たり前だが、この取り引きで損をしているのは言うまでもなく弥生だ。足下を見られた感はあるが彼の感覚では確実に売れるかどうかも分からない在庫を処分する機会に恵まれた程度の感覚で取り引きに応じた。それでも損をしたという気持ちもなくはないが、一番の理由はやはり──


「助けたいと思ったから……じゃ、駄目かな?」


 ──助けられる人がいたから。ここに尽きる。


「俺さ、ガキの頃に玉突き事故で親亡くしてるんだ。事故の直後はまだ親は生きていたし、急いで助けを呼べば助かったかも知れない。けど、そのときの俺はそれが出来なかった。死なないでくれってずっと泣き叫んで、そのせいで助けを求める時間をなくしちゃって、後になってからすげー後悔した。……だからさ、その償いってことになるのかな? もし自分の力で助けられる人が居たら俺は極力助けることにしてるんだ。……それじゃあ理由にならないかな?」

「…………」


 呆然、と言った様子で弥生を見上げる。彼の言い分はともすればただの自己満足だと、切り捨てる人もいるかも知れないし、中途半端な気持ちで人を助けてるだけの馬鹿だと嘲笑われるかも知れない。それでも紗音は彼の言葉は信じるに値すると思った。


 身内の話が決め手になった訳ではない。いや、それも幾ばくか関係しているが一番の理由は彼のその態度。箱入り娘として育ってきた紗音でも社交界への出席経験は豊富で、そのお陰で対人経験はなかなかのものだと言える。そうした社交界で大人を相手に話をしていると自然に『良い人』と『悪い人』の区別が付く。最も、紗音の言う『悪い人』というのは単純に良からぬことを考えてる人間、ぐらいの認識でしかないが。


「……そういうことでしたら、私からは何も言うことはありません」


 彼の言葉を深く胸に刻み込むように胸に手を当てながら、静かに返事をする。


 最悪の事態は免れた。免れたが、だからと言ってそれに甘んじるほど紗音は世間知らずではない。


「エルフォードさんはお金も何もない、私達を助ける為に大変貴重な品物を躊躇いもなく売って下さいました。それだけの価値と等価とは申せませんが、役者不足と仰られぬよう、恩義に報いるべく粉骨砕身の精神を持って奉仕させていただきます。どうか、私達を存分にお使いください」


 佇まいを正して、三つ指をついて深く頭を下げる。その謙虚な姿勢にリーラはほぅ……と、感心したように声を漏らす。


「私は賛成です。見たところ礼儀作法も教養も申し分ありません」

「私もサンセー。紗音ちゃん良い娘そうだし」

「……と、満場一致でキミ達四人を雇うことになった。改めてよろしく頼む」

「はいっ。……そうなるとやはり、私もエルフォードさんのことを御主人様とお呼びになった方が宜しいでしょうか?」

「良い心がけです、紗音。そこまでの覚悟があるのでしたら御主人様の愛人に──」

「愛人なんかにしないからな? あと呼び方は普通でいいから」


 こうして、彼の旅路に新たな同行者が加わることになり……ふとそこで気付く。


(あれ? これっていわゆる臨時パーティーってヤツ?)


 わりとどうでもいいことに気付いた弥生だった。

今のうちに明言しておくと奴隷少女の三人はモブキャラです。ヒロイン達のような出番とかはないです。

……何故出したし自分。orz

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