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旅にトラブルは付きもの 2

あ、ありのまま今起きたことを話すぜ。

俺は異世界旅行記を書いてた筈がオンゲー世界を書いてた……!

何を(ry


そしてまさかのシリアスパート。お気楽ストーリーには似合わないかも知れない、けど! 書きたいから書いたんです!

……それにしたってこのサブタイトルはないなー。ということで近々タイトル変えます。

「おぅ兄ちゃん! まさかまた会うことになるとはな! しかも今度は愛人も一緒たぁ見た目によらず太ぇ野郎だな、ガハハハ!」


 バシバシと、豪快に笑いながら弥生の背中を叩く商隊を護衛する冒険者グループ・ケンタロスのリーダー。数日前、偶然出会ったガチムチことビリーだ。小麦色に日焼けした肌と頬の傷跡、そしてニカッと笑う姿はやっぱり兄貴という言葉が相応しい。


「……浮気は、不潔」


 ビリーの横で毒を吐いたのは【アーチャー】のビスマルク。口数が少なく、何か喋ったかと思えば皮肉か毒しか喋らない青年だったということは覚えてるが、概ねその印象は間違ってないようだ。


「あら。お姉さん甲斐性持ちの人は好きよ」


 対して、茶目っ気たっぷりの笑顔を向けながらリーラと紫に握手をしながら自己紹介をしていた【プリースト】の女性はライラ。弥生とリーラの記憶が正しければこの人はサブリーダーだった筈。


 そして最後の一人──ビリーの後ろでブラコンな妹っぽく隠れている最後のメンバー。


 焦げ茶色のフードで全身をすっぽり覆った、いかにも魔法使いっぽい格好をした背丈の低い子。決してビリーが二○○センチオーバーだから小さく見える訳ではない。


 フードを目深に被っているせいで容姿・種族共にが分からないが、弥生はそれとなくアタリを付けていた。


(フードを被ってるってことは鬼人かな?)


 鬼人。キャラメイク時にごく稀に発生するレア種族であり、狙って出すには相当な根気と時間が必要とされる。特徴としてキャラメイク時に持っているボーナスポイントが多く、デフォルトで【ダメージ軽減】スキルを所持している等、他種族と比べて優遇されてる反面、首都に住むNPC達の好感度は底辺。そのまま町に入ればたちまち非マナーPC鎮圧用に配置された憲兵たちに殺されてしまう。首都へ入るには多くのクエストをこなし、名誉住人の称号を得るより他ない。


 外見はヒューマンの頭に角が生えたような容姿なのでNPCとして登場する鬼人族はこの子のようにフードを目深に被るか帽子やバンダナで隠すなどして町に溶け込んでる。


「ビリーさん、ひょっとしてその子はパーティーメンバーですか?」


 確認の意味を込めて、弥生は思い切ってビリーに尋ねる。


「おう、紹介するぜ。妹のミシェルだ! ちぃーっとばかし人見知りが激しいが【マジシャン】としては優秀だからな、安心していいぜ!」


 ニカッと、白い歯を光らせて笑うビリーと、足下に居る妹(?)を思わず見比べてしまったのはエルフォードだけではなかった。


「い、妹さん? ……全っ然、似てないんだけど?」

「誘拐でもしたんですか、このロリコン」

「こらこら二人とも、そういうのは本人の居ないところで言いなさい」


 まぁまぁと二体の人形を宥める弥生。こいつも大概酷い男だ。


「ふふっ、確かに二人とも似てないからそう思うのも無理ないわね。でも、ミシェルちゃんは正真正銘、ビリーの妹よ。幼馴染みの私が保証するわ。そうよね、ビリー?」

「ガハハハ! けどよライラ、俺とミシェルが似てねぇってのはちぃーっと聞き流せねぇな。なんたって目元なんかは俺そっくりだからな!」


 いやそういう意味じゃないから──と、弥生以下人形二人が同時に胸中で突っ込みを入れる。そのミシェルは場の空気に耐えきれなくなったのかそそくさと馬車が作った日陰に移動している。


 シャイというよりはコミュ障なのか。いや、ひょっとしたら自分たちがいないところでは案外、普通に話すかも知れない。丁度、オタクが普通の人の前では黙っているのに対して、趣味が合う人と趣味の話になるともの凄い勢いで話し出すのと同じ理屈で。


「全員揃いましたか?」


 頃合いを見計らって、一同が護衛する商隊のリーダーが歩み寄ってきた。

 天から降り注ぐ太陽を受けてキラキラと輝く立派な頭に好々爺のような男。七○過ぎに見えなくもないが背筋をピンと伸ばし、杖を使って歩いてる様子もない。


 名前はダニエル。スルガ商会に身を置く行商人だと、以前ビリー達と同行していた時に本人からそう自己紹介を受けた。


「そちらの方は以前、ビリーさん達を助けてくれた冒険者様ですね? 今回も宜しくお願い致します」

「はい。こちらこそ」


 人懐っこい笑みを浮かべて握手を交わす。無駄話もそこそこにして護衛用馬車に乗り込む。流石に七人同時に乗り込めば手狭に感じてしまうがそこは仕方ない。筋骨隆々の男がそれに一役買っているのも原因の一つだけれど。


「…………」


 狭い馬車の中でやることなどたかが知れている。武器の手入れか景色を眺めるかの二つ。一応、護衛ということで御者を務める人間は常に周囲に気を配る必要がある。


「私達が外に出て索敵してますか?」


 気を利かせて、リーラが控え目に手を上げて自ら下車を申し出る。少しだけ考える素振りをしてから弥生は『じゃあ頼む』と短く返答する。出会った初日の段階で彼が人形遣いであること、リーラが彼の人形であることは周知の事実として知れ渡っているので誰からも反対意見はない。


「じゃ、私はエル君とイチャイチャして──」

「あなたも来るのです、紫。何処の世界に主人の為に働かない人形がいますか」


 ヤダヤダヤダ~……と、駄々をこねる紫を引きずるように素早く下車するリーラ。普段の仕事ぶりはケチの付けようがないくらい完璧だというのに、隙あらば押し倒そうとする人形がそんなことを言っても……という気持ちもなくはないが、面倒なので黙っておく。


「ガハハハ! オメェのトコは相変わらず賑やかでいいなおい!」

「鬱陶しい、とも言いますけどね」


 一二人揃ったらどんだけやかましくなるんだか──と、吐き捨てるように呟く。本人は聞こえないつもりで言ったつもりだったが、耳ざとい者がそれに反応した。ライラである。


「え、何々? あれレベルの人形が全部で一二体あるってことは……ひょっとしてキミ、凄い人形遣いだったりする?」

「うーん……凄いんじゃないですか?」


 気のない返事で答える弥生だが、実際のところ彼の知名度──勿論ゲーム時代からデスゲーム時代にかけての話──はかなりのものだった。


 分かり易い特徴として常に人形を侍らしていたこともあるが、主な理由は単純に戦闘がド派手だったこと。初手の大規模魔法を逃れても第二、第三の魔法が超・長距離から飛んでくる。辛うじてそれを逃れても聖剣・魔剣で武装した攻撃役が強力なスキルでなけなしのHPを吹き飛ばす。それでも運良くその追撃を逃れ、命からがら司令塔たる彼の元に辿り着いたとしても【ラブドール】による効果でステータスが劇的に上昇しているだけでなく、防御役の人形が持つスキル【防衛】【献身】による鉄壁の守りに阻まれる。


 弱点があるとすれば人形たちを維持するだけでガリガリ削られていくMPの維持ぐらいだが、残念なことに対人戦において彼のMPを枯渇させた猛者はいなかった。


 長期的に見れば最強とは言えないかも知れない。だが瞬間的な火力に絞ればそんな弱点すらも吹き飛ばしてしまうほどのチート火力を持つプレイヤー──それが柊弥生ことエルフォードだ。


 最も、先の例にあったような本気戦闘はリソースを惜しまないという前提条件が付くので彼自身、金銭的な問題でおいそれと本気を出せないのが最大の枷とも言える。まぁリソースを消費せずとも四体までなら許容範囲と言える辺り、充分チートスペックと言えるが。


(魔物が蔓延ってる以外は至って平和だよなぁー)


 遠ざかっていく景色をぼんやり眺めながら弥生は思う。

 実のところ、彼は元の世界に帰りたいという願望はそれほど強くはない。勿論、ベストは地球に帰ることだが現実と大差ない世界なら永住するのもアリだと、最近は考えている。


(そうなると定職に就く必要が出てくるよなー)


 流石に引き籠もりニートみたいな生活は御免被るところだが、その定職すらも『出来れば商売がいい』とぼんやり考えている程度でしかない。冒険者として真面目に活動すれば巨万の富は得られるかも知れない。だが冒険者なんていう職業は身体が資本。年を取れば肉体は衰えるし、そもそも永久就職には向いてない。安定した仕事に就きたいならやはり手頃な町に住民登録して店でも構えるべきだろう。最も、現時点での最優先すべき目標は娘達の回収な訳なのは言うまでもない。


「なぁリーラ、先輩」

『何でしょう』


 二人揃って異口同音する。あまりにも完璧なタイミングに二人は揃って嫌悪感丸出しな表情で互いを睨む。


「自営業するとしたら何がいいかな?」

「定食屋など如何でしょう。御主人様は私達の知らない料理を沢山ご存知ですし、きっと流行ると思います」

「えー、私は武具屋がいいと思うけどなー。エル君、一応製造スキル取ってるんでしょ?」

「成功率一割だけどな」


 取り敢えず将来は料理関係で目指そうと、心に誓う瞬間だった。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 護衛二日目の朝は大雨に見舞われた。雨避けの外套に身を包んだ一同は泥濘に嵌まった車輪を人力で押し出しながらの移動を余儀なくされた。街道がまともに整備されてないからこそ起こる事態と言える。


 国家の急務とも言える街道の整備が何故なされていないのかと聞かれれば数十年前までは戦争状態であったことが起因している。街道が整備されれば敵軍の進軍をそれだけ早めてしまうという理由から各国は敢えて街道工事に手を伸ばさなかった。


 最も、戦争が終わった現代では単純に彼らが歩いている街道がたまたま管理局の人間たちに忘れ去られた未整備の街道だったりするが、彼らがそれを知る筈もない。


「御主人様」


 パシャパシャと、泥濘が酷い道に足下をすくわれることなく小走りでリーラが駆け寄ってくる。どうしても確かめなければならないことがあるということで弥生が彼女に偵察を命じたのだ。


「この先にある橋は既に氾濫した川によって全壊状態。下流にあるローテル橋は渡れないこともありませんがサギハンがたむろしてます」

「あぁ?! サギハンって海の魔物じゃねぇのか!?」


 雨音に掻き消されないように大声を上げつつ馬車を押し進める。そこへビスマルクがぼそっと突っ込みを入れる。


「サギハンは、水の魔物……。水さえあれば何処でも住める。……一般常識」

「で、どうしやすダニエルの旦那! 俺の記憶が確かなら街道から少し外れた場所に廃墟になった屋敷があるんですがね! 雨ぐらいなら凌げると思いますが!」


 こちらも弥生に負けないぐらい声を張り上げたビリーが意見を求めてくる。


(川が氾濫してるなら【ボトムウォーク】は意味ねぇな。となると【水上移動】は……ダメだ。あれは一人用だった)


 水底であろうと地上と全く同じように活動できる【ボトムウォーク】に浮力を増加させる【エアバッグ】を併せて使えば橋が壊れていても川を渡ることができる。ただ、それはあくまで渡る手段であり、川の流れそのものを無効化するものではない。


 川の流れの影響を受けない【水上移動】なら楽々移動できるが、こちらは先の説明にあった通り一人用スキル。複数がけなどできない。


「ふぅ……仕方ありません。この雨の中を強行行軍するのは下策。ビリーさんの言う通りこの先の廃墟で身体を休めましょう。どうか皆さん、それまで頑張って下さい」

「おうよ! 旦那は何も心配せず俺たちに任せな!」


 こんなときでも──いや、こんなときだからこそいつも通り、ニカッと笑顔を浮かべて親指をグッと立てる。本当にこの男がいるだけで精神的な面で大いに助けられていると感じてるのは弥生だけではない。勿論、だからといって新しい趣味に目覚める気はない。


(はぁ、早く町に着いて暖かいモン食べて熱い風呂に入りたい……)


 中途半端に現代人である自分にそっと嫌悪しながら泥に足下を掬われながら賢明に馬車を押す弥生だった。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 厳島紗音は心身共に疲弊していた。お気に入りだった白いワンピースは血と泥で汚れ、枝先に引っ掛けてビリビリに裂け、もはやボロ布を着ているだけの状態に等しかった。先日買ったばかりのサンダルは走りづらいので捨てた。追っ手から逃げる必要があったからだ。白磁のような美しい肌もやはり泥と血で汚れ、足裏は小石を強く踏みつけたせいで皮膚が向けている。


 どうしてこんなことになったのか。いや、もはや考えるのも億劫なほど、心も体も摩耗している。


 五日前までは確かに自分の知っている世界にいた。厳しい両親の元で育てられ、親が決めた者以外との交流は一切禁じられ、言われるがままに育ってきた箱入り娘。


 この春に入った高校は全寮制の女子校、それも偏差値がべらぼうに高い正真正銘のお嬢様学校だ。そのお嬢様学校に通う生徒たちから見ても紗音は筋金入りのお嬢様だった。


 ラーメンを知らない。テレビゲームを知らない。不良を知らない。今をときめくアイドルグループの存在を知らない。とにかく知らない尽くしだ。


 そんな世間知らずな彼女の見聞を広めようと、数少ない友人が実家からVRマシンなるものを取り寄せてきた。何でも仮想空間で遊ぶのに必要なものだとか何とか。『あぷり』というものが何を指すのか分からなかったが、興味本位でそのVRマシンを起動させて──気がつけば異世界に居た。


 予備知識も何もない状態でこの世界に降りた二人はある意味では幸運で、ある意味では不幸だったかも知れない。魔物も人もいない平原を丸二日彷徨い続ける二人。水も食料もない極限状態に加えて蝶よ花よと大切に育てられた紗音とその友人がこの過酷な環境に耐えられる筈もなかった。


 幸運なのは二人が魔物に出会わなかったこと。そして不幸なのは彼女たちが人身売買を稼業とする奴隷商人に目を付けらてしまったこと。誰だって空腹状態を前に、美味しそうなパンとミルクを差し出されれば食い付いてしまう。


 気付けば鎖で繋がれ、鉄格子で囲まれた馬車の中にいた。たまたま中に居合わせていた、自分たちよりも年下の少女らから自分が奴隷として貴族に売られるということを聞かされたときは震えが止まらなかった。


 だが神は紗音たちを見捨てはしなかった。彼女たちを拾った奴隷商人はブラッティ・ファングと深い繋がりを持つ──という情報を得た騎士団と冒険者たちが馬車を襲撃。すぐに助かると思いきや、戦いは泥沼化し、血の臭いを嗅ぎ付けた魔物の群れの乱入により、状況は悪化の一途を辿った。


 奴隷達を売るつもりだった奴隷商人らは撤収。騎士団と冒険者たちは義侠心から奴隷達を守る為に勇戦を決断。しかし奴隷商人たちとの戦闘で誰もが決して浅くはない手傷を負った状態での魔物の群れとの戦闘など、誰が見ても無謀そのものだった。


 故にリーダーは決断した。実力のある者たちが捨て石となり、二人の従騎士と少数の冒険者たちに奴隷たちをエスコートさせる。


 逃亡の過程で少女たちを守らんと少ない冒険者たちは魔物の牙によって命を落とし、自らの死肉を貪らせることで時間を稼いだ。突然振ってきた大雨のせいで体力ない奴隷は足を止め、獣に食い殺される。紗音の友人は彼女を巻き込んだ自責の念から、魔物に襲われそうになった紗音の身代わりとなった。きっとこの先、自分は彼女のことを忘れることができないだろう。


 そうして命からがら、生き延びたのは従騎士二人と紗音を含めた奴隷の少女が三人。運良く見つけた廃墟で奴隷たちは部屋の隅にあった、埃塗れの毛布にくるまり、泥のように眠った。


(明日のことを考えれば眠らなければいけないというのに……)


 立ち上がるのだって億劫なくらい疲れている筈なのに、身体の芯が鉛になったかのように身体が重たいというのに、どうしても眠る気になれない。


 いや、本当は分かっている。このまま寝てしまえばまた何処かに連れ去られてしまうのではないかという恐怖が、睡眠を拒絶しているのだ。


 入り口の近くに座っている従騎士二人に目を向ける。革の鎧と髪、顔はべったりと返り血がこびり付いてる。ランタンの光によって照らされる横顔は猟奇的な人間を彷彿とさせた。勿論、そう見えただけで紗音にはそんな感情など一片たりとも浮かんだりはしない。


 従騎士の一人は刃毀れした剣を抱くように扉に背を預けているものの、こっくりこっくりと頭が船漕ぎしている。それを隣の従騎士が咎めて、今度は自分が船漕ぎして逆に咎められて……と、そんなことを繰り返している。


(…………)


 そんな二人を見て、紗音は無力な自分を恥ずかしく思った。従騎士二人とまともに話をしていないが、背丈と顔立ちからして年下であることは何となく理解していた。本来ならば年長者である自分がしっかりしなければならないというのに、自分は同姓で、しかも年下の従騎士二人に護られているばかりか、貴重な食料まで貰ってしまった。


(私は一体、何をしているのでしょう……)


 負のスパイラルに囚われる紗音。だがそれを断ち切るかのように、地の底から響くような、おどろおどろしい唸り声が反響する。


「……ッ」


 咄嗟に自分の身体を抱きしめる紗音。それに一拍遅れて二人の従騎士が剣を杖代わりにして立ち上がる。


「リース、今の声って……」

「アンデットモンスターかも知れないわね」


 あんでっともんすたー……それが何を指すのか紗音には皆目検討が付かない。だが二人の声音から察するに良くない状況であることは理解できた。


「こうなった以上、覚悟を決めるわよリア」

「私だって騎士だよ。弱者を護る為なら死ぬ覚悟ぐらいできて当たり前だよ」


 悲壮感を微塵も出さず、決意を固めた二人の表情が、全てを物語っていた。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 ビリーの言う廃墟は地球で言うところの総合病院のような外見だった。ファンタジーな世界に似つかわしくない──と、思われがちだがヴェルトの世界には近未来的な都市もあったのでこういう現代っぽい建物があっても特別不思議ではない。


 また魔剣の迷宮だったらどうしよう……という憂鬱な気持ちもあったがリーラと紫が索敵した結果、魔剣の迷宮でないことが分かった。


「あー、うん。確かに魔剣の迷宮ではないね、うん」


 馬車が入れるように壊れかけていた扉をビリーが力ずくで壊し、その音に釣られるようにゆっくりとこちらを向く、某ゲームでは定番の魔物たち。


 ボロボロの衣服に腐った肉体から発せられる死臭。だらしなく口を開き、両手を前に出してよろよろと歩く姿はまごうことなきゾンビ。単純な戦闘力ならばゴブリンにすら劣る、アンデットモンスターの中では一番弱い魔物。


 しかしヴェルトオンラインに登場するアンデットというのは少々、厄介な性質を持っている。まず、通常の手段では倒すことができない。刃物で斬りつけても傷口は再生する。特定の魔法・スキルでしか倒せない仕様なのが殆どである為、アンデットに特化した職業でもなければ嫌煙すべき存在だ。


 但し、今回のような最弱の存在たるゾンビはかなり優しいと言える。刃物が通じないという点はともかく、肉体が極めて脆弱ということで鈍器系の武器が有効。具体的には頭か上半身を吹き飛ばすだけでいい。仮に鈍器がなくとも大抵の魔法は普通に通用するのである意味カモと言える。経験値的には全然美味しくないので全く相手にされない相手なのはここだけの話。


「おいおい、アンデットが居るなんて聞いてねぇぞ」

「推測ですが、この近くで大量の命が無念の死を遂げたことによって、その情念に触発されたのではないでしょうか?」

「ゾンビマスター的な?」

「あー、そんな魔物もいたなそういや……」


 リーラの解説と紫の言葉を聞いて、思い出したようにポンと手を叩く弥生を見て、ケンタロス一同は心当たりがあるのかと目線で訴える。四人分の視線を受けて、『推測ですが……』と、前置きしてから話を切り出す。


「多分、ゾンビマスターが居ると思います」


 ゾンビマスター。レベル一五○のユニークモンスター。

 ほぼ無制限に使える【取り巻き召喚】を駆使して大量のボマーゾンビを召喚する、自分の手は汚さない策士タイプの魔物。ボマーゾンビは攻撃を受ける、或いはプレイヤーと一定の距離を詰めると【自爆】をする。数居るボマーゾンビの内、一体でも自爆すれば残り全てのボマーゾンビはそれに巻き込まれる形で誘爆し、プレイヤーに被害を与える。そして取り巻きがいなくなったところですぐに【取り巻き召喚】を使ってボマーゾンビを召喚するという非常に嫌らしいユニークモンスターだ。


「まぁ、こう聞けば厄介な魔物ですけどぶっちゃけゾンビマスター自体の戦闘力はスケルトンに毛が生えた程度ですし、対策さえ取ってればどうってことないモンスターですよ」

「それって、これと関係あると思う?」


 言って、汚れた床を指指したのは紫。右へ左へとふらふらしながらも奥の部屋へと向かう数人分の足跡。歩幅も小さく、真っ直ぐ移動しているというよりも蛇行しながら歩いているであろうそれは、疲労困憊の身体を引きずっているようにも思える。


「いや、こいつは関係ねぇだろ。この足跡、見たところ真新しい。雨の中を走ってきたんだろう、泥と……僅かだな鮮血が混じってる。依頼を受けた冒険者がヘマして命からがらこの廃墟にでも逃げ込んだんだろうよ」


 くそっ、面倒クセェぜ──と、わしゃわしゃと頭を掻きむしるビリー。それを見たダニエルは一歩前に出て呼び止める。


「ビリーさん。分かっているとは思いますがあなた方の仕事は私の護衛です」

「あぁ分かってる。分かってるが──」

「あ、じゃあ俺が見に行っていいですか?」


 何となくビリーの胸中を察した弥生が挙手し、探索を申し出る。当然、ダニエルは表情を変えない。


「エルフォードさん、あなたも私と同じ雇われている立場であることをご理解してますか?」

「あー、はい。そこはまぁ重々承知してます。ですのでこいつら二人置いていきますんでそれで勘弁してくれませんか? 二人とも、俺一人が抜けても問題ないくらい強いんで。それにもしゾンビマスターが廃墟に居たとするとちょっとまずいんです」

「まずいとは?」

「あいつ、【デットリーカーネーション】っていう魔法を使うんですけど、これは死体を媒介にして術者と寸分違わぬ同胞を生み出す魔法なんです。放っておけば被害は広がる一報ですし、早めに潰しておきたいってのが本音なんですが…………ダメですか?」

「…………。まぁ、そこまで言うのでしたらいいでしょう。ですが、くれぐれも深入りだけはしないようにして下さい」

「ありがとう御座います。……つーわけで、リーラと先輩はこの拠点の防衛な」


 ビシッと二人を指指してバッチリ命令を下す。だがこれに異を唱える人形がいた。


「御主人様、いくら何でも一人は無謀です。せめて私か紫のどちらかをお連れして下さい」

「心配すんなって。一応ジャネットとセーラを呼び出せるようにスタンバイさせてあるし、ちゃんと斥候人形だって飛ばす。やばくなったら【強制招集】も使うから。な、安心しな?」

「ですが……」

「それなら私も付いて行くわ」


 それでも尚、渋るリーラを説得するよう名乗りをあげたのはケンタロスのサブリーダーにしてビリーの幼馴染みでもあるライラ。

「私は【プリースト】だから、私と一緒なら生存率は格段にあがるわ。どう、これなら文句ないでしょ?」

「……まだ納得は出来ませんが、まぁいいでしょう。ですがライラ様、御主人様に万が一が遭った場合は──分かりますね?」


 チャキっと、聖剣エクスカリバーを鳴らしてにこりと微笑む。当然、目は笑っていない。紫を一瞥すればこちらもリーラと似たようなことをしていた。


「あなたのところの人形さん、本当怖いわねぇ。どういう教育してるの?」

「できることなら性格リセットしたいと思ってますよ。いやマジで」


 この護衛が終わったら二人に一般常識というものを教えた方がいいかも知れない。弥生は胸中で密かに固く決意をして、病院の奥へと向かう。


「…………」


 カツカツカツ……と、硬質な足音を立てながら歩く二人。暗い廊下にいるゾンビを堂々と無視して足跡を辿る二人。ゾンビは本来、アクティブモンスターであるがスライム並みに鈍足なので歩きながらでも避けることができる。


(ていうか内部構造、まんま病院じゃねーか)


 待合室から受付にナースセンター、そして蔓延るゾンビ。気分はちょっとした肝試しだ。違いがあるとすれば【暗視】スキルのせいで暗い廊下も昼間のように明るく見えてしまうという点ぐらいか。因みにライラは【暗視】を持っていないので杖に【ライト】を掛けて周囲を照らしている。


 ゾンビを避けながら階段を上り、廊下に出る。角を曲がった瞬間、ゾンビがドアップになって出て来たが慌てず冷静に聖属性が付与されたグランドソードメイスで吹っ飛ばす。気分はさながらホームランバッター。


「へぇ。エルフォード君って意外と力あるんだね。見直しちゃった」

「それはどうも。……で、ライラさん。何か聞こえませんか?」

「んん?」


 弥生に言われて【聞き耳】スキルを使ってみる。静けさに混ざって足跡の続く方から人の声と交戦……らしき音が聞こえる。


「誰かいるわね、うん」

「えぇ。先行ってますんで後から追いついて下さい」

「へっ、ちょっと……!?」


 言うが早いか、一瞬にして最高速度に達した弥生は瞬きする僅かな時間でライラを振り切って見せた。ケンタロスのサブリーダーとして日々自己鍛錬を欠かさない彼女だが、流石にここまで実力差があるともはや笑いしか込み上げてこなかった。


(と、笑ってる場合じゃないわね。彼にもしものことがあったら私の命が危ないものね)


 キリッと表情を引き締めて、遅れる形でライラも駆け出した。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 今度こそ終わりかも知れない。目の前の光景を見つめながら紗音は一人腹を括り、唇を一文字に結んだ。


 狂気的な笑みを浮かべた『れんきんじゅつし』と名乗った男が部屋に入ってきたのが数十分前。聞けばここはこの男の隠れ家で、究極の『あんでっと』なるものを研究しているとか。そして自分たちをその研究材料してやると言ってきた。


「くっくっく……どうした、可愛らしい騎士様? もうおしまいかね?」

「ハァ、ハァ……くっ! まだ、よ……!」

「こんな、外道に……負けて、たまるものですか……っ」


 決して弱音を吐かず、闘争心を燃やす二人の従騎士。だが現実は二人が一方的に追い詰められてるだけだ。握り拳より二回りほど大きな球体が埋め込まれた動く死体が四体と、その死体を不思議な力で呼び出して安全地帯から戦局を座視する死体。そしてその死体よりも更に後ろで生理的に受け付けない薄気味悪い笑みを浮かべる男。


 二人は攻めあぐねていた。前列に配備されているのがボマーゾンビであることを知っていたのが幸いした。知っていなければ恐らく無思慮に斬り込んでいたに違いない。


「やれやれ……いくら手傷を負っているとはいえ所詮は従騎士……レベルも二○代半ばとは。……まぁ、どんなサンプルも無いよりはあった方がマシというものだ。ゾンビマスター、遊びは終わりだ。そこの従騎士と後ろの汚い奴隷共々始末しな。あ、勿論死体はできるだけ綺麗な状態を維持するようにな」

「く……っ!」


 男の宣告に少女たちは互いに抱き合い、カチカチと歯を鳴らし恐怖に震える。そんな中、紗音だけは切実に願っていた。


 自分たちを護ってくれてる従騎士がまだ諦めていないのだ。ならば、庇護される者である自分が勝手に諦めるのは彼女たちへの侮辱に繋がる。


 だから紗音は祈った。残る力の全てを振り絞って指を組み、きつく目を閉じて、声に出さずに願った。


(神様、お願いします。どうか私達を助けて下さい。私に出来ることでしたらどんなことでも致します。ですからどうか──)


 どうか、彼女たちだけでも助けて下さい……。

 果たして、紗音の祈りが届いたのか。或いは単なる偶然か。従騎士二人がボマーゾンビによって蹂躙される筈だった結末は、突然乱入してきた黒い影によって遮られた。


「【サンビーム】」


 聞き慣れない単語が耳朶に届き、純白の光が暗い部屋を包む。光が止んだ頃合いを見計らい、目を開ければ自分たちを護るべく剣を取っていた従騎士二人を庇うように、一人の青年が威風堂々とした姿勢で立っていた。


 ドラマティックな展開と言えばそれまでかも知れない。だがしかし、極限状態にまで追い込まれていた紗音ど少女たち、そして二人の従騎士にとって、その青年の登場はまさに希望の光そのものだった。

「お願いします。何でもしますから助けて下さい……ッ」

ノクターンなら迷わずあんなことやこんなことを要求したりエロい契約したり……でもここはなろうだからそんなことは出来ない、残念!

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