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旅にトラブルは付きもの 1

 MMORPGにおいて最も重要なのは何か?

 ステータス、確かにそれはRPGにおいて分かり易い。現実世界では実現できない、数値化された強さというのは明確な優劣を打ち出す。


 チームプレイ、それも否定できない。そもそもMMORPGというのは多人数で遊ぶことを前提としたゲームだ。魔界や天界のような廃人御用達のマップともなればソロ攻略が無謀に思えるほどの数と質の暴力が待ってる。そうした絶望的な状況を仲間と協力して打破するのもMMORPGの魅力だ。


 こうして聞けばなるほど、確かに個人の強さも連携も大事だ。現実の軍隊でも集団行動を鉄則とするぐらいだ。集団の強さがゲームに当てはまらない道理はない。


 それを踏まえた上であるプレイヤーはこう語る。

 MMORPGにおいて最も重要なのは──


◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「悪いけど、キミとは組めないな。だってファイアプレート持ってないんでしょ?」

「で、でもあれって一○○万ゼニーもする装備だし……」

「ま、運が悪かったと思って諦めな」

「はいはーい、臨時メンバー募集してまーす! 但し【人形見習い】はお荷物だからいらないよー。【呪術師】【ガードマン】が居れば優先しますよー!」

「こちらはシュトナピエル湖臨時です! 人形職以外なら職位は問いませーん! 但し水属性の魔物が大量発生してますので水装備風武器前提でお願いしまーす!」

「………………」


 こっちでも似たようなものか──

 冷めた視線で温いエールを一気飲みしながら弥生は溜め息を吐く。エールが温いのは店が惰性で商売をしているからではない。地球で言う冷蔵庫のような代物が高級品だから出回ってないだけだ。付け加えるなら今は夏。スキルや魔法の恩恵があるとはいえ、氷を確保するのが難しい。よって、この時期は温いアルコールが出てくるのが普通だ。


 彼がここに居るのは勿論理由がある。冒険者登録をしてない者でも受注可能なクエストを受けて、一仕事終えて一杯引っ掛けているところだ。


 引き受けた依頼は『ゴブリン討伐』『闇鍋の試食』『ハーブの採取』『倉庫整理』『シャイな貴族に代わって恋文配達』『ゴミ拾い』の六つ。全ての魔物の中で群を抜いて繁殖力のあるゴブリンの討伐依頼は年中張り出されているので資格を持ってないものでも引き受けることができるし、手持ちぶさたな上級者が暇を潰す為に受けたりもする。収入も頑張れば悪くない。


 その依頼は全て分業でこなした。最初に引き受けた『闇鍋の試食』は真っ暗な部屋で恐怖を煽ったつもりが【暗視】持ちの彼にとっては昼間も同然の環境での試食。どどめ色に浮かぶ毒々しい薬草と禍々しさ全開の食材がミックスされた鍋。黙って食ったら隅っこにデバフのアイコンが表示された。パッシブスキルによってすぐ消えたものの、表示されたのが【毒】【麻痺】だったのを見たときは流石に血の気が引いた。いくら自分が人外の領域に居るとはいえ、毒や麻痺は当然のように嫌悪感があるし怖い物は怖いのだ。当然、作り手には厳重注意をしておいた。


 その足で向かった倉庫は成人男性が四人入るくらいの木箱が乱雑に並んだ、埃だらけの地下倉庫。数少ない限界突破者の中ではダントツにSTR値が低い弥生だったが、木箱を動かすぐらいは訳もなかった。


 なかったが──木箱の中には悪魔系の魔物を封じ込めてる物がいくつかあった。中身が漏れたら不味いので自分が使える封印スキルの中で最も効果のある【デーモンシール】で封印の補強をしておいた。ついでに領主のローウェンにしっかり密告しておくことも忘れない。


 町のゴミ拾いは適当な人形を召喚してそちらに任せて空いた時間に手紙を配達。背の低い、如何にもショタ受けしそうな貧弱少年が恋い焦がれていた相手はまさかのフリージア。正直、アリッサの方が好みなのはここだけの話。


 屋敷で一旦準備をしてからリーラと紫を連れてゴブリン討伐とハーブ採取を纏めてこなす。リーラが【探索】スキルで良質なハーブを選出している間に二人でゴブリンのコロニーを潰す。ストレス発散を兼ねた紫は二振りの魔剣を手にして暴れまくる。当然のようにゴブリンたちは蹂躙され、コロニーと一緒に生き埋めにされる。三桁ほどのゴブリンと三つのコロニーを潰したものの、討伐証明の部位をあまり回収できなかったせいで銀貨一枚しか稼げなかった。反面、ハーブ採取は受付嬢が唸るほどの上質なハーブを大量に揃えたので正規の報酬と追加報酬と合わせて銀貨三枚と銅貨一○枚という大挙をリーラは成し遂げて紫は悔しそうに歯軋りした。


 因みに当人たちは気付いてないがこれらの依頼全てをその日のうちに片付け、受付嬢を驚愕させたとか。


「臨時広場を思い出さない?」


 つまみのチーズを取って、ひょいっと弥生の口の中へ放り込みながら紫が話す。野郎達の視線はこの際全力で無視する。


「臨時かぁ……」


 エールを一気飲みして、負のオーラを撒き散らしながら木製カウンターに突っ伏す。

 人形遣いの宿命の一つに、『臨時には絶対入れない』というものがある。限界突破から解放される【パルフェドール】ならともかく、それ以前の性能は目を覆いたくなる。第一、MMORPGと銘打って置きながら人形遣いは一切装備が出来ないとは一体何の冗談か。しかもこの制限は【パルフェドール】に転職するまで続くというから理不尽極まりない。人形を駆使すればその辺は改善できるがそれでも魔法職以下の防御力だけはどうにもならない。被弾がそのまま死に直結するし、人形の火力も目を見張るほどのものじゃないとなれば、当然ハブられる。


 条件が合わないからハブられるのは何も彼に限った話ではない。ゲーム、デスゲーム時代でもそうだったが臨時で人を募集する場合は必ず制限をかけるのがネトゲー住人たちの間では常識だった。


 狩り場に合った推奨レベルとそれに合わせた職業編成、要求装備にプレイヤースキル。これらの条件が全て合致して初めて臨時パーティーに参加することが許される。細かい編成を決めず、その場に居合わせた面子で狩り場に突撃する遊撃はサービス開始から僅か数年で姿を消し、求められるのは効率のみとなった。


 勿論、効率を度外視して遊ぶことを主軸にする人たちがいない訳ではない。ただ、そういう人たちはギルドを立ち上げ、仲良しグループとなって遊ぶのが慣わしだった。最も、そういうギルドにしたって全く問題がなかった訳ではない。些細なことが切っ掛けで仲違いして、ギルドは解散。或いは他のゲームに飛び付いてそのまま自然消滅なんてのは日常茶飯事。そういうのが嫌いな弥生はギルドには入らず、人形遣い限定のコミュニティサイトに登録するだけに留まっていた。


 そのコミュニティサイトでは特に集まって何かをしていた訳でもなく、自分がよく行く狩り場の手応えを書き込んだり、大型アップデートに伴って実装された狩り場への突撃報告をしたり、たまに集まって人形祭りをしたりする、要するに雑談と憩いの場だった。


【パルフェドール】になってから作られたリーラと紫は彼が酷く落ち込んだ理由が分からず首を傾げる。


 彼女たちの記憶の中での主は周りのプレイヤーから引っ張りだこだった。廃人装備の恩恵もあったかも知れないが、それを差し引いても彼の操るエルフォードというキャラクターは強かった。特に召喚している人形の数に応じてステータスが向上する【ラブドール】はチート性能だと騒いだがまぁこれに似たようなスキルは限界突破した者なら誰もが持っているので大きく騒がれることはなかった。


「【パルフェドール】になった途端掌返してきたんだぜ? 今まで散々のけ者にしてた癖によぉ……」

「あぁ、だから私達を抱いて回してたのね。貯まったストレスは身体で──」

「いやそれ関係ないし」


 身体を起こして冷めた料理をぱくつく。周りの人間は何も口にしないリーラと紫を不審がっていたが、やっぱりこちらも意図的に無視しておく。


「今後の予定はどうされますか?」

「んー、そうなんだよねー……」


 娘達を探すと決めた手前、いつまでもシューレに留まる理由はない。人形だし容姿が代わらないのなら探すのは簡単だと思っていたが、この世界の情報伝達を舐めていたことに早くも後悔する。そもそも人の噂なんていい加減なもので、そこからアデルフィアシリーズを連想すること事態が無謀でしかない。


 移動手段も考えなければならない。リアルと違い、必要なものは全てアイテムストレージに突っ込めるので手ぶら同然の旅が出来るが、正直徒歩はだるいと感じてしまう。多少時間が掛かっても馬車に乗って楽をしたいと思うのはきっと当たり前の感情だ。


「馬車を買おうと思うんだが……」

「えー、でもそれだと馬の維持費とか大変じゃない?」


 紫の言葉を聞いて『あぁそうだった……』と、頭を抱える。科学が発達した現代人ならではの盲点と言うべきか。この世界の住人にとっては当たり前のことが、地球育ちの弥生にとっては当たり前ではないのだ。


「あー、なんで俺は後先考えず作っちまったんだ……?」

「溜まったものを出したかったんでしょ?」

「ミモフタモナイカイトウアリガトウセンパイ。……ということでリーラ、なんか案ある? あ、真面目に答えるよーにね。これ命令」

「当面の資金を考えるのであれば商隊の護衛をするのが堅実です。特に最近は『ブラッティ・ファング』なる盗賊団が幅を利かせていますので相場よりも高い報酬を払ってでも腕利きの冒険者を護衛につける商人がいます」

「盗賊かぁ……」


 盗賊と聞いて真っ先に思い浮かんだのは記念すべき最初の犠牲者となった【ビーストテイマー】の盗賊。あれレベルでも充分強敵に分類されることを思えば護衛として雇われるのは案外悪くないかも知れない。


「シューレに商隊ってどのぐらいいる?」

「先日、御主人様と途中同行した商隊のみです。一応、募集は掛かっているようです。行き先は商業都市オルフェウスとのことですが如何致します?」

「オルフェウス……」


 聞いたことのない名前だった。仮想ウィンドを呼びだして検索を掛けてみても該当件数はゼロ。きっと自分たちがログアウトした後に出来た新興都市だろうと自己完結する。


「オルフェウスってどんなとこ?」

「武器製造、防具製造、魔法具製造が盛んな都市です。武具の質がいいということで冒険者だけでなく行商人からの受けも良い都市です。オルフェウスのすぐ近くにある迷宮のお陰で冒険者たちも実力向上を兼ねた金策が取れるので活動拠点には最適かと」


 都市の近くに迷宮なんて危ないのでは──という意見もあるがこれは一長一短だったりする。各地に存在する迷宮内の魔物やトレジャーは基本、沸きに際限がない。この辺はゲーム設定が反響された結果かも知れないと弥生は予測を立てる。


 そうした、無尽蔵にトレジャーが沸く迷宮が都市の近くに出現すれば花に群がる蝶のように人が集まり、その都市は栄える。


 最もこれは迷宮を制覇しうる冒険者がいることが前提で、迷宮内の魔物が外に出て町を蹂躙することもある。最もそれは最悪のケースで大抵はそうなる前に国がローウェンのような数少ない転生者に依頼して迷宮の出入り口を封鎖する。


 ただ、迷宮を封印するという事態もこの世界基準でも珍しく、そもそもオルフェウスのように都市の近くに迷宮が出現すること事態極めてレアケースだという。


 聞けば聞くほど、オルフェウスへ向かわない理由が無くなる。というかもうこれは向かうべきではないか。


「決まりだな。ローウェンさんに事情話してすぐ出立しよう」

「いや、エル君。その前に護衛として雇ってくれるかちゃんと確認しようね?」


 意気揚々と立ち上がる主人に、紫が冷静な突っ込みを入れた。

MMORPGの行き着く先は装備と金。

そうと分かっていても止められないのはゲーマーの悲しい性。

因みに私自身は廃人でも何でもありません。やらかすミスが未だに初心者レベル! 気付けばボタン押すだけの職業に左遷されてもへこたれません!

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