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人形遣いとアルバイト 4

 初日は遺跡に到着することなく森の中で野営をすることになった。こういうことに比較的慣れてるアリッサとフリージアがテントを張り、弥生が夕飯を作る。


 スキルや魔法が日常化している世界とて、料理はちゃんとした手順を踏む──というのがこの世界の常識だが、すっかりゲーム慣れしている弥生からすれば料理は材料突っ込んでスキル発動するだけの簡単なお仕事でしかない。


(こういう時、プレイヤーメイドのアイテムって便利だよな)


 アイテムストレージから引っ張り出したのは一流シェフ御用達高級料理器具一式という名のアイテム。どんな料理でもスキルレベルに関係なく成功させる代わりに熟練度が上がらない。元々これは一二女・紫苑の為に買ったアイテムなので彼自身の料理スキルはそれほど高くない。某ゲームに例えるなら体力やスタミナが減らない代わりに何の恩恵も得られない料理を作れる程度と言ったところか。


 無言で鍋に肉の塊、ジャガイモ、玉葱、人参、ローリエ、トマトケチャップ、サラダ油、塩、こしょう、パセリを入れて蓋を閉めて料理スキルを発動させる。ジャガイモの皮を剥いたり肉を炒めるといった工程はどういう訳かこの鍋が全てやってくれる。ゲーム時代も不思議に思ったが感覚が麻痺した今では気にしないことにしてる。


(だったら煮込み時間も無しにしてくれればいいのに……)


 これだけ手間が簡略化されてるにも関わらず、出来上がるまでに三分掛かるのもおかしな話だ。そのままぼんやり鍋の前で過ごそうと思っていたが、何やらアリッサが目を見開き、開いた口を手で塞ぎながらこちらを見ている。


(やべ、もしかして材料ぶっ込んだところ見られた?)


 もしそうだとするなら誤解を解かなければならない。現物を見せて『これはこういうもの』だと説明すればいいが、料理が出来るまで彼女は信じないだろうなと思いつつ身構える。


「エルフォード様……もしかしてそれは料理王・ルブランが使っていたとされる調理道具とスキルですか?」

「へっ、ルブラン……?」

「ご存知ないのですか!?」


 ズイッと、今にもキスしそうなくらい距離を詰めるアリッサ。ルブランという名前に聞き覚えがない訳ではない。ただそれはこの調理道具を作ったプレイヤーが勝手に付けた設定に過ぎないし、料理スキルだって料理人の格好をしたNPCと会話して、言われた通りのアイテムを集めて指示された通りの動きをするだけで身につくものだ。


(ていうか何? なんでそんな驚いてるの?)


 彼の感覚からすれば料理スキルなんて別段、珍しいものではない。【ヒール】や【ソードバッシュ】のように職業補正の掛かるスキルと違い、誰でも等しく恩恵を受けられるスキルだ。料理の種類はそれこれ千差万別。一度使えば一定時間の間、ステータス上昇効果を得られるので金策の一環として露店売りしていた。かくいう弥生も料理アイテムは山ほど食べたり売ったりしたクチだ。尤も彼の場合、自分で集めた材料を紫苑が作って、それを販売してた訳だが。


 そんな弥生の胸中などお構いなしにアリッサは説明をする。まるで世間知らずの子供に講義するように。


「いいですかエルフォード様、当たり前の話ですが人間に限らず生きとし生けるもの全てはスキルを司る神・ヴェルト様の恩恵を授かっていますが落とし子事件の影響により数多くのスキルが失われ、現在では過去に使われいたスキルを習得するには栄光時代の遺跡からたまに発掘されるスキル秘伝書を入手する、ローウェン様のような長寿種族に口止め料を含んだ多額の寄付金、もしくは由緒正しい道場に弟子入りして師範代に認めてもらうしかないのが常識ですが今でも料理スキルを使える人なんて殆どいませんし過去の文献によれば栄光時代に名を馳せた料理人は皆が皆、それぞれ専用の道具を持ち、スキルによって他では真似できない唯一無二の味を大貴族や王族に提供してましたが中でもルブラン様の作った料理は一度食べたら二度と普通の料理が食べられなくなると言われるほどの美味で──」

「…………」


 スキルのうんちくよりも肺活量何処いったと突っ込みを入れたくなる勢いで延々と解説するアリッサと、それを横目で見ていたフリージアが溜め息を吐き、見て見ぬ振りをして作業に戻る。どうやら彼女のこれについてはいかなフリージアとてどうしようもないらしい。


(しかし、スキルの失伝か……)


 意外と言えば意外だが、別に驚くようなことではなかった。

 ヴェルトオンラインではスキルの習得法は主に四つ。

 クエストをこなして習得する。

 秘伝書を使用する。

 変わった行動をとる。

 特定のスキルを使い続ける。


 単純に【ヒール】を覚えたいなら【アコライト】に転職するだけで覚えるが、【見習い戦士】や【マジシャン】でも【ヒール】を使えるようにするには【アコライト】が発行した秘伝書を使えばいい。この辺はまだまともな方法と言えるが、本当に大変なのは特定のスキルを使い続ける方だ。


 サービス開始直後、運営が発表したスキルの総数は約二○○。公式サイトに記載されてるスキルはいずれも転職するだけで覚えられる基本的なものばかりで残りは自力で探さなければならなかった。大型アップデートが行われれば必ず新スキルが追加されるが、それがどんなスキルなのか、どの職業系列に属するものか、習得条件のヒントなど、公式は一切公表しない。ただメンテ情報に『新たにスキルを○○個追加しました』と、事務的に知らせるだけ。ゲーム的な設定ではスキルの多くは習得法が失われたとある。その設定を受け継いでプレイヤーにスキル探しをさせ、仲間同士で情報交換をさせるのが狙いだろうがライトユーザーからすれば堪ったものではない。


 大抵の場合は物好きな有志達が検証を繰り返してスキルを探す。一度覚えたスキルは習得方法も記載されているのでそれをコピーして情報サイトに載せるだけでいいが、それでも全体の五割程度しか判明してなかったと、弥生は記憶している。


 そして中にはそうした情報を利用して金儲けをしようとする輩も存在する。強力なスキル秘伝書を高額で販売して肝心な習得方法は個人、またはギルドが独占する。自力で習得したスキルと違い、秘伝書で身に付けたスキルは習得法までは記載されないのがヴェルトの仕様だ。


 自分のレベルと強さにだけ気をつければいいと思っていたが、生活面でも気をつけなければならないとは……。


「あのさ、もしかしてアリッサさんって料理好き?」

「……はっ! えっと、その……まぁ嗜む程度には」

「そうですか。じゃあ、今度の夕飯は是非アリッサさんの手作りでお願いします」

「えっと……お手柔らかにお願いします」


 何処か恥ずかしそうに答えるアリッサを見て、苦笑で答える弥生。その後は三人で鍋を囲んでシチューを食べて見張りのローテーションを決めた。シチューの味はなかなか好評だったことを追記しておく。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆


(クソッ、リア充め……。こっちは寒空の下で干し肉囓りながらの監視任務だぞ……ッ!)


 時を同じくして、彼らから一キロ離れた地点で監視をしている者がいた。世界樹の町の領主・ザードお抱えの冒険者・アルフォードである。斥候職である彼からすれば一キロ離れた地点からでも対象の動向を正確に知ることなど造作もない。だが相手は限界突破、それも最大上限の三○○レベルの化け物だ。こちらの動きは掴んでいると見ていい。それでも向こうが気付く素振りを見せないのは余裕を見せてこちらの油断を誘うためのブラフか。


 因みにアルフォードは知らない事実だが弥生自身の索敵スキルはそこまで高くない。斥候職でもない彼が【レーダー】を使ってもそれは姿を見せてる敵にしか効果がないのもそうだが、元々アサシン系の職業でもない者に本職と対等に渡り合えという方がおかしいのだ。


「アルフォードさん」

「なんだ?」


 弥生からは視線を外さず、干し肉をむしゃむしゃ食べながら部下に応じる。ザードに頼まれて面倒を見ているが、なかなか見込みのある少年だ。レベルも一五○と高く、もう数年もすれば転生も夢じゃないと思っているのはここだけの話。


「ここだけの話、俺たちが監視してるあの男ってどのぐらいヤバいんです?」


 少年も、今回のことを聞かされていない訳ではない。ただ、漠然としたことしか言われてないので『はいそうですか』と信じることが出来ないだけだ。


「お前でも分かり易く言えば絶対に喧嘩を売っちゃ駄目な相手だ。受け身体質だから滅多なことじゃ怒らないのは確かだが、眠れる獅子が眠ったままならそれに超したことはない」


 それにあいつ、俺より強いし──と、何気なく呟く。本人はただの溜め息交じりに呟いたつもりだったが、少年は思わず目を見開く。


 少年の師はザードが手放しで『人類最強の一人』と褒め称えるほどの実力者だ。総勢三○○人にまで膨れあがった盗賊たちが根城にしていた砦をたった一人で奪還し、国家レベルで対応しなければならないドラゴン族とも対等に戦い、一日で二○○キロの距離を踏破する等、彼に関する逸話は多い。アルフォードのことが露見したときは当然のように各国からの引き抜き工作に遭った。ありふれた言葉ではあるが、当時の彼は一騎当千という言葉が服を着たような存在で、しかもフリーの冒険者ときた。今まで権謀術数とは無縁の生活だった彼は各国からの熱烈なアピールにかなり辟易していた。憂さ晴らしに何処かの都市を蹂躙しようかと思ったくらいに。


 そんな師匠よりも強いなど、一体どんな冗談か。これを事実と受け止められない少年の感情は当然かも知れない。


「師匠、ヤバいのは分かりましたけどそれならどうして監視なんです? 相手は人間なんですから暗殺する機会はいくらでもあると思いますし、話の分かる奴なら勧誘すれば済むと思うんですが」

「あいつだけならそうだろうな」


 意味ありげな物言いに首を傾げる少年。


「あいつ一人でも結構ヤバいんだけどよ、一番厄介なのは付き添ってる人形だ。人形っていうだけあってあいつへの忠誠心が半端ない。下手すりゃ独断で俺たちを主人に害をなす存在として消すかも知れねぇ。だからこうやって監視するしかねぇんだよ」

「人形で思い出したのですが……」


 やや遠慮気味に少年が口を開き、話せと視線で催促する。


「遺跡から戻ってきた先発隊からの報告なんですが鋼糸を使わずに動いている人形がいるとの報告がありました。近くに術者らしき者の姿はありませんでしたので調査隊の間でも意見が割れてます。そちらについてはどうなさいます?」


 鋼糸を使わずに人形を操る。プレイヤーの感覚からすれば当たり前のことだが未だにこの世界の住人には馴染みがない。恐らく彼らはその人形を新種の魔物か何かと勘違いしてるのだろう。


「放っておけ。どうせあいつ等が向かうのは遺跡だ。滅多なことじゃ死なない最強の護衛がいるんだ。ここは一つあいつに働いてもらうとするさ」


 二枚目の干し肉に手を伸ばして咀嚼する。そんな適当でいいのかと納得のいかない表情でアルフォードの背中を見つめる少年。だが後に彼の判断が偶然とは言え正解だったことを知ることになるのは少し先の話である。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 一夜明けて、行軍を再開してから数時間。時間にして午前一○時を過ぎた頃、目的地の遺跡は姿を見せた。遺跡と聞いて弥生が思い描いたのは日本人なら誰でも知っている古墳やRPGでは定番のピラミッドやマチュピチュのような跡地を想像していた。


 が、蓋を開けてみればそれは遺跡というよりも地下道と呼ぶべき姿だった。申し訳程度に立つ馬車より二回り大きな一枚岩に掘られた文字。余談だがゲーム設定を受け継いだこの世界で使われてる文字は日本語と英語。日本語が使われてる理由は言うまでもなく、英語は魔道語を演出する為のものだった。


 そしてその大きな岩の下には隙間から苔が生えた、人工的に作られた石階段。某有名国産RPGの階段と瓜二つの形をしてる。違いがあるとすれば隙間から生えた苔や小さな傷、欠損部が目立つところか。


 当然、この手のダンジョンに見覚えはない。ゲームに登場するダンジョンはそれこそ洞窟や廃城、天まで届く塔にストーンヘンジを模した転送装置と、非常に分かり易い形をしてた。


「…………」


 その入り口をジッと見つめたまま、弥生は思案する。基本、深く考えず直感に任せて行動することの多い彼が考え事をするなんて珍しいことだ。


 罠があるようには見えない。中から魔物の声が聞こえている訳でもない。だが長年、ヴェルトオンラインに関わってきたゲーマーとしての直感が警鐘を鳴らしている。


 入り口に罠がないのはスキルで確認済み。もし何かあるとしたら踏み込んだ後か。フリージアにそれとなく注意を呼びかけようとも思ったが、そもそも語彙が貧弱な自分では説得どころか逆上させかねないという結論に至ったので『気をつけましょう』程度の忠告しか言えなかった。


(まぁ、リーラもいるから何とかなるかな?)


 フリージア、アリッサに続くように遺跡へと足を踏み込む。途端、目の前の景色がぐにゃりと曲がり、それに釣られるようにバランスを崩しそうになる。


「何者ですッ!?」


 混乱は一瞬。すぐに気を持ち直したフリージアは剣を抜き、アリッサ主の背中を守るのに対して、弥生は血の気が引くのを感じながら二人へ手を伸ばす。


「二人とも、早く──」


 ここから脱出を──

 言葉は伝わらず、三人を分断するように足下が消えて、落下していく。反射的に手を伸ばすも、間に合うことは叶わず為す術もなく落ちていく。


(さ、最悪の展開じゃないか……ッ)


 落下していく中で弥生は自分の迂闊さを呪った。

 普通のRPGと違い、数あるヴェルトのダンジョンは大きく分けて三種類ある。

 魔物とランダムで宝箱がポップするダンジョン。

 プレイヤーメイドのダンジョン。

 そして──通称・魔剣の迷宮と呼ばれる魔剣獲得用に作られたダンジョンだ。

 外観は普通のダンジョンと全く変わらないが、一度入れば魔剣の入手、死に戻り、ログアウト以外の脱出手段のないダンジョン。


 名前を聞くだけなら既存のダンジョンに制限が設けられた程度にしか思えないが魔剣の迷宮はそんな生易しいものではないことを、彼は良く知っている。


 何故ならそのダンジョンでは、魔物の特定が出来ないのだから……。

魔剣の迷宮については次回説明します。

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