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人形遣いとアルバイト 3

きりの良いところまで書いたら無駄に長くなった。

 ファルエン家での食事会は貴族としては珍しい光景だった。

 ローウェンと末娘のフリージアが居るのはいい。そこに弥生が招待されるのも……まぁ不思議ではない。だが屋敷勤めの使用人たちも同じ席に着いているという光景は彼の目からすればとても奇異なものに移った。


「驚いたかね?」


 そんな彼の様子を見透かしたように笑い、言葉を掛けるローウェン。まるで悪戯が成功した子供が浮かべる笑みそのもの。


「食事は皆で楽しむというのが私の信条でね。当家では身分や立場に関係なく一斉に食事をするのがファルエン家の習わしなんだ」

「良いことだと思います」


 貴族としては異例かも知れないが、弥生としては素直に好感が持てることだ。こういう、アットホームな雰囲気を目の当たりにするとデスゲーム時代に世話になったギルドを思い出すからだ。


 会食を交えながらローウェンはあれこれ質問をしてくる。田舎での暮らしぶりから始まり、故郷を旅立つ切っ掛けから最近まで何をしていたのか、とにかく目の前のハイエルフはかなりお喋りが好きな性格らしい。自分から話すのが苦手でも人と話すのは嫌いではない彼としては非常に助かるが、同時に僅かな戸惑いを覚える。


(おいおい、エルフってそんな社交的な性格じゃないだろ……)


 ゲーム設定しか知らない彼からすれば、これには驚かされた。ヴェルトオンラインの設定に従うならエルフ族のNPCは閉鎖的で、自然を切り開いて文明を開拓した人族を見下してる節があった。好感度を上げるクエストも面倒なおつかいや高レベルモンスターの討伐などが多く、報酬も今一つなのでNPCのエルフは何かと嫌煙されがちな存在だが、その全てをクリアさえすれば一転して友好的なものとなる。勿論、自他共に認める廃人たる弥生はエルフ関連のクエストを攻略済み。ぽっちだから時間が余っていたとか一人で出来るクエストが少ないとかエルフフェチだったとかそんな理由じゃない。


 ついでに言うとハーフエルフのフリージアもまた、典型的なエルフと言える。女性のエルフは総じて金髪紺碧の美形に加えて、貧乳率が異常に高く性格もまたツンデレが多い。一度心を許した後は何だかんだ言いながら世話を焼いてくれるので結婚相手をプレイヤーではなくエルフ族のNPCに選ぶプレイヤーもそれなりに居たのは今でも覚えてる。但し、ゲームの世界とて同じNPCはこの世に二人といないという設定のせいでNPCとの結婚は早い者勝ちだった。まぁ同じキャラが居ないだけで似たようなキャラが何人も居たのであまり問題にはならなかったが。


「……ご馳走様」


 結局、最後まで弥生の能力に懐疑的なフリージアは食事も雑談もそこそこにして席を離れる。ローウェンは何か言いたげな顔だったがこの場で言うべきことではないと思い、口を紡ぐ。


「……済まないが、少し席を外して貰えないだろうか。三人で話したいことがある」


 三人というのはリーラを含めた数だ。既に周りの人間には彼女が人形であることを証明しているので終始壁際に立ってる彼女に席に着くよう勧める者はいなかった。


 主人の言葉を受け、一礼して食堂を出て行く使用人たち。何か言われるのかと思い、つい身構える。


「そんなに固くなる必要はないよ、エルフォード君──いや、こういった方がいいかな? 四英雄殿」

「……っ」


 捻りも何もない、ストレートに自分の正体を看破されたことに僅かな焦りと動揺を思わず表に出す。リーラは帯剣してるエクスカリバーに手を掛け、臨戦態勢に入る。


「そう警戒しなくとも良い。これはただの確認だ。なにせ私自身、半信半疑だからね」

「……もしかしてあなたは、プレイヤーなのですか?」


 可能性の一つとして考えられるのはまずそれだ。当時を知るプレイヤーはかなり存在するので特定までは出来ないが。


「ぷれいやー? それは一体何処の国の言葉かね? それとも冒険者たちの間で使われてる専門用語かな?」

「……いえ、通じないのであればそれでいいです」


 とんだ肩すかしにそっと落胆してから気付く。目の前にいる男はハイエルフだ。他の同胞よりも長い時間を生きてる彼ならばかつて起きた落とし子事件の当事者であっても不思議ではない。


 今にも斬りかかりそうなリーラに警戒を解くよう指示を出し、紅茶を一気飲みして気分を落ち着かせる。


「……何故私が、人形遣いのエルフォードと同一人物であると分かったのですか?」

「難しい話ではない。かつて私はあなたを遠くから何度か目撃をしている。そのとき見た顔と全く同じ人物が私の前に現れたときは流石に驚いたが、一体どんなカラクリなんだ?」

「それは……まぁ秘密ってことで」


 流石にプレイヤーでもない相手に本当のことを話す訳にもいかないので適当にお茶を濁す。


「そうか……。これは私の私見だが転生者の寿命に関しては未だに謎が多く、中にはピクシーのような短命の種族でありながら不老長寿の身体を得たという報告もある。君もそういう数少ないケースに該当する存在なのだろう」


 余計なことを喋るとボロが出そうなのでローウェンの言葉に同意する。その後は世間話を兼ねて最近の情勢を聞き、適当なところでお開きとなった。


「ローウェン様は信用できるエルフですか?」


 客室に戻る途中、ふとリーラがそんなことを尋ねてくる。


「大丈夫だと思うぞ。あれで娘に甘いところがあるし」

「戦闘になった場合はどうなさいます? ハイエルフとは言え、御主人様でも確実に勝利を勝ち取れる相手とは言い難いですが……」


 流石に面と向かっている相手に【スキャン】をして詳細を確認することは憚れるのでその辺りは事前情報から推測するしかない。前衛にしろ後衛にしろ、相手が火力特化のステータスであるならばリーラしか連れていない彼では確実に勝利をもぎ取れるとは言い難い。未だこの世界に慣れてない彼からすれば不確定要素が多すぎるからだ。確実に勝利をもぎ取るのであれば、最低でもあと二体は娘たちの加勢が欲しいところ。


「んー、結界使えるぐらいだから最低二○○レベルぐらいじゃねーの? 体つきも典型的な後衛型っぽいし、本気でヤバそうなら逃げに徹すればいいし」


 とは言え、転生職から解禁される古代魔法を使われれば二人とて即死こそしなくても無視できないダメージを負うのは明白。逆に言えばそれさえ回避すれば御するのは容易い。相手が古典的な後衛で装備が貧弱、という条件付きだが。


「ま、相手が悪党っぽい反応してきたらきたで相応の対応取るまでってことで」

「……御主人様はもう少し御身を大事になさって下さい」

「分かってる。……でもまずは、忍び込んだネズミをどうにかしなきゃな」


 扉の前まで来て、足を止める二人。パッシブスキル【聞き耳】によって拾った音から得た情報は扉の向こう側に何者かが息を潜めていることを教えてくれた。


 室内であることを考慮して、いつでも武芸スキルを発動できるよう構えを取り、リーラに扉を開けさせる。


「…………」


 反応はない。

 いや、簡易索敵スキル【警告】によって首の周りがチリチリしていることから部屋の中にいることだけは間違いない。


 というか──


(いくら何でも分かり易いだろ……)


 本人は隠れてるつもりかも知れない。しかし残念なことにクローゼットの隙間からはみ出てるハンカチがわざとらしい。まるで『ここに罠をセットしてるから開けなさい!』と自己主張でもしてるかのように。


「……【センスアイ】」


 溜め息混じりに隠れた敵を炙り出す索敵スキルを発動させると部屋の隅に【ハイディング】で隠れていた侵入者……いや、ファルエン家の末娘を暴き出す。ご丁寧にハイディングボーナスの付く装備まで着込んでいたが、レベル的な意味で相手が悪すぎた。


「………………」

「……ローウェン様に突き出しますか?」

「……いい。あと、出口はあっちな」

「……きぃー、これで勝ったと思ったら大間違いですわーッ!」


 テンプレートな捨て台詞を残し、ちゃっかりとクローゼットに挟んだハンカチを回収して部家から出て行く。危うく寝込みを襲われそうになった彼の反応はと言えば──


「何がしたかったんだあいつ?」

「御主人様の寝込みを襲って護衛は使い物にならないとローウェン様に報告するつもりだったのではないでしょうか?」

「……え、ちょっと何言ってるか分からないんですけど……?」


 天然の前には無力だった。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「遅いですわそこの護衛! さぁ、日が昇る前に森の遺跡へ向かいますわよッ!」

「ふぁい……お嬢様」

「まぁ! なんて覇気のない返事! そんな様子では先が思いやられますわッ!」


 時間にして午前四時。世の学生なら当たり前のように寝ている時間であるにも関わらずフリージアは絶好調だ。使用人のアリッサもパリッと糊の利いたメイド服を着てテキパキと馬車へ荷物を詰める。


 それに対して弥生は完全に寝起きモード。運動部に所属していた訳でもないゲーマーが早起きをする筈もなく、フリージアに叩き起こされたのが一○分前。窓の外を見たときは思わず『ありえねー』とぼやいたとか。


 因みにリーラとフリージアの相性が最悪なのは初日の印象で分かりきっていたことなのでアイテム化してスリープモードにしている。勿論、いつでも召喚できるように【人形召喚】を即時発動できるようスタンバイさせている。


「ところでそこの護衛、あなたのそれは一体何なんですの?」

「これは私の人形ですよ。私が人形遣いだということをアリッサさんから聞いてませんか?」

「あらぁ、随分と変わった人形をお持ちのようですね。まぁ、人形遣いなんて所詮は児戯。人形遣いと名乗って置きながら剣を提げてる時点でご自身のアイデンティティを否定しているようなものではなくて?」

「そうかも知れませんね」


 この手の嫌味はゲーム時代、散々言われ続けてきたので笑顔で流し、簡単に人形の状態を確認する。


 今回、弥生が用意した人形は自慢の娘たちより二段階グレードを落としたもの。全長一○○センチ、翼開長二○○センチの鳥型。大型アップグレードに伴って新たに登場したマップの偵察に適した斥候人形。鮮やかな黒羽根と真っ白な羽毛に加えて斥候向けということもあり、それなりに需要があったので資金調達の為に販売用に何体か作って売ったりもした。


 勿論、弥生の完全オリジナルデザインではない。子供の頃に懇願して買って貰った分厚い動物図鑑を引っ張り出して、その中から気に入った動物を元に、自分好みに色彩して作った。蛇足としてデザインの元になったのはフィリピンワシ。


「鳥型の人形なんてのもあるんですね」

「えぇ。単純な戦力で言えばこっちの方が何かと都合がいいんですけどね」


 何しろ鳥は空を飛べる。プレイヤーの射程外からスキル連打なんて当たり前。大型の鳥になれば某RPGのように背中に乗って空を飛ぶことも出来る。但し、鳥型人形の宿命としてデフォルトで【消費MP三倍】が付いてくる。敵の圏外から攻撃できるのは魅力的だがHPも防御面もさほど高くないので何かと落ちやすい。


 無論、それは弥生が出した鳥型人形──シンプルにイーグルと名付けてる──とて例外ではない。レベルは二○○止まりだし羽毛素材を使用してる為に【火属性ダメージ二倍】【防御力低下・大】が常時発動している。それでも偵察様としては普通に優秀だったので需要はあったし、今この人形を操作するのは他ならぬ弥生だ。例え【消費MP三倍】が発動してようが彼自身が持つMP節約系のパッシブスキルで帳消しにできる。


「じゃ、イーグル。頼んだぞ」


 ピィーっと、一声鳴いて空へ羽ばたく。外見もそうだが動きも人形とは思えないほどの滑らかさに感心するアリッサ。


(イーグルでも大丈夫だよな……?)


 今のヴェルトに住む住人たちからすれば二○○レベルでも充分驚異なのは知っているが、彼の感覚からすれば二○○程度しかない斥候人形だ。安全優先で道中邪魔になりそうな魔物の排除とボスモンスターの有無の確認とその警戒を命じてるとは言え、オート操作なので不安が残る。


(ま、いっか)


 結局、いつもの楽観的思考が出した結論に従い行動するのだった。

 陣形は馬車を囲むようにフリージアが先頭。右側にアリッサ、左側に弥生。御者は屋敷勤めの使用人。馬車の中には野宿に必要な道具一式と数日分の食料が詰まっているだけ。てっきりフリージアが乗るのかと思ったのはここだけの話。


 町を出て一時間以上歩いたところで広大な森に出る。イーグルはとっくの昔に森の中だ。こっそりウィンドを開き、イーグルの視界を確認する。森の中を低空飛行で飛び、呑気に歩いてるゴブリンの脊髄目掛けて鋭い爪を突き立てる光景が映った。異変に気付いた仲間のゴブリンが刃毀れした剣で斬り掛かるが、掠りもしない。


 このぐらいなら大丈夫だろうと思い、胸を撫で下ろしてウィンドを閉じたところでシャラリ……と、金属がこすれ合う音がした。それに続くように弥生も腰に下げた剣を引き抜く。


 現れたのは地球で言うところの二輪駆動バイクに跨がったスキンヘッドにサングラス、胸板を露出するように前を全開にしたジャケットと革ズボンでビシッと決めたやたらとファンキーな魔物。その正体は魔力を動力源にして走る魔道バイクに乗ったゴブリンライダー。プレイヤーの間では『族』という呼び名で通っている。


「ふん。相変わらず臭くて堪りませんわね。ですが、私たちに見つかった以上、生きて帰れるなどと思わないことですわ」

「お嬢様、ゴブリンライダーに相乗りしているのはゴブリンメイジ、魔法使いです。くれぐれも油断はしないように」

「油断? それは未熟者がすることよ。私は誇り高きファルエン一族の娘、フリージア・ファルエン。例えこのような下賤な輩が相手であったとしても獅子搏兎で挑むわ!」


 レイピアを掲げ、声高々に宣言するフリージアに対して『族の属性なんだっけ……まぁカウンター狙いでいっか……』とか考えながら剣を構える。ただ、戦闘を始める前に最低限の仕事はしておく。


「【パワーブレス】【ハードプロテクション】【レンジブースト】」


 手始めに鉄板とも言える支援魔法──俗に言うバフ──を二人に掛ける。プリースト系列の職業でない分、ボーナスは乗らないがそれでもステータスが一段階上がるのは大きい。


「ふん。そこそこ教養はあるようね。せいぜい私の駒として従順に働きなさい」

(お前何処のテンプレお嬢様だよ……)


 ここまで来るといっそ清々しく見える。

 支援魔法を掛け終えたのと同時にゴブリンライダーはヴルォン、ヴルォン! と、わざとらしくエンジン音を立てながら『ヒャッハー!』とか言いながらバイクを操る。中には手にした細長い棒の先端で地面を削りながら走るヤツまでいる。これで火花が出てたら完璧だった。それだけに惜しいと素直に思ったが、本当にどうでもいいことである。


(さて。お手並み拝見といきますか)


 昨日戦ったアリッサはともかく、フリージアがどの程度戦えるのか興味があった。観察されてるとも知らず、フリージアはレイピアを構えたまま動かない。彼女の性格からしてすぐ突っ込むかと思いきや、先程まで見せてたツンデレな態度はなりを潜め、攻撃の機をじっくり窺っている。


 周囲をグルグル走るゴブリンライダー。やがてそのうちの一人が軌道を変えてフリージアに向けて突撃してくる。土埃を巻き上げながら突っ込むゴブリンライダーに対して、彼女は何処までも冷静だ。


「はっ!」


 身体が車体に当たるよりも一瞬早く、フリージアは大きく飛びすれ違い様に【エリプススタブ】を顔面に叩き込む。ゴブリンライダーは魔道バイクという足のお陰で高い機動力を持つ反面、ライダー本人の戦闘力は低いとされているが、前衛職との相性は悪い。例外を除いて基本的に必中扱いの魔法はともかく、前線で戦うプレイヤーは自力で当てなければならない。そういう意味では一発で攻撃を成功させたフリージアはかなりできる娘だ。


 フリージアの【エリプススタブ】を直撃したゴブリンライダーはラリアートを受けたように身体を仰け反らせながら転落。操縦者を失った魔道バイクは明後日の方向に横滑りする。


 仲間がやられたことで怒りの咆吼をあげるゴブリンライダー達。それに呼応するように茂みの奥から沸いてくる大勢のゴブリン。ザッと見積もって一○前後。物量戦で押し切るにしろ、二人のレベルならこの程度の魔物などなんてことはないが、無駄な時間を取られるのは甚だしい。


「そこの護衛、半分は任せましたわ! アリッサは私の援護を頼みます!」

「了解です」「分かりました」


 アリッサの指示を受けて即座に魔法を展開。ヴェルトの世界では魔法を使う際、オート詠唱とマニュアル詠唱の二種類から選べる。(勿論この設定はいつでも自由に変更できる)


 オート詠唱はAIに詠唱を丸投げする。詠唱時間の短縮は不可能だがミスもなく、余計なことに気を回す必要がない上に仲間に直接指示を出せる。


 マニュアル詠唱は自分で呪文を唱えて魔法を完成させる。例えば【ヒール】の詠唱は一小節、その上の【ハイヒール】なら三小節の言葉を唱える。勿論、途中で噛んだり間違えればそれは失敗。但しこちらはDexを一定数上げる、特定の装備品、詠唱短縮のパッシブスキル等によって唱える小節を省略することができる。弥生が詠唱を省いて支援魔法を使えるのも詠唱短縮のパッシブスキルの恩恵があればこそだ。


 しかし緊急時ともなればそんなことをする余裕もなくなる。そこで登場するのがショートカットと呼ばれる機能。ここに登録した魔法やスキルは脳内で使うところをイメージするだけで発動できる反面、威力が下方修正されるという欠点を持つ。それでもこのショートカット機能がとても便利であることに変わりはないのでプレイヤーは当たり前のように重宝するし、弥生が覚えてる【人形召喚】のようにダメージや回復とは無縁のスキルは対象外だったりする。俗に言う無言発動である。


(火は……森だし山火事になったら洒落にならないから水でいっか)


 ショートカットに登録している水属性範囲魔法【ウォーターフォール】を発動させつつ、【サンドウォール】で壁を作って水の流れを調整する。


 上空から降り注いだ大量の清水は鉄砲水に勝る勢いで四散してゴブリン達を飲み込む。なけなしの抵抗とばかりに木にしがみつく者も居たが、圧倒的な水量の前では焼け石に水だ。


(んー、あちこち散らばってるせいで半分しか一掃できなかったなー。細かい操作できれば別なんだけど……)


 何しろ魔法は護身目的と暇潰しで覚えたものだ。自己支援の為に支援は一通り覚えていても弥生自身が習得してる上級魔法は火属性のみ。魔法型の人形には全て習得させたがそこが限界だった。主に習得させる労力と気力の関係で。


 仕留め損ねたなら早めに仕留めた方がいいと意識を切り替え、【ダッシュ】で三匹固まっているゴブリンのグループには【チェーンバインド】で動きを止めてから小範囲攻撃【バッシュブレイク】で外側から全身の骨を粉微塵にする。ついでにその衝撃で内蔵もやられた。逃げようとしてるゴブリンを背中から躊躇なく斬り掛かる。使っている得物の切れ味が良いのか、豆腐に包丁を入れているような手応えだった。


 護衛対象はどうだろうと思い、一瞬だけ魔物から顔を逸らして様子を伺う。大口を叩くだけのお嬢様……と、思いきや性格に反して無謀な攻めはせず小刻みに攻撃を入れて、ここぞというタイミングでスキルを使ってHPを大きく削り奮闘するフリージアがそこに居た。最初にカウンターを入れたときと同じように、決して無理な攻めはしていない。


(へぇ、意外とやるじゃん……)


 あまりに酷いようならボス戦並みに敵対心管理して敵を集めようとも思ったが、この様子ならそれは大きなお世話だろう。細かい点を上げればいくらでも減点できるが、それを差し引いても彼女の動きはなかなかのものだ。


 そんな調子で残りのゴブリンライダーを一掃して一息付くのは御者を務める使用人。フリージアとアリッサ、そして弥生は勝利の余韻に浸ることもせずすぐに移動する。血の臭いに釣られて魔物が寄ってくることを懸念しての行動だ。


 何故ただのゲーマーたる弥生までそこまで気を回せるかと言えばそれがヴェルトオンラインでは仕様とされていたからだ。モンスターを倒してから一定時間その場に留まっていると臭いに釣られて同族のモンスターが横沸きしてくる。完全に初心者レベルの人間がいる状況では洒落にならない。ある程度の実力を持つ者ならこの習性を利用して固定狩りを行ったりするけれど。


(そう言えば遺跡ってどんなとこだろう?)


 フリージアが行くような遺跡だから大したところではないだろうと楽観的に考えていたが、護衛の仕事ともなればやはりその辺りも気を遣わなければならないだろう。


「アリッサさん、私たちが向かっている遺跡ってどんなところですか?」


 もの凄い今更感があるが、それでも訊かないよりはマシだと言い聞かせ、恥を忍んで尋ねる。そんな彼を咎めることもせず、律儀に説明を始めるアリッサ。


「そうですね、一言で言えば劣化したダンジョンといったところでしょうか」

「劣化したダンジョン? それはどんなところですか?」


 ダンジョンならともかく、劣化したダンジョンなど聞いたこともない。通常のダンジョンは魔物が徒党を組んで襲い掛かり、悪質な罠でプレイヤーを嵌めたり、宝箱の中にレアアイテムが眠ってたり最深部にはお宝を守るボスモンスターが居たりする場所を指す。リポップもフィールドの数倍早いので狭い通路がモンスターハウス、所謂モンハウ状態になってるのは当たり前。それでもモンスターのポップ数には上限が設けられているので飽和状態になるようなことはないが、この世界ではモンスターがすし詰めになってることもある……かも知れない。


「簡単に説明しますと、最深部で財宝を守る魔物のいないダンジョンのことです。他にも既に攻略済みのダンジョンだったり、文字通り魔物が住んでいるだけの遺跡だったりします。そして私たちが向かう遺跡は攻略済みの遺跡──いいえ、遺跡だったと言うべきところです」

「誰かが人為的に作ったダンジョンってことですか?」


 もしそうだとすれば厄介だ。プレイヤーの作るダンジョンというのは時としてとんでもない悪意の塊だったりすることがある。過去、弥生はプレイヤーメイドのダンジョンに挑戦したことがあるが軽いトラウマを植え付けられた。一見して魔物の居ない広いだけの大部屋ではある地点を通過するといきなりモンハウ状態になったり、会話イベントの最中に横沸きして殴ってきたり、罠に引っ掛からなければ先に進めないような仕様だったり、ボスの強さと財宝の価値が釣り合わなかったり、とにかくろくな思い出がない。


「ダンジョンそのものはかなり昔に攻略されたそうですが、どうもここ数十年の間に誰かが最深部に人が収まる棺を安置したそうです。調査隊がその棺を調べてみたところ、強力な封印が施されていることが分かりました」

「あー、つまりそれをお宝か何かと思っている訳ね。でもそれって魔物の可能性も否定できませんよね?」


 最深部に眠るのがお宝ではなく真のボス。そういう趣味の悪い罠に引っ掛かったという話はゲーム時代では珍しくなかった。尤もそういう趣味の悪いダンジョンは少数だし、実際ダンジョンに挑む理由はボスドロップ目的だったりするので大抵はスルーされることが多い。お宝と言っても、プレイ歴の長いユーザーにとっては中古装備だったりゴミアイテムだったりするケースが多いからだ。


 そんな弥生の懸念を鼻で笑うように答えたのは先頭を歩くフリージアだ。


「罠かも知れない? だから何だと言うのです! 危険を冒した者だけが勝利を掴むことができる。冒険者の常識ですわよ。そのような弱腰では先が思いやられますわね。……まぁ、嫌なら帰っても宜しいのですよ?」

「むっ……」


 そう言われると思わず反発したくなる。別に装備や人形を自慢したりする趣味はないが、それでもここまでボロクソに言われると流石に黙っていられない。


「──確かに、お嬢様から見れば私はさぞ臆病者に見えるでしょうね」


 まぁ、強気で出られるほど彼は図太い人間ではなかった。


「ですが、危険を危険と理解するのもまた冒険者にとって必要な資質。見たところ、お嬢様にはそれが欠けているようにお見受け致しますが?」

「この私が魔物如きに臆すると?」

「力量を見誤って自爆するかも知れない……と、仰っただけですが?」


 数秒ほど、無言で睨むフリージアと真っ直ぐ見つめる弥生。剣呑な雰囲気を察して止めに入るアリッサ。結局二人の議論は結論が出ないまま行軍は再開された。ついでにフリージアを見て戦い方と性格は必ずしも一致するとは限らないことを学んだ。

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