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生霊の唄  作者: 西内京介
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第八章

「ここか、現場は」

 五十嵐家の前まで来ると、天我は見上げながら言った、隣で、徹は憤りとも呆れともつかない表情で立っている。その後ろでは、明らかに不安を露にした顔つきの大地が、落ち着かない様子で辺りを見回していた。

「なあ、いくら自殺と断定されていても、いつ見張りの刑事が戻ってくるかわからないんだ。なるべく早く済ませてくれよ」

 大地は先ほど、五十嵐家の前で見張っていた刑事に白々しく交代だと言って、その場を立ち去らせたが、いつばれて戻ってくるか分からないため、ずっと心配していた。

「おう」

 振り返らずに軽い返事をすると、天我は躊躇いを見せずに張り巡らされた黄色いテープの下をかいくぐり、五十嵐家の敷地へと足を踏み入れた。徹と大地もそれに続く。

「本当に今は、誰もいないのか?」

 ドアの手前で立ち止まると、天我は振り返って大地に訊いた。

「いたら、お前たちを連れてこられないよ」

 天我は満足そうに頷くとドアを開けた。途端、周りの空気が変わったように徹は感じられた。

 玄関で靴を脱ぎ、とうとう五十嵐家に上がった。

いよいよだ――徹は今日初めて現場に足を踏み入れる。といっても、ほぼ自殺と断定されているのだが。

 天我はどのような心境なのだろうかと、気になって先頭を歩く天我の後姿に視線を向けた。後姿からでも、高揚感がひしひしと伝わってくる。天我は、心なしか足早だった。

「居間は、真っ直ぐ行った突き当りを右に曲がるんだ」

 後ろから、大地の指示が飛ぶ。天我は振り返らず、返事もしないので聞こえていないのではないかと不安に駆られたが、きちんと大地の声は届いていたようで、突き当りを右に曲がった。

「ここか、逸子が死んでいたのは」

 居間に着くと、天我は物珍しげに見回しながら呟くように言った。大地は、刑事ドラマなどでよく見る真っ白な手袋をはめながら、二人に改めて念を押す。

「いいか、絶対に指紋はつけるなよ。今度また指紋採取するんだから。ややこしいことになるのはごめんだからな」

 やはり大地はご機嫌斜めだ。二人を連れてきたことを、大地は後悔している。徹はそんな兄に心の中で謝罪しながらも、不謹慎だがどこか楽しんでいた。天我も同じように見えた。

 天我が大地に、五十嵐家に連れて行ってくれと言ったとき、徹はやはりなと、内心で冷ややかに思った。予感はしていたのだ。天我のことだから、大地の話を聞くだけじゃ絶対に満足しないと。

 大地は、呆気に取られていた。まさか天我が、そんなことを言い出すとは想像できなかったからだろう。天我の危険性を、初対面で察知することはまず不可能だ。大地は、まんまと天我の術中にはまってしまったのだ。

 どう返答するのか、徹は何故か悩んでいる大地を見守っていると、天我がおもむろに口を開いた。

「今日、よかったら徹を貸すよ」

 それからが早かった。大地は、今日は五十嵐家に誰もいないから、と言って徹が反論する間もなく、五十嵐家に連れて行くことを承諾した。

 兄がひたすら自分に愛情をそそいでくれるのは嬉しいことだが、ものには限度というものがあり、大地はそれを明らかに超えていた。兄の大地に嫌悪感を抱き、同時に徹の意思を尊重してくれない所長の天我に怒りを覚えていた。

 しかし反論するだけで無駄だというのは、すぐ判断できた。大地と天我の会話はそれからいっそう弾み、徹が入り込める余地などもはやなかった。二人の思い通りにことが運んでいく様が、手に取るようにわかった。それが、とてつもなく悔しかった。

「ここの滞在時間は、せいぜい十分だな」

 不意に、大地の声が耳に飛び込んできた。そのおかげで、徹は理性を保つことに成功した。このまま二人に抱いている不満を連ね続けていたら、どうなっていたことか――想像しただけで、怖くなった。

「十分かぁ……」

 言いながら、天我は腕時計に目を落とし、悔しそうに顔を歪めた。天我としては、もう少し時間がほしかったのだろうが、十分でも大地は十分にくれたと思う。いや――と、徹はそもそもの前提を忘れていた。刑事の大地が、探偵事務所の人間といっても事件など解決したことのない素人を、現場に招きいれること自体おかしいのだ。いくら、弟と一緒にいたいからといっても、大地のやっていることは完璧なる組織への裏切りだった。

 しかし、大地はそこまで重大に捉えている様子なく、不安げな面持ちで天我を見つめているだけだった。心に若干罪の意識が芽生えているのだろうが、今の時点では弟への愛が勝っているのだろう。

 その気持ちを察して、徹は深いため息をついた。

「おい、徹。そこで突っ立ってないで、たまには助手として俺の役にも立って見せろ」

 天我の傲慢な態度は慣れているので、とくに苛立つこともなかったが、当然いい気分もしなかった。

「はいはい」

 いちいち言い返して言い合いもしたくなかったので、徹は一応何か探している風を装おうと、ハンカチを取り出し指紋をつけないよう細心の注意を払いながらゴミ箱をあさったりした。

 大地は、居間の出入り口に立ちながら相変わらず落ち着かなくしている。少々気になったが、とりあえず無視して、徹はあくまでも何か調べている振りを装うことに専念した。

「なあ、徹」

 呼ばれたので手を止め、天我のほうへ視線を向けた。天我の目は、ある一点を注目していた。徹もそちらに視線を転じる。すると、カレンダーが目に入った。

「どうしたんですか?」

 依然、カレンダーを凝視している天我を訝しげに思いながら、徹は訊いた。

「何月だ?」

「は?」

「今、何月だよ」

 何か発見したかと思わせる様子だったので、この質問には落胆した。同時に、何故そんな質問をするのかという疑問が浮上した。

「六月、ですよね」

 とりあえず答えた。天我はその答えをかみ締めるように深く頷くと、腕を組み今日何度目かの思考モードに突入した。

 今はゆっくりと考えている場合じゃないと、内心で注意した後、徹は再びゴミ箱をあさり始めた。

「問題なし……と」

 実際にはゴミ箱の中身を眺めていただけなので、何か重要なものが捨てられている可能性も否めなかったが、徹は逸子の死を自殺だと決め付けているため、天我のように身を入れて調べることができなかった。あとで咎められないように、あくまでも調べているふりをしているだけなのだ。

「なあ徹」

 ゴミ箱から離れようとした矢先、天我はまたも呼んだ。

「なんですか?」

「ゴミ箱、もう一度調べてくれないか」

 徹のほうへ向き、天我は言った。憂鬱な気分に陥ったが、天我の目がやけに真剣だったため断れる雰囲気ではなかった。仕方なく、徹は腰をかがめゴミ箱の中身を眺めた。

「何か気になるんですか?」

「ああ。カレンダーが捨てられていたら、取り出してくれないか?」

 ふりではなく、本当にゴミ箱の中身を調べなくてはならなくなってしまった。嫌に思いながらも、ハンカチを握り締め、指紋をつけないよう意識しながら奥へと進んでいく。

 少し進むと、丸められている厚紙を発見した。取り出して広げてみると、予想したとおりカレンダーだった。

「ありましたよ」

「よし、何月だ?」

 せかす天我を尻目に、徹は答えた。

「六月です」

 答えた後に、ハッとした。天我が何故カレンダーに注目していたのかも、ようやく解けた。

「そうだ。今日は六月二十日。六月のカレンダーを捨てるのには、少し早すぎやしねぇか」

 徹はカレンダーから目を離し、天我を見た。何かに繋がる手がかりを見つけたと、天我は思っているようだった。

「少し貸してみろ」

 言って、天我は徹の手からカレンダーを奪い、視線を走らせた。

「なるほどな……」

「どうしたんですか?」

「これ、見てみろ」

 徹にカレンダーを見せ、天我は赤いまるで囲んである日付を指差した。再び、徹の脳裏に電撃が走る。

「これって……」

「そうだ。この日は逸子が死んだ日だ」

 赤く囲われている日は、間違いなく逸子が自殺した日。徹は、ある種の嫌な予感を抱いていた。

 しかし、それを具体的に示す説明などなく、赤く囲われている日付だって、たまたま逸子が死んだ日と被っているだけなのかもしれない――半ば言い聞かせる気持ちで、徹は思った。

「偶然ということも、もちろん考えられるが、まだ終わっていないのに何故六月のカレンダーを捨てていたのか、という点が引っかかっている。徹もそうだろう?」

 同意を求められたが、頷けなかった。怖かったのだ。頷いた時点で、逸子の死を他殺だと疑う自分が生まれてしまうかもしれなかったから。

「俺は、この囲いに何か意味があるような気がしてならない」

 徹は、その意見を否定するつもりは毛頭ない。むしろ、乗っかりたい気分だった。

 が、やはり面倒に巻き込まれたくないために、なかなか同意することができないでいた。

「この赤い囲いは、何か重要な証拠を含んでいた。だから犯人は、このカレンダーを――」

「おい、もういいか?」

 さっさと引き上げたい大地は、天我の推理を遮り、捨てられていた六月のカレンダーを覗き込んでいる二人に投げかけた。

「もう少しだけいいか?」

 相手の答えを得る前に、天我は次の行動を起こしていた。棚に敷き詰められている大量の文庫本を物色したり、壁に張られているポスターを舐めるように見つめたりと、飽きずに探索し続けている。徹はゴミ箱の前から一歩も動かず、部屋を見渡していた。

「よし、十分経ったぞ」

 言って、大地は手を叩いた。終わりの合図のつもりらしい。

「しょうがねぇか」

 意外と潔い天我を意外に思いながらも、徹は内心ほっとしていた。ようやく帰れることへの安堵感からきていた。

 が、すぐに気分は落ち込んでしまった。今夜は、大地の家で寝なくてはならなかったからだ。そういう約束で、五十嵐家まで連れてきてもらったのだ。

「じゃあ、そろそろ行くか」

 天我は玄関のほうへ歩いていった。

「俺たちもそろそろ行こうぜ」

「うん」

 大地に促され、徹も玄関に向かった。天我はすでに、外へ出ていた。

「ありがとうな、大地。おかげで、何かつかみかけたわ」

「何か?」

 外に出ると、天我はすがすがしい顔つきで言った。

「お前が言っていたカレンダーが、何かヒントになったのか?」

「ああ。きっと、この事件を解決する糸口のはずだ」

 徹は、天我の言葉に半信半疑な気持ちで耳を傾けていた。実は何も分かっておらず、しかし何も収穫がなかったとはどうしてもいえないので、強がっているのか、もしくは本当に何かをつかんだのか――どちらにせよ、徹はあまり興味が沸かなかった。

「とりあえず、見張りのやつが戻ってくるまで俺はここで待機しておかないといけないから、二人は先行っていてくれ」

「分かった」

 天我は返事をすると、歩き出そうとした。

「あ、それと」

 思い出したように手を伸ばし言うと、大地は口元を緩ませていった。

「約束、忘れるなよ」

 約束とは、徹を家に泊まらせることだ。

「分かっているよ」

 親指を突きたて、天我は言った。それを見て、大地は安堵の色を浮かべる。徹は嫌な気分がした。

「徹、仕事終わったら電話するからな。絶対出ろよ」

 念を押してくる大地に、徹は曖昧な笑みを浮かべて頷いた。


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