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生霊の唄  作者: 西内京介
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第六章

「だったら、中には殺害を企てるやつもいるんじゃないか?」

「嫌われていた、っつうか、どうやら逸子のやつ、近所の人間との付き合いを一切遮断していたらしい。だから、嫌われていたんだけど、逆に言えば、彼女にはっきりとした殺意を抱く人間がいないんだよ」

「なんだ、それ?」

 徹もその話に興味を持ち、身を乗り出した。

「俺も詳しくは聞かされていないんだけど、どうやら五十嵐夫妻があの家に越してきたのは一年前らしい。結婚してすぐあの家を借りたらしいんだが、実は越す直前に、優は沖縄へ出張に出ているみたいなんだ」

「家だけ借りて、夫は沖縄か」

「そうなるな」

 腕を組み、天我は真剣な面持ちで深く考え込んでいる様子だった。

「逸子はあの家で、一人きりだったってことか。外にも出たくなくなるわな」

 納得顔の天我は、徹へ視線を向けた。

「お前も、ちゃんと聞いとけよ」

 あまり身の入っていない様子の徹を、天我は注意した。が、注意されても、あまり真剣にはなれなかった。自殺以外、どうしても考えられないのだ。

「けど、それ以外にもう一つ理由が考えられる」

「何の?」

「近所との付き合いを遮断した理由だよ」

 向かい側の二人に顔を近づけると、周りを気にしてか、大地は声を潜めて言った。周りに客などほとんどいないから声を潜める必要なんてないと、徹は思ったが、言わずにおいた。

「彼女、顔に酷い火傷を負っているんだ」

「火傷?」

 二人は聞き返した。

「ああ。顔が包帯で巻かれていたな。その包帯を解くと、酷い火傷の痕が現れた。思わず目も背けたくなるほどだったぜ」

 逸子の顔を思い出したのだろうか、大地は顔をしかめた。よほど酷かったらしい。

「それもあって、近所との付き合いを遮断したのか」

「そうかもな、ってことだ。俺が直接優の取調べをしたわけではないから、あくまでも想像だぜ」

 言葉とは裏腹に、大地の顔は自信に満ち溢れていた。徹も、その想像が的を射ているということはなんとなく感じた。

 包帯の巻かれた顔で、人と接することが果たして出来るだろうか。周りから好奇の目を向けられることを恐れた逸子は、とうとう家から足を踏み出すことはなかった。そんな事情も知らずに、近所の人間は逸子に対し悪い印象を抱いていた。徹の中ではいつの間にか、逸子を同情する気持ちが芽生えていた。

「けど、食事はどうしていたんだろうな?」

 徹もその疑問を抱いていたところで、思わず大地を見つめていた。

「どうやら、逸子は買いだめをしていたみたいだぜ。週三日、近所のスーパーに出かけていることが、そのスーパーの従業員の証言で分かっている。彼女が帽子を被り、家を出ているところも、近所の人間に目撃されている」

「なるほど。一応買い物には出かけているのか」

 それについて、徹は意外に思った。近所付き合いを極端に避けている逸子だ。てっきり、通販とかで食料を調達していると思っていた。

 だが、彼女は近所の人間に顔を見られるリスクを冒してまで、スーパーに買い物に出ていたのだ。しかもスーパーには、大勢の人間がいて、会計を済ませる時には店員と目を合わさないといけない。彼女にとっては、苦痛であったはずだ。徹は、どうしてもその点が腑に落ちなかった。

「彼女の家、パソコンないんだって」

「え?」

 徹の疑問を見透かして、大地は答えた。

「それに携帯も発見されなかった。例えば固定電話とかさ、他にも通販を申し込む方法はいくらでもあるんだけど、彼女はそうしなかった。スーパーに出かけることを好んでいたんだ」

「それは、ちょっとおかしいよな」

 聞き終えて、天我はますます難しい表情を浮かべた。徹も同じ思いだった。

 何故彼女は近所との付き合いを避けているのに、人が大勢いるスーパーなんかに出かけたりしていたのだろうか。通販という発想はなかったのか――考えを巡らせるが、一向にいい答えが思い浮かばず、徹はあえなく思考を断念した。

「あ」

 ここで徹は、真剣に考えている自分に気がついた。どうでもいいと思っていたはずなのに。途端に恥ずかしくなり、目を伏せる。

「どうした、徹?」

 覗きこむようにして、大地は訊いてきた。

「いや、べつに」

 もう考えないようにしようと自分に言い聞かせ、顔を上げる。

「まあ、それについてはおいおい考えるとして」

 天我は話の方向を変えた。

「彼女を殺して、メリットがある人間は誰だ?」

 徹は固唾を呑み、大地を見つめた。もう考えないと言い聞かせたばかりだったが、何故か逸子についてもっと知りたい自分がいた。

「まあ、唯一あるとすれば夫の優だよな」

「他には?」

「そのことなんだが……」

 言いにくそうな表情を浮かべた大地だったが、続けた。

「彼女の家族、五年前に放火事件に遭っているんだ」

その事実については、彼女の顔に包帯が巻かれていたことから徹は少なからず想像できていた。天我も同じだった。

「優の取調べをした同僚の話によると、その事件で彼女の両親は亡くなったそうだ。生き残ったのは、逸子と妹の明菜。言うまでもないが、逸子はその事件で顔に酷い火傷を負ったんだそうだ。逸子と優が結婚したのは、その事件が起きてから三年後、つまり二年前だ。結婚式は挙げずに、優が市役所に婚姻届を提出しただけらしい。まあ、案の定だよな」

「親戚はいるのか?」

「優の話によれば、いないらしい。実際、家からもそのような痕跡は見つかっていないし、彼女の自殺を発表しても親戚と思われる人間から連絡は届いていない。いないと考えていいんじゃないか」

「だから大地は、夫の優にメリットがあると考えたわけだ」

「ああ。逸子には保険金がかけられていて、自殺によってその保険金は優に渡ることになっている。さらに、彼女の口座には多額の金が預けられている。その金はおそらく、明菜と分けた両親の財産だろうな。その金も、優は好きに出来るんだ」

 その話だけを聞けば、他殺だと考えた場合優が真っ先に容疑者候補に上がってくるのは妥当だった。が、優が逸子を殺せないことは大地の話で分かっていた。

「けど優には、彼女を殺すのは不可能だ」

 悔しそうに顔を歪め、天我は呟くように言った。大地は頷き、口を開く。

「その通り。逸子の死亡推定時刻、優はまだ沖縄にいた」


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