最終章
「は?」
狼狽を露にする優とは対照的に、徹はわけがわからないといった表情で、首をかしげる。
「どういうことですか?」
「簡単なトリックだよ。死体が入れ替わっているんだ」
それでも、納得がいかなかった。
「いやいや、意味が分かりませんよ」
「俺も最初、この推理を思いついたとき同じ気持ちだったんだよ。けど、こう考えるとすべての辻褄が合うんだ」
徹は、期待をこめた眼差しで天我を見た。それに答えるがごとく、天我は胸を張って語り始めた。
「重光に確認したところ、逸子たちの両親を奪った放火事件の詳しい記事は書かれていなかった。つまり、顔にひどい火傷を負った人物が、長女か妹か分からないんだよ」
「そうか。だからこのトリックは成立したんですか」
「ああ。考え付いたときは、鳥肌が立っただろうな、優さん。一年前から、昨日のためだけに準備を重ねてきたんだろう。
まず一つが家を借りることだった。その家に、下半身不自由の嫁、五十嵐逸子を住まわせた。そして逸子の世話を、アパートで一人暮らしをしている、顔に火傷を負った明菜に任せた。週三日、五十嵐家に通わせたんだよ。月ごとに送る金と、復縁を条件にな」
「復縁?」
さらっと入れてきたとんでもない情報に、徹は目を剥いた。
「ああ。調べたところ、優と逸子、明菜は同じ高校だったらしい。そのため、仲がよかった。大学生になり別々の道を歩んでも、三人は付き合いがあった。当時をしる友人に確認したところ、優と明菜は付き合っていたみたいだぜ。結婚まで約束していたそうだ。そんな中、あの不幸な事件が起こった」
「明菜が顔に火傷を負い……」
「そう。優は捨てたんだよ、明菜のことを」
軽蔑をこめた眼差しを向けたまま、天我は続けた。
「そして、逸子に乗り換え結婚までした。が、ここで疑問に残るのは、何故沖縄出張の前に家を借り、そこに逸子を住まわせたのか、だ。沖縄まで連れて行けばいいじゃないか、そうおもうだろう?」
「家を借りることによって、明菜を家に通わせる口実を作った」
「そう。自分が東京に戻ってくるまでの一年間な」
ここで徹は思い出した。例のカレンダーを。
捨てられていた六月のカレンダーには、一昨日の日付がチェックされていた。つまりそれは、夫が帰ってくる日であり、自分が犯行に及ぶ重要な日でもあったのだ。
それを隠蔽するため、彼女は途中にもかかわらずカレンダーを捨てた。
「週三日、足の不自由な長女の世話をしろ。報酬は金と、婚約――間違っていますか、優さん」
優は無言のまま、両膝に置かれた自分のこぶしに視線を落としている。反論がないということは、あっているのか。
何も返ってこないので、仕方なく天我は続けた。
「まあ、金は入金していたかどうか分からないけど、もしそうだとしたら、ますます辻褄が合わさっていくんですよ。週三日、彼女はスーパーに買い物に出ていたのですから」
あ、と徹は思い出す。スーパーで、顔に包帯を巻いた女性が買い物をしていたという目撃証言が上がっていたことを。同時に、その女性が明菜であったことが分かった。
「なるほど。足の不自由な姉のために、彼女は買い物にでていたのですか」
「その通り」
「けど、通販のほうがもっと楽なんじゃないですか?」
もっともな質問を投げつけたが、天我は動じることなく続けた。
「いや、買い物じゃなきゃだめな理由がちゃんとあるんだ。優さんは、彼女に週三日、買い物に出ろと命じていたはずだぜ。
なぜなら、五十嵐家に住んでいる人間が、包帯を巻いた女性だということを印象付けるために」
脳裏に電撃が走ったみたいに、ぐらっと来た。視界がぼやける。そうか、そういうことだったのか――徹の中で、一つの答えが導き出された。
「明菜が、五十嵐逸子だと思い込ませるために、彼女を週三日、スーパーに出かけさせていた。それで、明菜はまんまと五十嵐逸子になりえたわけだ」
「そういえば、家には被害者の指紋しか出てこなかったって……」
「おそらく、明菜が身の回りの世話をするから、必然的に明菜の指紋が周囲に付着したんだろうな。逸子は、手袋するとかしてさ、自分の指紋をつけないよう細心の注意を払ったに違いない」
「でも、今までの話を聞いて少しおかしいなと思ったんですけど」
「なんだ?」
「逸子と明菜は、親しかったんですか?」
「親しいわけないだろう。結果的に、明菜は優さんを姉に奪われたんだぞ。明菜は、愛する人の頼みを仕方なく、こなしていたにすぎないんだ」
徹は一人納得し、視線を優に向けた。相変わらず、肩を落としている。
「明菜を逸子だと偽って殺すメリットは、一つ、多額の保険金だ。二つ目は、逸子と幸せに暮らすこと。三つ目は、外に全く出ない明菜が溜め込んでいた、多額の貯金だ。これだけ並べれば、メリットだらけだということが分かる」
「そうです。彼女は、逸子が青酸カリを飲ませて殺しました」
唐突に口から出た言葉は、自白だった。
「そしてその日の夜、私はばれないよう気をつけて車を出しました。そして、足の不自由な逸子を乗せてホテルまで戻りました。ホテルには、偽名で逸子の部屋を取っていましたから、問題ありませんでした」
この言葉で、納得がいった。優が、何故ビジネスホテルにチェックインしていたのか、そして、あの日の夜に聞いた、車の音。優は、逸子を迎えにきていたのだった。
「謎を氷解させたのはもう一つ、卓也から聞いた話だった」
まるで独り言のように言う天我の姿は、どこか悲しげだった。
「卓也は、明菜が青酸カリで殺された以後の時間帯に、生霊の唄を聞いた、って言っていた。最初は分からなかったが、生霊の唄の意味を卓也から聞いて、ようやく解けたんだ。
生霊の唄は、新しい生命を吹き込むための唄だったんだよ」
そう言われてもピンとこない徹は、首をかしげた。
「いいか。新しい生命、というのはつまり赤ん坊のことだよ。逸子は妊娠していたんだ」
「え、そうなんですか」
「ああ。おそらく二三ヶ月ほどまえから。何故生霊の歌を逸子は歌う羽目になったのか、やはり死体発見を遅らせるためだった。
最初は何気なく歌っていた逸子だったが、途中で卓也が聞きに来たため、やめられなくなってしまった。そこで思いついたんだ。夫が戻ってくるのは、金曜日。殺害実行の日でもあった。平日だから、卓也はその日も唄を聞きにやってくる。だから、捜査をかく乱させることを期待して、死亡推定時刻以後に唄を聞かせることにした。もう一つの理由としては、生霊の唄が聞こえないと卓也が強引にでも入ってくるって予想していたんだろうな。そうなると、逸子と卓也は鉢合わせてしまうことになる。目の前には、明菜の死体だ。一年前から計画していた殺人は、破綻してしまう。まあ、結果的に失敗に終わったわけだけどな。明菜が妊娠していないことを知ったから、謎は解けたんだ。妊娠してもいないのに、歌うわけないからな」
やはり、卓也があの日聞いたのは本人が歌ったからだったのか。
すべての謎が解けた。卓也に、顔を絶対に見せようとしなかった理由、死亡推定時刻以後に聞いた歌の謎、週三日、スーパーに出かけていた包帯を顔にまいている女性、徹の中で、まるでパズルのように謎が組み合わさっていき、やがて一つの答えにたどり着いた。
そして、天我のことを少しばかり見直した。
「逸子さんはどこですか?」
天我は、答えを知っているかのような表情をしていたが、肩を落としたままの優に聞いていた。
「沖縄です」
優は答えた。
「彼女と、沖縄で生活することを決めたんです。金も入ってきますし」
「やっぱりね」
言うと、天我は口元をほころばせた。
「これから、僕に話したことを警察にすべて、話してくれますね。あなたが、逸子さんの身代わりとして明菜さんを殺し、多額の金と、幸せを手に入れようとした殺人劇の、一部始終を」
どうも、書き終わってしまいました。
読んでくださった皆様、目の肥えていらっしゃる方であれば、いえ、読書などほとんどしないという方でも、十分分かるはずです。この小説が、いかに完成度がひくいかと。
最初は本気で取り掛かろうと、何回も推敲を重ねたのですが、途中から新しい題材を思いつき、さらに始まってしまった大学の多忙さから、徐々にやる気が削がれていってしまい、四五章辺りから推敲せず、適当になって行きました。真剣に読んでくださったかた、心よりお詫び申し上げます。本当にすいませんでした。本当は、もっと長くなる予定で、終盤、ひねりをきかせるつもりだったんですが。しかも、大学で文芸部に入りまして、そこでは短編だけなので、長編を書いている場合ではないなと思ったので、早く終わらせなきゃという思いもあったんです。
読んでくださった皆様、こんなレベルの低い作品に付き合ってくださって、まことにありがとうございます(まあ、レベルの高い作品なんて書いたことないんですけど)。褒めてくれるなど全く思っておりません。初めての三人称だったので、読みにくかったと思います。
長くなりましたが、誹謗、中傷、本当に何でも結構ですので、言いたいことのある方、感想でもなんでも下されば幸いです。うれしい気分になりますので。いただいた感想は何度も目を通し、真摯に受け止めます。コメントも、必ず返させていただきます。
本当に今までありがとうございました。また機会があれば、書いていきたいと思います!!