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生霊の唄  作者: 西内京介
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第十一章

 午後七時二十分――。

 大地が暮らしているマンションの前で、徹は大地の帰りを待っていると、後ろから肩を叩かれ、数時間前に聞いたばかりの声が耳に入ってきた。

「よう、徹」

 大地は笑顔を広げ、徹を見た。徹は曖昧に笑みを浮かべてから、改めて兄が住んでいるマンションを見上げた。

 両親が他界してから、徹は大地とそのまま家に住み続けた。当時、徹は高校一年生で、大地はすでに交番勤務の警察官になっていた。

 しかし、大地の月給はたかが知れていて、一ヶ月の二人分の食費でさえも危ぶまれた。なので、親戚から仕送りを受けていたのである。

 親戚の家に徹だけでも引き取られなかったのは、大地が拒否したためであった。自分が徹を育てていきますと、両親の葬式の場で公言したのだ。そんな兄を誇らしく思ったものだが、一年もしないうちに兄の存在が鬱陶しく感じ、いつの間にか自立を考えていたのである。

 高校を卒業して間もなく、アカツキ探偵事務所で雇ってもらってから一ヶ月が経ったころ、兄からメールが入った。家を売却して、一人暮らしを始めた、という内容だった。

 徹は最初、冗談かと思った。二人はあの家を愛していたからだ。両親と過ごした、思い出の空間だったから。引っ越さなかったのも、それを思っていたからだったのに。

 徹は、兄のメールを返信していない。つまり、何故家を 売却したのか疑問に残ったままだった。が、徹の中ではなんとなく、兄の気持ちを察することができていた。

 きっと一人になったから、これ以上両親との思い出に浸っていても仕方がなく、家を売却したのだろう、と。

 以前は問い詰めようと考えていたりもしたが、きっとはぐらかすだろうと予想していた。兄は、両親と離れることを決意した。そんな兄の決意を、弟としては尊重したい。徹は、胸のうちに隠しておくことを決めていた。

「俺の部屋は四階なんだ」

 ロックを解除し、ガラス張りの自動ドアを抜けて大地は言った。

「へぇ」

 頷きながら歩みを進め、エレベーターの手前で兄と一緒に立ち止まると、上昇のボタンを徹は押した。

 エレベーターはちょうど一階で止まっていたため、すぐにドアは開いた。

 先に大地がエレベーターの中に乗り込み、続いて徹も乗り込む。大地はすぐに四階のボタンを押して、ドアを閉めるボタンを押した。

 四階にエレベーターが到着するまで無言の間が続き、ドアが開くと大地は弟との間を嫌って適当に言葉を吐いた。

「ようこそ、四階へ」

 いくら話すことがないからってそれはないだろと、内心で苦笑しながら徹は兄の家がある四階へ降り立った。

「なんか、変な感じだな」

 ようやく核心をつく言葉を吐き出して、大地は幾分すっきりした表情を浮かべているように見えた。

「兄貴の部屋は、どこ?」

 質問されて少しにやつき、大地は歩く速度を上げた。

「ここだ」

 大地の住んでいる部屋は、他の住人たちの部屋を三つ通り過ぎたところにあった。

「ちょっと待っていろよ、今開けるからな」

 やや嬉しさを含んだ口調で言うと、ポケットに手を伸ばし大地は鍵を取り出した。その鍵をドアノブの下にもっていき、差し込む。左に回すと、ガチャっという音が聞こえてきた。

「よし、入っていいぞ」

 促され、徹はドアノブを回し大地の家へと足を踏み入れる。

「お邪魔しまぁす」

「堂々と入れ、堂々と」

 よそよそしく入る徹に笑いながら注意し、大地は先を越して靴を脱ぎあがった。

 それをみならい、徹も堂々とした足取りで上がる。兄弟であっても、三年間も離れ離れになってしまえば、ある種の溝ができてしまうのだ。徹は、今それを嫌というほど痛感している。おそらく大地も感じているのだろう、若干、徹とある程度の距離を保っている。しかし、一緒にいたいという感情も心の中で渦巻いている。複雑な心境を抱えているのだ。

「へぇ、立派な部屋にすんでいるんだね」

 本心から出た言葉だった。大地が住んでいる部屋は、六畳ぐらいの広さを誇っている1DKで、周りは整然と片付いている。昔から大地は綺麗好きという印象が定着しているため、それについてはさほど意外な印象を受けなかったが、やはり長い間杜撰な性格の天我と暮らしていたせいだろう、兄と暮らすことに憧れを抱いてしまう自分がいた。

「なんか、飲むか」

 言いながら大地はキッチンのほうへ体を翻した。徹は未だ兄の暮らしている部屋を見回している。

「お前の上司、変わっているな」

 両手に、冷蔵庫から取り出したお茶のペットボトルを取り出し、徹のほうへ顔を向けるなり発した。徹は思わず噴出しそうになった。天我も、大地の印象をそう語っていたからだ。二人は決定的に違うところはあれど、根は同じなのかもしれない。徹はほほえましい気分になった。

「なににやついているんだ?」

 弟が楽しそうにしているのを見て、大地は顔に安堵の色を浮かべ腰を下ろした。

「べつに」

 そっけなく返し、兄から投げられたペットボトルを受け取る。程よく冷えていた。

「そういえばさ天我のやつ、どうしてあそこまで必死になれるんだ?」

 唐突に問いを投げかけられ、徹はキャップを回す手を止め、口をつぐんだ。小学生が依頼に来たことを、目の前の兄に答えてもいいものだろうか。天我は一貫して、卓也のことは口から出さなかった。徹も同じようにしなくてはならないのではないか。

「まあ、あの人は暇なんだよ」

 その一言は、どうやら大地を納得させるのに十分な効力を秘めていたらしい。

「そうか」

 大地は、とくに追求してこなかった。

「しかし天我には悪いが、あれは自殺だぜ」

 自殺という文字を、今日何度聞いただろうか。徹は記憶を遡りつつ、大地のベッドに腰を落ち着かせる。

「夫には鉄壁のアリバイがあり、彼女を憎む人間がいないことも分かっている。まあ、嫌っている人間はいるけどな。でも、嫌いと憎しみは違うしなぁ……」

 顎に指を沿え、一人思考をめぐらす大地。徹は、喉の渇きを覚えお茶を流し込んだ。とたん、潤いが戻り、それに比例するかのようにある推理が膨らみつつあった。

 考えたくなかったのに――。

 しかし、どうしても自分の中で推理を組み立ててしまう。知らぬ間に、卓也の証言を鵜呑みにしていた。

 事件を取り巻くいくつもの謎は、今でこそばらばらだが、もしかすると一つに繋がっているのかもしれない。

 六月半ばで捨てられていた六月のカレンダーには、逸子の死んだ日付がチェックされていた――果たして、偶然だろうか。裏には、犯人の思惑が隠れているに思える。

 証拠隠滅――。

 他にも、一年ぶりに帰ってきた夫がビジネスホテルにチェックインしなくてはならなかったわけ――何故、妻の許へ帰ろうとしなかったのか。時間帯が遅かったためなのか。いずれにしろ調べなくてはならなかった。何か重要な鍵が含まれている気がする。

 そしてこれがおそらく最も重要な問題だろう――自分の顔を見られたくないため、近所付き合いを遮断していた逸子がどうして、週三日スーパーに出かけていたのだろうか。生きていくうえでは仕方のないことだが、でかくなくても生活必需品を手に入れる方法はいくらでもあったはず。通販だ。パソコンが使えなければ、電話という方法もある。

 些細だが、この矛盾は解せなかった。解決の糸口が隠されている気がしてならない。

「俺はべつに、天我のことを信じちゃいないさ。自殺だと思っている」

「それが正解だと思うよ」

 徹自身もわかっている。間違っているのは、卓也なのだと。

 が、天我は卓也の証言を疑うどころか、証明しようと必死に奔走している。徹はわからなかった。天我の真意が。そして、事件の真相はどこに行き着くのか――。

「どうしたよ、ボーっとして」

 大地に指摘され、徹は我に返った。

「いや、べつに」

 ごまかそうとするも、兄の大地には通用せず、さらに深く掘られることになった。

「お前まさか、逸子が殺されたと思っているのか」

「そ、そんなわけないじゃないか」

「じゃあ、なんだよ」

「それは……」

 返答に窮し俯いていると、大地は柔和な顔つきになり優しく投げかけた。

「いいよ、正直に答えてみな」

 大地の言葉に、徹は甘えることにした。

「俺は……自殺だと思う」

 なんともいえぬ空気が、部屋を支配する。大地は黙したまま、淡々と語る弟の表情を眺めていた。

「けど、実はその裏に何か隠されている真実があるんだったら、俺は知りたい」

「つまり、ただの自殺じゃないと」

 徹が頷かないを見て、大地は了解した。

「……他殺も、ありえるか」

 徹は頷いた。


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