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生霊の唄  作者: 西内京介
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第九章

「お前の兄貴、面白いな」

 道中、天我は愉快そうに言った。

「そうですか」

 徹としては、一応頷いておくことしかできなかった。

 二人は今、事務所に向かっている。大地との約束を反故にするわけではなく、ただ私物を取りに帰るだけだった。徹の足取りは、ずっと重い。

「あ、あれって重光じゃないか」

 言われて、天我が指している方向へ顔を向けると、丸秘新聞社の建物からちょうど一人の長身の男が姿を現した。

 男は重光和人といって、二人のよき友達でもある。助手になってから数週間後ぐらいに、重光の存在を天我から聞かされ、天我を通して徹と重光は仲良くなった。天我と重光がどうして仲良くなったのか、詳しくは聞かされていないが、おそらく天我が事件を求めて強引に乗り込んだのだろうと推察される。

「おう、天我、徹」

 二人を発見するなり、重光は駆け足でこちらまできた。重そうなショルダーバッグを、右肩から提げている。

「よう、重光。久しぶりだな」

「ああ。ごめんな、取材とかで遊びにいけなかったからさ」

 重光は声を立てて笑いながら答えた。

「ちょうどよかったぜ、重光。今、少し頼めるか?」

「なんだ」

 温厚そうな顔が、若干歪んだ。

「少し、調べてほしいことがあるんだけど」

「またか」

 ため息を漏らし、腰に手を当てて重光は天我を睨んだ。

「これで何回目だよ」

「覚えていない」

 以前、依頼人があまりにも来ないから、天我は新聞に載っている事件や、テレビで報道されている事件の調査を勝手にしていたという。その調査の協力を、重光は嫌々ながらやっていたというのだった。しかし、結局何も分からず、挙句の果てには警察があっさりと犯人を捕まえたケースや、またただの自殺とかだったそうだ。重光は、天我の自分勝手さに嫌気がさしていたという。

その話は、重光とちょうど二人きりになる機会があって、重光から聞かされた話だった。徹が助手になってからは、以前のように協力を依頼してこないそうだったが、天我の言葉に思い出が蘇ったのだろう、露骨に迷惑そうな表情を浮かべている。

「また悪い癖を発揮したな」

「心外だぜ。なんでそんなこと言うんだよ」

「いくら、依頼人来なくて暇だからって、そんなプレイよくないと思うぞ」

 諭すように言う重光を見て、よほど嫌だったのかと、改めて思い知らされた。

「ふふふ、それが来たんだよ、依頼人が」

「何!」

 衝撃が大きすぎたせいで、重光は下げていたショルダーバッグをコンクリートに落とした。

「お前、マジか」

「ああ、おおマジだ」

「依頼人といっても、相手はまだ……」

 徹が厳密に説明しようとするのを、天我は徹の口を押さえることで遮った。重光は二人を訝る目で見つめていたが、やがて表情に落ち着きを取り戻し、口を開いた。

「まあ、依頼人が来たって言うなら断る理由もないな。言ってみろよ、頼みごと」

 人のよさそうな笑みを浮かべ、重光は促した。その優しさに甘えるように、天我は言った。

「五十嵐逸子、についてだ」

 途端、重光の表情は険しくなり、ゆっくりと重いため息をもらした。

「どうして、五十嵐逸子のことが知りたい」

 呆れの表情で言う重光だったが、瞳の奥には探るような鋭さが見え隠れしていた。臆せずに、天我は続ける。

「依頼人を救うためだ」

 数秒、二人の間で沈黙が流れた。重光が答えあぐねているためだった。徹は天我の隣で、悩む重光を見守っている。

「……しょうがねぇか」

 何を思ってしょうがないかと思ったかは分からないが、とりあえず承諾してくれたみたいだった。快活な笑顔を浮かべ、重光に礼を言う天我とは対照的に、徹の表情は曇っていた。正直なところ、複雑な心境であることは否めなかった。

「五十嵐逸子は確実に自殺、というのが俺の見解だ」

 警察とほぼ同じ情報を握っている重光は、断定的な響きを含めた口調で呟くように言った。

「けど、お前が自殺ではなく殺しだと疑っているのなら、喜んで調べてやるよ。それに、俺も彼女のことが少し気になるからな」

「気になるんですか?」

 徹は、重光が付け加えた言葉に引っかかった。

「ああ。少ししか彼女について調べていないが、過去について掘り下げればかなり面白い発見ができるだろう」

 口元を緩ませ言う重光の姿に、何故天我の頼みを承諾したのか納得した。重光もちょうど、五十嵐逸子について調べたいと思っていたからだった。そこに天我が現れ、結果的に重光の背中を押した形となった。徹は一人、苦笑した。

「それじゃぁ、明日までに調べておくよ。事務所に資料を持っていけばいいか?」

「ああ、頼む」

 頷いて立ち去ろうとする重光に、天我はもう一度礼を述べた。

「ありがとうな、重光。助かる」

「何をいまさら」

 笑いながら返す重光に対し、天我はやけに真剣な顔つきをしていた。

「いや、マジで。お前には散々迷惑かけたからな」

 重光の表情から笑みが引いていき、もとの温厚な表情に戻る。

「俺、必ずこの事件解決して見せるから」

 天我の決意を重光は茶化すことなく、手を上に上げて応えて見せた。

「お前の活躍、期待しているぜ」


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