第9話 柘榴塚さんと青い鳥
柘榴塚さんは刺繍ハンカチを丁寧に畳んで大机に置くと、片肘を突いて手に顎を載せた。
「晴美さん、薄々気づいてはいるものの、でもどうしたらいいか分からない……って感じだった。夏高くんが都市伝説を持ち出してきたことにも、嘘をついてまで塾に行きたがらないことにも戸惑って……。だから私、『全面的に協力してくれたら、私か解決しますけど』って言ったの」
なるほど。パンクババア遭遇事件の背景にあった奥野家の事情を柘榴塚さんが把握できてたのは、晴美さんから聞かされたからか。
僕も晴美さんには会ったけど、そんなこと一言もいってくれなかったなぁ。
まあ晴美さんの態度は柘榴塚さんのいうとおりだった――とにかく暗い顔で何度も何度もため息をついて、心ここにあらず、って感じだった。パンクババアに複数回遭遇している夏高くんのことが心配なんだと思ってたけど、裏側はそうなってたんだ。
それにしても柘榴塚さん、これまたすっごい自信たっぷりなことを晴美さんに言ったんだなぁ。まさに名探偵って感じだ。
「晴美さん、いつも使ってる裁縫箱からリッパーがなくなっていることにも気付いてたよ。それで夏高くんがタイヤをパンクさせてるんだろうってことも予想してた。でも、なにもできずに手をこまねいていた。たぶん他者が必要だったんだろうね。奥野家の事情に客観的に介入できる、第三者的な立場の人間が」
「それが柘榴塚さんってわけか」
相づちを打つと、柘榴塚さんは「うん」と得意げに頷いた。その拍子に短い前髪がふるりと揺れて、柘榴塚さんは前髪を軽く払った。
「そういうこと。それで私、一芝居打つことにしたの。パンクババアになりきって夏高くんに接近して、自分のついた嘘に真っ正面から向き合わせようってね。カートやらカツラやらは晴美さんに用意してもらったんだ。パンクババアの生い立ちにちなんでケーキも用意してもらったよ。誰も食べてくれなかったけど」
「ケーキ食べる雰囲気じゃなかったからね……」
あのときのことを思い出しながら僕は苦笑した。あの重苦しい空気は相当なものだったんだからね、柘榴塚さん?
「でもさ、そんな面白いことをしてるんだったら僕にも話してくれればよかったのに。本物のパンクババアが出たのかと思って寿命が三年は縮んだんだよ?」
「水間くん、演技ヘタそうだし」
「うっ」
彼女の鋭い言葉に反論できない。
確かに僕、そういうのは苦手なんだよな。顔にすぐ出ちゃうから……。
「でもさ、水間くんもなかなかやるじゃないの。ちゃんと夏高くんのこと守ってくれたし」
「うっ」
また短く呻く僕。
本物のパンクババアだと思ったから、咄嗟になんとか取り引きして夏高くんを守ろうとしたんだよなぁ……。
でもあのパンクババアは柘榴塚さんで。
は、恥ずかしい。
頬の熱さに思わず手で覆った僕に、柘榴塚さんはケロッとした表情で続ける。
「これでもちょっと見直したんだからね。水間くんってふわふわしてるだけじゃないんだぁなって」
「なにそれ。僕のことどう思ってたの?」
「軽くて軟派な、私とは別世界の人」
「えー」
頭空っぽみたいに思われてたってこと? なんかちょっと酷くない?
柘榴塚さんは腕を組むと、生真面目な顔になってうんうんと頷いた。
「でも違った。やるときはやるよね。格好良かった。うん、それは素直に認める。水間くん、格好良かったよ」
「それは、どうも……」
掌の中でぽてっと熱くなる頬を感じながら、僕は視線を落として糸が途中になっている刺繍布を見つめた。
ああ……真っ正面から褒められるのってかなり恥ずかしいんだなぁ……。
「で、水間くんの頑張りもあって、夏高くんは自分の嘘に向き合えた。晴美さんも夏高くんに向き合えるようになって、私はお礼にハンカチをもらって、一件落着ってわけ」
と嬉しそうに、机に置いた刺繍の青い鳥を指先でなぞる。
翼の青い縫い目が鮮やかに光を滑らせ、綿の匂いがふわりと立った気がした――。
「そうだ、水間くんにもなにかお礼をしないとね。なにか欲しいものない?」
「そうだなぁ……」
僕は頬に人差し指を添えて考える。
「といってもな。君と仲直りできたし、話しかけていいって権利ももらっちゃったし。もうこれ以上はないかなぁ……」
でもそこで、あっ、と思いつく。
「じゃあさ、これから何か事件があったら、そのときに僕を助手にしてくれない? それで名推理を聞かせてほしいな」
「……そう。それがあなたの欲しいものなのか」
僕を見つめた目を苦しげに細め、顔全体で渋面を作り上げる柘榴塚さん。
「え、なんか変なこと言った、僕?」
「……いや、いいんだ。でも本当にそれでいいの? 探偵じゃなくて助手になりたいだなんて変わってるね」
「そりゃ僕だって探偵になりたいよ、格好いいからね。でも人には向き不向きがあるっていうか……」
最初は確かに『都市伝説の謎を解くぞ!』って意気込んでたはずだけど、すぐに壁にぶつかって放り出したからね、僕。僕の頭の作りは探偵向きじゃなかったんだ。それじゃあ名探偵にはなれない。……悲しい現実だ。
「探偵じゃなくても、探偵のすぐそばで推理を聞くことだって楽しいよ。いや実際、柘榴塚さんの事件解体は楽しかったし。そっちのほうが僕には合ってる」
「……分かった」
と、彼女は重々しく頷いた。
「事件が起きたら。それで私が探偵の真似事をしたら……そのときは水間くんを助手にするって約束しよう。まあ今回みたいな謎なんて、そう何回も起きるとは思えないけど」
確かにそうだ。都市伝説を騙ろうなんて普通は思わない。でもね、人からよく頼られる僕は知ってる。謎って、けっこうそこら中にあるものなんだよ。
「あぁ……これから、なにか事件が起きたら名探偵・柘榴塚くれろが出動するのか。なんかワクワクするぅ……」
僕の熱いため息混じりの言葉に、彼女は眉根をしかめた。呻くような声がその口から漏れ出る。
「名探偵、ね……」
柘榴塚さんは物言いたげな瞳をすると、それから少し黙り込んだ。
でもすぐに、「じゃ、契約しようか」とほっそりした小指を差し出してきた。
彼女の態度は気になるけど……。
「うん。指切りげんまん!」
指と指が触れ合うとき、なんだか心が跳ねた。彼女に触っていいのかな、僕みたいな男が……。でもこれは契約だもんね。
思い切って深く小指を絡ませて軽く上下に振ってやった。指切りげんまんで約束だなんて、柘榴塚さん、やっぱり可愛いところがあるなぁ……。
上機嫌になった僕は、さっそく探偵助手としての仕事をする気になっていた。
「柘榴塚探偵、助手となった僕から聞いて欲しいことがあります」
「なに?」
「あのあとのこと、気にならない? あの夜、公園で別れてからどうなったか」
柘榴塚さんが事件を解いて、それで高齢者用手押し車を押して去って行って……。
あれから奥野兄弟がどうなったのか。
なのに、柘榴塚さんは興味なさそうに首を振った。
「別になんとも。晴美さんも一区切りついたからハンカチくれたんだし、分解し終わった事件なんてもうどうでもいいよ」
「そういわずに聞いてよ。柘榴塚さんはそれだけのことをしたんだから」
彼女のつれない態度なんか構わずに、僕はあのあとのことを報告し始めたのだった。
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