第8話 ご褒美を貰った彼女
それから数日間、僕は柘榴塚さんに話しかけられなかった。
試しに喋ろうと思うたびに、『事件を解決したら、もう私に話しかけないって約束してくれる?』って突き放してくる彼女の声が頭に蘇って、ストップをかけてくるんだ。
できあがったと思った信頼関係がこんなにもあっけなく崩れてしまったのを思うと、その事実が肩に重かったけど……。
彼女の事件の分解が見事だったからこそ、その分僕も約束を守らなくちゃいけない。
それが僕なりの、柘榴塚さんへの誠意だ。
柘榴塚さんも柘榴塚さんで、僕のことは数日間見もしなかった。本当に僕なんかどうでもいいんだ。
――でも。
その均衡が破られたのは、ある日の家庭科クラブの活動中のことだった。
僕は家庭科室の大きな机の上にソーイングセットを出して、いつも通り刺繍枠の中にプスプスと刺繍糸を刺していた。
布巾に赤い花を散らしているところで急に空しくなって、ふっと顔を挙げる。
集中しようと思うのに、しきれなかった。心にぽっかり穴が空いたみたいになっている。
柘榴塚さんは僕から離れた机で、独りでぽつんと座っていた。ちゃんと部活動に来てはいるんだ。それでごそごそとバッグのなかを探って、ハンカチを取り出したのが見えた。
女子が多い部活だからかお喋りの声は家庭科室中から聞こえてくる。なのに、僕と彼女の間は真空だ。声は届かないし、手も伸ばせない。
あんなに格好良く事件を解決した彼女に、その感想を伝えたいのに。可愛いところを知れたんだから、もっと彼女と仲良くなれると思うのに。
あぁ、我ながら未練がましくい。グズグズだ。約束じゃないか。
手元の刺繍枠に無理矢理集中する。針をプスっと刺して、すくい上げるように布の裏に針を通して赤色の刺繍糸を通そうとした、そのとき――。
チラチラと、目の前に白い布が振られた。
「ひゃっ」
新品の綿の匂い――。
思わず針を指に刺しそうになって目を上げると、そこには柘榴塚さんがいた。
真面目くさった顔で、白いハンカチを持っている。
「これ、見てよ」
と振っていたハンカチを僕の手元に押しつけてきた。
それは、ワンポイント刺繍が入ったお洒落なハンカチだった。赤い実をついばんだ青い鳥だ。既製品にはない細やかな心配りを感じる糸使いで、とても丁寧な出来栄えだ。
「綺麗だね。柘榴塚さんが刺したの? あ――」
僕は口をつぐんだ。
「ごめん。話しかけちゃった」
とはいえ今のは柘榴塚さんのほうからちょっかいを出してきたんだから……これはノーカウントだよね? 僕、約束を破ってないよね?
柘榴塚さんはなに食わぬ顔で自分の荷物を移動させてくると、僕のはす向かいに座った。
僕の顔をのぞき込むように身を乗り出させる。
「今の私は気分がいいの」
「へ?」
「誰でもいいから自慢したくてたまらないんだよね。でも聞いてくれる友達が誰もいなくて」
そりゃそうだ。だって話しかけるなオーラが凄いんだから、柘榴塚さんは。たった一人しかいなかった友達である僕ですらばっさり切り捨てるくらいだからね。
「だから、あなたを私の自慢を聞く要員にしようと思うんだ。いや、ごめん。本当はあなたがいいんだ、水間くん。あなたに私の自慢を聞いてほしいの」
喉がひゅっと鳴りそうになる。うわぁ、柘榴塚さん直々のご指名だ……!
「じゃあ『話しかけるな』って約束は?」
「反故」
僕は思わずきょとんとして、目をぱちくりさせて――。
「ふふっ」
笑ってしまった。
結局、柘榴塚さんも一人ぼっちには耐えられなかったんだな。
勝手だなぁ、柘榴塚さんも。あれだけ強く突き放しておいて、その約束をなかったことにしちゃうなんて。
振り回された怒りがないかといえば嘘になる。けどそれ以上に、柘榴塚さんと仲直りできたことが嬉しい。
でも、ちょっとくらい意地悪なこと言ってもいいよね?
「それは大変な役割だなぁ。柘榴塚さんの自慢話を聞くなんて重労働だよ」
冗談めかして言ったけど、うそうそ。ほんとは嬉しいんだよ、柘榴塚さん。
すると柘榴塚さんは少し困ったように眉根を寄せて、「じゃあ」と口を開いた。
「特別に、私に話しかけていい権利をあげる。それで手を打ってくれない?」
「てことはほんとに元通りなんだね、僕たち」
よかった。どんな理由だっていい。仲直りできた。僕と彼女の抜けた糸が再び僕たちを縫い合わせたんだ。やわらいだ心が、柘榴塚さんがいつもより可愛く見せる。
しかも話しかけていい権利までもらっちゃった。
これって、雨降って地固まる、ってやつ?
「でさ、これなんだけど」
とハンカチをヒラヒラさせて、柘榴塚さんは熱っぽく語り始めた。
「奥野兄弟のお母さんにもらったの。晴美さんっていうんだけどさ」
なるほど、これを自慢したいのか。
「そうなんだ。てっきり柘榴塚さんが刺したのかと思った」
「私にはこんなの作れないよ、ほら、これ。ここにサインが刺してあるでしょ?」
柘榴塚さんは新品の刺繍糸みたいに瞳を煌めかせながら、刺繍のすみを指し示した。ほんとに嬉しいんだな。
「あ、ほんとだ」
《Harumi Okuno》というアルファベットが、流麗な筆記体で、細い金糸で刺されてあった。Okuno、奥野――陽大くんと夏高くんのお母さんだ。
そういえば、お母さんはプロの刺繍作家をしているって陽大くんがいってたっけ。
「すごい。プロの一品物なんだね」
自慢聞き要員としては、ここで思う存分持ち上げて彼女を気持ちよくさせてあげよう。実際にいい品であることは間違いないから、持ち上げるのにも苦労はしないしね。
「お洒落だなぁ。刺した人のセンスがいいんだね。作りもすっごい丁寧だし。柘榴塚さん、よかったね」
「うん。奥野兄弟のお母さんが――晴美さんが、『夏高くんを守ってくれたお礼』っていって私にくれてさ」
満面の笑顔である。
笑わなくても可愛いけど、やっぱり笑うともっと可愛い。こんな顔を見れるなんて、持ち上げた甲斐があったな。
「はじめて水間くんからパンクババアの話を聞いたとき、そんなの絶対狂言だって直感したの。だから奥野家に直談判しに行ったんだ。それが事件解決のための一番簡単な方法でしょ? いい大人が息子の与太話なんか信じるな、ちゃんと息子を叱るなりなんなりしろ、ってさ」
うわ。かなり好戦的な態度で乗り込んだんだな、柘榴塚さん……。
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