第7話 解体される真実
「とにかく」
と柘榴塚さんは仕切り直して夏高くんを見る。
「夏高くん、あなたは自らの手で自転車をパンクさせて、自らの意志で塾に行かなかった。行かせられるたびにそれを繰り返して塾を休んだ。……お母さんにも会って、いろいろ話したんだ。お母さんね、薄々、これがあなたの自作自演だってことは気付いてたよ」
まあそうだよね、都市伝説なんて実在しないもんね。ちょっとでも信じた僕はなんだったんだ……。
弟の背をゆったりとさすりながら、陽大くんがぽつりと呟いた。
「母さんはずいぶん心配してたからな、夏高のこと。そうか、母さん気付いて……」
「私はハッキリと言われたよ、夏高とどう接したらいいのか分からないって」
「お母さん……心配かけちゃった……」
夏高くんの小さな声に、柘榴塚さんは場違いなほど明るい声でこたえた。
「それは別にいいんじゃない? 親に心配掛けちゃいけないなんて法もないし。個人的にはそういう親子関係も時には必要だと思う。でもこういう小細工はしても無駄だよ。無理があるし、自分の首を絞めるだけだ。実際、なにも解決しなかったでしょ?」
ビクッと夏高くんの肩が震える。
「それは……はい……」
「俺が悪いんだ」
夏高くんの背をさする手を止めて、陽大くんは掌で顔を覆って苦しそうに呻いた。
「俺が公立に進んだから。母さんは意地になって……」
「お兄ちゃんは悪くないよ! ちゃんと言えない僕が悪いんだよ」
慌てて夏高くんが遮るが、陽大くんは掌の中でくぐもった声をさらに落ち込ませる。
「いや、俺が悪い。青蘭常磐より南中のほうが野球部が強いからって……俺、母さんのこと振り切って……」
苦しげな、本当に肺から空気を絞り出すかのような声だった。
なるほど。それで奥野兄弟のお母さん、夏高くんのことを青蘭常磐に入れるって意地になっちゃったんだな。
「お兄ちゃんは悪くないよ。受験したくないからってこんなことした僕が悪いんだよ」
夏高くんは小刻みに震える小さな声で言うと、手元のペットボトルにじっと視線を落とした。
「僕、お兄ちゃんと一緒の中学校に行きたかったんだ。たった一年しかチャンスがないのに。なのにそれをお母さんに言い出せなくて」
小学生男子特有の、澄んだ高い声だった。
「夏高……!」
顔を上げ、感極まったような盛大なため息をつく陽大くん。
それから、公園はしばらく静まりかえった。ベンチに座る僕たちの耳に、遠い犬の鳴き声がやけに大きく聞こえるくらいに。
お兄ちゃんと一緒の中学に行きたいのにそれを言い出せなかった夏高くんが、パンクババアに会ったということにして、塾を休み続けた。これはそういう騒動だったんだ……。
やがて、夜空に浮かぶ満月を見上げていた柘榴塚さんが、静かに告げた。
「以上。これで事件の解体は終了」
彼女はいつの間にか飲み干していたバナナミルクを持って、ベンチから立ち上がる。
「ここから先は奥野家の問題だよ」
ゴミ箱に向けて歩きながら、他人事のように平坦に告げる柘榴塚さん。
「私はもう知らない。お母さんのことは口八丁でうまいこと言いくるめるんだね、そしたら青蘭常磐を受験しなくてよくなるかもよ」
すると夏高くんは立ち上がり、柘榴塚さんに向かって深々と頭を下げた。
「柘榴塚先輩。助けてくれて、どうもありがとうございました」
「え? 別に助けたわけじゃないよ。私は私の目的があって謎を解いただけだし」
「ううん、助けてもらいました。僕、怖かったんです。タイヤにリッパーを突き刺して空気が抜けるたびに、これからどうなっちゃうんだろうって思って、胸が壊れそうだった。……お母さんにはちゃんと言います。パンクババアを言い訳にしたことも、青蘭常磐に行きたくないことも、お兄ちゃんの中学校に行きたいことも、ちゃんと……全部、言います」
つつ、っと柘榴塚さんの視線が泳ぐ。
「そ、そう。頑張ってね」
「よし。それじゃ善は急げだ」
陽大くんもベンチから立ち上がった。その背は高く、小柄な柘榴塚さんを見下ろす格好になる。
「今日はもう塾はヤメだ。家に帰って母さんと話し合おう。夏高を俺と一緒の中学に行かせてくれって頼み込むぞ。行きたくない中学校にはやっぱり行きたくないんだって、母さんにも分かってもらわなきゃな」
「まぁ、行きたくないところには行きたくないってのは、そりゃそうだね」
なんだか気まずそうに呟くと、彼女は逃げるようにゴミ箱にペットボトルを突っ込んだ。
「……私、帰る。じゃぁね」
僕の目の前をそそくさと通り過ぎていく彼女の顔が、街灯に照らされたその頬が、真っ赤になっているのが目に入った。
照れてるんだ。
「あは、可愛い」
あ、やば。つい本音が。小さい声だったけど、静かな公園だし聞こえちゃったよね。
でもほんと、可愛い。いや柘榴塚さんが可愛いっていうか、彼女の心情が可愛いっていうか。
だって柘榴塚さん、謎を解いたら友達関係が崩れる、みたいなことずっと言ってたんだよ。なのに実際は、事件の当事者から感謝されたんだもんなぁ。
それって柘榴塚さんにとっては予想外のことで、面食らっちゃったんだろう。それで動揺して真っ赤になった、と。
事件なんか全部お見通し! くらいの凄い観察眼と推理力を持った人なのに、そしてパンクババアに化けて夏高くんの前に現れるくらい行動力のある人なのに。こんな当たり前なことに動揺しちゃうんだよ。可愛いくない?
あ、いや、柘榴塚さんは顔も可愛いけど……。
思わず呟いてしまった僕を、彼女は丸っこい瞳でキッと睨み付けた。やっぱり聞こえてた。でもその目が潤んでいて、これまた可愛い。
うん、柘榴塚さん、可愛いぞ。
そのままぷいっと背を向けて、高齢者用手押し車を押して去っていく。短い髪からはみ出した耳も、街灯の下でも分かるくらい真っ赤だった。
ねぇ、柘榴塚さん。謎を解いても大丈夫だったでしょ? 心配しなくてよかったんだよ。友達ってそんなに悪いものじゃないんだから。
あ、でも。
事件を解いちゃったから、僕はもう柘榴塚さんに話しかけられないのか。
せっかく柘榴塚さんの可愛いところを見られたのに。
残念だ……。
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