第68話 銀ヒョロの正体
「な、なにを……?」
真藤先輩の声が震えた。女優のように整っていたその美貌から血の気が失せ、唇がわなわなと痙攣している。手が白くなるまで、若草色のエプロンを強く握りしめていた。
その反応だけで十分だったけれど、柘榴塚さんはさらに追い打ちをかけるように僕に指示を出した。
「ちなみにフェレットとはこういう動物です。水間くん、画像を」
「はいはい」
僕は立ち上がり済みのスマホをタップすると、あらかじめ検索して表示させておいた画面を掲げた。
画面に映し出されているのは、つぶらな瞳をした愛らしい動物だった。
ハムスターみたいな顔をした胴長の動物、イタチ科の哺乳類フェレットだ。その中でも『シルバーミット』と呼ばれる、手足が白くて被毛が銀色の種類を画面に表示させていた。
細長くしなやかな胴体と円い耳と黒い瞳が本当に可愛くて、確かにこれならペットとして飼いたくなると思う。
「あーっ!」
スマホを覗き込んだ新井さんが、ICレコーダーを握りしめたまま叫び声を上げた。
「これです、これ! 私が見たのはこれです!」
「この写真を見ると、あなたの名付けもあながち間違いではなかったのが分かります。言い得て妙ですよ、銀ヒョロって」
柘榴塚さんは肩をすくめ、冷ややかな視線を真藤先輩へと戻した。
「でも、残念ながら未確認神獣なんかじゃありませんね。見ても幸せになんかならない、ただの迷子のペットです」
「だからなんだっていうのよ! 私には関係ないわよ!」
真藤先輩が叫ぶ。その額には、脂汗が玉のように浮いていた。
「……いいえ、関係は大ありです」
柘榴塚さんは静かに、けれど確実に、彼女の嘘を解体し始めた。
「真藤先輩。あなたは誰かからフェレットを預かっていましたね? おそらくは、お母様の後援者あたりから」
図星だったのだろう。真藤先輩の呼吸が浅くなる。
「お母様の選挙前の大事な時期です。そんな時に、後援者から預かった大事なペットを逃がしてしまったとしたら? お母様の顔に泥を塗ることになる。信頼は失墜し、最悪の場合、選挙の結果にも響きかねない」
「妄想だわ! 想像でモノを語らないで!」
「妄想ではありません。証拠は揃っています」
柘榴塚さんは、雑木林の奥に建つ豪邸――真藤先輩の家を見やった。
「逃げ出したフェレットを、あなたは血眼になって捜した。そして、この学校の敷地に逃げ込んだことを突き止めたあなたは、フェレットが餓死しないように校内のあちこちに餌を置いた。フェレットは完全に人の手の入った動物なので、野生下で生きていくことは難しいですからね。そうした上で、捕獲するための罠を仕掛けた。……あなたの家の裏庭にあった、あの段ボールです」
以前、僕たちが見つけた、あの側面に穴が開けられて中から甘い香りが漂っていたあの箱。あれはフェレットを捕まえるための罠だったのだ。
「あの箱からは、ナッツを煮詰めたような独特の甘い匂いがしました。おそらく、フェレットバイトと呼ばれるフェレットが大好きな練り餌を塗布して、逃げたフェレットがより食いつくようにしたのでしょう。ドッグフードやキャットフードとは違うあの匂いが、動かぬ証拠となります。いまもあの段ボールはあるでしょうから、これから見に行ってもいいですよ」
「……ッ」
真藤先輩が息を呑む。
「ですが」
と、柘榴塚さんは新井さんに視線を送った。
「新井さんが、逃げ回るフェレットを目撃してしまった。あまつさえ未確認神獣・銀ヒョロなんて捏造記事を書いて、それに乗った学校中が銀ヒョロを捕まえようとしはじめてしまった。正体を知っているあなたは、その正体がすぐに分かった。あなたはさぞかし焦ったでしょう。なにせ銀ヒョロを見つけられたら、自分が逃がしたことがバレてしまうんだから」
そう、彼女は焦った。新聞部が面白おかしく銀ヒョロの記事を書き立て、全校生徒が捜索に乗り出してしまったことに。
「だからあなたは新聞部に脅迫状を出した。銀ヒョロから手を引くように、と」
彼女は肩をすくめてやれやれと苦笑した。
「名家のお嬢様というのも大変ですね。自分のミスが親の破滅に繋がるかもしれないというプレッシャー。誰にも相談できず、たった一人で奔走するしかない孤独……」
柘榴塚さんの言葉は、同情めいていながらも残酷だった。
真藤先輩はもう反論しなかった。ただ、射殺すような目で柘榴塚さんを睨みつけている。その沈黙こそが、何よりの肯定だ。
「そして――私の過去を捏造した誹謗中傷ビラを掲示板に貼り付けたのも、あなたですね」
「な……なによそれ」
真藤先輩の声が震えた。
「私がそんなことするわけないでしょ。証拠はあるの?」
「よくぞ聞いてくれました」
柘榴塚さんは、ニヤリと口角を吊り上げた。
それは、獲物を完全に追い詰めた猟犬の笑みだった。
「あれに関してはね、あなたは決定的なミスをしているんですよ」
「ミス? そんなものないわよ!」
「あのビラにはこう書かれていました。『リッパーを常に持ち歩く女、切り裂き魔・柘榴塚くれろに注意』と。……ですが」
彼女は両手を広げ、本当に嬉しそうににっこり微笑んだんだ。
「残念でした。私がリッパーを常に持ち歩いているという事実を知っているのは、限られた人間だけなんです」
「な……」
「私がこのことを打ち明けたのは水間くんだけです。そして、あの時――私たちがあなたの家の裏庭で段ボールを見つけたあの時――生け垣の向こうで聞き耳を立てていた、あなたもね」
真藤先輩の目が、目玉が落ちてしまうんじゃないかというくらい大きく見開かれた。
そう。あの時、僕が「なんでそんなもの持ってるの?」と聞いて、柘榴塚さんが答えたあの会話。あれを真藤先輩も聞いていたんだ。
しかし、真藤先輩も思いもしなかっただろう。自分の手札だと思って使った情報が、まさか自分を縛る鎖になるだなんて……!
「お母様は教育委員会にも顔が利くそうですね。おそらく、そのコネで私のことを聞いたんでしょう。青蘭常磐で起きた、ウサギ解体事件の真相を。それを、あなたは利用した。都合のいいところだけを抜き取って、私のリッパーを練り込んで、そこの新井さん並みのフェイクニュースに――信憑性のあるデマに作り上げたんです」
「えへへ」
突然名前を出された新井さんが、恥ずかしそうに後ろ頭をかく。
うーん、褒めてないぞー!
「観念してください、真藤先輩。あなたのしたことは悪質です。自分の保身のために他人を脅迫し、一人の生徒を社会的に抹殺しようとした。逃げたフェレットのことだって、ちゃんとお母様に報告すべきだったんです。そうすれば然るべき専門家に頼んで捜してもらえたでしょう。素人のあなたが罠にもなってないただの段ボールをセットするよりは、よほど捕まえられますよ。いいですか、先輩。逃げたフェレットのためにも、今すぐすべてを白状してお縄についてください」
柘榴塚さんのお説教に真藤先輩の視線が彷徨って、縋るように隣の男を見上げる。
「こ、校長先生……」
歯の間から抜けるような息で、校長先生を呼ぶ真藤先輩。
……うん? なんでここで校長先生なんだ?
そういえば、校長先生は真相には関係なかったな。あんなに銀ヒョロ捜しを妨害してきたっていうのに。
それが不思議ではある……ただ単に、銀ヒョロ騒動は教育上よくないって思っただけだったのかな?
で、助けを求められた校長先生だけど、顔面を蒼白にして、冷や汗を垂らして後ずさるだけだった。
「真藤さん、これは……もう終わりだ。覚悟を決めるしかない……。もはや私の権限ではどうにもならん……」
校長の口から漏れたのは、完全なる敗北宣言だった。……この人、真藤先輩のこと庇ってたの? なんで?
僕が首を傾げたのと、真藤先輩の表情が豹変したのは、ほぼ同時だったと思う。
「……ったく、使えないわね!」
真藤先輩は吐き捨てるように叫ぶやいなや、若草色のエプロンのポケットに手を突っ込み――。
「きゃっ!?」
「陽鞠!」
新井さんの悲鳴が上がり、すぐに篠原会長の緊迫した声が続く。
真藤先輩の手には、大きく黒光りする鋏が握られていた。華道で使う、太い枝をも断ち切るための鋏だ。
その冷たい刃先が、新井さんの細い首筋に突きつけられていたんだ!
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