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解体探偵の日常推理 ~「話しかけるな」と言った解体癖持ち天才少女が、僕を助手にしてデレ散らかすまで~  作者: 卯月八花
【第4章】未確認神獣・銀ヒョロの解

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第67話 皆を集めて

 土日という準備期間を経て迎えた、月曜日の放課後。


 僕たちはついに、一同を現場に集めた。

 現場っていうのは、新井さんが目撃した銀ヒョロが逃げ込んだというあの雑木林である。


 青々と茂る木々が傾きかけた午後の日差しを遮り、森の中に暗い影を落としていた。湿った土の匂いと青臭い若葉の香りが入り交じる空気が、これから始まる『犯人当て』の舞台を演出しているように思える。


 そこに集められたのは、僕を含めた七人の男女。


 僕、名探偵の柘榴塚さん、新聞部の新井さんと間門部長、生徒会長の篠原先輩、市議の娘である真藤先輩、そして校長先生だ。


「……まったく。切り裂き魔がなんの用なのよ」


 梅雨前の六月の爽やかな風が校舎裏の雑木林をざわめかせるなか、苛立ちを隠そうともしない鋭いソプラノが響いた。

 腕を組み、不機嫌そうに柘榴塚さんを睨み付けているのは、三年生の真藤清花先輩だ。制服の上に着けられた若草色のエプロンが、薄暗い雑木林の中で渋く浮き上がっている。


「こっちは部活で忙しいっていうのに。迷惑だわ」


 華道部の活動中に無理やり連れてこられた彼女からは、花の香りではなく、棘のような敵意が漂っていた。


「まったくだ。私も仕事で忙しいんだぞ。生徒のお遊びに付き合っている暇はないというのに」


 真藤先輩に同調して校長先生が重々しく口を開く。額に浮いた脂汗をハンカチで拭うその仕草には、威厳よりも焦燥が見えていた。


 大人と、大人びた先輩の圧力。普通の中学生なら萎縮してしまうような重苦しい空気だけれど、この場の主役である彼女はものともしない。


「それでも来てくれたのは、気になったからでしょう?」


 涼やかに、鈴を転がすような声で柘榴塚さんは言った。茂る木の根元に悠然と立った彼女の瞳は、影のなかでも黒曜石のように鋭く光を放っている。


「『決定的な証拠が見つかったので同席してください』っていう私の言葉がね」


 柘榴塚さんはそういうと、薄く笑った。その微笑みは、小学生みたいな見た目に反して、獲物を前にした捕食者のように冷徹で美しい。


「なに、すぐ済みますよ。この絡まった糸は、一本抜くだけですべてがスルスルっと解けますからね」


「すごいわねぇ。これって探偵ドラマでよくある『名探偵がさてと言い』ってやつでしょ? リアルで見るのは初めてだわ! これ、記事にしていいの?」


 緊迫した空気を楽しむように声を上げたのは、新聞部の間門部長だ。彼女は一歩引いた位置から、集められた人々全体を眺めている。


「構いませんよ。思う存分やっちゃってください」


「はい! はい! 柘榴塚さん! 録音してもいいですか?」


 元気よく手を挙げたのは新井さんだ。自分の捏造記事が原因で脅迫状が送られてきてすっかりしょげかえっていた彼女だけど、『犯人当て』に参加することで元気が復活したらしい。

 彼女の手にはICレコーダーが握りしめられ、赤い録音ランプが蛍の光のように点滅していた。すでにスタンバイは済ませてある、ということだろう。用意がいいなぁ。


「どうぞ。これから話すことは、なんにせよ公になるでしょうから。もう隠すようなこともないし」


「……俺は立会人を任されたが。立会人というのは何をすればいいんだ?」


 低い声で唸ったのは、生徒会長の篠原先輩だ。

 腕を組んで仁王立ちするその姿は、隙がなくて重心も美しい。何故自分がここにいるのかいまいち分からない――というような彼の視線は、胡散臭そうに柘榴塚さんを射抜いていた。


「あなたはそこにいてくだされば結構ですよ。それだけで、何かと重宝しますから」


 柘榴塚さんのさらりとした物言いに、僕は内心で冷や汗をかいた。つまり、あの武闘派生徒会長を用心棒として利用するってことなんだ。

 案の定、篠原先輩は「ふん」と鼻を鳴らし、不愉快そうにそっぽを向いてしまった。


 そして、僕は――。

 僕は黙って、手汗で滑り落ちそうになるのを必死にこらえながら、スマホを握りしめていた。

 僕の役目は『スマホ係』だ。

 たかがスマホ係? なんていわないでほしい。これは柘榴塚さんが僕を信頼して任せてくれた、重要な任務なんだ。


 彼女の推理は、すでに聞いている。

 彼女がこれから何を語り、何を暴くのか。それを知っている助手兼親友としての誇りが、僕の足を踏ん張らせていた。


 ザッ、と新井さんが一歩前に出る。彼女はICレコーダーを自分の口元に寄せると、芝居がかった口調で言葉を吹き込んだ。


「こちら、新聞部の新井陽鞠です。これより名探偵・柘榴塚くれろ氏による犯人当てが行われようとしています。新聞部に脅迫状を出した犯人が見つかった……で、いいんですよね? 柘榴塚探偵」


 ぐいっと向けられたレコーダーに対し、柘榴塚さんはコクリと一度頷いた。だけど言葉に出さないと記録されないと気付いたらしく、彼女はこほんと小さく咳払いした。

 森の空気が、一段と冷えた気がした。


 静かに、けれど力強く柘榴塚さんは語り始めた。


「はい。犯人は銀ヒョロ記事に対し、もうこれ以上の捜査をするなという旨の脅迫状を新聞部に出しました。その犯人を捜すのが、私の依頼された仕事です。そして事件を追っていくなか、私を危険視した犯人が、私の過去を都合よく捏造して攻撃してきました。私が前の学校でウサギを解体したというデマを流し、私の名誉を貶め、社会的に抹殺しようとした。……本当に許しがたいことです」


 彼女は腕を組み、その場にいる全員の顔をゆっくりと見渡した。

 真藤先輩の苛立ち、校長先生の動揺、篠原会長の疑念、新井さんの緊張、間門部長のワクワクとした輝く瞳。すべての視線を受け止めながら、彼女は続ける。


「しかしながら、今回の事件は実に見事でもありました。犯人当てをする前に、私はここに、犯人への賛辞を送ろうと思います」


 意外な言葉に、場がざわめいた。

 それが収まるのを待って、柘榴塚さんは口を開いた。


「真実が露呈しないように、探偵役である私を排除しようとしたのは、とても理にかなっています。なぜなら――私は事件の真相に、とっくに気付いていたからです」


 まるで舞台俳優のような堂々たる宣言。

 木々の葉擦れの音さえ止まったかのような静寂が走り、誰かが息を呑むが聞こえた。


「事件の真相に気付いていた、ですって?」


 沈黙に耐えかねたように、真藤先輩が声を荒らげる。

 新井さんが慌てて真藤先輩にICレコーダーを向けるが、すぐに柘榴塚さんが答えたので、新井さんはICレコーダーをぶんぶん振り回す形となった。


「ええ、そうです。犯人もそれには気付いた。だから、手を引かせようと私を攻撃した」


 柘榴塚さんはそこで言葉を切り、ふっと視線を和らげた。

 その視線の先にいたのは、僕だ。

 丸っこい瞳が、優しく緩む。


「でも残念ながら、あの程度の暴露、しかも不正確なデマなど、今の私には大して効かないんですよ」


 彼女は胸を張った。孤独だった少女は、もういない。

 不敵な笑みが彼女の唇に浮かぶ。


「なにせ、私には水間くんがいるのでね」


 その言葉を聞いた瞬間、僕の胸は熱いもので満たされた。

 こんなにも褒めてくれるなんて……。なんか照れちゃうよ。今の言葉もICレコーダーに録音されてるってことは、新聞の記事にされちゃうかもしれないってことだし。


 でも、新聞記事になろうがどうしようが構わない。彼女が僕を必要としてくれている。その事実だけで、どんな状況でも乗り切れる気がするんだ。


「まあそういうわけで、犯人にはご愁傷様ですが、私は無傷ってことです」


 柘榴塚さんは再び表情を引き締め、冷徹な探偵の顔に戻る。

 その双眸は、鳥にうつ投網のように、逃げ場なく容疑者たちの上に投げかけられていた。


「でも、これだけ敵意を向けられたんです。……私は、容赦しませんよ?」


「いい加減にしたまえ!」


 耐えきれなくなった校長先生が、地面を強く踏みしめた。


「さっきからごちゃごちゃとうるさいぞ! もう分かったから、早くその真実とやらを話したらどうなんだ。私は忙しいと言っただろう!」


 怒鳴り声が木々に反射し、木霊する。

 けれど、柘榴塚さんは柳のようにその剣幕を受け流した。


「これは失礼しました。ここにいる方々は、それぞれお忙しいんでしたね。では、単刀直入にお伺いします」


 彼女はゆっくりと歩き出した。

 枯葉を踏む音が、罪人を迎えに行くかのように響く。

 彼女が立ち止まったのは――。


 至近距離。

 柘榴塚さんの瞳が、その人物の瞳を真正面から射抜いた。


「……お探しのフェレットは見つかりましたか? 真藤先輩」


 その瞬間、森の空気が凍りついた。

 真藤先輩の整った顔から、さっと血の気が引いていくのを、僕ははっきりと目撃した。



お読みいただきありがとうございます!

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