第64話 柘榴塚の地獄
木谷先輩は祈るように手を組むと、手の甲に視線を落として、重く、静かに語り始めた。
「柘榴塚さんは、自らの手で潔白を証明した。親友は警察に補導され、もう二度と学校に来なくなった。事件は確かに一件落着した。そのはずだった」
そういった先輩の目が、苦渋に歪む。
「だけど、教室の空気は変わらなかった。彼女はそのまま危険な解体魔として扱われ続けた。――しかも、真犯人だった親友を容赦なく警察に差し出した悪人という悪評までついて回るようになった」
「な……っ!?」
あまりの理不尽さに、僕は言葉を失った。柘榴塚さんは、なにも悪くないのに。
いやまあ確かに解体癖はあるけどさ……!
「ウサギを解体しかねないという猟奇的なイメージと、親友を告発したという事実が合わさり、彼女のことを超危険人物として排除しようといういじめが起こったということだ。机に花瓶を置かれるなんて序の口っていう酷いやつがね」
「そんな……!」
僕は拳を震わせた。
『友達は敵だ、絶対裏切る』と繰り返していた彼女の悲痛な響きが、今さらながら胸に突き刺さってくる。彼女は正しさを貫いた結果、居場所を奪われたんだ。
……どうして僕は、そのとき青蘭常磐にいなかったんだろう。いたら、僕が守ってあげられたのに!
「それは上級生だった僕の耳にも入るくらいで、それを知った僕はいじめを止めるために彼女の教室に赴いた。彼女は探偵の才がある有望株だからね。そんな子がこんなことで潰れるのは惜しいと思った。……でも」
教室に彼女の姿はなかった、と木谷先輩はため息交じりに呟いた。自分は遅かったのだ、と。
異物を排除した教室は、賑やかで和やかだったという。
「そんなの……、そんなの、あんまりです。酷すぎる。柘榴塚さんは本当に、ただの被害者じゃないですか……!」
「そうだ。だが、彼女みたいな異分子を排除しようとするのは、集団心理として自然なことでもある。それが人の社会ってやつだよ。……実際、解体癖のある人間が身近にいるのは不気味だろう?」
「そんな。木谷先輩まで! 確かに解体癖は変わってるし、ちょっと怖いけど……! でも、彼女はただ壊したいわけじゃない。構造を理解したいんです!」
僕の必死の反論に、木谷先輩は少し驚いたように目を見開き、それから寂しげに微笑んだ。
「……そうだな。その純粋な探究心こそが彼女の魅力なんだと、俺もあとから知ったよ」
先輩は遠い目をして、窓の外に目をやった。そろそろ空が燃えるような夕焼けに染まりそうだ。
「もっとちゃんと彼女のことを庇っておくべきだったと、今なら心の底から思う」
自嘲するような響き。彼もまた、後悔しているんだ。柘榴塚さんを助けられなかったことを……。
……って、ちょっと待って。
僕の脳裏に、鋭い閃きが走った。
「木谷先輩。この情報って、有名なんですか? つまりその、『親友が真犯人だった』って真相も含めてって意味ですけど」
「ああ、もちろん。考えてもみろ、学校でウサギバラバラ事件なんてものがあったんだぞ。しかも劇的な幕切れだ。噂にもなるだろう」
「てことは。……今、南中でデマを流している犯人も、事件の真相を知っているってこと……ですよね?」
木谷先輩が重々しく頷く。
「そうだ。柘榴塚さんを攻撃している犯人は、真実を知った上で、わざと情報を切り取って広めている。柘榴塚さんを『ウサギ解体のサイコパス』として社会的に抹殺するためにな」
背筋が凍った。
当たり前だけど、これはただの噂好きが広めたデマじゃないんだ。あの真っ赤で不気味な文字といい、犯人にとって都合のいい新聞の切り抜きといい……明確な悪意を持った、狙い撃ちの攻撃なんだ。
「……でもどうして、柘榴塚さんは本当のことを言わないんでしょうか。自分はやってない、真犯人は捕まったって否定すればいいのに。僕をクビにまでして、なんで罪を全部被るような態度をとるんだ……」
「巻き込みたくないのかもしれないな」
「え?」
「君をだよ、水間くん。癪だが、君はそれくらい彼女に大切に思われているってことだろう」
ドクン、と心臓が打った。
『あなたをクビにする』
あのとき、彼女が見せた冷たい拒絶。震えていた指先。あれは僕を突き放したんじゃなくて、彼女なりの、不器用すぎる守り方だったかもしれないのか。
「……柘榴塚さん……っ」
胸の奥が熱くなる。
彼女はたった一人で、過去の亡霊と、現在の悪意と戦おうとしていたんだ。僕をその泥沼に引きずり込むまいとしながら。
そんなの……そんなの、水くさいよ!
「まあ、本当のところは彼女自身に答えを聞いてみるしかないけどな」
「はい。……そうします」
木谷先輩の言葉に、僕は力強く頷いた。
これが、僕が求めていたウサギ解体の真相。僕の武器。
柘榴塚さん……!
「ありがとうございました、木谷先輩。教えてもらえて、すごく、助かりました」
僕は先輩に向かって深々と頭を下げた。
「僕……柘榴塚さんを助けます。絶対に」
顔を上げると、木谷先輩は眩しいものでも見るように目を細めていた。夕陽に照らされた整った顔が、ふっと緩む。そして、どこか意地悪な、けれど人間味のある笑みを浮かべた。
「……君が、今以上に柘榴塚さんと親密にならないことを願うよ」
それは、余裕のある高校生の顔ではなくて、一人の男としての、紛れもない嫉妬に見えた。
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