第61話 相沢の助言
朝のホームルームは、とくに面白みのないものだった。
掲示板に悪意あるビラが貼られた柘榴塚さんへの言及すらなかった。もしかしたら、柘榴塚さんの騒動は先生方の耳に入っていないのかもしれないし、入っていてなお、いまは静観しようと決めたのかもしれなかった。
でも僕はそうはいかず、先生の話が終わるや否や、僕は弾かれたように席を立った。
先ほどの言葉が僕の脳内でリフレインしていた。
『あなたをクビにする』
柘榴塚さんのところへ行かなきゃ。クビっていわれても、どうしてクビにしたのかを聞くまでは、僕は動かないからね!
けれど、僕の腕をガシッと掴む手があった。
「……ステイ、ステイ」
そのまま僕を強引に教室の隅へと引っ張っていったのは、猫っ毛癖っ毛の相沢くんだった。
「離してよ相沢くん。僕、柘榴塚さんに話を聞かなくちゃ」
「そう押せ押せじゃ駄目だって。いつもの水間くんらしくないぞ、好感度を読めよ」
「好感度? そんなゲームみたいな話じゃないよ。僕はただ、柘榴塚さんに本当のことを聞きたいだけで……」
「だから、それが今は逆効果なんだってば」
相沢くんは真剣な顔で、焦る僕の肩をポンと叩いて制した。
「落ち着け。水間くんが焦れば焦るほど、柘榴塚さんは殻に閉じこもるだけだ」
「でも……僕は柘榴塚さんの助手なんだ!」
「あのさ、水間くん」
相沢くんの声が、一段低くなった。
「さっき助手をクビにされただろ?」
「……それは」
痛いところを突かれて、僕は思わず呻いた。
そうだけどさ。そうだけど、僕……このままじゃいられないんだよ……。
「なぁ。あれって、本当のことなのか?」
相沢くんが声を潜め、教室の前方へと視線を投げた。
その視線の先には、柘榴塚さんの小さな背中がある。
周囲の喧噪から切り離されたように、彼女は一人、頑なに文庫本に集中していた。奥野くんが自分の席から睨みを効かせているから、彼女にちょっかいを出そうとするものはいない。
それは読書ではなかった。世界を拒絶するための、彼女なりの鎧だ。
相沢くんのいう『あれ』が、ウサギ解体の噂であることは明白だった。
「知らない……。知らないんだ。僕、なにも……」
前の学校のことは、いつか彼女が話してくれるのを待つつもりだった。ゆっくりと信頼関係を築いて、自然と打ち明けてくれるようになるまで……。
それなのに、どうしてこんな最悪の形で暴かれなきゃいけないんだ?
ん? ちょっと待って。
僕の脳みそが、チリチリと違和感を鳴らせる。
……そうだよ。どうして『今』なんだ?
ドクン、と心臓が嫌な音を立てた。
今朝からの事態の急変に飲み込まれて思考停止していたけれど、冷静になると、そこに潜んだ底知れない悪意に気付いて足がすくんでしまう。
「こ、これ……脅迫犯からの攻撃だ……!」
間違いない。
このタイミングで過去を暴露し、彼女をサイコパスに仕立て上げるだなんて。
これ以上銀ヒョロを探られたくない犯人が、僕たちの――いや、探偵である柘榴塚さんの心を折って孤立させるために、この攻撃を仕掛けたんだ!
僕の顔色が急変したのを見て、相沢くんも表情を険しくする。
「……脅迫犯? どういうことだよ。またなにか事件を抱えてるのか?」
「まあね。銀ヒョロのことで、新聞部に脅迫状が届いて……」
手短に事情を説明すると、相沢くんはあからさまに顔をしかめた。
「うわ、エグいな。真犯人、なりふり構ってないじゃん。柘榴塚さんのこと殺しにきてるぞ。で、どうやって反撃するんだ?」
「反撃?」
「そうだよ。やられっぱなしじゃいられないだろ。柘榴塚さんのピンチなんだし」
「……そうか。そうだよね」
そう呟く僕の声は震えていた。
攻撃されたんだ。大切な人を傷つけられて、黙っているわけにはいかない。
反撃、しなきゃ!
でもどうやって? 助手をクビになった僕に、何ができる?
相沢くんが、海に浮かぶ孤島のような彼女の背中を見つめながら呟いた。
「水間くんは、僕を許してくれた。人を救うことができるんだよ、君は。そういう器なんだと思う。だからきっと、柘榴塚さんも助けられる」
「でも僕、助手をクビに……」
「だーかーらー! 助手とか肩書きはどうでもいいだろ。一人の男として動けよ!」
相沢くんはもどかしそうに癖っ毛頭をガシガシとかいた後、ふと声を落とした。
「……ただ、覚悟はしとかないとな。新聞記事になったってことは、柘榴塚さんがウサギを解体したのは……ほぼ確実だ」
重い沈黙が落ちる。
動かせない事実だった。
彼女は……本当に、やったのか? でも、記事には『犯人が捕まった』とは書いていなかった。柘榴塚さんの名前もなかった。あくまでそういう事件があったと報じていただけだ。
「……そうなのかな。そうじゃないのかな。僕、分からない……」
だから、彼女を守って戦うためには、本当のことを知らないといけないと思った。僕自身の気持ちを確かにするために。
やったのか、やってないのか。やったとしたら、どうしてなのか。
彼女は口を閉ざして教えてくれない。なら、外から調べるしかないよね。
彼女の過去を教えてくれそうな人はいないかな。できたら知り合いで……。
少し考えた僕の脳裏に、一人の人物が浮かび上がっていた。
いた。
去年まで青蘭常磐中等部にいて、彼女に「ウサギ解体の」と口走っていた、あの人。
図書室の王子様――木谷孝太郎先輩。
あの人に、聞くしかない。
「相沢くん。僕、戦うよ」
僕の目に光が戻ったのを見て、相沢くんは安堵したように口の端を上げた。
「そうか。なんかアテがあるんだな。君らってなんていうか変なコンビだけど、最高のコンビだと思うから。応援するよ」
「僕、柘榴塚さんの……」
助手、と言いかけて飲み込んだ。
クビになったんだから、今は違う存在だ。じゃあなんだ? 僕は、彼女の――。
そうだ。僕は、彼女の。
拳を強く握りしめた。食い込む爪の痛みが、決意に変わる。
「僕は、柘榴塚さんの友達だから。友達として、柘榴塚さんを守る」
「……まあいいけどな、それでも」
相沢くんが呆れた顔をしたけれど、それでもニッと笑顔になった。
「僕もなにかあったら協力するから、遠慮なく言えよ。ネットでの調べ物とか得意だからな。一回やらかした身として、汚名返上させてくれ」
そう言ってくれる相沢くんが、頼もしかった。
そうだ、僕には味方がいる。一人じゃない。
相沢くんのおかげで目が覚めた。これは脅迫犯との戦争なんだ。
柘榴塚さんを攻撃してくる顔の見えない敵から、柘榴塚さんの平穏を取り戻すんだ。
待ってて、柘榴塚さん。
君が僕をクビにしても、僕は勝手に君を助けるからね。
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