第60話 絡まれる、けど
教室までの廊下は、まるで針のむしろを歩いてるみたいだった。
ひそひそと遠巻きに僕たちを噂する生徒たちの視線がチクチクと突き刺さってくるんだ。
「柘榴塚さん、柘榴塚さんってば!」
「……」
僕がいくら背中に呼びかけても、彼女は頑なに無言を貫いたまま早歩きで歩いて行く。。
教室に入ると、ねっとりと肌にまとわりつくような、湿った視線が僕たちを出迎えた。
不安そうな目、怯えた目、そして明らかな敵意に満ちた目。
その矛先は僕ではない。僕の隣にいる、小さな名探偵だ。
「……ウサギを」「バラバラに」「あいつ、シリアルキラーとかじゃないの?」「怖すぎ」「よく普通に学校来れるね」「サイコパスだ」「不気味」「関わらないほうがいいよ」
囁いているつもりなのかもしれないが、それは怒鳴り声と同じくらい鮮明に鼓膜を叩く大音量のノイズになって教室中を覆っていく。
柘榴塚さんは顔色を失い、逃げるように俯きながら自分の席へとついた。
僕は彼女を守ろうと、彼女の机の前に立ちって両手をついた。
「柘榴塚さ――」
「よぉ。あんたさぁ、前科あるんだろぉ?」
僕の横から一人の男子が柘榴塚さんの机に詰め寄ってきた。クラスでも目立つ不良グループのリーダー格の男子だ。ニヤニヤと下卑た笑いを浮かべている。
「ちょっと、やめてよ。そんなのないよ!」
僕が割って入っても、男子はへらへらと笑うだけだ。
「いや、別に非難するわけじゃねぇよ。あんたって並々ならぬ雰囲気放ってるし、これでも感心したんだぜ。ぜひとも話を聞きたくてよ……ウサギをバラしたときの感触とかさ。どんなんだった? 温かかったか?」
びくり、と柘榴塚さんの肩が跳ねる。
彼女はそれでも平静を装って、通学リュックの中から布カバーのかかった文庫本を取り出している。
「やめてよ。柘榴塚さんはそんなんじゃないから!」
僕の必死の反論に、不良男子は「ふぅん」と鼻を鳴らすと、僕をねめつけてきた。
「なんだよ水間、ナイト気取りか? お前らよくこそこそやってるけど……女がガチのサイコパスだって知ってたのか?」
「放っておいてよ。あっち行って。僕、柘榴塚さんと話すんだから」
「柘榴塚ってなんでも解体するんだろ? 今だってリッパーとかいう凶器持ってんだろ。じゃあ切り裂きサイコパスじゃんか」
「違う……!」
僕がたまらず怒鳴ると、不良男子は舌打ちをして、威圧するようにこちらに迫ってきた。
「あぁ? うるせえよ、お前はいい加減邪魔なんだよ。俺はこのサイコパスちゃんと話がしてぇんだよ!」
胸倉を掴まれそうになり、思わず身を固くする。
けれど。
「……おい」
大きな背中が僕と不良男子の間にねじ込まれたんだ。
ドスのきいた低い声に驚いて顔を上げたら、そこには見覚えのある坊主頭があった。
ジョリジョリした上質なタワシみたいな頭の……それは、奥野くんだった。あの『パンクババア』のときに、僕に事件解決を依頼してきた男子だ。
奥野くんは鍛え上げられた野球部の体躯で不良男子を見下ろし、静かに睨みつけた。
「俺のツレに絡むんじゃない。先生に言いつけるぞ」
「あぁ? なんだよてめぇ、正義の味方気取りか? ここで喧嘩でもしたら困るのはそっちじゃないんですかねぇ?」
不良男子も負けじと凄んで威嚇するが、奥野くんは鼻で嗤って一蹴した。
「こいつらは俺の恩人だ。なんかしたら許さねぇからな」
揺るぎない声だった。
彼は僕と柘榴塚さんを守るように、壁のように立ちはだかって背中に隠してくれる。
不良男子は僕と奥野くんを交互に睨みつけていたが、分が悪いと悟ったのか、「けっ、ただ話を聞きたかっただけだっての」と悪態を吐いて机を離れていった。
教室の空気が、ふっと緩む。
僕は膝から力が抜けそうになるのを堪えて、奥野くんに向き直った。
「奥野くん、ありがとう。……助かったよ」
「いいってことよ。それより水間、大丈夫なのか? 柘榴塚さん、かなりヤバい噂が広がってるぞ。あれ、ほんとなのか」
「それが、僕にもよくわからなくて……」
僕は言葉を濁すしかなかった。
正直、分からないんだ。だって柘榴塚さんはなにも言ってくれないから。
奥野くんは心配そうに僕の肩を一度叩くと、自分の席へと戻っていった。
僕はざくろづかさんを見下ろす。彼女は僕らの騒動なんか気にも掛けずに、早くも文庫本を取り出して読み始めていた。
「お願い、柘榴塚さん。聞かせて」
僕は彼女の視線と本の間に顔を挟むようにして身を乗り出した。
「どういうことなの、いったい。新聞の記事は柘榴塚さんとは関係ないんだよね? ちゃんと否定してよ。でないと、柘榴塚さん、本当にウサギを解体したことにされちゃうよ!」
彼女は眉根を寄せて、渋々といった様子で文庫本から顔を上げた。
その瞳は凍り付いたように冷たかった。
「……あなたには、関係ない」
「あるよ! 僕は君の助手なんだよ! ねぇ、頼むよ。前の学校でなにがあったのか、教えて」
「助手、か」
彼女は吐き捨てるように呟いた。
そのとき、文庫本を持つ手がカタカタと微かに震えているのに、僕は気付いてしまった。
……柘榴塚さん、怖いんだ。強がっているけど、震えてるんだ!
彼女はいちど強く眼を閉じ、そして大きく溜息を吐いて、諦めたように口を開いた。
「……水間くん。悪いけど、今をもって、あなたをクビにする」
「え?」
「あなたはもう、助手じゃない。だから、私に、構わないで」
「ざ、柘榴塚……さん……?」
何を言われたのか理解できなかった。
クビ? 僕が? なんで? こんな時に?
呆然としている僕を置き去りにして、無情にもホームルームを告げるチャイムが鳴り響いた。
担任教師が入ってきて、散らばっていた生徒たちが自分の机に戻っていく。
でも、僕の時間は止まっていた。
なにが起こっているのか理解できなくて、放心状態だった。
クイクイ、と袖を引かれる。
見ると、猫っ毛で癖っ毛の少年――僕のソース仲間でもある相沢くんが、心配そうな顔で立っていた。
「水間くん、あとで話がある。……今はとりあえず、席に着こう」
「……」
返事をするのも忘れて、僕は彼に促されるまま、操り人形のように自分の席についた。
……でも、朝のホームルーム中も視線はずっと柘榴塚さんの背中に釘付けだった。
小さい背中が、僕だけじゃなくて世界そのものを拒絶しているように見えた。
いったいどういうことなんだよ、柘榴塚さん! 確かに君は解体癖がある変わった子だ。でも、さすがにウサギなんか解体してないよね……? そうだよ。さっきの新聞記事には、柘榴塚さんの名前はなかったじゃないか!
だけど不意に、僕の脳は鮮烈な赤色を幻視してしまうんだ。
ああ……これは。白い手袋と、真っ赤な血だ。
木谷先輩が「ウサギ解体の」と言ったときの、柘榴塚さんの純白の手袋。
もし、その白手袋が、真っ赤な血に染まっていたとしたら?
まさか、本当にウサギを解体したの?
僕はなにを信じたらいいの。どうして何もいってくれないの。
僕のことをクビにするって、つまり、僕には真実を話せないってこと? それはつまり……『ウサギを解体した』ってことなの?
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