第6話 仕掛けのあとしまつ
ええっと。
公園のベンチに座った僕たちは、外灯に照らされながらそれぞれ無言でペットボトルに口を付けていた。公園の自販機で陽大くんが買ってくれたものだ。
そう、陽大くん――夏高くんのお兄さんもいる。
パンクババアに化けていた柘榴塚さんの後ろの電信柱から出てきたんだ。
今夜は弟さんの一大事になるって柘榴塚さんにいわれて、無理をいって野球部をお休みさせてもらったんだって。
僕は緑茶、陽大くんはスポーツドリンク、夏高くんはウーロン茶、柘榴塚さんはバナナミルクを飲んでいたら。
「あ」
柘榴塚さんが思い出したような声をあげた。
外灯に照らされた彼女は、いかにも高齢者が着ていそうな茶色のワンピース姿だった。でも、正直いってぼさぼさのショートヘアには似合ってない。白髪のかつらはすでに高齢者用手押し車の中にしまっていた。
「一応、ケーキも持ってきたんだよ。パンクババアってそういうものらしいから。食べる?」
といって高齢者用手押し車をごそごそしたかと思うと、なかからセロファンで巻かれた一切れのケーキを取り出した。だけど、誰も彼女が差し出すケーキを受け取ろうとしない。
「……チーズケーキなんだけどね」
柘榴塚さんは仕方なさそうに、そのケーキのセロファンをペリッと剥がして自分でかぶりついた。
チーズケーキ、好きなのかな……って、それよりも!
「柘榴塚さん、これはどういうことなの。いったいなにがどうなって……」
僕の問いに、彼女はさも当たり前だとでもいわんばかりに口を開いた。
「だから、事件を解体したんだってば。まだ解体する? それじゃ夏高くん、ちょっといいかな」
呼びかけられて、兄の隣にぴたりと寄り添って座る夏高くんの肩が跳ねた。すかさず、陽大くんが夏高くんの背中をさすって宥め始める。
そんな彼らに構わず、柘榴塚さんは話し始めた。
夏高くんのしでかしたことを……。
「最初は、本当に偶然たまたま塾に行く途中で自転車がパンクしただけだった。そうだね?」
「……はい」
柘榴塚さんに確認され、夏高くんはゆっくりと……ため息交じりで静かに頷く。
チーズケーキにかぶりつきつつ、柘榴塚さんは抑揚のない声で続けた。
「そこであなたは閃いた。これを利用しよう。流行ってる都市伝説に遭遇したことにすれば、お母さんも心配して塾を休ませてくれるんじゃないかって」
「……全部お見通しなんですね」
夏高くんは兄に背中をさすられたまま、顔を俯かせて静かに呟いた。
「パンクしたから塾を休めるかもって、期待しちゃったんです。でもこのまま帰っても、お母さんは僕を車で送るだろうって思った。お母さんは僕を青蘭常磐にどうしても行かせたがってるから……。どうにか塾を休めないかって考えてたら、パンクババアのことが頭に浮かんだんです」
「都市伝説を持ち出してくるなんて、いかにも小学生だね」
馬鹿にするでもなく、感心するでもなく――柘榴塚さんは淡々と冷静に夏高くんを分析する。
「え、待って」
僕は慌てて口を挟んだ。
「夏高くんがパンクババアに会ったっていうのは、夏高くんの狂言だったの!?」
「だから、そう言ってるでしょ」
なにを今さら、と呆れたように柘榴塚さんが頷く。
「まさか本当に都市伝説が実在するなんて思ってたの? 水間くん、中学生にもなってそれはないでしょ」
「でも。じゃあ何度もパンクババアに会って、そのたびに自転車をパンクさせられたっていうのも自作自演!?」
「それはね」
柘榴塚さんは残りのチーズケーキをパクッと大口で食べ終わると、ベンチに座ったまま身をかがめて高齢者用手押し車の蓋を開けた。
そうして、中から取り出したのは。
「リッパー?」
僕はその名を口にした。
柘榴塚さんが取り出したものは、手芸に使うリッパー(糸切りピック)だったのだ。
夏高くんの顔が、夜の外灯でも分かるくらいよりいっそう青ざめた。
「どうして先輩がそれを……」
「悪いけど、ちょっと家捜しさせてもらったの。これを見つけたのはあなたの部屋だよ……机の引き出しの奥にしまい込んだノートに挟んであった。これ、お母さんの裁縫箱から拝借したんでしょ」
柘榴塚さんは言いながら、丸っこい目をすっと細める。
彼女が手に持つリッパーが、白い月光を反射して、鋭い切っ先をキラリと光らせる。それは、罪を切り裂く凶器のように見えた。
「あなたの自転車も見させてもらったよ。普通さ、自転車のパンクって空気を入れるところが劣化して空気が抜けていくんだけど、あなたの自転車のタイヤは違った。釘でも踏んだみたいなパンクの仕方だった。しかもタイヤが地面に設置する麺じゃなくて、側面がパンクしていた。普通に走ってたんじゃどう頑張っても開かない穴だ」
ゆっくりと慎重に、リッパーの尖った先端に指の腹に当てる柘榴塚さん。
「釘よりこっちのほうが身近だったってことだね」
僕は思わず仰け反った。
「そんな。じゃあ夏高くんはリッパーで自分で何度も自転車をパンクさせてたってこと!?」
「だから、そう言ってるでしょ」
はぁっとこれ見よがしにため息をついた柘榴塚さんは、それからやれやれと首を振った。
「さっきはちょっと格好良かったのに。あれがピークだったのか」
「え?」
「夏高くんを庇ったでしょ」
「あ……」
途端、僕は顔が熱くなるのを感じた。カッと熱くなった顔を隠すように、飲んでいた緑茶のペットボトルを顔の前にかざす。
そうだ。さっき僕、夏高くんを守るためにパンクババア相手に取り引きしようとしたんだった。
ケーキをお孫さんに届ける、とかいって。
「あの、えっと、あれはそのぉ……」
尻つぼみに小さくなる僕の声。
あんなに勇気を振り絞ったのに、でもそのパンクババアは柘榴塚さんが化けたもので。
は、恥ずかしい!
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