第59話 告発
生徒会室に呼び出されたあの日からも、僕たちは相変わらず、銀ヒョロ捜しに邁進していた。
でも他の生徒たちは生徒会が出したお触れに恐れをなして、潮が引くように銀ヒョロ騒動から手を引いていた。
当然、目立つ。僕たちがクラブのない放課後に植え込みをかき分けているのを見て、すれ違う生徒たちが「まだやってるよ」「生徒会に目ぇ付けられるぞ」とひそひそ噂するのが聞こえてきた。
でも、僕たちは平気だ。
なんたってその生徒会のトップである篠原会長と秘密の不可侵条約を結んでいるんだから。
いわば裏の公認捜査官。刑事ドラマの主人公になったみたいな、無敵の気分だった。
「状況証拠も揃ったし、そろそろこっちから動こうか。そうしたら、事件は解体できるはずだ」
相変わらず校内の各所から餌みたいな粒状の物は発見されていて、それで柘榴塚さんが眼を輝かせて豊富を語るくらいには、事件は解決に向かっていたんだと思う。
「楽しみだよ。ワープロ専用機『CARAVAN』……ネジの一本まで思う存分分解してやる……!」
あ、結局それなんだね。
――だけど。真犯人が、そんな僕らを放っておくはずがなかった。
* * * *
その日の朝、登校した僕は、昇降口の異様な雰囲気に気付いた。
いつもの朝の爽やかな挨拶や笑い声はない。もっと粘着質で、まるで腐った果実に蠅が一斉に群がっているような、湿り気を帯びたざわめきがあったんだ。
なんだろう? また新聞部が変な記事でも張り出したのかな? 脅迫状の犯人もまだ特定できてないっていうのに懲りないなぁ。
上靴に履き替えながら、僕は呑気にそんなことを考えていた。けれど――。
「ウサギ解体だってよ」
「あんなビラが張り出されること自体が怖いわ」
通りすがりの男子生徒が吐き捨てたその単語を聞いた途端、心臓が、嫌な音を立てて跳ねた。全身の血管に、ざらざらした粒氷を流し込まれたような悪寒が走っていく。
ウサギ解体?
ちょっと待って。
それは、以前『図書室の王子様』こと木谷先輩が口を滑らせた、柘榴塚さんの過去の何かじゃないか。なんでその言葉を、ぜんぜん関係のない生徒が知っているんだ?
視線を走らせると、掲示板に人だかりが出来てる。
掲示板だ、掲示板に何かある!
僕は人垣をかき分けて掲示板の前へと走った。
そこにあったのは、悪意の塊だった。
『二ネン三クミ ザクロヅカクレロハ セイランデ ウサギヲカイタイシタ サイコパス』
『リッパーヲ ツネニ モチアルクオンナ、キリサキマ ザクロヅカクレロニ チュウイ!』
『ツギハ ダレヲ キリキザム?』
油性ペンのどぎつい赤色が、まるで滴る血のように目に焼き付く。それは、A4用紙一枚につき一つのメッセージを、定規を使って書かれたであろう直線的な赤い文字で書いた、気味の悪い掲示物だった。
脳が勝手にそのカタカナを意味のある文章へと変換してしまう。
『2年3組、柘榴塚くれろは、青蘭でウサギを解体したサイコパス』
『リッパーを常に持ち歩く女、切り裂き魔・柘榴塚くれろに注意!』
『次は誰を切り刻む?』
意味を理解し、思わず吐き気が出てくる。
「な……なんだよ、これっ!?」
喉からひきつった声が出た。
それは明らかに、柘榴塚さんを冒涜する、悪意ある張り紙だったんだ。
僕は反射的に張り紙に飛び付き、皆が見ている前で、爪を立てて剥がそうとした。ガムテープで四隅をしっかりと掲示板に貼られていたから剥がしづらくて、ガリッ、と紙が裂ける音がする。
この秘密は、こんなふうに暴露されるべきものじゃないんだ。もっとデリケートに明かされるものなんだ。
早く。早く隠さないと。柘榴塚さんの名誉が傷ついてしまう!
……だけど。
僕の背後から、ヒュッと小さく息を呑む音がした。
恐る恐る振り返る。
人垣のなかに、彼女はいた。
丸っこい瞳が、掲示板の赤い文字に縫い付けられている。
いつものぼさぼさショートヘア。小柄で、小学生みたいに華奢な女の子。いつもは無表情ながらもどこか余裕そうな表情をしているのに、今はその顔から一切の血の気が失せ、まるで蝋細工のように蒼白になっていた。
「ざ、柘榴塚さん」
僕は咄嗟に身体を動かして、彼女の視線を遮るように立ちはだかった。
「見ないほうがいいよ、こんなの」
けれど、僕のその行動は、火に油を注ぐ結果にしかならなかった。
僕が彼女の名前を呼んだことで、周囲にいた生徒たちが一斉に彼女に振り向いたのだ。
「柘榴塚……?」
「確かに青蘭常磐からの転校生だ」
「あいつがウサギを」
「生きたままバラバラにしたのか……?」
無数の視線。好奇、戦慄、悪意、そして純粋な恐怖。それらが鋭い矢となって、目の前の小さな身体に突き刺さる。
「おはよう、柘榴塚くれろさん」
凜とした、よく通る声がその場の空気を切り裂いた。
生徒たちがさっと道を空ける。
人だかりのなかから現れたのは、2本のお下げ髪にキリッとした美貌、きちんと着こなした制服の3年生――市議の娘の真藤清花先輩だった。
彼女は女王のように悠然と歩み寄ると、腕を組んで僕越しに柘榴塚さんを見下ろした。
「あなた、前の学校でウサギを殺してたのね」
「やめてください真藤先輩、これはデマです! いったい誰がこんなことを……」
僕が叫ぶと、真藤先輩は冷ややかな目で僕を一瞥し、フンと鼻を鳴らした。
「デマなもんですか。証拠はあるじゃないの」
彼女が掲示板の端を指さす。そこには、新聞の小さな切り抜きが貼られていた。
『青蘭常磐学園中等部にて飼育小屋のウサギが惨殺される』
『刃物でバラバラに解体』
『学園側は警察へ被害届を提出』
小さな文字の羅列が、頭を殴りつけてくる。
これは……新聞記事になっているってことは、ウサギ解体は、本当にあったこと……?
「ウサギをバラバラに殺して、青蘭に居られなくなって逃げてきたのね。そんな異常者が南中にいるなんて生理的に受け付けないわ。……ねぇ、これ以上私たちの学校を汚さないでくれる?」
真藤先輩の言葉に、周囲のざわめきが大きくなる。
「あいつ、マジで解体魔らしいぜ。家庭科クラブの奴が言ってた」
「次は人間を襲うかもしれない」
ひそひそと交わされる囁きに、柘榴塚さんは何も言わなかった。
ただ、スカートのポケットを――いつもリッパーを入れているあの場所を、骨が浮くほど強く握りしめていた。
彼女はくるりと踵を返した。
この世のすべてを拒絶するように、足早に歩いて行く。
「あら、逃げるの。反論もなし?」
勝ち誇ったような真藤先輩の声が背中に投げつけられる。
柘榴塚さんの肩がビクリと震えたが、彼女は振り返らなかった。
「……ッ!」
僕は真藤先輩を睨み付けた。先輩は涼しい顔で「なにか?」と見返してくる。
言い返したい言葉は山ほどあったけれど、今はそれどころじゃない。
僕は弾かれたように駆け出した。
「待って、柘榴塚さん! ねぇ……ねぇってば!」
彼女のあとを追う僕は、生徒の一団と行き交った。篠原生徒会長が率いている。彼は鋭い視線で僕たちを一瞥し、掲示板の方へと足早に向かっていった。たぶんあれは生徒会の関係で、無許可で張り出されたあの張り紙を剥がしに行くんだろう。
張り紙は剥がしてもらえる。
だけど、柘榴塚さんの受けた傷は、肉さえ見えるほどグロテスクに鮮やかな赤となっている。
朝の光のなか、僕の呼びかけに応えることなく歩く柘榴塚さんの背が、実際の距離以上に遠くて――。
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