第57話 もちつもたれつを期待する
質問の意図が分からなかったのだろう(僕も分からないけど)、篠原会長は低い声で柘榴塚さんを牽制した。
「……どういう意味だ、柘榴塚」
射抜くような鋭い視線が、真正面から彼女を捉える。
物理的にも精神的にも圧倒的な強者である生徒会長・篠原廉。彼に睨まれるだけで、普通の生徒なら萎縮して言葉を失うはずだ。現に僕はそうだし。
なのに、僕の名探偵さんは眉一つ動かさない。
小柄な彼女は、巨木のような会長を見上げ、涼やかな声で問いを重ねる。
「そのままの意味ですよ。会長さんは、お茶とか習ってるんですか?」
「……茶道ではなく、古武道を習っているが」
訝しげに答える会長。
ああ、そうか。柘榴塚さんは転校してきたばかりだから知らないんだ、2月の生徒会選挙の伝説の演説を。ステージ上で数人の柔道部員を次々と投げ飛ばした、あの衝撃的なパフォーマンスを。
「そうですか。古武道。……なるほど、それで納得です」
柘榴塚さんは得心がいったように頷くと、窓際の束ねられたカーテンを細い指先で指し示した。
「カーテンの締め方が『一文字結び』なのは――しかも余った紐を綺麗にからげているのは、袴の紐を結ぶときの癖なんですね」
「一文字結びって?」
僕が首を傾げると、彼女は自分の首のリボンあたりで指を動かし、空中に結び目を描いて見せた。
「男性が袴を穿くときに使う、代表的な紐の締め方だよ。女性は違う締め方をする場合が多い。余った紐をからげる、つまり端が垂れないように挟んで処理するのは、見た目の問題もあるけど、なにより古武道ならそこを相手に掴まれたりして危ないからだよ」
「へー……。よく知ってるなぁ、柘榴塚さんは」
感心する僕をよそに、彼女は鋭い視線を会長へと戻した。
「篠原会長。あなたは日常的に袴を穿く機会が多い。だからカーテンを束ねる際も、無意識に手慣れた『一文字結び』をしてしまうんですね。そこまではいいんです」
一拍、間を置く。その静寂が、これから放たれる言葉の重みを予感させた。
「――ですが。あなた、そこの新井さんとはどういう仲なんですか?」
その質問が放たれた瞬間、生徒会室の空気が凍りついた。いやもっと物理的に、気圧が下がったような錯覚すら覚えた。
篠原会長の眉が、ピクリと跳ねる。
常に冷静沈着、質実剛健を絵に描いたようなその表情に、ほんのわずかな、けれど決定的な亀裂が走ったんだ。
隣に立つ新井さんにも変化が訪れていた。ハッと息を呑んで、顔を赤らめて視線をつま先に落としている。
「……どういう仲とは、どういう意味だ」
会長の声は、地を這うような響きを含んでいた。威嚇だ。野生動物がテリトリーへの不審な侵入者を見つけたときの、警戒の唸り声に似ている。
「そうだよ柘榴塚さん、いきなりなにを言い出すの!」
僕は冷や汗が背中を伝うのを感じながら、絞り出すように言った。会長の殺気が肌に痛い。投げ飛ばされる。絶対に投げ飛ばされる! 柘榴塚さんを守らないと!
僕の気苦労も知らず、当の柘榴塚さんは涼しい顔で――まるで天気の話題でもするかのように肩をすくめた。
「……水間くんまで驚くことはないでしょ」
「いや驚くよ! ……ていうかあんまり刺激しちゃだめだよ、会長は武闘派なんだから」
彼女の耳元でこそこそと囁いた僕のツッコミなど意に介さず、彼女はリッパーのように鋭い視線を、一直線に新井さんへと突き込んだ。
「水間くんも見てたでしょ、新井さんが新聞部の部室で壁新聞を丸めたときの締め方が一文字結びだったのを」
「――えっ、そうなの?」
そうだっけ? まあ確かに、新井さんの手つきが妙にいいなとは思った記憶がある……けども。
「水間くんの反応が普通ではあるか。……いまが明治時代とかならいざ知らず、中学生が知ってて当たり前なロープワークじゃないからね」
そこで柘榴塚さんは、視線をゆっくりと、ねっとりと篠原会長へと戻した。
そこには、捕食者が獲物を追い詰めるような、残酷なまでに集中した静けさがあった。
「会長さんが新井さんに教えたんですか? 仲がいいですね」
「……それだけで、俺たちが付き合っているといいたいのか、君は」
図星を指された会長の目が、微かに泳いだ。武闘派会長の仮面の下にある、等身大の男子中学生の焦りだ。
その瞬間、僕は理解した。あ、この人、自分から白状しちゃってるよ。いきなり秘密を言い当てられて動揺したのかもしれない。
びっくりだけど、会長と新井さんは付き合ってるんだ。しかも、それを隠してる。
えー、そうなんだ。意外……。
それを見て、柘榴塚さんはやっぱり涼しい顔で肩をすくめたのだった。
「どっちでもいいですよ。私は事実と可能性を並べただけです。持ちつ持たれつって、新聞部の部長さんもいっていましたしね」
ああ、そういうことだったのか。間門部長の言葉が蘇る。あの部長、二人の関係を知った上で、うまく利用してたんだ……!
「なにが言いたい?」
「それを考えるのはあなたですよ、篠原会長」
柘榴塚さんはにっこりと笑った。可憐な少女の微笑みなんかではなく、交渉のテーブルで最強の手札を叩きつけるギャンブラーの笑みだ。
「ときに会長、ここにいる水間くんは、家庭科クラブのエースなんです。お喋り部門のね。そりゃもう弁舌爽やかで、例えるなら流れる春の小川のようですよ。一度口を開けば全ての人が彼の奏でる旋律に魅了されます」
「え? え?」
いきなり自分に話を振られ、僕は素っ頓狂な声を上げた。何を言い出すんだ、この人は?
戸惑う僕の脇腹を、柘榴塚さんが肘で強めにグリリと小突いてきた。『話を合わせろ』という無言の合図だ。
「え、あ……、う、うん。僕、お喋り得意……です!」
瞬間、篠原会長の殺人的な視線が僕に突き刺さった。ギラリ、と音がしそうなほどの眼光だ。
「ひぃっ……」
僕は身の危険を感じて縮こまった。怖い。本当に怖い。物理的に投げられる未来が見える! いや刺されるよりは投げられるほうがマシなのか?
そんな僕の隣で、柘榴塚さんが悪魔のように薄く笑った。
「さて……新聞部との持ちつ持たれつってやつを、私たちにも適用してもいいんじゃないかなって思うんですけどね」
篠原会長の視線が柘榴塚さんに移ったので、僕はほっと胸をなで下ろした。ほんと、寿命が縮む。しかし柘榴塚さんはよく平気な顔して会長の視線を受けられるもんだな。……ていうか、全然気にしてない感じだし。
張り詰めた沈黙が、数秒間、部屋を支配した。
やがて。
会長の肩から力が抜けたのが分かった。観念したのだ。
「……いいだろう。今回は大目に見る。その代わり、俺たちのことは他言無用に願う」
日本刀の切っ先を突きつけられていたような緊張感が消え、代わりに木刀で防御を固められたような、そんな守りの気配を感じた。
会長の隣では、新井さんがリンゴのように顔を赤らめて俯いている……。
「それはお安いご用ですよ。私は口が堅いですから。水間くんもそれでいい?」
「え、うん。言っちゃ駄目なことはさすがに言わないよ……命が惜しいし」
言いながら、僕はなんとか事情を整理しようと頭を働かせていた。
えっと。つまり、会長と新井さんが付き合っているのは確定として、二人はそれを隠していて……。柘榴塚さんはそれをバラすぞって脅したってことか。
えええええ。なんか、柘榴塚さん……やってることが……悪役……っぽくない……?
そして僕もそれに加担させられてるっていう……!
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