第55話 生徒会室に呼び出される
真藤先輩と校長先生に遭遇したあの日から、数日が過ぎた。
その間学校生活で起きた変化といえば、生徒会から全校生徒に向けて『銀ヒョロ捜索禁止令』という、異例の通達が出されたくらいである。
理由は『校内の秩序維持のため』というお堅い建前だが、裏で校長先生の意向が働いているんじゃないかと僕は疑っていた。
大人はいつだって、都合の悪いものには蓋をして終わらせようとするからね。
けれど、僕と柘榴塚さんは止まらなかった。
柘榴塚さんは言った――「あの庭にあった段ボールと同じものが校内にないか調べる」と。
そう。捜しているのは銀ヒョロじゃなくて、あの箱だったんだ。それなら『銀ヒョロ捜索禁止令』には抵触しないでしょ? という、言い訳である。
その結果。箱は見つからなかったけれど、代わりに面白いものが発見された。
中庭の植え込みの陰、体育倉庫裏の雑草の中、校舎の壁沿いの死角……。
人目につかない数カ所に、茶色い粒状の固形物が、一握りほど直置きされていたのだ。
見た目はドッグフードに近い。鼻を近づけてみると、なんだか脂っぽい匂いがした。この匂いには覚えがある。あの箱の甘い匂いの中に隠れていた、微かな匂いだ。
「……食べられた形跡があるね」
柘榴塚さんは粒をつまみ上げ、冷静に分析していた。
誰かが、何かに餌を与えている。
あの段ボールが真藤家の庭にあったことを考えれば、この餌も真藤先輩か、その関係者が用意したものだろう。
その事実に気づいた瞬間、背筋がぞわりとした。
つまり、未確認神獣・銀ヒョロは、この学校に棲み着いているのだ。
時を同じくして、「銀ヒョロを見た」という噂も聞き込みで増えてきた。
目撃証言を集めると、新井さんが描いたあのヘタウマなイラスト――銀色でヒョロッとした、長細い猫のような姿――は、意外にも特徴を捉えていたらしいことが分かってきた。
柘榴塚さんのいったとおり、パズルのピースは集まりつつある。あとは、それを組み上げるだけ。
そう思っていた矢先のことだった。
昼休み、教室でそれぞれお弁当を広げていた僕たちの頭上に、校内放送のチャイムが鳴り響いたんだ。
『2年3組、水間直翔さん、柘榴塚くれろさん。今すぐ生徒会執行部にお越しください。繰り返します――』
スピーカーから流れてきたのは、よく通る、凛とした男子生徒の声だった。
この声には聞き覚えがある。生徒会長の声だ。
教室中の視線が一斉に僕たちに突き刺さり、ざわめきが波のように広がる。
僕は箸を止めて、教卓前の席で弁当を食べている柘榴塚さんの背に視線を送った。彼女は振り返る――リンゴの切れ端を齧っているのが可愛い。
視線だけで会話が成立する。
『うわ……呼び出されちゃったね……』
『まあ、想定内だよ』
柘榴塚さんの無言の言葉の通りだった。禁止令を無視して嗅ぎ回っていたのだから、遅かれ早かれこうなっていたんだろう。
だけど、まさか生徒会長から直々のお呼び出しとはね……!
僕たちは食べかけのお弁当をしまうと、ざわめきながら僕らを送り出す教室をあとにした。
* * * *
特別棟の4階。
重厚な木の扉に、『生徒会執行部』と書かれた札が掲げられている。
気が重い。
ただでさえここを開けるのは勇気がいるっていうのに、これからお叱りを受けるっていうんだからなおのことだ。
僕が躊躇していると、隣の柘榴塚さんは肩をすくめ、何の迷いもなくドアをノックした。
応答があり、ドアノブを回して中に足を踏み入れる。彼女には緊張という感情は実装されていないらしい。
部屋に入ると、むずがゆいような張り詰めた空気が肌を刺した。
締め切ったカーテンの前に、二人の人物がいた。
一人は、うなだれる新聞部の新井さん。あぁ、彼女まで呼び出されていたのか。まあ捏造記事を書いた張本人ではあるもんね。
そしてもう一人は、彼女を見下ろすように立っている、生徒会長の篠原廉先輩だった。
整った顔立ちのイケメンだが、その瞳はカミソリのように鋭い。
彼はただの優等生ではない。今年二月の生徒会選挙で、古武術の演舞を披露し、襲いかかる柔道部員5人を瞬く間に投げ飛ばした伝説の武闘派なんだ。
つまり、言葉で負けなくても物理で負ける可能性があるってわけ。
「水間と、柘榴塚だな?」
篠原会長は僕たちを一瞥すると、シャッと背後のカーテンを開け放った。
昼下がりの強い日差しが部屋に差し込む。
眩しさに目を細める僕たちの前で、会長は手際よくカーテンをまとめ上げると、タッセル代わりの太いロープを、キュッ、と力強く縛り上げた。これから始まる尋問のための逃げ場のない舞台作りのように、その手つきには一切の無駄も淀みもない。
「……君たち。なぜここに呼ばれたのか、分かっているな?」
会長がゆっくりと振り返り、逆光を背負ったその姿が、黒い影となって僕たちに覆い被さってきた。
「ええと、その……」
僕は思わず、篠原会長の鋭い視線から目を逸らした。心当たりはちゃんとある。けど、それを認めるのは怖い……。
すると、新井さんが慌てて会長にすがりついた。
「待ってください会長! さっきも言いましたけど、水間さんたちは私たち新聞部の依頼で動いていただけなんです! 全部私の責任で――」
「新井は黙っていろ。今はこいつらと話している」
会長は静かに、しかし絶対的な響きを持って言い放った。新井さんは黙ってビクリと身を竦める。
「……さて。申し開きを聞こうか、水間、柘榴塚」
「分かりません」
張り詰めた空気を、平坦な声が切り裂いた。
僕の隣で、小柄な名探偵が胸を張り、巨人を見上げるように会長を見据えていた。
「私たちは何も悪いことはしていません。あなたこそ、なんで権力を笠に着て私たちを呼び出したんですか? 納得できる理由を教えてください」
うわぁ。
僕は心の中で悲鳴を上げた。
相手はあの武闘派会長だよ? よくもまあ、そんなふてぶてしい態度が取れるもんだな!
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