第53話 市議さんの娘
僕はしどろもどろに名乗りを上げた。
「ぼ……僕は2年3組の水間直翔です。こっちは同じクラスの柘榴塚さん……柘榴塚くれろさんです」
「……ども」
柘榴塚さんがリッパーを段ボールに突き刺したまま、僕の斜め下でペコリと会釈した。リッパーを仕舞わないのは、肝が据わっているのか、空気が読めないのか。
「とにかくあなた、その段ボールから離れなさい。ゴミとはいえ、ウチの私物に勝手に触ることは許さないわよ」
「……」
柘榴塚さんは探るように真藤先輩を見上げていたけど、それでも段ボールからリッパーを引っ込めて立ち上がる。
真藤先輩は腕を組み、仁王立ちで僕たちを威嚇し続けていた。その姿は、竹林の番人か、あるいは刑の宣告をする女王のようだった。
「今すぐここから出て行きなさい。そうすれば、今回は見逃してあげるわ」
「それは困りますね。これでも私たちは、新聞部の依頼で調査中の身なので」
柘榴塚さんが慎重に言い返した。手にしたリッパーの切っ先がキラリと光る。
僕は慌てた。
もう、なにいってるんだ柘榴塚さんは! この家の人に見つかっちゃったんだから、とっとと逃げるに限るでしょ!
「すみません先輩、すぐ出て行きますから――」
「調査? まさかあなたたち、あのふざけた新聞記事のことでここに来てたの?」
僕のフォローを遮って、真藤先輩の声がワントーン低くなった。
「そうです。あの記事のこと、ご存じなんですね?」
柘榴塚さんの言葉に、吐き捨てるように先輩は頷いた。
「ええ、見たわよ。まったくくだらない。あんなデマカセ記事、教育上よくない――いえ、有害だわ」
その美しい顔には軽蔑の色が浮かんでいる。
だが、僕の名探偵さんはそんなことには動じない。リッパーの切っ先で、足元の段ボール箱をピシッと指し示したんだ。
「デマカセ、ですか。では、これはなんです?」
みかん箱ほどの大きさ、側面にはトンネルのような丸い穴。そしてガムテープで厳重に封印された蓋。中からは甘い匂いが漂っている。
どう見ても、なにかの小屋か、あるいはなにかを誘い込んで捕獲するための罠――。
「もしかして先輩。あなたは銀ヒョロを捕まえようとして、この箱を仕掛けたんじゃないですか? もしくは、すでに銀ヒョロを捕まえて、ここで飼育しているとか」
「はぁ? そんなわけないでしょ!」
真藤先輩の白い頬がカッと朱に染まった。
それは単なる怒りか、それとも図星を突かれた焦りか……僕には分からない。
っていうか、僕もここに来てようやく悟ったんだけど。真藤先輩……、なにか隠してる?
「なんで私がその銀ヒョロとかいうのを捕まえなきゃいけないのよ!」
「見たら幸運になるっていうじゃないですか。幸運、欲しくないですか?」
「そんなの捏造だわ。動物を見たくらいで幸せになんかなるもんですか。くだらない!」
激昂する先輩に、柘榴塚さんは冷静な眼差しで切り込んだ。
「では、この段ボールを私にください。重要な証拠になりそうなんです」
「……っ、そ、それは」
一瞬、先輩の言葉が詰まった。視線が泳ぎ、エプロンの裾を握りしめる。
「駄目よ」
「なんでです? ただのゴミなんですよね?」
「ゴミにだって所有権はあるの。それはウチのものよ。弟が野良猫にでも餌をあげてるんじゃないの? 無理矢理とったら弟が可哀想だわ」
「……これ、野良猫用の餌じゃないですよ」
柘榴塚さんはしゃがみ込み、再び段ボールに鼻を近づけた。スン、と小さく鼻を鳴らす。
「……甘い匂いがする。ナッツを砂糖で煮詰めたような匂い……あと強烈な脂の匂いも。……猫が好む匂いではありません」
「知らないわよそんなの。そういうのが好きな猫がいるかもしれないでしょ!」
真藤先輩の声が裏返った。明らかに動揺している。
そうだ、僕は遅まきながら確信した。この箱の中身は、絶対にただの猫の餌なんかじゃない。たぶん、銀ヒョロ用の……罠! 真藤先輩は銀ヒョロを捕まえようとしているんだ。そして、それを隠そうとしている……!
「とにかく! 今すぐ私の家の敷地から出て行きなさい! さもないと校長を呼ぶわよ」
先輩は鬼のような形相で僕たちを睨みつけ、最後通告を突きつけた。
おっと、まずい。これは本当にまずいぞ。
「行こうよ、柘榴塚さん」
僕は彼女のブレザーの袖を必死に引っ張った。
「校長先生を呼ばれたら大変だよ。ここが退き時だって。僕たち、完全に不法侵入なんだから!」
「校長先生にバレて、叱られるのは先輩の方かもしれませんね」
けれども彼女は、袖を引く僕の力に逆らい、リッパーを構えたまま一歩も引かなかった。真実を暴くまでその丸っこい瞳を決して真藤先輩から外さない――そんな気迫すら感じる。
「だって、これは――」
彼女が核心に触れようとした、その時だった。
「こらぁっ! そこで何をしている!!」
野太く、そして腹の底に響くような怒声が、僕たちの背後――学校側の生け垣の向こうからしてきた。
一瞬にして暴れ出す心臓のままに振り返った僕の視界に入ってきたのは、生け垣越しに仁王立ちする誰かの気配だった。
……いや、ちょっと待って。マジで?
濃い生け垣の葉の向こうに透けて見るのは。
仕立ての良いスーツに身を包んで、腕組みをしてこちらを睨み付けた――南ヶ丘中学校の校長、鶴木慶介先生じゃないか?
終わった。
よりにもよって、壁新聞を剥がし、新聞部を叱責した張本人に見つかるなんて。
僕の脳裏に『停学』『親呼び出し』『内申点』という単語が走馬灯のように駆け巡った。
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