第50話 時系列の整理
柘榴塚さんは、新井さんが丸めた壁新聞の筒を一瞥してから、間門部長が広げた大学ノートに向き直った。
部長が描いた地図は、なんというか、非常に大らかだった。
『校舎』『グラウンド』『道』『森』『デカい家』。適当な四角と円のなかにそんな文字がある。だが特徴を捉えていて、それがどこの何なのかはよく分かるという、不思議な地図だった。
「お借りします」
部長から借りたシャーペンを、柘榴塚さんがカチリと鳴らす。
「銀ヒョロが移動したのは、こうですね」
言いながら、柘榴塚さんは特別棟へと抜ける渡り廊下から『森』に、さっと迷いのない矢印を引いた。
新井さんがコクコクと頷くのを確認し、彼女はページの下半分に新たな線を引く。
それは、日付、時間という項目の入った、状況を整理するための表だった。
「では、新井さん。銀ヒョロの記事を書いたのは、私が取材を断った3日前、ということでいいですね?」
「はい」
「……しかし、筆が早いですね。いくら捏造記事とはいえ、たった一日で書き上げるだなんて」
「私、ネタが降りてきたら一気に書いちゃうタイプだから……」
謙遜して頬をかく新井さんの横で、部長がニカっと笑って親指を立てる。
「しかもクオリティが凄くて、校正の手間いらずだったわ。ほんと、扇動的な記事を書かせたら右に出る者はいないわね」
「いいんですかね、その才能が新聞部にいて……」
思わず漏れた僕のツッコミに、新井さんは「えへへ」と照れ笑いした。
褒めてないからね? いや新井さん、ちょっと可愛い笑顔だったけども。
「壁新聞を掲示板に貼りだしたのは?」
「2日前の放課後よ」
間門部長が即答する。
「一日で一面を完成させて、インクも乾かないうちに生徒会執行部に殴り込んで掲示許可印をもぎ取って、その足で貼りだしたの」
柘榴塚さんは「なるほど」と呟きながら、ノートにサラサラと文字を走らせていく。
――その字が。
なんというか、反則級に可愛かった。
冷徹な推理、鋭い観察眼、そして解体癖。そんな彼女が書く文字は、角のない、ふんわりとした丸文字なのだ。しかも漢字を書くのが面倒なのか、ひらがなで書いている箇所が多い。このギャップはずるい。シチュエーションも忘れて、僕はその丸っこい『きょうはくじょう』の文字にときめいてしまった。
「脅迫状が来たのはいつでしたっけ?」
「昨日の放課後よ。昇降口の奥にある『たれ込みポスト』に入っていたわ」
「たれ込みポスト? なんですか、それは」
柘榴塚さんがシャーペンの動きを止め、部長の顔を見た。
「正式には『新聞部ご意見ポスト』ね。匿名で投稿できる、ジャーナリズムの輝かしき弓矢よ」
まあ、柘榴塚さんが知らないのも無理はない。あのポストのことは僕も知ってるけど、学校自体になれないと分からないくらいひっそりした場所にあるからなぁ。
「学校から帰るときにたれ込みポストをチェックするのが私のルーティーンでね。それで発見したの」
柘榴塚さんは頷き、ノートにメモを追加していく。
「校長先生が壁新聞を剥がして持ってきたのは、昼休みが始まってすぐ。でしたね」
「そうそう。新井があなたを連れてくるのを待ってたら、いきない顔を真っ赤にした校長が怒鳴り込んできてね……。さすがにビックリしたわ。銀ヒョロの記事がよっぽどお気に召さなかったのね」
まあ、かなり煽ってる記事だからね。学校側からしたら問題大ありだろうね。
とはいえ、そんなにカンカンになるほどのことでもないような気もするけど……。
「……ふむ。こんなところかな」
柘榴塚さんがふぅ、と息を吐き、シャーペンを置いた。
ノートの上には、ひらがな混じりの可愛い文字で事件の骨格が浮かび上がっていた。
・3日前:取材きょひ&銀ヒョロ目げき、記事しっぴつ
・2日前:かべ新聞けいじ
・1日前:放課ご、たれ込みポストにきょうはくじょうが入っていた
・今日:昼、校長がげきどしてかべ新聞をはがして新聞部に乗り込んでくる
「ありがとう、二人とも。大体把握しました」
柘榴塚さんは顎に手を当て、完成した年表を冷ややかに見下ろした。
トントン、と芯を引っ込めたシャーペンの先で、ある一点を叩いている。それは、『今日』の項目だった。
「校長先生の行動に違和感がありますね。もし壁新聞の内容そのものが教育上けしからんと言うのなら、掲示された2日前の時点で剥がしてもいいはずです。なぜ、丸一日放置したんでしょう?」
「……確かに」
僕はうなるように頷いた。
いわれてみればそうだ。校長先生は毎朝校門に立っているし、掲示板の前も通るはずだから、今日の昼間で壁新聞を目にしていないなんてことはないだろう。
「……まるで、脅迫状が来たことを知って、それから慌てて行動したように見えます」
「校長先生が後追いで行動したってこと……?」
僕の呟きに、柘榴塚さんは肩をすくめた。
「そう見えるってだけ。でも、このタイムラグは奇妙だよ。まるで誰かが校長先生の背中を蹴飛ばしたみたいだ。そういえば、脅迫状が来たことは、先生方には報告したんですか?」
「誰にもいってないわ。新聞部だけの特ダネよ」
「……ということは、校長先生も脅迫状のことは知らない……ってことかな。それにしては言動が一致しすぎてるけど……」
部長が目をキラキラさせて身を乗り出した。
「……私、校長先生が脅迫状の差出人かもって疑ってるんだけど。名探偵の見解はどう?」
「校長先生が犯人なら、まどろっこしい脅迫状なんて出さないと思いますね。実際、今日やったみたいに、物理的に剥がして怒鳴り込んでくれば済む話ですから」
「うーん、残念。校長が黒幕の方が記事としては面白いのに」
不満げに唇を尖らせる部長。
その時、昼休みの終わりを告げる予鈴が校舎に響き渡った。
「……あ。お昼、食べ損なった……」
チャイムの余韻の中で、柘榴塚さんがぽつりと漏らした。
さっきまでの名探偵の顔はどこへやら。そこには空腹を憂う女子中学生の顔があった。
「悪かったわね。このノート、事件の参考資料として持って行っていいわよ」
部長が差し出したノートを、しかし柘榴塚さんは手で制した。
「いえ、頭に入ったので大丈夫です」
なんて格好いいお断り。
でも僕にはそんな特殊能力ないからね。
「僕、写真撮っていいですか? 助手として記録しておかないといけないんで」
慌ててスマホを取り出し、丸文字のメモと豪快な地図をパシャリと収める。
よし、これでいつでも柘榴塚さんの可愛い字が見返せるぞ。……いや、捜査のためだよ?
部長と新井さんを残して新聞部の部室を出ると、特別棟3階の廊下は自分の教室に戻ろうという生徒たちでざわめいていた。
僕たちはその流れに乗って歩き出す。
「ねえ、柘榴塚さん。犯人は分かった?」
僕はスマホの画面でさっきのメモを拡大しながら聞いた。
うーん、やっぱり『きょうはくじょう』より『げきど』の書き文字のほうが可愛いかな。
「さすがにそこまでは。でも、なんとなく見えてくるものはあるかな」
「え、なになに?」
さっきの話し合いだけで、そこまで?
だけど、柘榴塚さんはそれには答えず、ぐぅーっと背伸びをして、大きなあくびを一つした。
「ふあぁ……。とりあえず、お腹減った。胃袋に燃料がないと、脳みその歯車も回らないや」
あくびで涙目になった彼女は、完全にオフの顔をしている。さっきまでの鋭い横顔とのギャップに、僕はまた少しやられてしまう。
「じゃあさ、五時間目の休み時間に、一緒にお弁当食べよっか」
と僕は声をかけてみる。
……この機会に一緒にご飯を食べるのもいいよね? 彼女はいつも一人っきりで弁当を食べるから気になってたし。
「……そうだね。ワープロ専用機のためにも、エネルギー補給しないといけないしな……」
気のない返事だけど、拒絶はされていない。なんだかんだで、僕たちは相棒として機能し始めているんだと嬉しくなる。
こんな気の抜けたあくびをする小柄な女の子が、あとあと学校中を巻き込む大騒動の中心に立つことになるなんて。
そんなこと、小さな幸せに胸を躍らせる僕には想像もつかなかった。
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