第48話 銀ヒョロの目撃者
「では早速、事件の解体にかかります」
その瞳からは先ほどの熱狂は消え、代わりにメスのように冷徹な光が宿っている。……早いところ謎を解いて報酬が欲しいんだな、これは。
「脅迫状は見たし、当該壁新聞をもういちど確認したいんですが」
「お安いご用よ。新井」
「はい、部長」
ということで柘榴塚さん愛しのワープロ専用機『CARAVAN』がロッカーにしまわれたあと、間門部長の指示で、いくぶんか顔色のよくなってきた新井さんが壁際の段ボールから丸められた模造紙を取り出した。……もしかしたら探偵が仕事を受けたというのは、彼女の精神衛生上に良好に作用したのかもしれない。
バサリ、と乾いた音を立てて大机に広げられたのは、校長先生によって剥がされたという銀ヒョロ特大号だ。
「これが問題の記事よ」
間門部長が指さす先には、今朝と同じように、大見出しで『目撃! 未確認神獣 銀ヒョロ!』の文字が踊っている。
こうして改めて見ると、記事の熱量は異様だった。文字のサイズ、配置、そして畳みかけるような文体。内容の真偽はともかく、読んだ人間の不安と好奇心を同時にあおり立てるようなリズムがある。
「書いたのは新井。いい記事よ。脅迫犯の心臓を正確にぶっ刺すんだからね」
部長は面白がるように口角を上げるが、その目は笑っていなかった。
大机に広げられた壁新聞の大きさはかなり大きい。大机をすっぽり隠してしまうくらいだ。その3分の2が『銀ヒョロ』の記事で、かなりの特ダネ扱いされていることが分かる。……その実、これは名探偵への取材ができなかったことの穴埋め記事なんだけどね。
「……これは銀ヒョロの想像図ですね。これを描いたのは誰です?」
広げられた紙面の左下、ひときわ異彩を放つイラストに、柘榴塚さんの指が止まった。
生物学的な分類を拒絶するような奇妙な生き物――細長い胴体は蛇のようだが、毛羽立ったような線で体毛が表現されている。短い四肢が不自然な位置から生え、顔の位置には点のような目があるだけ。
正直、生理的な不安を誘う絵だった。
「私です」
新井さんが、おずおずと手を挙げた。やつれた顔には、それでも奇妙な自信が張り付いている。この絵に自信があるらしい。
「私、見たんです。目の前をターッって走り去って、一瞬で物陰に消えちゃいましたけど……」
手のひらを30センチほどの間隔を開けて、大きさを表現する新井さん。
「これくらいの大きさで、猫よりずっと細長くて、銀色に光る毛並みでした。それで私、これはもう銀ヒョロだ! って閃いて」
どうやら『銀ヒョロ』という名称も新井さんが付けたらしい。
「……その一瞬の目撃だけで、これだけの記事を書いたの?」
柘榴塚さんが記事のテキスト部分を指先でなぞる。『告白成功』『テスト的中』といった胡散臭い体験談が並ぶエリアだ。
「はい。これだ! って直感したんです。穴埋め記事にはこれしかないって。でもただの動物じゃ味気ないからこの生き物を神獣っていうことにしよう。そう思った瞬間、頭の中に言葉が溢れてきて……体験談も、それっぽいのがあったら引き立つなって、全部想像で書きました」
「想像だけでここまで書けるとは……」
想像って言うかもうそれは妄想だよ。
僕が呆れて呟くと、間門部長が満足げに腕を組んだ。
「新井はアジテーションの天才よ。事実かどうかよりも、人をどう動かすか、どう感情を揺さぶるかに特化している。新聞部としては宝だわ」
宝っていうか、それもう毒じゃないですか? フェイクニュースを作る才能があるってことなんだから。
自分の才能を部長に褒められて頬を染める新井さんを見て、僕は複雑な気分になる。
「……なるほど。まとめると、未確認神獣銀ヒョロとやらは捏造だけど、モデルになった小動物は本当にいるってことですね」
と、柘榴塚さんが総轄した。まあ、そういうことだ。猫とでも見間違えたんだろうか? でもどうしてそれでこんな不気味な脅迫状がくるまでになったんだろう。
「情報を整理しよう」
柘榴塚さんが、思考を整理するるように、指を一本一本立ていった。
「一、未確認神獣銀ヒョロという名称とその効能は、新井さんの捏造。二、モデルとなった銀色の小動物は実在し、新井さんはそれを目撃している」
彼女の視線が、壁新聞から新井さんの顔へと移るs。
「問題は、その捏造記事で、なんで脅迫犯が脅迫状を出したか、だ」
そうそう。それが問題なんだよね。
そしてそれを突き止めるのが、今回の柘榴塚さんの仕事ってわけだ。
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