第46話 脅迫状
本物の脅迫状を前にして、間門部長は薄い唇を三日月のように歪めて笑っていた。
「おっと、素手で触らないようにね。証拠品だから。といっても私たちには紙から指紋をとる科学捜査の真似事なんてできないけど……まぁ、一応ね」
その瞳には、窮地を楽しんでいるような底知れない余裕が漂っている。
僕たちは部長の忠告に従い、触らないように注意しながら机の上に置かれたそれを覗き込んだ。
三つ折りにしたペラペラのコピー用紙だが、そこに並んでいるのは新聞や雑誌から切り抜かれたであろう、大きさもフォントもバラバラな文字たちだった。明朝体、ゴシック体、太字、斜体……。まるで虫の死骸が並んでいるような、生理的な嫌悪感を催させる光景だ。
『銀ヒョロから手を引け。あれはお前たちの手に余る存在だ』
たったそれだけの文言。
けれど、それは物理的な質量を持った呪物の迫力を放っていた。
「……ずいぶん、アナクロな脅迫状ですね」
僕は詰めていた息を、肺の底からそっと吐きだした。
「今の時代に、わざわざ手作業でこれを作るなんて……。DMとかメールじゃないのが、かえって不気味です」
「デジタルの足跡がつくのを恐れたか、あるいは極度のSNS嫌いか」
柘榴塚さんが、脅迫状を冷めた目で検分しながらぼそりと呟いた。
そんな僕らの横に、ことり、と湯呑みが置かれた。まだ顔色の悪い新井さんがお茶を淹れてくれたんだ。湯気と共に漂う香りが、どこか焦げ臭いような渋みを帯びている。
新井さんが間門部長の隣に座るのを待って、部長は芝居がかった動作で肩をひょいとすくめた。
「なんにせよ、銀ヒョロを探されたら困る人間がいるのは確実よ」
部長はいいながら白い手袋をぬいだ。そして淹れられたばかりの熱そうな湯飲みを手に取り、お茶をすすって顔をしかめる。
「……うん、渋い。新井の淹れるお茶は渋くていいわ。そうそう、我ら新聞部に降りかかった受難はこれだけじゃないのよ。ついさっきだけど、校長先生から直々にお叱りを受けちゃったの」
「校長先生から?」
僕もお茶に口をつけようとして、慌てて手を引っ込めた。確かにこのお茶、というかもう湯呑みが焼けるように熱い。
「ついさっきの話よ。校長先生が剥がした壁新聞を持ってここに来たの。『いい加減なことを書き立てて南ヶ丘中学校の名を汚さないように!』ってわめきながらね」
部長は楽しげに、部室の壁際へと視線を流した。
そこには、丸められて段ボールに突っ込まれた模造紙があった。あれが剥がされた壁新聞だろう。
「まったく、アナログな脅迫状といい、校長先生からの圧力といい……。なにかあるわね、銀ヒョロは。盛り上がっちゃうわぁ」
熱々のお茶をすすりながら、部長の目は爛々と輝いている。
この人、完全にトラブルを楽しんでる……! さすがは新聞部部長、反骨精神の塊だ。
でも、脅迫状にプラスして校長先生の介入、か。……もしかして、この脅迫状を作ったのも校長先生だったりして。銀ヒョロなんてデマが中学校に広がるのは教育者として看過できないだろうし。いや、それじゃあさすがに底が浅すぎるか。
「銀ヒョロとやらを探られたくない誰かがいて、校長先生もお怒りなのは分かりました」
柘榴塚さんはいいながら湯呑みに指先だけ触れて、その熱さに指を引っ込めた。
「でも、それと私たちになんの関係があるんですか?」
ごもっとも、ごもっとも。
これは新聞部の不祥事であり、新聞部への脅迫だ。部外者である僕たちには関係がない。
「お願いします、柘榴塚さん!」
新井さんが、縋り付くように身を乗り出した。そのやつれた顔には必死な色が浮かんでいる。
「あなたの力が必要なんです。この脅迫状の差出人を、探し出してください!」
「自分でやればいい。権力や圧力に屈したくないんでしょう?」
氷のように冷たい柘榴塚さんの返答に、間門部長がお茶をすすりながらあっけらかんと応える。
「やりたいのは山々なんだけど、さすがに校長先生からイエローカードを貰っちゃうとねぇ。こっちも部活動だから、これ以上表立って動くと廃部にされちゃうのよ」
なんだ、結局権力には屈しちゃうのか。さっきの反骨精神はどこへ行ったんだ。せっかく格好良かったのに。
「お願いします、柘榴塚さんだけが頼りなんです……!」
新井さんの、クマを浮かべた瞳が潤んだ。
「私が書いた記事のせいでこんなことになっちゃって……私、責任を感じて眠れなくて……!」
「そんなの知らないよ。自分で書いた捏造記事の責任くらい、自分でとりなよ」
柘榴塚さんは、新井さんの涙にも一切動じなかった。
僕の名探偵さんは、興味のないことには動かないし、安請け合いもしない。
新井さんが責任を感じて眠れないのは可哀想だけど、僕の名探偵さんはこの事件には関わらないと決めたんだ。それなら、助手の僕もそのスタンスでいかなくっちゃね。
「柘榴塚さんは嫌だっていってるんです」
ようやく持てる温度になった湯呑みを手にとって、僕は口を挟んだ。
ずずっ、と一口すすると、まだ熱いお湯の向こうに、熱湯で無理矢理淹れたお茶特有の、舌が痺れるほどの苦い味が広がった。
「ていうか、新聞部が探偵に頼むなんて筋違いですよ。こんな脅迫状が来ました! って、それこそ記事にして戦えばいいじゃないですか。僕らを巻き込む前に、自分たちでやるべきことがあるはずです」
「……なるほど。我々からの依頼は断固拒否、と」
僕たちの拒絶に、部長は腕を組んだまま、まるで想定内だと言わんばかりにうんうんと頷く。
そしてにやりと口角を吊り上げた。
「噂通りね。でも噂通りなら……こっちにだって手がないわけじゃないのよ」
部長は組んでいた腕を解き、指をパチンと鳴らした。
「新井、例の物を」
「は、はい」
間門部長が芝居がかった仕草でパチンと指を鳴らすと、新井さんは立ち上がり、部室の奥にあるロッカーへと向かった。
その背中を見守りながら、部長が喉の奥でくつくつと笑っていた。
「『報酬があればどんな事件でもたちどころに解決する名探偵がいる』。そんな噂を洗ってみれば、そこにいたのはあなたってワケ」
「噂ってアテになりませんね。私、どんな事件でもたちどころに解決なんてしませんよ。そもそも私が報酬目当てで動くなんて、そんなこと――」
興味なさそうに熱々のお茶をすすりながら、柘榴塚さんは退屈そうに言いかけた。
だが。
ドンッ、と。新井さんが、机の上に重厚そうなそれを置いた瞬間。
柘榴塚さんの言葉が止まった。
けだるげだった丸っこい瞳が、カッと見開かれ、獲物を見つけた猛禽類のように鋭く収束していく。
新井さんが運んできたのは、新井さんが抱えて持てるほどの大きさの、取っ手のついた無骨な白い箱だったんだ。経年劣化による黄ばみは見られるものの、特に傷や落書きなどは見られず、保存状態は極めて良好に見える。
嫌な予感が僕の胸に広がった。
柘榴塚さんの様子を見るに、たぶんあれって『分解できるもの』だよね。
僕の名探偵さんは分解できるものにはめっぽう弱いんだよなぁ……!
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