第45話 新聞部へ
教室につくと、クラス中が壁新聞の話題でもちきりだった。
どうやら、けっこう銀ヒョロは目撃されているらしいんだよね。あるいは、友達がおかしな小動物を見たといっているのを聞いたことがある、とか話し合っている。
「俺、昨日の帰りに見たんだよ! 裏門の近くで銀色の何かが動くのをさ!」
「マジで? やっぱり銀ヒョロっているんだ!」
「捕まえようぜ。幸運の神獣なんだろ? 捕まえたらテストで満点取れるかも!」
男子たちは机を囲んで鼻息荒く捕獲計画を立てているし、女子たちは「見たら恋が叶うらしいよ」とロマンティックな噂話に花を咲かせている。
みんな、すっかり未確認神獣・銀ヒョロの虜になっていた。
どうやら銀ヒョロのすべてが新井さんの捏造ってわけでもないらしかった。
おそらく新井さんも、確かに銀色でヒョロっとした小動物を見たんだろう。それを元にして見たら願いが叶う神獣の話をでっち上げたんだ。嘘の上手なつきかたは、99の真実に1つの嘘を混ぜることだというし、そういう技術を使ったんだ。
……でも、あの記事は名探偵を取材できなかった新井さんが穴埋めに書いた記事だからね。僕はそれを知っているから、友人たちが和気藹々と銀ヒョロの話題で盛り上がるのを、どこか冷めた目で眺めていた。
嘘が独り歩きして真実みたいな顔をしているのは、なんだか居心地が悪い。こんなブーム、早く去らないかなぁ。
そして、昼休み。
まだ銀ヒョロの話題が尽きない教室に入ってきたのは……。
「柘榴塚さん、いますか?」
教室のざわめきが一瞬、水を打ったように静まりかえる。
真っ昼間から活動できる、新手の亡霊かと思った。
でも違う。入り口の引き戸に手をかけてよろよろ入ってきたのは、柘榴塚さんを追い回していたあの新井陽鞠さんだったんだ。
「あっ、また来たの?」
僕は友人たちとお弁当を広げようとしていた手を止め、思わず声を掛けた。
彼女の様子はおかしい――生気はすっかり失われ、髪はボサボサ、肌も血の気を失って蝋人形みたいに青白い、目の下には濃いクマと、すっかりやつれた姿だ。トレードマークみたいだったICレコーダーも持っていない。
数日前に「名探偵だという噂は本当ですか!」と元気いっぱいに突撃してきた彼女とはまるで別人のようだった。
それでも、新井さんは新井さんである。
彼女はしつこい上に平気で捏造記事を書くような記者魂の持ち主だ。銀ヒョロという捏造記事を書いた上で、まだ柘榴塚さんのことを諦めていないのかもしれない。
「もうっ、取材は受けないって言ったでしょ。穴埋め記事も大反響なんだし、それで満足しなよ」
僕は少し強めの口調で言うが、新井さんの虚ろな瞳は僕を捉えてはいなかった。
フラフラとした足取りで、吸い寄せられるように教卓前の席へ――柘榴塚さんの机へと歩み寄っていく。
柘榴塚さんは、ちょうど一人で弁当箱を広げようとしているところだった。彼女の机に、新井さんはすがるように両手をついた。
「取材じゃ……ないんです」
カサカサに乾いた声だった。
「助けてください。お願いします」
その言葉の響きには、演技ではない、切羽詰まった焦りが滲んでいた。
目の前で頭を下げられて、さすがに無視することもできなかったのだろう。柘榴塚さんは包みを開ける手を止めて新井さんの顔をのぞき込んだ。
「……なにかあったの?」
だけど、新井さんは力なく首を振った。
「ここじゃ、ちょっと。部室に来てください……」
新井さんは細かく震える指先で、自分の腕を抱きしめた。ただ事じゃない気配が漂う。
柘榴塚さんはふぅっと短く息を吐くと、お弁当の包みを通学リュックに入れ直した。
「……分かった。行こう」
「僕も行く!」
反射的に叫んで、僕は自分の弁当をサブバッグに突っ込んだ。
なんか訳ありみたいだし、僕はまだ警戒を解いてないし。柘榴塚さんが新聞部という敵地(?)に乗り込むというのなら、助手である僕がついていかないわけにはいかないからね。名探偵を変なトラブルから守るのも、助手の務めなんだ。
それに、新井さんのあの目。あれは、溺れる人が藁をも掴む目だ。なにがあったのか、気になる……。
* * * *
新井さんに連れられてやってきたのは、特別棟の三階にある新聞部の部室だった。
ドアを開けた瞬間、古紙とインクの匂いが混じり合った、独特の空気が鼻をついた。
そして、部室の中は狭いの一言だった。
いや、文化系の部室としては十分な広さがあるんだけど、とにかく物が多いんだ。
壁際には壁新聞のバックナンバーを丸めて束にしたものがたくさん立てかけられ、ガラス戸付きのスチール製本棚には資料が雪崩のように溢れかえっている。
そんな雑然とした空間の中央に、長机をいくつか繋げた大机があって、そこに一人の女子生徒が座っていた。
僕たちが入ってくると、彼女はゆったりとした動作で立ち上がり、長い黒髪をサラリと揺らして微笑んだ。その優雅な所作は、この埃っぽい部屋で異質なほどに輝いていた。
「新聞部にようこそ、探偵さん、助手くん。狭い上に散らかってるけど、これは伝統が降り積もってると思ってちょうだい。さ、座って座って」
理知的で、どこか食えない――そんな雰囲気を持つ三年生の女子だった。
彼女に促されるまま、僕と柘榴塚さんはパイプ椅子に腰を下ろした。新井さんはといえば、部室に入ったその足で、電気ポットの前に移動してお茶を準備し始めていた。手つきが危なっかしい。
3年生女子は再び椅子に座ると、組んだ腕の上で指を遊ばせながら僕たちを見据えてきた。
「ここには私と新井しかいないわ。他の部員には遠慮してもらったのよ。なにせ南中の名探偵との新聞部の密会ですからね」
「……」
柘榴塚さんは無言だ。警戒心を露わにした猫のように、じっと目の前の先輩を観察している。
「おっと、失礼。私は3年3組の間門葵よ。新聞部の部長を務めさせてもらっているわ」
「部長さん、ですか」
僕は納得して呟いた。
この貫禄、タダモノじゃないって思ったんだよな。
しかし、部長さんがわざわざ人払いをしてまで探偵と密会だって?
ただならぬ気配に、僕は思わず身を固くした。
「あの、いったいなんの用なんですか? 僕たち、お昼も食べずにここに来たんですが……」
「そうね。時間も限られているし、さっそく本題に入らせてもらうわ。腹ペコの探偵さんを待たせるのも悪いからね」
間門先輩はそう言うと、ブレザーのポケットをまさぐって白い綿手袋を引き出し、慣れた手つきで両手にはめた。
彼女はまるで猛毒の生物でも扱うような慎重さで、手元にあったクリアファイルのなかをあさって一通の茶封筒を取り出す。
それから慎重に一枚の便せんを引き抜いて、僕たちの前に広げた。
「っ……」
それを見た瞬間、僕の喉が引きつった。心臓が早鐘を打ち始める。
隣で、柘榴塚さんが目を鋭く細めた気配があった。
それは、新聞や雑誌の活字を一文字ずつ切り抜いて歪に貼り合わせて作られた――あまりにも古典的で、それゆえに狂気を感じさせる、本物の脅迫状だったんだ。
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