第44話 銀ヒョロ壁新聞
美味しくて楽しかった調理実習から、数日が経ったある日のこと。
梅雨入り前の澄んだ空気が心地よい朝、僕はいつものように登校し、生徒昇降口へと足を踏み入れたんだけど。
靴箱が並ぶ薄暗い空間を抜けた先、廊下の掲示板の前に、見慣れた小柄な背中があった。
ぼさぼさのショートヘアに少し大きめの紺色のブレザー。――柘榴塚さんだ。彼女は掲示板に貼り出された模造紙をじっと見上げていた。
「おはよ、柘榴塚さん」
「……」
声を掛けて隣に並ぶと、彼女はちらりとこちらを一瞥しただけで、すぐに視線を掲示板に戻した。まあ、挨拶が返ってこないのはいつものことだ。
だから僕もつられて、彼女が見ているものを仰ぎ見た。
それは、手書きのマジック文字も生々しい『新聞部・特大号!』なる壁新聞だった。
そう、新聞部はこうやって月一で壁新聞を発行してるんだ。スマホが普及しているこの時代に、あえてのアナログ壁新聞を! 新聞部はそうやって、彼らの伝統を守り続けているのかもしれない。
南中の名探偵・柘榴塚くれろへの取材を断られた新井さんが代わりにひねり出した起死回生の記事って、いったいどんなものだろう。
興味深くその一面トップ記事の見出しを見たんだけど、あやうく僕は吹き出しそうになった。
『目撃! 未確認神獣・銀ヒョロ!』
極太のマジックで書かれたその文字が、紙面の上でおどろおどろしく躍っていたんだ。
『近ごろ、南ヶ丘中学で出没している謎の神獣を、当部の記者が目撃!』
記事は、そんな興奮気味な書き出しで始まり、同じようなテンションでそのあとも続いていた。
なんでもその生き物は、全身が銀色の体毛で覆われた、可愛らしくもどこか荘厳な雰囲気を漂わせる、ヒョロッとした細長い神獣なんだそうだ。
しかも、ただの未確認生物(UMA)ではない。目撃した者には幸福が訪れるというオマケ付きだ。だから神獣なんだって。
記事の横には、証言者のインタビューまで掲載されている。
『神獣様を見たおかげで、告白が成功しました!』
『テストのヤマがピタリと当たりました。これって神獣様のおかげですよね』
『神獣様のおかげでレギュラーになれました!』
うーん、イニシャルすらない匿名体験談……。ネットによくある、「このサプリを飲んだら20キロ体重が減りました!」とかいう広告と同じような、捏造の匂いがプンプンする。
長々とした銀ヒョロの生態予想(宇宙から来た説、古代生物の生き残り説など)が続き、記事はこう締めくくられていた。
『未確認神獣・銀ヒョロとはなんなのか。当部は、このありがたくも魅力的なUMAの謎を必ずや解明すべく、徹底した取材を試みることを決定。その成果は、次号を待て!』
そんな煽りに煽りまくる本文だけど、記事の端にこぢんまりと描かれたイラストが、なんだか気が抜けていて可愛かった。
銀ヒョロの想像図らしいそれは、ふさふさと毛が生えたミミズに短い手足を付けたというか、胴を無理矢理引き延ばした猫というか……。幼稚園くらいの子供が描いたような、絶妙に下手うまな絵だったんだ。
「……銀ヒョロだって」
半笑いしながら、僕は呟いた。
神獣にしては名前の間が抜けすぎてる。記事によれば、銀色でヒョロっとしているから記事の筆者(新井さん)が『銀ヒョロ』と名付けたらしいんだけど、ひねりも何もないストレートな命名だ。
「大した穴埋め記事だね。いろいろ考えるもんだ」
隣で、柘榴塚さんが呆れ果てたように呟いた。その丸っこい瞳には、冷ややかな色が宿っている。
「そうだね、穴埋めにしてはよくできてるかも。でも銀ヒョロなんて初めて知ったよ」
そんなUMAなんてこれまで一回も聞いたことがないし、これは新井さんの捏造なんだろう。
柘榴塚さんは肩をすくめて、口の端を皮肉げに吊り上げた。
「せっかくの神獣の御利益だけど、新井さんには効かなかったみたいだね」
「ああ……。柘榴塚さんのこと、記事にできなかったもんね」
記事によれば、銀ヒョロを見たら願いが叶うはずだ。新井さんはこの銀ヒョロを目撃したと記事に書いているのだから、新井さんの願い――『話題の名探偵への独占インタビュー』が叶っていないとおかしいってことになる。
でも現実は、取材拒否されてネタに困り、苦し紛れのUMA記事だ。
つまり、御利益なんて嘘っぱちってこと。
「ほんとに見たのかも怪しいけど。まあ、百歩譲って何かを見たとして……」
柘榴塚さんは興味なさそうに、視線を壁新聞から外して歩き出した。
「野良猫か何かだろう。目の錯覚でヒョロっと見えたんだよ」
「野良猫ねぇ。たったそれだけの見間違いを、ここまで大げさに書き立てられるのもある意味才能だよね」
新聞部員の想像力(妄想力?)に感心しながら、僕も彼女の後を追う。
たかが壁新聞の穴埋め記事。よくある学校の七不思議のひとつが増えただけ。
――そのときは、そう思っていた。
まさかこの記事が、南中全体を巻き込む大騒動の火種になるなんて。
そして、その火付け役である新井さん本人が、泣きついてくることになるだなんて。
このときの僕たちは、まだ知る由もなかった。
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