第42話 突撃取材!を受ける側
「柘榴塚さん! 名探偵って噂は本当なんですか!?」
放課後が始まって少し経った廊下を歩き、家庭科室の扉に手をかけた瞬間だった。
中から聞こえてきたのは、緩やかな部活の空気には似つかわしくない、詰問するような女子の声。
「……知らない。やめて、それ」
聞き慣れた、でもいつもよりずっと低く強張った柘榴塚さんの声が応えている。
僕は慌てて引き戸をガラリと開けた。
まったくもう! 油断も隙もないんだから。
帰りのホームルームが終わって友達に捕まって少し話をしてたらこれだよ。柘榴塚さんも、僕のこと待っててくれればいいのに……まあ彼女にそんなこと求めるのも無駄か。
家庭科室のなかでは、いつもの大机の傍らで、柘榴塚さんが迷惑そうに華奢な身体をのけぞらせているのが見えた。
彼女に詰め寄っているのは、柘榴塚さんに負けず劣らずな小柄な女子生徒だ。その手には、黒く無機質な長細い箱――ICレコーダーがあって、それがまるでエビフライを無理矢理食べさせようとするかのように柘榴塚さんの口元へと突きつけられている。
「でもそういう噂があるんです。数々の難事件を解決しているって! 火のない所に煙は立たないって言いますよね!?」
女子はICレコーダーをグイグイと押し付けながら、アナウンサーさながらのクッキリした口調でまくし立てていた。その瞳はまさに特ダネを前にした記者のようにらんらんと輝いていて、正直、僕は苛ついてしまう。
「だから知らないってば……」
「謙遜ですか? それとも秘密主義? 依頼人の情報は明かさないってやつ? かっこいい! ねえ、一言でいいですからお願いします!」
「ちょっと! クラブの時間まで来ないでよ!」
僕はずんずん歩いて行って、勢いのままICレコーダーの女子の肩に手を置いて、少し強引に――けれど指が食い込まないような絶妙な力加減で――柘榴塚さんから引き剥がした。
女子が「えっ」と驚いたようにこちらを振り向いた拍子に、耳の下で束ねた彼女の二つの髪の毛が揺れる。
彼女の名前は新井陽鞠。敬語を使うけど僕たちと同じ2年生で、なかなかに可愛い顔をした、新聞部の女の子だ。
この子が、ほんとに厄介で。
どこから漏れたのか、先週あたりから「南中に名探偵がいる」という噂が立ち始め、新聞部の彼女がICレコーダーを持って嗅ぎ回っているのだ。
取材取材とわめいて休み時間に来て迷惑してたんだけど、まさか安息の地である家庭科クラブにまで土足で踏み込んでくるとは……。常識がないにも程がある。
「今日は調理実習なの。これから食材も扱うし準備もしなきゃいけないから、部外者は出て行ってください」
僕がドアを指さし精一杯の剣幕で告げると、新井さんは肩をビクリと跳ねさせた。それでもICレコーダーは下ろさない。彼女なりの、芯というか、記者魂みたいなものがあるのかもしれない。
新井さんは、僕ではなく僕の背後にいる柘榴塚さんに向けて、縋り付くような視線を送った。
「お願いします、柘榴塚さん。明日が新聞の締切日なんです! 絶対、絶対、我が南中に名探偵がいるってスクープを取るって決めたんです。紙面のトップを飾らせてください!」
「知らない、知らない」
柘榴塚さんは顔を背け、しっしっと虫を追い払うように手を振る。
「そう言わずに! 匿名にしますから、なにとぞ――」
まだ食い下がるのか。この記者魂、方向性さえ間違っていなければ立派なんだけど。でもやってることが無理強いじゃね。
僕はため息を飲み込み、声を低くした。
「いい加減にして。嫌がってるのが分からない? これ以上しつこくするんなら、生徒会を通して正式に抗議するよ。あの生徒会長にガツンと言ってもらおうか?」
南ヶ丘中学校には、名物生徒会長がいる。
今年の二月の選挙演説で古武術の演武を披露し、襲いかかる柔道部員を舞台上で次々と宙に舞わせた、物理的に最強の男だ。いやほんと凄かったんだよ。体育館の舞台上でダーンダーンって5人くらい投げちゃったんだから。
あの武闘派生徒会長が、部活動の平穏を乱す輩に対してどんな指導をするか――想像するだけで背筋が寒くなる。まあ相手は女子だし、さすがに投げ飛ばしはしないだろうけども。でも怖いよね、物理的に。
「うっ……」
効果はてきめんだった。新井さんの顔色がサッと青ざめ、ICレコーダーを持つ手がピクリと震えた。
「で、でも。このままだと紙面に穴が空いちゃいます……」
新井さんは捨てられた小犬のように瞳をうるっとさせて、僕たちの哀れみを誘うけれど。
柘榴塚さんは冷徹だった。
「そんなの知らないよ。何か適当に穴埋め記事でも書けばいいんじゃない? 校庭の蟻の生態とかさ」
「蟻……。そんなの、南中の名探偵以上に魅力的な記事になるとは思えません……」
しょげかえるその姿に一瞬だけ同情が芽生えかけたけど、僕はすぐに首を振った。ここで甘い顔をすれば、また明日も来るに決まっている。
「はい、退場退場。もう二度と来ないでね」
僕は新井さんの背中を押し、家庭科室の出口へと誘導した。
新井さんは抵抗する力もなく、「名探偵……」「特ダネ……」「私のスクープ……」とうわ言のように呟きながら、廊下へと押し出されていった。
ピシャリ、と扉を閉める。
途端に、家庭科室に本来の賑やかさが戻ってきた。
それぞれ教室から集まってくる家庭科クラブ員たちのお喋りが耳に優しいし、調理台のステンレスボウルがこれから始まる楽しい調理実習を予感させて楽しいし。ようやく日常が帰ってきた感じだ。
「ふぅ……。ありがとう、水間くん」
背後から、心底安堵したような深いため息が聞こえた。
振り返ると、柘榴塚さんが大机に手をつき、ぐったりと肩を落としていた。
「どういたしまして。僕は君の助手だからね。探偵を守るのは、助手の重要な仕事だよ」
なんて、おどけていってみる。少しでも空気を軽くしたかったからだ。
「でもどこから事件のことが漏れたんだろうね?」
いいながら、記憶の糸を手繰り寄せた。
パンクババア事件、ソース盗難事件、図書室の王子様……。僕らが関わった事件はいくつかあるけれど、どれも真相は僕らしか知らないし、関係者が大々的に吹聴するような内容でもない。
菜月か? おしゃべりな元カノの顔が脳裏によぎる。でも、王子様の件に関しては、彼女だって秘密にしておきたいはずだし……。
「情報が漏れたというより、単なる噂話って感じだったよ」
柘榴塚さんは、どこか遠くを見るような目で呟いた。
「新井さんの口ぶりだと、詳細は出回ってなくて、でも何かがあったという空気感だけが伝言ゲームとして膨れ上がってるみたいだった」
「そっか。噂になっちゃってるってことかぁ……」
僕は腕を組み、ふと思いついたことを口にした。
「でもさ。確かに、新井さんじゃないけど、柘榴塚さんもそろそろ名探偵としてデビューしてもいい頃合いかもしれない。学校の有名人ってのも悪くないかもよ?」
それは半分冗談で、半分は本心だった。
彼女の推理力は本物だ。その鮮やかな事件解体の手際は、もっと評価されるべきだと思う。そりゃ事件には表沙汰にしたくない関係者がいるから、裏から裏に流れていく確立が高いんだけど……日陰に隠しておくにはあまりにも惜しい。
だけど。
僕の言葉を聞いた瞬間、柘榴塚さんの雰囲気が一変した。
彼女はバッと顔を上げたかと思うと、丸っこい瞳を限界まで鋭くして僕を睨みつけたのだ。
「冗談じゃない」
吐き捨てるような、鋭い拒絶だった。
いつものツンとした態度とは明らかに違う、意外なほどの暗い感情――その瞳の奥には、恐怖や嫌悪といったものが渦巻いているように見えた。
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