第40話 気になる、気になる
事件が終わったその日の夜、菜月からウッキウキのLINEが来た。
『木谷先輩の連絡先ゲット! 協力ありがとー!』
ウインクして親指を立てるクマのスタンプ付きだ。
木谷先輩、あのあとちゃんと菜月のことを待っていてくれたんだなぁ、とぼんやり思った。
『しかもしかも、あたしが小説書いてるっていったら、是非読みたいっていってくれたの! 読者も一人ゲットしちゃったよ。なんか恥ずかしいけど、これもくーちゃんと直翔のおかげ。ありがとう!』
とのことである。
柘榴塚さんに報酬渡すの忘れないでね、と返したのだが……。
菜月はメッセージの続きで気になることを送ってきた。
『でもさ、木谷先輩ってばくーちゃんのことばっか聞いてくるんだよね』
「彼女はいつもあんなに鋭いのか」とか「普段どんなミステリーを読んでいるのか」とか聞かれたらしい。
でも、その次に送られてきたスタンプは、目に炎を宿して拳を握りしめるクマだった。
『あたし、負けない! あたしだって文芸部なんだし、これからミステリー読みまくって話題合わせて、こっちを振り向かせてやるわ!』
そして連打される炎のスタンプ。……強い。そして頑張ろうね、菜月。名探偵はみんなで守ろう。
……とは思うものの、僕の心は違うことに――『ウサギ解体』のことに寄せられていた。
僕の知らない過去を知っている木谷先輩。ひるがえって、僕はまったく知らない。この差はデカい。しかし、言葉が不穏だよね。柘榴塚さんにはなんでも解体するという奇癖があるし、いろいろ想像してしまう。
やっぱり、気になるよなぁ……。
それから数日後の、家庭科クラブで。
いつものように家庭科室の大テーブルの角で向かい合って座った柘榴塚さんの前には、謎解きをしたときにはめていた白い手袋があった。今日はこれを分解するのだろう。
裁縫道具――というか分解道具(ハサミやリッパー(糸切りピック))を準備する柘榴塚さんを見ながら、僕はぼんやり考えている。
結局、数日経っても『ウサギ解体』については聞けないでいた。
無理矢理柘榴塚さんに聞いたら、今度こそ縁をスパッと切られてしまう、そんな危機感があったから。
柘榴塚さんはね、思ったより繊細なんだよ。少しでも強く出ると、ぷいっとそっぽ向いてどっかに逃げちゃうの。
じゃあ事情を知っている木谷先輩に聞くか? とも思うんだけど、それはそれで抵抗がある。柘榴塚さんを狙う人から聞くのは……なんていうか、僕にだってプライドはあるしね。
だから、当たり障りのないことしか彼女と話せなくて……。
「菜月から、報酬貰った?」
とか、そういう雑談でお茶を濁すしかない現実があるんだよな。
柘榴塚さんはこくんと頷いて、白い綿手袋の縫い目にリッパーの先を突き刺した。
「きのう、目覚まし時計を学校に持ってきてくれたよ」
彼女の言葉が、滑り台で流れてきた一握りの砂みたいに耳に入ってくる。別に聞きたいことじゃないのに、自動的に下まで落ちてくる感じ、というか。
「さっそく試してみたんだけど、確かにすごい爆音だった。火災報知器のベルだね、あれは。向こう三軒に聞こえたと思う。寝起きに聞いたら飛び起きるどころの騒ぎじゃないな」
「ふーん……」
滑り落ちてきた砂のような言葉は、受け止めるでもなく僕の耳に流れていく。
そんな僕に、彼女はちょっと眉根を寄せた。
「なに? なにかいいたいことがあるなら言ってよ」
「言いたいこと……?」
ウサギ解体って、なに。――その言葉が喉まで出かかる。
相変わらず、白くてふわふわの可愛い動物と、真っ赤な血のイメージは重なっていた。
前の学校でなにがあったの? もしかしてそのせいで南中に転校してきたの?
君は、ウサギを、解体したの?
――そう聞けたらいいんだけど、やっぱり僕にその勇気はない。
「もしかして、父のこといわなかったのを怒ってる?」
「へ?」
意外なことをいわれて、僕は目を瞬かせた。
彼女の父――、ミステリー作家・有永昌義。
そのことを教えられなかったから僕が怒ってる、って?
「そんなことないよ。お父さんの仕事はお父さんの仕事だし、そんな言いふらすようなことでもないだろうし……」
言いながら、靄が掛かったような頭に一つの可能性が浮かんでくる。
「あ、もしかして、前に映画の無料鑑賞券貰ったっていってたのって……」
以前、柘榴塚さんが誘ってくれた映画『嘘の話の続きをしよう』は、有永昌義の小説を映画化したものだ。
「うん。父が映画の試写会で監督さんからもらったんだよ。娘さんにどうぞって」
「すげー……」
世界が違うなぁ、と感心してしまう。柘榴塚さんってお嬢様なんだなぁ。
なんて思っていたら。
彼女は、少しうつむいて眩しそうに笑ったんだ。
「……いつもの水間くんだ、安心した」
細められた丸っこい瞳は楽しそうだし、長い睫毛は綺麗だし。形の良い口角が上がって微笑みを作っているのがお人形さんみたいだし、馬鹿笑いしているわけでもないのに光が弾けているみたいなパッとした明るさがあるし……。
不意打ちだよ、その笑顔は。思わずドキッとしちゃうでしょ。
「そういえばさ。結局、あなたの『バラされたくない秘密』ってなんだったの?」
見とれてしまう笑顔のまま繰り出された彼女の言葉に、僕は反応が遅れて――。
「え、えぇっ!? いわないよ? いうわけないでしょ、いわないからね!」
手のひらを彼女に向けてぶんぶん振り回して拒否するんだけど。
でも柘榴塚さんは丸っこい目を半眼にして、じとっと僕を睨み付けてきたんだ。
「藤元さんからの難題を解いたのは私だ。あなたは今回なにか活躍しただろうか? 王子様を追いかけていって川中先生に捕まったのを活躍に含めるのならばしているといえる。しかしそれだけでは王子様の謎は解決できなかっただろう。つまるところ、功労者は私だ」
「うっ……」
そんな、理路整然と僕が役立たずだって並べ立てなくても……凹むでしょうが……。
「藤元さんが爆音目覚まし時計をくれたように、あなたも私になにか報酬をくれてもいいんじゃないだろうか。私が欲しいものをあなたは持っている。簡単なことだ、あなたの過去を解体するピースが欲しいだけだ」
「……うぅ、分かったよ。誰にも言わないでよ?」
結局いうことになるのか。
とほほ……。
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