第33話 図書室で待ち伏せ
翌日、僕らは菜月の教室に行き、必要なことを確認した。
捜査対象は『図書室の王子様』。菜月が担当の日の図書室にしか現れない男子生徒で、名前も学年も分からないし、けっこう広い菜月の交友関係を持ってしても、誰も彼を見たことがない。
で、柘榴塚さんが考えた王子様捕獲方法は、というと。実際に図書室に行って彼に直接話しかけること、だった。
……まあそうだよね。別に、放課後の図書室で本を読むのは悪いことじゃないんだから、こっちがこそこそする必要もない。本を読んでいるその男子生徒に「こんにちは、何読んでるの?」とか話しかければ済むことだ。そうすれば男子生徒だって普通に答えてくれるだろう。自分は何年何組の誰それですってさ。これは、相手に気付かれないように正体を暴かなきゃいけないとかいうような、そういう難しいミッションじゃないんだ。
そういうわけで、その日が菜月の担当日だったこともあり、放課後が始まったと同時に僕たちは図書室に入り込んだのだった。
図書室にはけっこう人がいた。大テーブルに座って本を読んでいる普通の利用者、検索用パソコンの画面とにらめっこしてる誰か。カウンターのなかでは司書の先生が貸出カードを繰っているし、菜月ともう一人の図書委員の女子が返却手続きを行っている。皆声量を落として静かに過ごしていた。
そんな中に紛れて、菜月に目配せをしてから大テーブルへと進む。菜月はこくんと頷いて、僕たちを通した。
僕が大テーブルにつくと同時に、柘榴塚さんはすっと本棚のなかへ消えた。次に戻ってきたときには一冊の文庫本を持っていた。~~~~~殺人事件、と書かれているのを見るに、推理小説だろう。まあ、ああいうの好きそうだよね柘榴塚さん……。
僕は席に深く腰掛けて、スマホを取り出してタップし始める。指癖でYouTubeを開こうとして、やめた。ギガを喰うから外で動画は開くなって母にいわれてるんだよね。だから、大人しくSNSのソースアカウントをチェックしはじめた。
――おお。こんど、アメリアソースが新ブランド立ち上げるのか。バーベキューソース? なるほど。野菜の風味が強いスパイシーなソースね……。これは用途が広そうだな。どんな味なんだろう。
「そういえば、あれはどうなったの?」
と隣りからひそひそ声が聞こえてきた。見ると、柘榴塚さんが読書もそこそこに僕の手元を見ている。
「あれって?」
「……安川成さんだよ」
「ああ」
僕はもう一度スマホに目を落として、声量を落として答えた。
「一応連絡は取り合ってるけど、頻度は落ちたなぁ。僕がそんなに漫画には興味ないって分かってもらえたみたい」
「そっか」
そんなことを呟く柘榴塚さんの口元が、ほんのちょっとにやける。
あ、可愛い。いつもはムスッとしてる表情が多いのに今だけ若干口角が上がっているのが、なんだか不意打ちというか……。やっぱり小学生っぽいというか。
でもどうして成さんと連絡取り合う頻度が減ったら嬉しいんだろう、柘榴塚さんは?
――だけど。そんな僕の疑問は、「んっ、んーっ!」という咳払いで中断させられてしまった。
菜月がこれみよがしに注意を促してきたんだ。
あっ、うるさかったかな? ひそひそ声とはいえ静かな図書室のことだし、お喋りしすぎたかもしれない。
一応謝っといた方がいいよな。そう思って菜月のいるカウンターに目を向けると、菜月がすごい勢いで視線をチラチラさせていた。
そのチラチラ視線の先にいるのは――ちょうどカウンターの前を通り過ぎようとしている、その男子生徒は。
それは、すっきりと整った顔の、背の高い男子だった。南ヶ丘中学校のブレザーに身を包んだ彼は、ネームプレートはしていないから学年は分からないけど、年上っぽい、ミステリアスな雰囲気だ。
「っ!」
僕は思わず息を呑んだ。
あれが王子様だ! うん、確かに菜月がのぼせ上がるのも分かるくらいのイケメンだ。
今回の謎は、彼の正体。でも現実として目の前に現れると、なんて簡単な謎なんだろう、と思ってしまう。いままで解体してきた謎よりずいぶん楽ちんだ。
柘榴塚さんの作戦が正しかったことが分かる――彼が目の前に現れてしまえば、正体を直接聞くのが一番手っ取り早いと本能的に察せられるのだ。
こんなの、柘榴塚さんが出るほどのことでもない。この機会に、僕がデキる助手だってことを示しとこうかな!
そう意気込んで、スマホをポケットに入れて立ち上がろうとした僕だけど――。
「……」
柘榴塚さんがそっと、僕の腕を押さえた。顔は僕を向いているけど、視線は王子様を見ている。
「まだだ」
と彼女は首を振って、小さく呟いた。
だから僕は腰を椅子に戻した。柘榴塚さんは何かを考えていて、それで僕を制したんだから。
この謎って、もしかして僕が思っている以上に深いんだろうか?
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