第3話 僕は助手がいい
「だいたい水間くんも水間くんだよ」
柘榴塚さんは持っていたリッパー(糸切りピック)でビシッと僕を指した。……って、それ鋭いんだから。人を指したら危ないよ。
「いいように使われてるだけなのになんでそんなに嬉しそうなの」
「酷いいわれよう。まあ確かにそうだけど……」
渋々頷きながらも、僕は彼女の言葉を否定しなかった。
だって、実際に僕は『いいように使われてる』からね。
「でも友達が悩んでるんだよ? なんとかしてあげたいじゃない」
「お人好し」
柘榴塚さんは吐き捨てるように言うと、さっきよりも乱暴な手つきで、ぬいぐるみにリッパーをぶすぶすと突き刺した。なんだか、力の持って行きようが分からなくて苛々しているみたいだった。
「いいように使われて事件を解いても、あとで悪口言われるに決まってる。クラスメイトなんかもう全員が敵視してくるんだよ。なんでお前は謎を解いたんだってさ。それで水間くんは学校に居場所がなくなるんだ、ご愁傷様だね」
うわ。なんかすっごいひねくれてるぞ、この人……。
「そんなことないよ。奥野くんはそんな人じゃない」
「そんな人に見えなくてもそうなるんだよ。世の中そんなに甘くないの。みんな、自分が一番可愛いからね」
「柘榴塚さんもそうなの?」
聞くと、彼女は一瞬だけギクッとしたように肩を跳ねさせた、だけどすぐにぷいっとそっぽを向く。
「真実を白日の下にさらせば全てが丸く収まるなんて単純な正義は存在しないと知っているだけだよ」
お経のように一息で、その言葉を言い切った。
なんだか、その『正義』を信じて傷ついた過去がかつてあったみたいな感じ……。
「うーん」
唸りながら、僕は窓の外に目を向けた。夕暮れ間近の濃い空は、奥が深くて綺麗だ。
「そういうこともあるかもしれない。それは否定しないよ――けど奥野くんなら大丈夫だよ。奥野くんはいい人だし、それに本気で困ってるんだから」
本気で困ってる人を助けたら、感謝されこそすれ、柘榴塚さんが言うみたいな酷いことにはならないと思う……。
視線を柘榴塚さんに戻して、にっこり微笑んでみせる。
「それにさ、この都市伝説を解決したら、名探偵みたいで格好よくない?」
でもすぐに、僕は苦笑いした。
「まぁ、僕じゃさっぱりなんだけどね。都市伝説の怪異が本当にいるとは思えないから、これは弟くんの狂言なのかもってのは分かるんだけど……。でもそうだとしても、問題は問題としてあるよね。都市伝説持ち出してきてまで塾に行きたくないって言い出すのは明らかに弟くんが問題を抱えてる。名探偵ならこういういろんな問題も、事件を解いてまとめてズバッと解決してくれるんだろうけど……」
柘榴塚さんの手元から、ぶちっ、リッパーで糸を切り裂く音がした。最後のとじ合わせを切り終わったんだ。
彼女は視線をあげると、僕の目をじっと見つめてきた。その目に、僕は思わずドキッとしてしまった。
丸っこい可愛い眼なのに、まるで別人みたいに、心の奥底を見透かす光をたたえていたから。
なんかいきなり雰囲気変わった……?
「水間くん」
思わず見とれてしまう僕に放たれたのは。
「その事件を解決したら、もう私に話しかけないって約束してくれる?」
――拒絶の言葉だった。
「え?」
一瞬反応が遅れてしまったのは、彼女の拒絶がショックだったからではない。
もちろんショックはショックだったけど、それ以上に……彼女の言葉が、まったくなんのてらいもなく『自分なら事件を解決できる』という自信を伴わせていたからだ。
「分解中に話しかけられると気が散るんだよね。それにそんな分かりきったことをダラダラダラダラ喋られてると、イライラしてくる」
「え……、柘榴塚さん、事件解けるの?」
そう呟く僕は、相当間抜けな顔をしていたと思う。
目の前の少女が、ぬいぐるみを解体していたさっきまでとは別人に見えていたんだ。
「そりゃね」
柘榴塚さんはなんでもないことのように頷いた。それから真剣な顔で付け足す。
「あ、一つ確認しておくよ。事件を解決したら後悔することになるかもしれないけど、それでも本当にいい?」
「後悔って、柘榴塚さんと話せなくなるってこと?」
「それもあるけど、友達をなくすかもしれないってこと。その野球部員の奥野くんとか、それ以外とか」
私には友達なんかいないから別にいいけど、と小さく呟いて、彼女はさらに付け足した。
「謎って、解く前と解いたあととではまったく見える景色が変わるから」
怖いことを言う彼女は、あくまでも真剣な目をしている。
「柘榴塚さんがなにを怖がっているのかは知らないけど……」
見透かしてくる視線の前に、僕は素直に心の内を披露することにした。見透かすなら見透かせばいい、見透かされて困る本音なんて僕にはないんだから。
「奥野くんは……お兄さんは、事件が解かれることを望んでる。僕にとってはそれが全てだよ」
「自分がどうなろうと、誰かのために謎は解きたい……ってこと?」
「まぁ、そういうこと」
「水間くんはいい人だね。いい人すぎて、こっちが摩耗する」
褒められているのか、貶されているのか……。たぶん貶してるんだろうな。でも、僕はそんなの気にしないけどね。
それから柘榴塚さんは、呆れたみたいにふうっと息を吐き出した。
「分かった。私が事件を解決する。私があなたと話すのはこの事件が終わるまでだけど、あなたは事件を解決したあとも、奥野くんと仲良くできてたらいいね」
突き放すように言う柘榴塚さんが、僕はやっぱり気になった。
もしかしなくても、彼女は前の学校でなにかあったんだ。
というのも柘榴塚さんが前に通ってた学校は、あの名門私立中学校『青蘭常磐学園中等部』だから。
しかも青蘭常磐は隣の市にある中学校なんだ。なのにわざわざ転校してくるって、よほどのことが起きたってことだよね。
「……あのさ、柘榴塚さん。もしかして前の学校でなにかあった? 僕でよければ話を聞かせて――」
「必要ない」
僕の言葉をその一言でぶった切って、鼻息も荒くふいっと視線を逸らす。
「とにかく約束だからね。事件を解決したら、もう話しかけてこないでよ」
「分かったよ。でもすごい自信だね。もしかして、柘榴塚さんって名探偵なの?」
「……そんなんじゃない」
ちらり、とその丸っこい目に暗い色が浮かんだ。暗いだけじゃない、なんだか戸惑ってるみたいな……。
やっぱりなんかあるな、これは。
でもすぐその色は隠れて、また鋭い視線が僕を捕らえた。
「といっても一人じゃ無理だから、水間くんにも協力してもらうことになるけど。それでもいい?」
「えっ、事件解決を手伝わせてくれるの? それって、柘榴塚さんが探偵で僕は助手ってことだよね?」
――これは、すごいことになってきたぞ。
「助手か……。まあ、勝手にすればいい。必要以上の関わりは作らないからね」
眉根を寄せて渋い顔をする柘榴塚さんには気付かず、僕はなんだかぶるっと震えていた。武者震いだ。
僕は名探偵の器じゃなかった。だけどその代わり、助手になれるんだ。
あ、でも解決したら柘榴塚さんにはもう話しかけられないから、今回限りの関係なのか、これは。
それは寂しいなぁ。前の学校でなにかあったっぽいし、だからツンツンしてるんだろうけど。助手として友達として、なんとかしてあげたいところだ。
まあ、いまは事件を解決することが先決か。
ちゃんと解決してあげられたらいいんだけど。そこは柘榴塚さんのお手並み拝見といったところか……。
と、いろいろ考えて感動したり感慨深くなったりしている僕なんかおかまいなしに、柘榴塚さんは手元の作業に目を戻していた。
解体し終わって並べたクマの耳、手、足、胴体から綿を抜き出しているんだ。
なんだかぬいぐるみの臓物を取り出してるみたいで、ちょっとグロテスクさすら感じてしまう仕草だ。
でもきっと、事件もこんなふうに解体してくれるんだよね。
事件の部品を一つ一つ解体して、そうして犯人を割り出していく――。
題して『解体探偵・柘榴塚くれろの事件簿』だ。
僕はそれに助手として出演できるんだ。助手だぞ、助手。探偵には必要不可欠の相棒役! 名探偵と読者を繋ぐ、ある意味名探偵より重要な役どころ。
なんか柘榴塚さんは自信あるっぽいし、もしかしたらもう事件の全容が見えているのかもしれない。
関係者を全員集めて、事件の真相はこれこれこうで……ってドラマみたいな真相解明をするのかな。
あぁ、柘榴塚さんと事件を解くのが楽しみだ。
まだ見ぬ柘榴塚さんの活躍に高鳴る胸を押さえつつ、僕は刺繍布に刺繍糸を通す作業に戻ったのだった。
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