第29話 ウサギの解体はしない解体魔
家庭科クラブは暖かなクラブだとよくいわれる。確かに、放課後に入った家庭科室でクラブ員たちがそれぞれに用意する手芸用品は、暖かなものが多い。
5月下旬だというのに複雑な編み込みを応用した毛糸のマフラーを編んでいる人もいれば、茶色の可愛いクマのぬいぐるみに綿をぎゅっぎゅと詰め込んでいる人もいるし、ひたすらにかぎ針を動かしてレース編みをしている人もいた。そして、それらを包み込むお喋り。
……それから、真新しいセーター。
そう、完成品のセーターだ。
いつもの大テーブルに座る柘榴塚さんが膨らみきったトートバッグから取り出したのは、まだ新しそうなもこもこのボリューミーセーターだった。広げられたそのセーターには白地にクリスマスツリーが編み込まれていた。小さい子供が着たら似合うような、いっちゃなんだけどちょっとダサめな模様である。
「アグリー・クリスマス・セーターっていうの」
僕が見ていることに気付いた柘榴塚さんが説明してくれる。
「アメリカとかの文化なんだけどね。クリスマスシーズンになると、みんなで変な柄のセーターを着て集まるんだってさ」
「今日はそれを分解するの?」
「うん。これは去年父が買ってくれたやつなんだけど、私の趣味じゃないんだ。だから分解する」
「……僕なら、せっかくお父さんが買ってくれたのにもったいないって思うかも」
「タンスの肥やしにするよりゃマシでしょ」
いいながら、ダサセーターを脇にやって、裁縫セットを取り出す彼女。
「ねぇ、それよりさ」
と、僕は彼女の目の前に、後ろ手に隠していたモノを差し出した。
じゃーん、サプライズプレゼントだよ!
目の前に突然現れたソレに、彼女は目を丸くしている。
「これ、あげるよ」
――それは、僕の掌くらいの大きさの、白いウサギのぬいぐるみだった。
長い耳がぴょこんとあって、つぶらな黒い瞳が付いてて、丸っこい腕でキラキラ光る大きめハート型ピンクビジューを抱えているふわっふわ生地のラブリーぬいぐるみだ。
柘榴塚さんは、ぬいぐるみから丸っこい瞳を剥がして僕を見る。
「私、なにも謎を解体してないけど」
あ、事件の報酬だと思われちゃった。
「違う違う。ただのプレゼントだよ。100均でこれ見つけたとき、柘榴塚さんの顔がよぎったんだよね……」
100均で見つけたとはいっても、これは500円商品だけどね。
彼女は眉をひそめて少し考え込んでから、困ったように口を開いた。
「誕生日もまだ先だけど」
「誕生日にはもっといいものあげるよ……」
少なくとも100均商品は渡さないってば。
「とにかく、どうぞ。思う存分解体してね」
苦笑しつつ、僕は彼女にウサギを渡そうとしたんだけど。
柘榴塚さんは受け取ろうとしなかった。
それどころか、ついっと視線を逸らしたんだ。
「……ウサギは解体しないことにしてるんだ」
「え……?」
柘榴塚さんが解体を拒否した……?
……なんか、ザラリとしたものに触れてしまったような感覚があった。サンドペーパーを指先で撫でたような、というか。
だって彼女は、どんなものであっても分解しようとする女の子なのに。
ぬいぐるみだろうが、謎だろうが、それこそ人間関係だろうが、なんでも。
それが、『ウサギ』の解体はしないだなんて。
おかしい。絶対おかしい。不自然だ。
その思いが反射的に僕の口を動かしていた。
「どうしてウサギは解体しないの?」
でも、次の瞬間僕は後悔した。なんでって、柘榴塚さんの表情が目に見えてさっと固くなったから……。
それでも、柘榴塚さんが、決意を込めたように息を吸って、言葉を発しようとしたとき。
「あっ、いたいた! 直翔ー!」
家庭科室に入ってきた女子の元気な声に遮られたのだった。
まったく、誰だよ。せっかく柘榴塚さんがなにか言ってくれるとこだったのに。
苛つきを覚えながら名前を呼ばれた方向を見た僕の胸中に、うっ、と苦いものが広がった。そこに立っていたのが藤元菜月だったからだ。
僕、大抵の人と仲良くできる自信があるんだけど……菜月にだけは、大きな段があるんだ。乗り越えるための手も掛けたくない段っていうか。だって、菜月は僕のことを振った元カノだから。
菜月は輝くような笑顔でズンズン歩いてきて、僕らの前に陣取った。
「なに? 直翔、こんどはその子と付き合ってるの?」
耳の上にヘアピンを差したショートヘアの菜月は、目をキラキラと輝かせて柘榴塚さんを見ている。活き活きとした菜月の表情にその髪型は似合っていた。髪型は柘榴塚さんとほぼ同じなのに、受ける印象はまるで違うんだなぁ、と感心してしまった。柘榴塚さんのぼさぼさショートも見慣れればすごく可愛いけどね。
「そういうんじゃないよ。柘榴塚さんは友達。ていうか、探偵さんだよ」
ため息交じりに否定すると、菜月はきょとんとした。
「探偵?」
「そうだよ。それで僕が助手」
「うそ、ほんとに?」
「そういうことになってるけど……」
警戒心をダダ漏れさせながら、柘榴塚さんが怪しい人でも見るような視線で菜月を見上げている。あ、まだ菜月のこと紹介してなかった。
菜月はネームプレートも外しているし、これじゃ名前も分からないよね。
「柘榴塚さん、このうるさい女子は僕の友達の――」
だけど僕の言葉を遮って、菜月が被せてきたんだ。
「直翔の元カノ! 藤元菜月です! よろしく!」
親指を立てて笑顔になる菜月を、一拍遅れて柘榴塚さんの声がひっくり返って迎えたのだった。
「……もっ、元カノぉっ!?」
小学生みたいな柘榴塚さんの顔が、驚きに満ちている。
ああ、バレてしまった……。いやまあ、別に隠すものでもないけどさ。
しかし、柘榴塚さんって意外と表情豊かだよな。そういうところも可愛いよなぁ、なんて、ついにやけてしまう僕だった。
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