第6話 街の図書館へ
昼下がり、マルタとヴィスタルは街の図書館を訪れていた。
始めはマルタ一人で来るはずだったが、ヴィスタルも「暇つぶし」と称してついてきた。
窓から差し込む柔らかな光が、机の上の分厚い本の背表紙を照らす。
マルタは椅子に腰を下ろし、真剣な眼差しでページをめくっていた。
開かれているのは魔法書ではなく、薬草学や食事療法に関する本。脇には几帳面に取られたメモが積み重なっている。
(……魔法が使えない私にできるのは、知識と工夫だけ)
そう心の中で繰り返しながら、必死に文字を追った。
羽ペンの先が紙を擦るたび、静かな部屋に小さな音が響く。
マルタは没頭しすぎて、隣の机に座るヴィスタルの視線に気づかなかった。
◇
初めて街の図書館を訪れたヴィスタルは、物珍しげに館内を見渡していた。
住民たちの「冷徹伯爵」と恐れる眼差しは、もうそこにはなかった。
試しに薬草の本を手に取るが、数ページもめくれば眉間に皺が寄る。
(……文字は読めるのに、頭に入ってこない)
苛立ちと共に本を閉じ、結局は慣れた魔法書を手にする。
「マル――」
声を掛けようとしたが、息が詰まった。
真剣に眉を寄せて文字を追うマルタ。
光に透けた睫毛が伏せられ、小さな手が走らせる羽ペン。
彼女の横顔は静謐で、どこか神聖にすら見えた。
魔法書を掴むヴィスタルの指先に、知らず力がこもる。
(……集中している時の顔は、こんなにも綺麗なのか)
胸がざわつき、視線を逸らすことができなかった。
「……その本、何だ」
気づけば声が出ていた。
「っ……あ、えっと……」
マルタは慌てて顔を上げる。
「アレルギーについて調べています。私にできることなんて限られてますから……少しでも、伯爵様が暮らしやすくなればと思って」
ヴィスタルの眉がわずかに震える。
「俺ができないことを、やろうとしているのか」
抑えた声に、本気の感心が滲んでいた。
マルタは照れくさそうに視線を伏せる。
(……凡庸な私にできるのは、こういうことくらいだから)
胸の奥でマルタは自嘲した。
◇
夜。
寝台に横たわったヴィスタルは、目を閉じても眠れなかった。
昼間に見たマルタの横顔が、脳裏から離れない。
必死に文字を追い、ペンを走らせる姿――しかも、それは「自分のため」に。
その事実を思い返すたび、胸が強く脈打った。
指先まで熱が広がり、落ち着かない。
どうしようもなく嬉しいと感じている自分に気づき、戸惑う。
(……どうして、俺はこんなにも)
答えを探すように目を閉じても、眠れぬ夜は更けていった。




