第5話 目つきが悪い理由
庭先に腰を下ろし、ヴィスタルはじっと花壇を眺めていた。
ほんの少し前まで枯れかけていた花たちが、今では鮮やかに咲き誇っている。
(……マルタが来てから、庭が変わったな)
草花だけではなく、干からびていた小さな池も復活した。
ヴィスタルは水やり一つ満足にできず、ただ「庭は死んでいる」と思い込んでいただけだった。
だが――。
マルタはそれを見事に蘇らせた。まるで本物の魔法使いのようだと、ヴィスタルは思う。
目の前に咲く綺麗なコスモスにそっと手を伸ばし、花びらを指先でなぞった。
花はくすぐったそうに一瞬震えてから、もとの位置へと戻る。
深いブラウンのその花は、彼にマルタの髪と目の色を連想させた――。
◇
館へ戻ると、台所から香ばしい匂いが漂ってきた。
マルタが新しい料理本を広げながら、鍋をかき混ぜている。
「おかえりなさい、伯爵様。今日はアレルギー対策のレシピに挑戦しました」
そう言って食卓に並べられた皿には、色鮮やかな料理とパンが置かれる。
「見たことのない料理だな」
「ええ。サーモンと緑黄色野菜を蒸しました」
「げっ」
ヴィスタルは眉をひそめる。
「……俺は人参が嫌いだ」
「大丈夫です。工夫しましたから。とにかく一口だけ」
渋々スプーンを口に運んだ瞬間――彼の目が驚きに見開かれる。
「……うまい」
そう呟いた後は、無言で夢中になって食べ始めた。
(さっきまで嫌いって言ってたのに、すっごく一生懸命食べてる……)
見詰めていると、ヴィスタルが顔を上げたのでマルタはドキッとして目をパチクリさせた。
「ほかはり(おかわり)」
「はい!」
(……なんだか子供みたい)
むしゃむしゃと頬張る彼が可愛く見えたマルタの、頬が緩む。
食後、グラスを置いたヴィスタルがぽつりと漏らした。
「マルタのおかげで……最近は本当に調子がいい。目も……もうショボショボしない」
その言葉に、マルタはハッとした。
初めて対面した際は、冷ややかな目つきの人だと思ったが、最近そう感じることはない。
(あの鋭い目つきって、もしかして……ずっと痒かったから?)
◇
食後の後片付けを終えたマルタが廊下を通りかかると、書斎の扉が半開きになっていた。
(……声を掛けて用がなかったら、今日はもう寝よう)
恐る恐る覗き込むと、床に分厚い魔法書を散らかしたまま、ヴィスタルが机に突っ伏して眠っている。
「……風邪ひいちゃいますよ」
そっと近づき、肩に布を掛けようとしたその時。
重力に逆らえず、ヴィスタルの身体が彼女の肩にもたれかかってきた。
「えっ……」
思わず固まるマルタ。
その耳に、くすぐったく、低い寝言が落ちた。
「……マルタ……」
胸がドクンと跳ねる。
そして気づく。
(あれ……そういえば……、いつの間にか“お前”じゃなくて、名前で呼ばれてる……)
頬が熱くなっていくのを抑えられないまま、マルタは彼の横顔を見つめ続けた。
すうっと通った鼻筋に、綺麗な睫毛。
彼の唇が間近にあって、マルタの鼓動はさらに跳ね上がる。
初めて会ったとき、美しすぎて、逆にそれが人間的な温かさを感じさせなかった。
だが、今すやすやと眠る彼はどこか、実年齢よりも幼く見える。
(不思議。ヴィスタル伯爵が別人のように見える……)
肩には彼の温かな体温。
――起こしたら悪いよね。
そう自分に言い訳しながら、そのぬくもりをしばらく感じていた。




