第4話 ピヨピヨ魔法
マルタは買い物かごを片手に、街の市場を歩いていた。
色とりどりの野菜や果物が並ぶ中、彼女の存在に気づいた住民たちがひそひそと声を交わす。
「ねえ、あれ……ヴィスタル伯爵の館に仕えてる娘じゃない?」
「ええ!? あの冷徹で恐ろしい伯爵の!? 可哀想に……」
耳に入ってくる噂話に、マルタは足を止めた。
住民の方を向いて小さく微笑む。
住民たちはバツがわるそうに苦笑いした。
「こんにちは。伯爵様は……本当は優しい方ですよ」
住民たちは「まさか」と言わんばかりに、怪訝そうに首を傾げる。
(どうしてこんな風に言われてるんだろう……)
マルタの胸に、ふと疑問が浮かんだ。
確かにヴィスタルは不愛想な方だし、端正な顔立ちから一見冷たい印象を受ける。
だが「冷徹で恐ろしい」と言われるほどのことはない。
(動物実験はしているみたいだけど、危害を加えているわけじゃないし……。まあ、あの料理は凶器だけど)
マルタは、くすっと笑う。
――その時。
「うおっほん! マルタ、買い物は済んだか?」
背後から響いた低い声に振り返ると、そこには長身のヴィスタル伯爵――両手に山盛りのティッシュを握りしめ、真顔で鼻をかむ姿があった。
ヴィスタルを思い出し笑いしていたマルタは、いきなり本人が登場したことにドキッとして大きく目を見開いた。
「ヴィスタル伯――」
名を呼びかけた瞬間、住民の声が耳に入る。
「ヴィスタル伯爵だ……!」
「やだ、本当に出てきた……!」
住民たちがざわざわと騒ぎ出し、蜘蛛の子を散らすように去っていった。
当のヴィスタル本人は気にしていないようだが、マルタの胸がチクリと痛む。
悲し気な目をしたマルタに、ヴィスタルは「どうした」と言わんばかりに小首を傾げた。
「伯爵……どうしてここへ?」
「ランプの電灯が点かないから直そうとしたんだが……」
ヴィスタルは持っていた鞄の中から布に包んだランプを取り出す。
マルタはそれを受け取って布をほどいた。
「……! こ、これは……」
布の中には、バラバラに解体されたランプ。
「やはり壊れているようだったので買いに来た」
飄々と告げるヴィスタル。
(壊れてるんじゃなくて、壊したんでしょ……)
マルタが驚き呆れた瞬間――。
「あれって冷徹伯爵?」
「あの人すごい魔法使いらしいぜ」
マルタがハッとなって声の方を見ると、子供たちが目をキラキラさせてこちらに駆け寄って来た。
「ねえねえ! 魔法見せて! 魔法!」
子供たちは無邪気にヴィスタルへ話しかける。
伯爵は腕を組み、得意げに顎を上げた。
「ふむ、よかろう」
低く呟き、詠唱を始めようとした――その瞬間。
「へっ……へっくしゅんっっっ!!!」
派手なくしゃみと共に、魔法陣がぶれ、光が弾ける。
ポンッ! と小さな花火のような火花が散り、子供たちの頭上にひよこの幻影がピヨピヨ現れた。
「わははは! 冷徹伯爵じゃなくて、鼻水伯爵だー!」
「ピヨピヨ魔法〜!」
子供たちは大喜び。
建物の影に隠れながら、こちらを伺っていた住民たちもつられて笑い声を上げる。
ヴィスタルは赤くなった鼻を押さえ、真顔でティッシュを差し替えながら小声で呟いた。
「……本来はもっと荘厳な魔法なのだが」
マルタは思わず吹き出しそうになりながらも、伯爵の横顔を庇うように言った。
「皆さん、本当は伯爵様、とてもすごい方なんです。……ただ、ちょっとアレルギー体質で」
その言葉に住民たちの表情が少しだけ和らぐ。
「ねえ、もっと魔法見せて」
「鼻水伯爵~」
「ティッシュ丸めて鼻に突っ込んだら?」
子供たちはヴィスタルに服の裾を引っ張りながら、絡む。
普段子供に免疫のないヴィスタルはたじろいだ。
(それにしても、ヴィスタル伯爵って外でも鼻水ズルズルなのね……。埃アレルギーだけじゃなく、極度のアレルギー体質なのかしら……)
「マ、マルタ……。助けてくれ……」
思案していたマルタが我に返ると、ヴィスタルが涙目でこちらに助けを求めていた。
思わず、顔が緩む。
「みんな、あんまり伯爵様を困らせちゃだめよ」
マルタが宥めると子供たちは「はーい」と答える。
「なぜマルタの言うことは聞くんだ……」
ヴィスタルは納得いかなそうな顔で独り言ちる。
――この人の本当の姿を、いつか皆にも知ってもらえたら。
マルタは心の奥でそう願った。
(でも、まずはアレルギー克服が先かな……。魔法使いの貫禄的に)




