第3話 組立棚
朝食を終えたマルタは、館の廊下を歩いている最中に奇妙な音を耳にした。
ギィッ、ギィッ、ドスン。木と金属がぶつかり合う、不穏な物音。
(……何の音?)
恐る恐る物音のする部屋を覗くと、ヴィスタル伯爵が額に汗を浮かべて何かと格闘していた。
大きな木製のパーツと工具らしきものが床に散乱している。
「……それ、家具ですか?」
声を掛けると、ヴィスタルは少しばつの悪そうな顔をした。
「組み立て式の棚らしいが、説明書が理解不能だ。図が小さすぎる」
マルタは近づいて、床に広げられた説明書を拾い上げた。
(いや、文字も図も普通に読めるけど……)
ちらりと見ただけで手順が頭に浮かんだ。
しかしマルタはためらう。魔法の才能がなくて「役立たず」と言われ続けてきた自分が、得意げに出しゃばっていいのだろうか、と。
「……読めるのか?」
「えっ、あ、はい。少しなら」
ヴィスタルが腕を組んで退いたので、マルタは工具を手にした。
木の板を組み合わせ、ネジを締めていく。慣れた手つきで棚は少しずつ形になっていった。
「……すごいな」
ぼそりと呟く声にマルタは手を止める。
「え?」
「俺は魔法書なら一度で頭に入る。だが紙切れ一枚の家具説明書はまるで暗号だ。それをすらすらと……お前は、本当に賢い」
不意の称賛にマルタの胸が熱くなる。
でも、同時に心の奥がちくりと痛む。
(……どうせ私は、魔法の才能なんてないから。家具を組み立てるくらいしか、役に立てないんだわ)
無意識にこぼれた小さな溜息を、ヴィスタルは聞き逃さなかった。
「……マルタ?」
マルタはハッとなって「あ、えっと……恥ずかしながら私は魔法が使えないので。誰でも出来ることくらいでしか、役に立てないんです……」と小さな声で呟く。
彼はほんの一瞬、目を見開いた。
「誰でも出来ることだと? それは俺への当てつけか?」
低い声で言われたマルタの肩がビクッとなる。
――余計なことを言ってしまった……。
「そ、そんなつもりは決して……」
「実際に俺は出来なかった」
マルタは慌てて「ご、ごめんなさい!」と謝った。
ヴィスタルは軽く息を吐き出す。
「……マルタは凄い。料理の腕だって絶品だし、物知りだ。お前が来てから、俺のくしゃみや湿疹は治まった。魔法では出来なかったことを難なくやってのける」
マルタの手が止まる。胸にじんわりと広がる温かさ。
冷徹と噂された伯爵が、真剣な眼差しで自分を肯定してくれている。
「だから……もっと胸を張れ」
ヴィスタルは小さく言ってから、背を向ける。
マルタは、彼の耳が少し赤らんでいることに気付く。
(この人、本当は……)
「……ところで、ヴィスタル伯爵。この棚はどこに置けばいいですか?」
ヴィスタルは振り返り「ああ、それは――。お前の部屋に」とこともなげに言う。
「え? 私の部屋?」
「ああ。お前の荷物多そうだったから」
「あ、ありがとうございます……」
完成した棚を見上げながら、マルタは心の奥で小さく笑った。
冷たい人ではなく、不器用で優しい人なのかもしれない、と。




