第2話 初めての夕飯
マルタが台所に足を踏み入れると、鼻をつく酸っぱい匂いと、焦げの苦い匂いが混ざり合って漂ってきた。
鍋の中では、何かの肉らしきものが原型を留めずに溶け崩れ、黒く泡立っている。皿に盛られたパンは、端から端まで真っ黒に焦げ、炭と見まがうほどだった。
(……これが夕食?)
あまりの光景に呆然としたその背後から、ひょいと伯爵が現れる。
「どうだ。用意はしてある」
冷徹な声でそう言いながら、どこか得意げな顔をしている。
マルタは思わず振り返り、目の前の鍋を指差した。
「あ、あの……これは……料理……ですか?」
「そうだ。食える。栄養はある」
伯爵は真顔で即答した。
――駄目だ。
これを食べたら間違いなくお腹を壊す。
マルタは震える声を抑えながらも、勇気を振り絞った。
「わ、私に少し作らせていただけませんか? 食材を無駄にしないように工夫しますから」
伯爵は一瞬怪訝そうに眉を寄せたが、すぐに「好きにしろ」とだけ言って腕を組んだ。
◇
マルタは手際よく台所を片づけ、残っていた野菜と少しの肉を刻み、香草を加えて鍋にかける。
漂い始めた香ばしい匂いに、伯爵の目がわずかに見開かれた。
ほどなくして温かいスープと焼き直したパンが食卓に並ぶ。
伯爵は無言でスプーンを手に取り、一口。
その瞬間、瞳がぱっと輝いた。
「……うまい」
短くそう呟くと、次々とスプーンを運ぶ。
やがて姿勢を正し、真剣な表情でマルタを見つめて言った。
「これ、毎日食べたい」
冷たい顔のまま、不器用に本音を零すその姿に、マルタは思わず吹き出しそうになった。
けれど胸の奥に、じんわりと温かいものが広がっていく。
◇
その夜。
ベッドに横たわったマルタは、ふと夕食を思い出した。
あの後、ヴィスタルはスープを三杯おかわりした。
「このスープを食べてしまったら、もうもとの食事には戻れん」
そう言って、結局彼が作った鍋料理は廃棄されることとなった。
マルタは内心でホッとした。
(……あの料理、酷かったけど……)
思い返すと、焦げたパンも、鍋の中のぐちゃぐちゃの肉も――きちんと「二人分」用意されていた。
(最初から一緒に食べるつもりだったんだ……)
胸が少しだけ熱くなる。
冷徹と噂される伯爵は、決して悪い人ではないのかもしれない。
なにより――。
目を輝かせて「うまい。これ、毎日食べたい」と言ってくれたことが嬉しかった。
明日は何を作ろう。
マルタは胸を弾ませながら眠りについた。




