第12話 兄弟対決②
夜の帳が森を覆い始める。
冷気を孕んだ風が吹き抜け、木々の梢がざわめいた。
対峙するのは――ヴィスタルとカイン。
その間に立たされるマルタは、恐怖と緊張に息を詰めるしかなかった。
「……ヴィスタル」
カインは弟を見据え、淡々と名を呼んだ。
その瞳に宿るのは慈しみではなく、冷酷な支配の光。
「兄上。俺を貶めるのは勝手だ。だが――」
ヴィスタルの声が森に響く。
「マルタを巻き込むことは、絶対に許さない」
次の瞬間、カインの周囲に紅蓮の炎が立ち上った。
大気を焦がす魔力が森を震わせる。
「許す、許さない? ――弟よ。お前に選択権などない」
指先を払うと、炎の矢が幾重にも生まれ、ヴィスタルを目がけて降り注ぐ。
「氷壁よ――立て」
低く呟いた瞬間、ヴィスタルの前に透明な氷の盾が展開される。
炎と氷がぶつかり合い、轟音と共に霧状の蒸気が弾け飛んだ。
マルタは咄嗟に目を覆う。
恐る恐る目を開くと、目の前にはヴィスタルが自分を庇うように立っていた。
「伯爵……」
――ヴィスタルの背中が、大きく、そして頼もしく見えた。
森に轟く氷と炎の衝突音が響く。
地面は割れ、木々は吹き飛び、あたりは戦場そのものと化していた。
ヴィスタルは凍りつく冷気を纏い、目の前の兄を睨み据える。
対するカインは、なおも薄笑いを浮かべたまま炎を操っている。
「やはり恐ろしいな……」
カインは腕に傷を負いながらも、口元を歪めた。
(相変わらず桁違いの魔力……私を超える存在……。だからこそ辺境の地に追いやったのだが)
「……二度とマルタに触れるな」
ヴィスタルの声音は低く、怒りに震えていた。
その背後に庇うように立つマルタが、小さく息を呑む。
――ヴィスタルの目は、確かに自分を守るためだけに燃えていた。
「ふん……」
カインは炎を収めると、軽やかに一歩下がった。
その瞳には敗北の色はなく、むしろ冷ややかな余裕が漂っている。
「今日はここまでにしておこう。無駄に森を焼くのも趣味ではない」
「逃げるのか」
身を翻したカインの肩が僅かにピクリと揺れる。
だが、そのまま何も言わず、魔法で倒れ込んだ馬車をもとへと戻した。
「馬車を出せ」
御者は慌てて立ち上がり、カインを乗せた馬車はその場をあとにした。
「マルタ……!」
ヴィスタルが振り返り、彼女を抱き寄せる。
怒りと焦燥が入り混じる瞳に、マルタは小さく首を振る。
「……私は大丈夫です」
掠れた声でそう告げる彼女を見て、ヴィスタルの胸が強く締め付けられた。
「……兄上。次は、必ず決着をつける」
ヴィスタルの低い声に、マルタは無意識に胸を押さえた。
その瞳に宿る炎は、彼女を守るためだけに燃えている――そう確信できたからだ。
けれど彼女を抱き寄せたその瞬間、ヴィスタル自身の胸を刺したのは怒りでも憎しみでもない。
――失いたくないという恐怖。
その正体に、彼はまだ気づきかけたばかりだった。
もう二度とマルタを危険な目に遭わせるわけにはいかない。絶対に俺が守る。
夜の静けさの中、フクロウの鳴き声が木霊する。
ヴィスタルは心に決意を固めた。




