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第11話 兄弟対決①

 王都へと続く街道を、カインの馬車はひた走っていた。

 夕暮れの赤が窓を染める。揺れる座席の上で、マルタは固く両手を握り締める。


(このままでは……私は本当に、伯爵様のもとへ戻れなくなる……)


 声は出せない。足も、自由が利かない。首筋に刻まれた印がじんじんと熱を帯び、意思とは裏腹に身体を支配していく。


 正面に座るカインは、穏やかな笑みを浮かべながら本をめくっている。

 けれどその瞳は氷よりも冷たく、時折マルタへと突き刺さる。


「安心しなさい。君を粗略に扱うつもりはない。だが……弟の傍に置いておくわけにはいかない」

「…………」

 言い返したいのに、喉は凍り付いたように動かない。


(違う……ヴィスタル伯爵はそんな人じゃない! 私が一番知っているのに!)


 必死に心の中で叫んでも、声にならない。

 悔しくてマルタの目に涙がにじむ。


 ――そのときだった。


 どこからか、風を切る鋭い音が響いた。

 直後、馬車が大きく揺れ、御者の悲鳴が上がる。


「なっ……! まさか……ヴィスタル……!」

 カインの表情から笑みが消えた。


 マルタの胸に、張り裂けそうな想いが込み上げた。


(伯爵……! )


 ◇

 

 マルタを奪った馬車の轍を追い、ヴィスタルは森を駆け抜けていた。

 冷気を切り裂くように、魔力が全身を駆け巡る。

 胸の奥に燻るのは怒り――そして焦燥。

 カインの言葉が脳裏に蘇る。

『辺境に追放しようと、お前に安寧など与えない』


(……兄上。貴様の狙いは最初からマルタだったのか)


 森の奥、視界の先に豪奢な馬車の影がちらつく。

 ヴィスタルは腕を掲げ、短く詠唱を放った。


「――氷の枷よ、縛れ!」


 瞬間、白銀の鎖が奔り、馬車の車輪を絡め取った。

 甲高い悲鳴とともに馬車が大きく揺れる。


 中から現れたのは、マルタを連れたカインだった。

 カインは動じることなく、弟を見据えて口元を歪める。


「やはり追ってきたか、ヴィスタル……」

「マルタを返せ」

「ふっ……。弟よ、随分と人間味のある声を出すようになったな」


 カインがマルタの肩を抱き寄せると、彼女は小さく呻いた。

 その瞬間、ヴィスタルの瞳が氷のように鋭く光る。


「……二度と、彼女に触れるな」


 ヴィスタルの声には、怒りと共に、これまで自覚しなかった感情が宿っていた。

 その変化を見逃さなかったカインが冷笑を漏らす。


「ほう……。使用人に心を奪われたか。弱くなったな、ヴィスタル」


「兄上の目的はなんだ?」


「目的もなにも……。反省を促すために辺境の地に追放したというのに、使用人の女と楽し気に毎日はしゃいでいるそうじゃないか。セヴェリヌス家の恥さらしが」


「反省? 兄上がでっち上げた風評だろう。兄上が俺を陥れたことなど、とうに気付いている。田舎の方が俺に合っているから反論しなかった。……だが、マルタを巻き込むならば話は別だ。彼女を奪うことは俺の心を奪うのと同じことだ」


 次の瞬間、兄弟の魔力がぶつかり合い、空気が震える。

 大地を揺らす戦いの幕が、今まさに上がろうとしていた――。


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