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第10話 カインの策略

 カインが訪れてきた日の翌日。

 マルタは街へ買い物に来ていた。

 市場で食材を選びながら、マルタは昨晩のことを思いだす。



 カインが帰ったあと、ヴィスタルはずっと気難しそうな顔をしていた。

 二人の仲が良くないことは、聞かなくても明白だった。

 

 夕食時には、スプーンと皿がこすれ合う音だけが響く。


「……マルタ」

 先に口を開いたのはヴィスタルだった。


 マルタはハッと、ヴィスタルの顔を見る。

「本当にカインに何もされていないのだな?」


 昼間に尋ねられたのと同じ問い。

 違うのは、少しだけ、彼の目に疑いの色が混じっている。


 マルタはカインに抱き留められたことを思いだし、気まずくなって視線を逸らせた。


「はい。本当になにも……。馬車の中で少しだけ話をしただけです」


「……そうか」


 ヴィスタルは視線を落としてスープを啜る。


 マルタ自身悪いことをしていないのに、なぜか彼を裏切っているようでマルタの心がチクリと痛んだ。

 それっきり、ヴィスタルとは会話をしていない。



「はあ」

 つい、溜息が大きくなってしまう。

「マルタちゃん、どうしたんだい?」

 野菜売りのおばさんの声で、現実へと引き戻されたマルタは「いえ、なんでも」と笑顔を浮かべた。


(気を入れ替えて、今日は新しいアレルギー対策レシピに挑戦してみよう)


「すいません、この玉ねぎを――」


「今日もカイン伯爵が街に来られたぞ!」


 どこからともなく住民の声が上がる。


 マルタの胸が嫌な熱を帯びる。


(一体何のために……)


 広場に向って住民たちは小走りに走って行った。

 おそらく、カインの馬車がそこに停まっているのだろう。


 昨日の、ヴィスタルの自身を憂う眼差しを思い出す。

 ドクン、と鼓動が高鳴り、嬉しさと気まずさが同居する。


(帰ろう。カイン伯爵に見つかる前に、ヴィスタル伯爵の元へ――)


 マルタが踵を返そうとした瞬間――。


 ……!?


(え……。足が動かない……)


  歩き出そうとしても、足が前に出ない。

 それどころか――。

 次の瞬間、マルタの足は逆方向へと歩を進め出す。


(どういうこと……!?)


 驚愕するマルタをよそに、歩は進み、やがて広場へと辿り着く。


 そこには群衆に囲まれたカインと、豪奢な馬車が一台。

 カインの視線はマルタを捉えた。


「やあ、マルタさん!」

 カインは嬉々とした声を上げる。


「ちょうどマルタさんを探していたんだ」


「…………!?」

 声を発そうとするも、言葉が出てこない。

 マルタの顔が一気に青ざめる。


 カインはマルタに近づき、そっと手を取った。

「可哀想に。震えているね……。実は、君を救い出しに来たんだ」


 予想外の言葉に、周囲の住民たちはざわめいた。


「私は確信した。ヴィスタルは王都から追放されても未だ、動物実験など禁忌に手を出している。そんな危険思想の弟のそばに、君のようなお嬢さんを置いてはおけない」

「…………!?」



「ヴィスタル伯爵が動物実験……。あの噂はやはり本当だったのか!?」

「もしそうなら、マルタが危険だ!」


 住民たちから動揺の声が上がる。


 マルタは必死に抵抗しようと、口を開こうとするが、出来ない――。


(どうしよう……。声が出ない!! 伯爵はそんな人じゃないって言わなきゃいけないのに……!)


「さあ、マルタさん。馬車に乗りなさい。私が保護して差し上げよう」

 カインに手を引っ張られたマルタは自身の意志とは逆に、馬車の中へと乗り込む。


 ソファに座り、マルタは正面のカインを睨みつけた。

 カインは冷ややかな眼差しで口元をニヤリと歪める。

 悪魔のようなその笑みに、マルタの全身に悪寒が走る。


「首筋につけた刻印が効いたようだな」


 …………!

 マルタは愕然とした顔でカインを見る。

 

 カインはそっとマルタの首筋に指を滑らせた。

「そう、このあたりだ。お前が馬車から降りる際に刻印をつけた。この魔法は相手の動きを二十四時間操作できる。それにしても、お前は魔力を全く持たないのだな。クク……魔法の”効き”が良くて助かる」

 くしゃりと顔を歪めるカインを前に、マルタの心臓は早鐘を打つ。

 

(まさか……。そのためにわざと手を引いて私の体勢を崩させたの……!)


「魔力がないお前は本当に便利だ。まるで子羊のように操れる」

 

 背後から頭を殴られたかのような衝撃がマルタに伝う。

 ――私に魔力がないばかりに……。


「馬車を出せ」


 カインの合図で馬車は動き出す。

 マルタを乗せたその馬車は、王都へ向かって走り出した。



 ◇


 夕方。

 書斎で魔法実験に勤しんでいたヴィスタルは、ふと壁時計を見る。


(もうこんな時間か。……買い物に行くと言ってマルタが出ていってから、二時間が経つ)


 ヴィスタルの脳裏に、昨日カインがマルタを抱きしめた光景が思い出される。


 胃の中をぐるぐる掻き回されているような不快感が込み上げ、唇を噛み締めた。


(カインめ……。一体何を考えている……)


『辺境の地に追放しようと、お前に安寧など与えない』


 昨日の言葉が浮かんだ瞬間、嫌な予感がヴィスタルに駆け巡った。


(まさか……。マルタ……!)


 ヴィスタルは勢いよく家を飛び出し、街の方へと走って行く。

 市場へと辿り着くと、夕日が落ちかかっている頃には既に、店じまいを始めている売り屋もちらほらいた。

「すまない。マルタを見かけなかったか!?」

 

 野菜売りのおばさんは「ああ。昼間に来てたよ」と答える。


「それから彼女はどこへ?」

「なんでもカイン伯爵の馬車が来たとかで、マルタちゃんも広場の方へ歩いて行ったけど……」


 ヴィスタルは身を翻し、広場の方へと駆けていく。

 広場には馬車もカインの姿もなく、数人の住民たちが行き交うだけだった。


「ヴィスタル伯爵だ……」

 住民たちが遠目でこちらを伺っている。

 

 以前は見慣れた光景だったが、家畜騒動の件以降、住民たちはヴィスタルに好意的になっていたのに……。


 引っ掛かりを覚えながらも、優先すべきはマルタの行方――。


 構わずヴィスタルは住民たちに声を掛けた。


「おい、マルタを見なかったか!? カインが今日も街を訪れたと……」


 住民たちは怯えた様子で顔を見合わせる。

 頷き合い、ヴィスタルに背を向けようとした瞬間――。


 住民の一人が強い力で引っ張られ、気づけば、ヴィスタルの氷の様な視線に射抜かれた。


「知っていることを教えろ」

 低い声が住民の耳に落ちる。

「ひっ……」

 恐怖のあまり上ずった声が出た。


 見逃す気のないヴィスタルの圧に根負けした住民は口を開く。

「……ひ、昼間に、カイン伯爵がマルタを迎えに来たと……」

「迎え? なんのために?」

「……危険思想の弟のそばには置いておけない……と……」

「それでマルタは攫われたのか!?」

「い……いや……。攫われたっていうか……自ら馬車に乗り込んでた」

 

 掴まれた腕をはなされた住民はその場にしゃがみ込む。

 

「……違う。あれはマルタの意思じゃない」

 ヴィスタルは唇を噛み、握り締めた拳に血が滲むほど力を込めた。

 胸を灼く焦燥が、冷徹な決意へと変わっていく。

 ――必ず取り戻す。彼女は俺にとっての……すべてだ。


 その想いを自覚した瞬間、胸の奥で何かが熱く弾けた。



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