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メロディの場合

見切りをつけたのは、私 の続編です。

イメージが違ったら、ごめんなさい。


ジャンル違いで、変更しています。

ヒューマンドラマなのに、ハイファンタジーにしてました。 

「今日も孤児院に顔を出して来ますので、夕食は先に食べていて下さい」

「分かった。メイドには軽食だけ用意させて置こう」


「はい。ありがとうございます。父上」



 騎士団に出勤前、夕食には遅れると両親に伝えるマロン。

 その言葉に彼らは “今度こそ頑張れ” と期待を抱き、心の中で後押しをする。

(今日こそ、メロディさんを誘えると良いな)

(何かプレゼントでも渡したら? お花とかアクセサリーとか)


 それが目に見えて綻んだ顔だったので、マロンも笑うしかなかった。

「じゃあ、行ってきます」




 彼は騎士団に副騎士団長として所属する、肉体派の次期伯爵である。

 身長も高く、上腕と背筋が発達している逆三角形の体型は逞しく、一見すると威圧感がある。


 けれど柴犬の赤ちゃんのようなつぶらな瞳は、よく見れば優しさで溢れていた。

 まあ、殆どの人の彼の第一印象は、筋肉であるが。

 そこに注目しすぎて、顔まで辿りつかないことも多いのだ。


 今日は以前に徹夜で護送を手伝った分を、午後休暇として与えられた為、この機会に気合いを入れて胸を弾ませる。


「今日こそはメロディだけを食事に誘うぞ!」と、前日から計画を立てていたほどに。




 彼が教会に通い始めて、既に三年が経っていた。


 世間話もできるほど、彼女(メロディ)との距離は近づいたと思うマロン。

 さすがにその真摯な様を見ると、最初は反対していた周囲の人達も暖かく見守り始めていた。



「マロン様ならメロディちゃん一筋だから、浮気なんてしないだろう。あの子には幸せになって欲しいからね」


「ああ本当だな。父親のサンダーのせいで男を遠巻きにしていた彼女も、マロンには気安いからな。相性も良さそうだ」


「お姉ちゃん、お嫁に行っちゃうの?」

「どうかしらね? でもメロディさんなら、お嫁に行っても仕事を続けたり、続けられなくても訪問には来てくれそうね」


「そうだよね。お姉ちゃんと私達、とっても仲良しだもんね」

「そうよ。メロディさんも、私達を家族と同じように思っていると言ってくれてたわ。

 私は彼女が幸せになれると思えば、シスターを辞めることを賛成するつもりよ」


「……うん、私も。お姉ちゃんには幸せになって欲しい!」



 神父とシスターの執務室に手紙を届けに来たガキ大将のマークは、そんな話を聞いて息が止まりそうだった。


「まさかメロディのやつ、嫁に行く気か? それもマロンの野郎と!」


 まだ10才で孤児の彼には何もなく、自分が選ばれる要素はないと分かっていた。

 けれどメロディは彼の初恋であり、とても祝福できる気持ちにはなれない。


 マークの顔立ちは整っており、幼くしてガキ大将になれるほどチャンバラ(騎士ごっこ)で頭角を見せる、戦闘センスがある。

 仲間内でも発育が良く、既にメロディくらいの背丈があった。大きくなれば騎士団に入り、騎士の称号を取ってからメロディと結婚しようと思っていた。


 当然のことながら、そのように考えられる彼は愚かではない。以前は照れて素直になれないこともあったが、メロディの人気が高いことを知り、ツンデレさえも潔く捨てた。最初は照れたが、無理やり克服したりして…………。


『年の差その他、自分には足りないことばかりだから、せめて隣で愛を囁いていこう』と、急激に大人への階段を登ったのだ。


 サポートしたのは、彼の幼馴染みの女の子リーサだ。

 お互い赤ん坊の時に捨てられ、彼とは兄妹のように育ってきた。

 乱暴な面もあるマークだったが、それでも彼女は傍を離れることはなかった。

 その彼女からのアドバイスだから、彼も受け入れたのだ。


「ライバルが多いメロディお姉ちゃんなのに、ツンケンしてる時間はないわよ。

 ここは子供であることを活かして、積極的に思いを伝えないと。後悔なんてしたくないでしょ!」


「お、おう。そうだよな、時間は有限だもんな。

 頑張ってみるぜ!」


 微笑んでメロディのところに駆けていく彼を、切ない眼差しで追うリーサの思いを知るのは、同じ孤児で親友のジルベーナだ。


「良いの、リーサ? 彼のことが好きなんでしょ?」

「……うん、でも今は良いの。だって相手は大人だもの。

 マークの恋は実らないわ…………」


 それでも…………。

 放って置けなくて、でも胸が痛くて、親友に縋り付いて時々泣いてしまっていた彼女。



 富も権力もない孤児の恋。

 伯爵令嬢で美しく知性もあるメロディは、貴族からでさえ高嶺の花と呼ばれていた。


 既に学園を卒業し、22才になった彼女であったが、人気は衰えることはなかった。


「メロディ、大好きだ。俺が大人になったら結婚しよう!」

「マークが大人になったら、私はおばさんだよ。

 でもありがとうね。ふふっ」


 不毛なやり取りは、毎日続いていた。




◇◇◇

 騎士団の業務を終えて孤児院に歩みを進めるマロンは、子供達用の教材を家で作り、準備をして来た。


(今日はいろんな単語の横に、イメージしやすいようにイラストも描いてみた。

 幼い子でも分かりやすいようにと作って見たが、描いてみてから思った以上に絵が下手だと気付いたんだ。

 うまくいくだろうか?)


 大柄な体型のわりに神経が細やかなので、朝から気になっていたマロン。


「うん。どうしても駄目なら、上手い子に書き直して貰おう。勿論お小遣い付きで」

 孤児院に着く頃に、漸くと腹を決めていた。



「わあ、すごい。これなら可愛いから、幼い子も喜びますね。

 失礼ですが、マロン様が作ったのですか?」


 満面の笑みで微笑むメロディに、「恥ずかしながらそうなんだ。でも絵が下手くそで。

 駄目そうなら、絵が上手い子に書き直して貰おうと思っていたんだ」と付け加える。



 マロンの言葉に、メロディは横に首を振った。


「いいえ、マロン様。これはあくまでもヒントなのですから、そこまで求めなくて良いのです。

 マロン様が考えて作ってくれた気持ちで、子供達は嬉しい気持ちになるのですから」


 そう言い切ったメロディは、マロンの指を手で優しく包み込んで「ご苦労様です。こんなに手にインクが付いてまで……」と、濡らしたハンカチで拭った。

 メロディの指が触れたことで、マロンが赤面したのは、言うまでもない。


 それを見ていたマークは、「ちくしょう。やっぱり子供の俺ではどうにもならないのか!」と、好き合っているように見えた二人に、悔しくて歯を噛みしめていた。


 勘違いなのに。




◇◇◇

 今日はマロンが中心となり、授業を進めていく。

 幼い子供には単語を読んであげたり字をなぞらせ、もう少し学習が進んでいる子には、単語の意味を紙の横に書いていって貰う。


 マロンは幼子の手にペンを握らせ、その上から自分の手を重ね、用意していた紙の単語の手本を一緒になぞっていく。


 カラフルなイラストに、子供達は目を瞬かせた。

「絵本みたいに素敵」

「見てるだけでワクワクするね」

「可愛い。小鳥がこっち見てるの?」

「優しい色合いで、見てるだけで楽しくなるよ」


 それを聞いたマロンは、嬉しくて目頭が熱くなった。

 ああ、子供達が望んでいるのは、立派なものじゃなくて、気持ちなんだなって。

 作って良かったなぁ。

 長く来ていたのに、漸く気付けた気がした。




 そして今日の学習が始まる。


「これは何て言うと思う? ヒントはみんなが好きな赤い食べ物だよ」

「赤い食べ物? りんごかな?」

「トマト?」

「いちご?」


 次々に意見が出て、その中から正解も飛び出した。


「そう、いちごだよ。八百屋におつかいへ行く時に、この字が書いてあったらいちごを買うんだよ。

 分かったかい?」


「うん、分かった」

「他の字も教えて!」

「じゃあ、これは? 紫の野菜で煮ても焼いても美味しいものだ」

「紫の野菜は、なすびだね。美味しいもんね」

「ああ、美味しいね。じゃあ、書き順も覚えようね」

「うん。頑張る!」


 まだ文字を習いたての幼子達は、クイズのように楽しく学んでいた。

 単語からスペルを覚えるのは、意外と楽しいかもしれない。



 その隣では少し年齢が上の子達が、単語の意味を書き終えていた。


「ご苦労様でした。すごいですよ、みんな正解でした。

 じゃあ今度は単語の部分を隠して、回答した言葉を単語で書いてみましょう」


「ええ、難しいよ!」

「間違っても良いから、やってみましょう。

 もうみんな単語は読めるのだから、書き方は練習するだけだもの。

 将来、商人や役所の試験を受ける時に、丁寧な字で間違えずに書けたら選ばれる可能性が高くなるわ。

 平民が通える学校も、今建築中だから、今からこんなに頑張っていたら優等生になれるかもね」


 そんな感じでメロディが話せば、子供達は俄然とやる気に満ちていった。


「お姉ちゃん、私頑張ってみるわ。デパートでお洋服を売る店員さんをしてみたいの」

「俺も覚える。役人は死んだ父ちゃんがしてた仕事なんだ。目指してみたい」

「僕も大商人になって、旅をしながら世界をまわりたい」


 そんな前向きな意見が多い中、マークは一人、見るからに沈んでいた。

「どうせ頑張ったって、貴族には勝てないだろ? 俺らが足掻いても無駄なんだよ?」


 いつもは前向きで活気の良いマークだが、先ほどのメロディからマロンの手を握った(と思っている)光景が脳裏に焼き付いて、つい皮肉を発してしまう。


「マーク……。今の時代は実力主義になりつつあるわ。

 貴族と比べれ確かに忖度はあると思うけど、仕事ができない人は居続けられないから、チャンスは多いと思うの。

 文字の読み書きと計算は、社会に出て騙されない為にも必要だし、勉強ができれば有利になるのは確かよ。


 だって私は孤児じゃなかったけれど、伯爵家に引き取られるまでは母子家庭で貧しかったし、お母さんは働きに行って残された私は家事ばかりして、勉強をすることもなかったわ。

 だから字も適当にしか読めなかったから、貴族になってから学校に行ったけれど赤点ばかりだったの。

 恥ずかしかったわ、とっても。


 ここでシスターに会って勉強を教えて貰わなかったら、私は今でもバカで我が儘ばかり言ってたと思うもの」


「伯爵家って家庭教師はいないのかよ?」

「居たけれど私は庶子で、引き取ってくれたお父さんには放って置かれてたし、その上お父さんには借金もあって頼めなかったの。

 その時はまだ、お姉様やお義母様と仲良くなかったし……。

 だからすごく困ったの。

 スペルも殆ど知らないし、計算だって近所で買い物するくらいしかできなかったからね。

 今のみんなより何も分からなくて。

 …………辛かったわ。

 でもシスターにいろいろ教えて貰ってから、勉強が面白くなって成績も上がってね。

 今はみんなの勉強のお手伝いも出来るんだから、私は勉強して良かったと思うわ」



 そう言って微笑むメロディはやっぱり美しくて、ただ恵まれて生きて来ただけじゃないことが、更に彼女を輝かせるのだと誰もが思った。


 秘密にしていた訳ではないけど、身内の恥になるから内緒にしていたメロディ。

 けれどみんなの為ならと、勇気を振り絞ったのだった。


 

 シスターは微笑んで頷き。

 子供達は「お姉ちゃんには、先生がいなくて大変だったのね。シスターに会えて良かったね」と、励ました。


 マロンは黙ったまま、泣きそうな顔をしている。

(俺は……。彼女が頑張って、立派になった姿しか知らない。

 最初の告白の時は顔しか見ていなかったし、二度めに会った時は立派なシスターだったし。


 でも誓うよ。

 これから困難なことが起きれば、絶対彼女の前に立って守ることを。

 何があっても逃げないと約束するから!)



 と、マロンが勝手な誓いを立てている時、マークは自分の発言に後悔していた。

 メロディ達が懸命に行っている取り組みに水を差し、更に勉強の必要性を説明する為に、自らの辛い過去を話させてしまったことに。


(メロディを苦しめたかった訳じゃないんだ。ただの焼きもちだったんだ…………)



「ごめんなさい、メロディ。俺も勉強が大事なことが分かったよ。ごめんね……ごめんなさい、うっ」


 肩を竦めて泣きだしたマークに、メロディは慌てて駆け寄る。

「どうしたの、マーク? 言い方がきつかったかしら?

 ごめんなさいね」


 マークの目元にハンカチを当てるメロディは、ずっとオロオロしている。

 彼女が悪い訳ではないのに、とんだお人好しである。


(こんな人だから、俺は焦がれたんだな。でもやっぱり子供過ぎる俺では、メロディは守れない…………)



 この日、マークの初恋は終わった。

 自ら幕を降ろし、ほろ苦いものになった。



 結局泣きそうだったマロンは、メロディを誘えずに帰宅した。

(だって……今彼女を見たら、今度こそ辛かったねと言って、泣きそうだったから。今日は仕方ないよな)


 言い訳しながら帰ると、両親はがっかりしていた。


「お帰りマロン。今日の夕食は一緒で良いかい?」

「はい。お願いします」


(振られたのかしら?)

(いや、まだ分からんぞ。様子を見よう) 

(そうですね)


 アイコンタクトと、頷きで会話が通じる伯爵夫妻。

 彼らは純粋な恋愛結婚だったから、政略的な縁を息子に繋がなかった。

 できれば好きな人と結婚して欲しいと思い。

 夫人の妹は公爵家に嫁いでおり、歴史のあるこの伯爵家もほどほどに力を持つ立場にあるから、嫁を探せばすぐに見つかったことだろう。




◇◇◇

 そんなある日、ロゼクローズ伯爵家に婚約の釣書が届いた。指定された相手は、教会に勤めるメロディだった。


 普段なら慌てずに対処するマイナリーだが、今回はかなり衝撃を受けた。


 送り主がビランゼル公爵家の当主、ジャンバルデ・ビランゼルからだった為だ。

 彼は確か隣の大国の王家の血を引く、侯爵家の令嬢レアンセルと婚姻を結んでいた筈だ。

 離縁した話も聞いていないし、レアンセルと理不尽に離縁ともなれば、国が揺らぐことにもなりかねない。



 当のジャンバルデも、現王太子ベンガレの一番下の年の離れた弟であり、ベンガレに息子が二人生まれ、臣籍降下していた。

 まごうことなき、王族の血筋である。


「まさか……家の可愛いメロディに、妾になれなんて言わないでしょうね! 殺すわよ!」



 荒ぶるマイナリーは、手紙を続けて読み込んでいく。

 すると、やっぱりとんでもないことが書かれていた。


 綺麗な遠回しな言葉が紡がれていたが、漸くするとこんな感じだった。


「ヤッホー、俺はジャンバルデ。

 この国の公爵だ。

 今の妻は子供が出来ないから、後妻を探してたんだけど、メロディは行き遅れの年だが美しいから貰ってやるぜ。


 まだ婚約者もいないから断るなよ。

 まあ居ても別れさせて、娶るけどな。


 そのうち会いに行くから、待ってろよ。

 じゃあな」


 ってな感じのことを、たぶん文官に丁寧に書かせたかのか、美しい文字で綴られていた。


「あの腐れ◯◯◯! 寝言は寝て言え。

 でも、どうしようかしら?

 まずはお母様に相談ね」


 こうしてマイナリーは、メロディに伝える前に母アメルダに相談した。


「なんですって、あの腐れ◯◯◯野郎! 家の可愛い子に行き遅れ? 貰ってやる? ふざけんのは顔だけにしなさいって話よ。

 ここはもう、マロン様に協力して頂きましょう!」


「それは良いですね。では早速、先触れの手紙を出しますわ」

「ええ、頼んだわ。これから忙しくなるわよ、マイナリー。覚悟は良いかしら?」


「勿論ですわ、お母様! 絶対に腐れ公爵なんかに、メロディは渡しませんことよ」



 巨悪?に対して不敵に笑うアメルダとマイナリーは、いつの間にか部屋の温度を下げていた。

 いつも優しい二人の変貌ぶりに、傍にいた使用人も恐怖に戦く。

 


 そして連絡が取れた日に、アメルダとマイナリーが訪問することになった。

 マロンの両親がいつでもウェルカム状態だったのは、過言でもなかった。




◇◇◇

「ジャンバルデ・ビランゼルが、メロディさんに婚約の打診を?

 それも離婚もしないうちになんて、馬鹿にしてます。

 彼の横暴を断固反対しましょう!」

 

「本当にくだらないわ。頭湧いてるんじゃない?

 仮に結婚相手にマロンが選ばれなくても、あの男だけは駄目よ。最低な強姦魔なんだから!」


「お願いします。助けて下さい、伯爵様、奥様」

「メロディを救って下さい。お願いします」


 義娘、異母妹の為に頭を下げる二人に、マロンの両親は心が暖かくなった。

 社交界では悪い噂も、時々聞こえて来たからだ。


(やはり噂は噂ね。本当に家族仲の良いこと。メロディちゃんは幸せね)

(ああ。大事な者の為であっても、こんなに形振(なりふ)り構わずに動ける家族は少ない。私達もこの縁を大事にしよう)


 アイコンタクトで会話した夫婦は、大きく頷いていた。



 そして…………。

 本人達には事後承諾で、日付も一年前で合意したことになった婚約が成立した。

 特に書類は両家の同意だけなので、なんとでもなるのだった(婚約は届け出が不要な国なのです)。




◇◇◇

「えー! 私って一年前から、マロン様と婚約していたのですか? 知らなかったです」


 うん、そうだよね。

 ごめんね、嘘だから。


 それでも真実は告げられない。

 メロディの性格ならマイナリー達に迷惑をかけないように、ジャンバルデに嫁ぐと言いかねない。いや、きっと言うだろう。


 だからこその嘘だ。


「勝手にごめんね、メロディちゃん。マロン様のお家でも婚約の打診が多くて困っていると、彼のお母様に聞いてね。

 ほら、今はマイナリーが女伯爵だけど、社交的なお付き合いは私の方が多いから、呑んでて意気投合しちゃって。


 メロディちゃんも結婚の予定がないのに、周囲が煩いから、それじゃあお互いの虫除けにって。

 本当にごめんなさいね。

 婚約の解消はいつでもできるから、暫くはこのままでいてね」


 多少呆けているメロディだが、笑顔で「分かりました」と笑顔になった。


「私の為にして下さったことですもの。謝らないで下さい、お義母様。少し驚いただけですから」


「ありがとうね、メロディちゃん。ちなみになんだけど、マロン様もこのことを知らされてなかったの。

 だから婚約中だと知ったら、照れちゃうかもしれないからそのつもりでね。

 私的には、マロン様は良い男だと思うの。

 よっぽど嫌じゃなければ、付き合って見るのも良いかなって、思ってるのよ。ほほほっ」


「まあ、お義母様ったら。でも彼は子供達に優しいし、好かれてますわ。勿論真面目な方ですし」


(おおっ、感触良いわね。これはうまくいくんじゃない? どお、マイナリー?)

(うん。なんか脈アリだわ、お義母様!)


 こちらもアイコンタクトで、会話が成立していた母子。これってテレパシー能力なのかしら?

 なんて、ぼんやり考えるていたアメルダ。


(サンダーとは出来なかったのよね、これ。やっぱり親密度が必須なのかしら? だとしたら悲しいわ)とか思っていたが、その理論だと浮気した情報も駄々漏れになるから、余計に辛くなったはずだよとマイナリーは考えてしまった。


 アメルダは表情豊かで、すぐに顔に出る方だったから、近くにいるマイナリーは考えていることが分かっただけだ。

(この態度でよく商会が潰れないわね。周囲の人は聖人かしら?)


 それは半分正解で、本当の正解は母の執事のお陰だった。アメルダの親が彼女に付けたクラウディは、裏も探れる優秀な人材だった。

 だから危険な人物は彼により捌かれていったのだ。

 時々物理で。かなり物騒である。


 だからこそ、今があると言っても良い。

 アメルダも真面目で機転が利き、社交はバッチリだが、根回しと情報収集能力部分は今後も課題なのだった。

 でもそれは、誰かさんが手を回し過ぎるのも原因だ。


「じゃあ何か。大事なお嬢さんに、騙されろっていうのか? あぁん、ふざけてるのか?」と言いかねない、クラウディの声が聞こえてきそうだ。物騒である。


 クラウディはアメルダにずっと好意を持っているが、彼女の守備範囲からは外れていた。

 彼の外見は美形だが、口調も雰囲気も優しい人たらしだから。

 これは生きる上で身に付けたスキルで、本来は毒舌であるのだが。

 今さら素になれない悲しき男だった。


(良いんだ。お嬢さんの傍にいられれば、このままで)


 ただの恋愛方向チキンであった。




◇◇◇

 マロンの叔母の嫁ぎ先である公爵家にも力を借りる約束を取り付け、マロンの伯爵家とマイナリーのロゼクローズ伯爵家は、メロディの婚約を断る手紙を認めて送り付けた。


「メロディとマロンは、婚約しているので諦めて下さい」との旨を。



 予期していたようにジャンバルデは「そんなの捏造だろう? 国を謀る気か!」と、抗議して来た。


 けれどマロンとメロディが良い感じなのは、多くの人が目撃しているし、孤児も教会関係者もそう証言するだろう。


 今まではマロンがメロディを誘えなくて、ヤキモキしていたと思っていた人達も、婚約者をうまくエスコートできない初な男として見方が変わっただけだった。


 片や遠征や夜勤の多い騎士団、片や人手不足な教会のシスターな為、社交界に出なかったことも、特別問題視されずに済んだ。

 社交はマロンの両親と、マイナリーとアメルダが頑張っていたことも、味方を増やすのに功を奏した。


 加えてマロンの叔母の公爵家と、マイナリーに恋するアルバート・フランレイズ公爵令息とその家族も、この件ではメロディ側に付いたのだった。




◇◇◇

 それでも諦めないしつこい男が、ジャンバルデである。

 国王に遅くにできた彼は、まるで孫のように溺愛された。それは兄の王太子もそうだった。

 王妃だけが甘やかし過ぎだと諌めたが、言うことを聞かないジャンバルデの父と兄。



 だから(ジャンバルデ)は諦めない。

 社交界に出ない彼女(メロディ)を、妻の付き添いで行った教会で偶然見かけて、一目惚れしたことも隠して。

 面倒くさい男ジャンバルデは、一目惚れは弱味だと思い隠していたのだ。


 しかし、結果は惨敗。

 さらに妻のレアンセルとは、離縁どころか別居もしていなかった。

 彼は自分が望めば、周囲が何とかしてくれると思っていたのだ。


 さすがに結婚や離婚は相手がいるので、簡単にはいかないと言うことにすら、思考が回らない。


 ジャンバルデの婚約打診騒動は水面下で行われていたが、水面下のままあっさり終了したのだった。





◇◇◇

 ジャンバルデは騎士団長だった。

 本来は実力でなるはずだが、国王の差配での人事だった。箔を付ける為だけの下らない名誉職。


 実力ならマロンが騎士団長になっていたが、彼も伯爵家を継げば職を辞す可能性があると考え、争うことになるだろう団長職までは望まないでいた。



 けれどそれは、間違いだと気付いた時には遅かった。



 騎士団長は場合により、決闘の許可を与えることができる。騎士団長の責任において。


「副騎士団長マロンよ。お前は虚偽の報告で俺とメロディの縁談をぶち壊した。

 だから潔く俺との決闘に応じて、メロディを渡すのだ! はははっ」



 それをジャンバルデはあろうことか、メロディのいる教会と孤児院のある庭で発動させたのだ。

 自分が決闘に勝って、メロディを娶る為に。


 ちなみに王族以外は重婚はできない。

 それは既に公爵であるジャンバルデは、複数の妻を持てないと言うことだが、きっと深く考えてはいないのだろう。


 もうルール無用の横暴である。

 彼は過去にも王子だった時、王城のメイドに無体を働き、国王の力で揉み消していた。それも何度も。

 揉み消された事実は他言無用とされたが、噂は流れるものである。

 真偽不明の噂は明らかにされなくても、彼の振る舞いで真実だと思わせた。



 今日のジャンバルデは、自分が王子の時のような感覚で舞台に上がったつもりだった。


(王族である自分に、傷は付けられんだろう。

 俺は国王である父にも、王太子である兄にも愛されているのだから。

 なあ、もう諦めて、女を寄越せよ)

 

 まるで山賊の思考である。




 でもそんな思惑に、付き合うマロンではなかった。


「どうしたら良いの? 私は貴方に怪我なんてさせたくないのに」 


 突然の出来事に怯えるメロディに、マロンは跪いて無事を誓う。

「心配しないで下さい、メロディ。一瞬で勝負はつきます。怪我なんてしませんから」

 

 何気にメロディさん呼びから、メロディに変えた事実に気付く者は僅かだった。

(やっと覚悟を決めたようだね、頑張れマロン)

(俺達のメロディを守ってくれよ、マロン!)



 マロンは覚悟を決めていた。

 あの日に、彼女を守ると決めた日から。

 怪我も処分も怖くはなかった。


 ジャンバルデの腰巾着の騎士が、開始の合図を出して試合が始まる。


「死ねー、マロン。お前は邪魔だぁ!」


 そんなジャンバルデの声も虚しいほど、剣を鞘に収めたままのマロンは、(ジャンバルデ)の背後に素早く回り込み、腰を強く打ち込み転倒させる。

 その後に気絶させる目的で、後頚部を手刀で殴打した。


 一方的なマロンの圧勝である。



「ひ、ひぃ。ジャンバルデ様をよくもこんな目に! 

 後で謝っても許されんぞ!」


 捨て台詞を吐いて、ジャンバルデを抱えた騎士達は去って行った。


「何だったんだろう?」と呆気に取られる一同だが、ジャンバルデの抜いた真剣の鋭さに、恐怖を感じた者は多かった。


「マロン様、お怪我はないですか?」

 駆け寄るメロディに微笑むマロンは、息一つ乱れてはいなかった。


「貴女を守る為なら、こんなことくらい平気です。

 …………泣かないで、メロディ」


 この時のマロンがとても大きく、頼もしく見えたメロディは、男性として彼のことを素敵だと思えたのだった。

 今までは友人としか考えていなかったので、かなり意味のある一歩である。




◇◇◇

 その後に王城に走り、国王と王太子に泣きつくジャンバルデ。

 だいの大人がみっともない姿であるが、誰も口を挟むことは許されない。


「あいつ俺を殴ったんだよ。もう死刑にしてくれよ、父上!」

「それは、なあ。ちょっと難しいかな?」


「メロディの前で恥をかかせたんだぞ! 罰してくれよ」

「……お前、決闘したんだよな? さすがに罰せないぞ」

「!? どうしてですか? 王族の俺に怪我を負わせたのに」


「相手は剣も見せてないそうだな。お前はマロンをどうする気だった?」

「まあ少し傷付けて、抵抗したら殺したかな。だって決闘なんですよ。それぐらい普通でしょ?」


「殺されても仕方ないってことか?」

「そうですよ。王族である俺に逆らえば、殺されても仕方ないですよ」


「お前は既に臣下だ。王族ではない!」

「冷たいこと言わないで下さい、父上。どうしてそんな目で見るのですか、兄上」


 この時になり、やっとジャンバルデの愚かさに気付く二人だが既に遅すぎた。


 その不毛な言い合いを止めたのは、王妃である。


「あれだけ私が言ったのに、甘やかすからこうなったのです。

 このまま貴方達(国王と王太子)がジャンバルデを庇うなら、王権は王弟であるハリケーン様に譲渡致します。


 知ってますか貴方(国王)

 私達は既に、公爵家二つと伯爵家二つ、それにその寄子貴族に見切られる寸前ですのよ。この子のせいで。

 彼らの協力なしに、王都の経済は回らぬと言うのに。


 それにジャンバルデの妻は、隣国侯爵家の令嬢レアンセルですよ。こんな醜態が知られれば、報復必須でしょう? 大国を相手にし、この国を滅ぼしたいのですか?」



 忘れてたとばかりに青い顔になり震える二人に、王妃は言った。

「ではその子の処分は私が致します。文句はないですね?」


 実質的に国を仕切っているのは王妃で、国王と王太子は権力を持ったお飾りだった。

 仕事を割り振れば出来るが、王の器ではなかったのだ。


 それを漸く思い出していた。


「え、えぇ。父上、兄上、俺はどうなるの? 

 助けてよ、何で聞いてくれないの!」



 王妃が側近に目配せすると、彼らはジャンバルデの口を布で塞いで担ぎ上げた。

 ドアが開けられ連れていかれるジャンバルデを、国王と王太子は止めることもできずに、ただ見送ることしか出来なかった。


「私が甘やかしたせいでこんなことに……。すまない、ジャンバルデよ。うっ、ぐすっ」


「僕がきちんと諌めていれば……。ごめな、ジャンバルデ。愛していたのに、こんな、あぁ、うっ」



 二人は自分の愚かさで失った息子と弟のことで深く後悔し、その後王妃と善政を築いたと言う。




◇◇◇

 お咎め覚悟だったマロンとその家族だったが、待っていたのは訪問して来た国王夫妻と王太子からの謝罪だった。


 王妃は直立だが、国王と王太子は土下座で謝罪していた。


「迷惑をかけました。ジャンバルデは遠方で労働刑に就かせています。どうかこれで、許して貰えないでしょうか?」


 王妃の声に国王と王太子は、「生きているの? 本当に」と呟いた。てっきり死んでいると思ったこともあり、希望の光が見えたのだ。


 それと同時に自分の過ちを強く認め、土下座のまま「これからは貴族の横暴は許さないことを、私自身含め誓うので許してくれ」と言う国王。

 そして王太子は「もし私で次の王位が不満なら、変えることも辞さない。だから、今後も国を見放さないでくれ」と頭を擦り付けた。



 マロンとその両親は、あり得ない展開に気持ちが追い付かない。けれど気持ちは通じたのだ。


「俺は、いえ私は、メロディが傷付けられないなら、それで良いんです」

「顔を上げて下さい、国王様、王太子様。

 私達だってこの国を守りたい気持ちに、変わりはありませんから」


「そうですね。償いと言うなら、マイナリーさんの領地に平民の学校が出来るんですが、それを国でも立てて下さい。

 私達とマイナリー女伯爵、アルバート公爵令息が協力し、私の妹の嫁いだ先でも援助金を貰いましたが、本当にお金が膨大にかかるのです。


 土地、建物、教材費、講師の給料等々と。


 人は国の宝ですから、慰謝料代わりにと言えば高すぎかもしれませんが、一つでも二つでもお願いします」



 最後にマロンの母が、とてつもない要求をぶっ込んで来た。けれど国王達は、それは素晴らしいなと快諾したのだった。


「国より早く、平民の学校が作られていたんだな。

 そんな先見の明のある君達に、捨てられなくて良かった。

 すぐに何件もは難しいが、調整して建てて行くとしよう」


 そんな感じで、国王達の訪問は幕を降ろした。





◇◇◇

「マロン様、もうすぐ朗読会が始まりますよ。急いで下さい」

「ああ。今出来るよ、メロディ。ここを幕で隠せば、人が見えなくなる」


 今日の学習は、まだ読んでいない本を紙芝居にして、マロンとメロディ、年長の子供達が役に別れて台詞を言うものだった。


 台詞以外の文章は、マロンの母であるメープルが読み進めていく。

 周囲からは既に、メープルはメロディの家族として受け入れられていた。

 マロンとメロディの婚約が、続いているせいだろう。

 

 メロディにはジャンバルデ不在の今、いつでも婚約解消ができると伝えているが、その兆候はない。


 寧ろ公認の仲の良い婚約者である。

 何と言っても、両親も認めているのだから。


 メロディはマロンに、庶子だった過去についての確認をしたが、そんなことどうでも良いと一笑されただけだった。

「寧ろそんなことを言った奴は、絶対に許さないから」と言って、彼女を手を握りしめたのだ。


 彼女への結婚の打診は、たぶんもうすぐのはず。

 だってメロディは、握られた大きな手がとても嬉しいから。


(いつまでも、こんな穏やかな日が続いて欲しいな。

 傍にマロン様がいてくれますように)




◇◇◇

 結局ジャンバルデは、騎士団から(物理的に)居なくなり、マロンがその地位に就いた。

 ジャンバルデの腰巾着は、その後すぐ退団している。


 彼は相応しい者が見つかるか育てば、すぐにそれを譲る予定だ。


 引退後はメロディと結婚して、領地を守るつもりだから。

 幸いにして領地は、王都から近い。

 メロディもさすがにシスターは辞めなければならないが、教会には頻繁に行けるはずだ。


 けれど人格者のマロンは最近風格も加わり、団長として憧れる者も多く、職を辞すのはなかなか認められないだろう。


 あの孤児院での決闘も噂が膨らみ、「一瞬で勝負が決まった。剣も抜かず、手刀で後頚を一発だって。すごい騎士だぜ」と、爆発的に。それもメロディを庇ったことで、姫を守る騎士とも言われている。


 憧れない男子はいないのだ。

 そして女子も、そのシチュエーション(状況)に憧れている。


 

 そんな二人の物語が書かれ、後に孤児院や学校で音読されるのも、もうすぐなのだった。



「マロン様、恥ずかしいです……」

「俺も恥ずかしいけど、祝福されているみたいで嬉しいよ」

 そんなことで赤面する二人に、ほっこりするマイナリーとアメルダだ。


「次のロマンスはマイナリーかしら? うふふっ。

 楽しみねぇ」


「知らないわよ。アルバートのことは、嫌いじゃないけど」



 アメルダは思った。

 あれだけ学校建設でお世話になって、嫌いじゃないけどはないのでは? と。

 でも面白いから見守るのだった。

(20代なんて、まだ子供だもの。30代でも子供は生めるから、ジタバタしても良いのよ。なんてね)


 そんなアメルダは、既に17才でマイナリーを生んでいたが。



 彼女達の物語は続いていく。




◇◇◇

 ジャンバルデが当主だったビランゼル公爵家は、ジャンバルデが病で臥せっていると言うことにし、妻のレアンセルが実質その地位に就いた。


 公爵の妻と言っても、隣国に住む女好きで横暴な男に嫁がされた大国の侯爵令嬢だ。その家庭には複数の問題があった。


 大国に戻りたくない彼女は王妃の命令に従い、彼の庶子を引き取り、後を継がせることになった。


 その庶子は、孤児のマークだった。

 王宮でメイドをしていた男爵令嬢は、ジャンバルデに無理矢理孕まされ、出産で儚くなった。

 生家でも持て余された子供は、孤児院に入れられたのだ。


 マークはそれを聞いて、ジャンバルデを憎悪した。

 けれどレアンセルは、血は関係ない。

 問題は生き方だと言う。


「私も父侯爵の庶子なの。こちらには、実子となっているけれどね。

 奥様にもその子供達にも虐められたわ。

 時には死にかけもした。

 けれどこの国に来て、孤児院でボランティアをして祈りを捧げることもできて、今は幸せなの。


 メロディさんだって頑張って幸せを掴んだでしょ?

 私は家族が嫌いだったけど、貴方が息子になってくれるなら、きっと楽しくなると思うの。

 これからよろしくね、マーク」


 その話を聞き、マークも自分に問うのだ。

(何もできないと嘆く暇はないな。欲していた権力が手に入ったのだから、頑張ってみよう)


「こちらこそ、よろしくお願いします。母上」


 新しい母子は握手し、家族となった。


 数日後。

 マークはレアンセルと共に、実母の墓を訪れ祈った。


(生んでくれて、ありがとうございます母上。貰った命を大切に使います)

(貴女の息子様をお預かりします。きっと立派に育てますから)


 男爵令嬢ミラは妊娠が分かった時戸惑ったが、胎動するマークがどんどん愛おしくなり、母子だけで生きていくつもりだった。どんなに大変と予想できても、働いて生きていくつもりだった。


 それなのに子供を残して逝く無念。

 自分の考えた名前だけは、受け取って貰えた。

 最初で最後の贈り物だ。



 そしてレアンセルは実子から殴られ、蹴られて、卵巣や脾臓が破裂していた。一時は危篤だったが、回復して喜ぶ者も、後悔する者もいなかった。

 父侯爵は「子が生めんのなら、国内の政略には絡めん」と言って、隣国に子供が生めないことを隠して、彼女を嫁に出した。


 ジャンバルデにも使用人達にも、子が出来ずに白い目で見られていた。でも自分で真実を告げることもできず、苦しかった。

 王妃の温情でこの国に残れて、息子を授けられて、どんなにか幸せだったことか。


(ありがとうございます、ミラ様。どうか安らかにお眠り下さい)


 自分の実母の墓に丁寧に頭を下げるレアンセルに、マークが暖かな思いを抱いたことを、彼女は気付いていなかった。



 ジャンバルデの味方だった意地悪な使用人は、入れ替えとなり、レアンセルとマークが悪意に晒されることはなかったそうだ。




◇◇◇

 王妃から罰として労役を命じられたジャンバルデは今、アメルダの商会経由で漁船に乗っていた。


 今もサンダーがいる例の漁船である。

 その働きで得たお金は、今後の学校の運営資金となる予定だ。



 暴れるのを防ぐ為、薬で眠らされた彼が目覚めたのは海の上だった。豪華客船以外乗ったこと皆無のジャンバルデは、大きく揺れる船舶で僅かに体を揺らした。


「なんだここは? お前ら何者だ?」


 威勢良く叫ぶ彼の勢いは、公爵であった時と同じだった(今は権利を剥奪されている)。



 周囲を見渡せば、全員マッチョの筋肉男ばかり。


 現代とは違い安全装置なんてないし、落ちれば海の藻屑と化す。



 そこを教育する為に、海の穏やかな日に網の引きをやらせるが、ジャンバルデは言うことを聞かないのだ。


 本当なら落ちるの覚悟でやらせるのだが、王妃の頼みとあってはあまり手荒に動けない。


 権力には弱い親方だからだ。

 ただしジャンバルデのことは、公爵と思わず、罪人として扱って良いと指示を受けていた。


「ほら、労役なんだろ。腰入れろ、落ちるぞ!」

「煩いぞ。中腰は疲れるんだよ」


「立ったままだと、揺れるとふらつきもでかくなる。    

  凍った甲板は滑って危ねえぞ」


「そうなのか? じゃあ仕方ねえな」

「先輩の動きには理由がある。逆らう前に理由を聞いてみろ。良いな?」

「…………分かった。感謝する」

「良いってこった」


  

 生意気な彼の教育係は、なんとサンダーだった。

 彼もこの4年で、すっかりベテランの漁師になっていた。


 大きな網で魚を掬い、氷結の魔道具コンテナに入れる作業だ。


 荒海の波は時に船舶よりも高く上がり、入ってきた海水をバケツで必死に掻いて捨てるを繰り返す。


 風も水も全ての生き物を冷たく鋭く刺す極寒の海は、体を芯まで冷やす。




 凍えるような雨を浴びながら、揺れる甲板の上を転がりながらも必死に作業を続けるジャンバルデ。

 さすがの彼も海の上は素人なのだ。



「こんなの普通に落ちるぞ。冗談だろ!!!」

「落ちないから、踏ん張れ」


「絶対嘘だろ。殺すぞ、貴様!!!」

「はいはい。まだまだ元気だな。ほら、もう少し前に行く!」


 トンと腰を押すサンダーに、ジャンバルデが怒鳴り続ける。

「ふざけるな! 転んだらどうするつもりだ!」

「死んだら、魚の餌だ。アーメン」



「うわっ、波がかかった。さ、寒い、死ぬ!!!」

「大丈夫だって。今日は暖かい方だから」

「マジか! って、押すなよこの野郎!」

「元気あるじゃん。さすがの若さだな、はははっ」



 その後もジャンバルデは死なずに、生き延びている。

 腐っても元騎士団長だから、鍛えられていたのだ。



 

「今後の船を任せるのは、こう言う意地のある奴が良いですよね。船長」

「ああ、そうだな。俺ももう良い年になったし、貯金も出来たからな。

 サンダーは後いくらの借金だ?

 結構稼いだだろ?」


「はい、稼ぎましたね。もう借金はなくなって、貯金してます。……でも陸に上がるとダメになりそうで。

 俺は1年に数日上がるくらいで、丁度良いみたいです。

 もし呼んで貰えれば、娘の結婚式には出たいですね。

 ご祝儀たくさん渡して、謝りたいです」


「そうか。そうなれば良いな」

「はい。それまでまた頑張ります」


「おう、頑張れよ」




 この話も何れアメルダに伝わるはずだ。

 いつまでアメルダが黙っていられるか、それは分からない。


 時々陸に上がる時に行く酒場で、サンダーはモテモテだが、今は誰にも靡いていない。


 その話を聞いて、その女達に殺意を覚えるアメルダは、普段はとても良い人なのに。


 嫉妬に滲む顔も良いと執事クラウディは、アメルダに相手にされないのに、離れられなかった。


「手に入らないものは、心が踊るから良いんだよ」


 相変わらず、ダメ男ばかりが寄ってくるアメルダだった。





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