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閑話一

孤児院の怪異とミカヤの消滅を見届け、ぐったりしながらカンパニーに戻ったマリとシキを出迎えたのは、同じく対策課の同僚である小柄な死神だった。


「おお、おかえりぃ」


屈託のない笑みを浮かべた彼の名はレビ。

彼はシキと同時期に対策課に配属され、今となってはお互い腐れ縁のような関係にある。比較的最近対策課に来たマリにとっては、シキと同じく大先輩にあたる存在だった。


「ただいま戻りました、レビさん」

「ただいまァ……」


……のだが、何故かマリはシキのことを「先輩」、レビのことを「レビさん」と呼ぶ。何をどうして分けているのかは知らないが、呼ばれる側が分かるならいいか、とシキはいつしか気にしなくなっていた。


狭い対策課室の中には色とりどりのファイルの詰まった戸棚とロッカー、それに計七つのデスクが所狭しと並んでいる。壁際の扉を一枚隔てた先には、仮眠室という名のベッドとソファがいくつかとテーブル、簡易キッチンとシャワー等が備え付けられた少し広めの部屋も存在する。

死神に自宅というものはない。

強いて言うならカンパニーが家、とでも言うのだろうか。

人間のように睡眠を摂る必要がない死神は、生まれた時から消滅するまでカンパニーで働いている。疲労が溜まった時や怪我をした際には流石に休息をとるが、それもカンパニー内の設備で事足りていた。

そして、対策課のメンバーたちは皆この仮眠室で寝泊まりしているのである。シキとマリも例に漏れずそうだった。どうにもならない事態になればカンパニーの休養室に行くが、それ以外はここで休み、報告書を書き、調査書を受け取り、また次の仕事へ向かう。対策課に配属された死神にとって、対策課がほぼ唯一の居場所だった。


レビは死神用のエナジードリンク、通称デスエナ──ただしがっつりプルタブは開いてストローが差してある──を差し出しながら歩み寄ってきて、二人を労う素振りを見せる。


「二人とも疲れてんな。デスエナ飲む?飲みさしだけど」

「疲れてる奴にエナジードリンク差し出すのは鬼畜の所業じゃろ」

「ボクの飲みさしってとこでプラマイゼロかなって」

「勝手に無を足し引きするんじゃない。疲れとんじゃけ絡むな」


心底うんざりしたように、シキが自分の肩の高さくらいにあるレビの頭を容赦なく掴んで押しのけた。それすら面白がるようにレビはキシシと笑い、そのままマリに話しかけはじめる。


「クソ雑魚モヤシのシキはともかく、マリまでそんな疲れてるなんて珍しいな〜と思って。そんな厄介案件だったんだ」


彼は致命的な口の悪さを遺憾無く発揮しつつ、今度は労うのではなく探るように訊ねてきた。どことなく目が輝いているように見える。

対策課という特殊な部署においては、担当した怪異事件がどのようなものであったかというのは格好の話のネタであり、お互いに聞いたり語ったりするのが唯一のメンバー共通の楽しみと言える。

そんな対策課メンバーの中でも、レビと彼のパートナーである死神は、怪異に対して殊更強い興味を抱いていた。あらゆる怪異事件の話を詳細に聞いては独自に覚え書きをし、それらを丁寧にまとめてファイリングしているほどだ。平たく言えば「怪異マニア」といったところで、実際シキは彼らをそう呼ぶこともあった。主に蔑称としてだが。


「……ええ、……まあ、……何と言うか、はい」


問われたマリはというと、なんとか言葉を選ぼうとしてはいるものの疲労で頭が回っていない様子で、首肯したっきり言葉が続かなくなってしまった。見かねたシキがマリの首根っこを掴んで引き寄せる。


「ぐえっ」

「調査課の怠慢による事故じゃあんなん。マリもそんな奴に付き合うとらんでとりあえず休むで」

「先輩、首はやめてください、先輩……ちょっと、おい」


途端に上がる元気な非難の声は無視し、シキは仮眠室の扉を開けてそこにマリを放り込んだ。そのまま自分も入ろうとするとすかさずレビに肩を掴まれる。


「なんだよ、気になる言い方するなよ。本格的に問い詰めるぞ」


こうなったレビはかなりしつこい。自分の知的好奇心を満たすまで離してくれないこともざらにあった。そんなレビの扱いに慣れているシキは早々に逃げ切りを選択する。


「後でな。どうせ報告書も書かにゃならんのんじゃけそれまで待っとけ」

「え〜シキのケチ。猫背。ボケ老人」

「はいはい」


その手を払い除け、悪口をさらりと流し。シキはばたん!と仮眠室の扉を閉めた。

仮眠室に入った者のことは余程の事態が起こらない限りつつかない、が対策課の暗黙の了解である。あれだけ興味を示していたレビも今は諦めたようで静かになった。プライバシー概念のない死神社会における唯一のプライベート空間──は言い過ぎだが、とりあえず逃げ込んでしまえば少しは休める場所。この十二畳程度の一室が、シキにとってのオアシスだった。


「あー……疲れたァ……」


一直線にベッドに向かってうつ伏せに身を沈めたシキがあーだのうーだのと呻きながらゴロゴロしていると、マリがやれやれというように声を掛ける。


「先輩、シャワー」


端的に行動を指示する言葉に、しかしシキは指先ひとつも動かすことなく返事をした。


「あとでええ」

「ベッドが汚れるでしょうが」

「あとで……」


それ以上言葉を続けるのも面倒で、シキはまるで聞き分けのない子どものような駄々をこねる。一度気を抜いてしまうともうしばらく動く気力が起きない。今は何を差し置いてでもこうしていたい。そんな思いを知ってか知らずか、マリが容赦なくシキの横たわるベッドに乗ってくる。マットレスの奥の方からギチリとスプリングの軋む嫌な音がした。


「疲れたのはわかりますが」


彼はそのまま横に陣取り、シキの身体を起こそうとする。そこでシキはにい、と悪戯っぽく笑って、逆にマリの腕を思い切り引いた。


「お前も疲れとるじゃろ〜」

「そりゃそうですが、……わぶっ」


そうして顔からシーツに落ちたマリの上に覆い被さるようにして身体を抑え込む。今はシャワーも報告書も忘れて休みたいというのは恐らくマリも同じだろう、これで彼の身体も一気に疲労を自覚して動けなくなるはずだ。シキは満足気に笑った。


「んふふ」

「……あの。先輩?」

「文句は聞かんぞ」

「いえ、聞いてもらいます。オレがカンパニーに帰ってくる前に言ったこともしたことも覚えてますよね」


ぴしゃりとした切り返しに、思わずシキが言葉に詰まる。

いくらシキの物覚えが悪いとは言え、あんなメガトン級インパクトのある出来事を忘れられるはずはなかった。あまりの驚きに今の今まで実感は置き去りにされていたが、やはりあれは幻覚幻聴などではなく現実にあったことだったらしい。


「……そりゃあまァ。納得はいっとらんが」

「納得も何も……覚えててこの距離感はちょっと、いえ、嬉しいのは嬉しいんですが」


シキの下敷きになったマリが大仰な溜め息を吐いた。

そうしてシーツに顔を押し付けたまま、くぐもった声でぼそりと言う。


「先輩が好きなんですよ、オレ。何かされるとは思わないんですか」

「なんじゃそりゃあ。別に、……はい?」


今更お前に害されるなんぞ思っちゃおらん、と言いかけたところで思考と舌が止まった。

待て。マリは今何と言った?

シキのことが、


「好きィ!?」

「えっ!?そこですか!?今!?」


疲労も忘れ、思わず勢いよく飛び起きてしまった。

目の前でマリも上体を起こして驚いた顔をしている。いや絶対にシキの方が驚いているのだが、そんなことを言っている場合ではない。

──確かに好き、と言ったのだ、彼は。

誰を?シキを?何のために?

そもそも好きとはなんだ?どういう意味だ?

暫くお互いを見つめ合ったまま硬直していたが、黙って混乱していても埒が明かない。シキは振り絞るようにして「んー……」と切り出した。


「す、好きって……あの、人間がよく言うあれか?恋愛感情、とかそういう……?」

「厳密に人間のそれと同じかは人間になったことがないのでわかりませんが、少なくとも抱き締めたい、口付けたいと思う気持ちはかなりありますね。勿論先輩に対してだけですが」


顔色も変えず、いっそ威風堂々とも言えるような態度でマリがとんでもないことを告げる。シキはといえば、なんとか考えて絞り出した問いかけが思わぬ方向の返答を生み、二の句が継げなくなっていた。

駄目だ。ここでマリに押し負けてはいけない。

意味もわけもなくシキはそう感じる。


「…………えー、と。あー……、……なんで?」


だというのに、またしても喉をついて出てきたのは馬鹿みたいな疑問だった。完全に混乱している。そんなことを訊いてはたして何になるというのか、その愚かさにシキが気付いたのは口に出してしまった後だった。


「それは……難しい質問ですね」


マリがはにかむように笑う。白磁の頬が少しだけ赤らんでいた。


「先輩が先輩だから、じゃ駄目ですか」

「すまん。俺の質問が悪かった。何も言うな」

「そうですか?気まずそうな先輩も好きですよ」

「俺は、」


シキは慌てて彼の言葉を遮る。

こくり、と唾液を飲み込む音がやけに大きく聞こえた。それがどちらのものだったのか、シキにはわからない。


「それを聞いて、俺はどうしたらええんじゃ」


自分で思うよりも途方に暮れたような声が出て、シキはまたも驚いてしまった。

しかし本当に、どうしたらいいかわからないのだ。

きっとシキはマリに同じような気持ちを返すことはできないし、かと言って自分を慕っているらしいマリを嫌うべくもなかった。そもそもシキだってマリのことは信頼している。仕事もできて良い後輩だとも思っているし、好き嫌いで言えば間違いなく好ましい方だろう。

けれど、シキのこれは恐らく違うのだ。

そうでなければ、こんな焦燥を感じるはずがない。


「先輩」

「そんなん言われたんも初めてで何もわからん。そもそも俺もお前も死神じゃし」

「はい。先輩、抱き締めてもいいですか?」


シキが正直な気持ちを吐露していると、話を聞いているのかいないのか──流石に聞いていてほしいが、マリが脈絡なく問いかけてくる。シキとて恐らく自分が馬鹿なことを言っているのだろうとは自覚しているため、若干の罪悪感めいたものを抱きながら「どーぞ……」と頷いた。

マリの腕が迷いなくシキの背に回り、二人の身体の隙間が埋まる。近付くとそこはかとなく煤けたような匂いがした。マリは死神にしては体温が高いんだな、などとどうでもいいことに気付き、終いには何故仕事終わりでマリとこんなことになっているのだろう、なんて思ってしまっていた。

なんというか、いたたまれない。

いっそ嫌だと感じられたら迷うことなどないのだが、残念なことに先程も今も、不快と感じるようなことはなかった。シキはそういった感覚すら鈍いのかもしれない。


「あの、マリさん……?」

「……。許されるなら」


シキが恐る恐るマリを呼んで肩を叩くと、彼は細いながらも明瞭とした声で言う。


「オレが先輩を好きでいることを、その身をすべてから守ることを許してほしい。……それだけなんです」


抱きしめる力の強さとは裏腹に、語尾が少し震えていた。

ああ、そうか、と。

そこでシキは納得する。

あの孤児院が人間に対して抱いていたような──と言うと違うと怒られるかもしれないが、彼はそれに近しいものをシキに感じているのではないか。少なくともシキはそう理解した。

愛おしいものを自分の手の届くところに置いて守り続ける。それこそ人間の言う「家族」のように。

それは、なんて──死神らしくない感情なのだ。


「ちょっと前から思っとったが……マリ、お前死神のくせに随分と人間臭いこと言うんじゃなァ……」


マリもシキも同じ死神であるはずなのに、この差は何なのだろう。今まで他の死神にあまり興味を持ってこなかったことが完全に災いしていた。

もしかしたらシキが極端に薄情なだけで、マリのような個体が一般的なのだろうか。しかしマリ以外の対策課のメンバーのことを考えると、やはり死神として異端なのはマリなのではないか?と思わなくもない。

思わずしみじみと呟いたシキの言葉とは正反対に、マリは如何にも愛おしいと言わんばかりの声色で笑った。


「はは、確かにそうかも。先輩は『同調』なんて力持ってるのに人間っぽくならないんですね」


若干痛いところを突かれたような気になって、シキはつい押し黙ってしまう。一拍おいて「やかましい」と言い返したが、あからさまに後手だった。

さり、と。

明らかな意図を持って、マリがシキの頬に触れる。

ふたつの吐息が混ざってしまいそうなほど近くに、彼の造作の良い顔があった。


「……キス、したい。シキ」


マリの手のひらと声がひどく熱い。

触れられた自分の肌も、同じくらい。

どこか切羽詰まったような顔をしている彼を安心させるかのように、シキは軽く口端を上げた──成功したのかはよくわからなかったが。


「もう勝手にしたじゃろうが」

「ぐ……あ、あれは勢いというか、……いえ、すみませんでした……」

「違う違う、そうじゃのうて」


頬を包むマリの手に、シキが自分の手を添える。

それが何もわからないなりに導き出したシキの答えだった。

シキにはまだマリの気持ちは理解できない。けれど、理解できないからという理由で彼の心まで否定するべきではない。

いつかは自分もマリと同じ感情を抱けるようになるかもしれない。そうなった時は、こんな人間のような行為にも意味が生まれるのだろうか。

それはそれで良いんじゃないか、なんて。あらゆる不都合や現実から目を逸らした先で、マリと視線がかち合う。

今まで見たこともない、欲の浮かんだ顔をしていた。


「……一回も二回も変わらん。訊かんでええけ──」


そうしてシキが必死に紡ぎ出した言葉は最後まで言い切られることはなく、甘く重たい口付けの中にどろりと溶けていった。



それから暫くして。

すっかり気怠さも吹き飛んでしまったシキが逃げるようにシャワーを浴びに行き、何だかご機嫌麗しげなマリが後に続いた。二人ともさっぱりして仮眠室を後にし(シキは最早休むどころの気分ではなくなっていた)、報告書の作成に取り掛かろうとした──ところで、当たり前のようにレビに確保される。


「遅〜い!こっちは二人が休んでる間に事前調査書読んで時間潰してたんだぞ」


どうやら仮眠室の中でシキが上げた素っ頓狂な声をはじめとするあれやこれは耳に入らなかったようで、シキは今だけレビのマニアっぷりに内心感謝した。特別仮眠室の壁が薄いというわけではないのだが、大声を上げれば普通に聞こえる程度の設備である。もしも聞こえていたらなんて、プライバシーもへったくれもない死神社会では考える意味を持たないのだ。

何事もなかった体を繕おうとしていたシキはレビの一言で一気に脱力し、思ってもないことをぞんざいに口にした。


「あぁはいはい、お陰でよう休めたわ」

「お待たせしてすみません、レビさん」


一方マリはいつもとまったく変わりなく、努めてそうしているようにも見えない。シキだけがあれこれと気を揉んでいるようで馬鹿らしくなったというのもあった。


「話してくれるなら文句はないよ。それにしても人間を飼い殺す孤児院だなんてキュート極まりないじゃん。読む分には特に問題なさそうだったけど何が厄介だったんだ?」

「それがなァ」


好奇心を爆発させてあれやこれやと訊いてくるレビに、二人はまだ鮮明な記憶を語って聞かせながら報告書を埋めていく。

孤児院の怪異のこと。

怪異に囲われていた人間たちのこと。

ミカヤという怪異のこと。

最後にそこにいた人間の魂は解放されたはずなので回収課に通してほしい、という文言を置いてシキはペンを置く。レビはというと、それはもう興味深そうに熱心に話を聞いては質問を繰り返していたが、顛末まで聞き届けてひとまずは満足したようだった。

それでも語り手であるマリとシキにも解らない点が多く、二人と一緒にレビも首を傾げている。


「人間どころかすべてを食らう怪異か……。いつ頃どこで発生してたんだろうな。孤児院の怪異なんかよりよっぽどヤバい存在じゃんか」


マリもシキも、それにはまったくの同感だった。

人間の魂の循環を滞らせていたという点でも、世界の管理者たる死神たちの存在を脅かしかねないという点でも、ミカヤはもっと早くに調査・解消されるべき怪異だったはずだ。カンパニーの調査システムについて詳しくは知らないが、さすがに杜撰すぎるのではないかと思ってしまう。こんなだから対策課の人員は一向に増えないのだ。


「それが、オレたちにもさっぱりで」

「行き当たりばったりでどうにかなったけぇ良かったものの、最悪二人ともやられとった。これから総務課に報告書出して、ついでに調査課に文句でも言いに行っちゃろうかと」

「おお、いいね。どこの部署も対策課だから何しても少々大丈夫〜ってうちのブラックさに胡座かいてるから」


レビもやはりシキと同じ意見らしく、キシシと笑ってみせる。

変なところで意気投合した同僚二人を尻目に、マリは呆れたように苦笑して立ち上がった。


「調査課の方は先輩に頼みましたよ。オレは報告書出してくるんで」

「おい聞いたかレビ!できた後輩じゃろ……痛ッ」


シキがぱしん!とレビの肩をはたくと、舌打ちとともに倍になって返ってくる。彼は可愛らしい見た目とは裏腹に性格も力も容赦がないのだ。


「むしろできすぎててシキなんかと組まされてんのが可哀想。ね〜マリ」

「ぶっ飛ばされたいんかチビ」

「人の名前も覚えらんねーのかよボケ」

「レビを呼び間違えたわけないじゃろどう考えても!」


とても数百年を生きているとは思えない死神二人がギャーギャーと言い合う傍らで、マリは二人に聞こえるように声を少し張り上げた。


「オレは先輩と一緒に働くの、嫌いじゃないんで」


報告書出してきます、と彼は足取りも軽やかに対策課室を後にする。途端にしんと降りた沈黙の帳を、レビの呆れ返ったような溜め息が打ち破った。


「マリって本当シキのこと好きだよなぁ」


その言葉に穿った意図がないことはわかっていても、あまりにもタイムリーな爆弾投下であり、シキはこの上なく動揺した。


「……そう見える?」

「見えるも何も。あんなあからさまじゃ気付かないわけないだろ」


思わず訝しみの視線をレビに向けてしまう。彼は絶対にシキ側の死神だと思っていたのに、なんだか裏切られた気分だった。


「そもそもアイツ、対策課に来た時にも言ってたろ。えーと」


何かを思い出すように唸っていたレビが、数秒おいて「あぁそうだ」と手を打った。


「対策課に来る前にお前に助けてもらったって。確か怪異事件絡みとも言ってたから、過去のファイル探せばどっかにあるはずだけど」

「え」

「おいおい、本人が覚えてないのかよ。シキって本当に記憶力ないよな、そういうとこだけ人間みたいだ」


今日に限って的確にシキの弱いところを突いてくる腐れ縁の死神に、しかしそれどころではないシキは弱々しい文句を返すことしかできなかった。


「……余計な世話、じゃ」

「変に凹むなって。じゃあな、ボクも今日は仕事なんだ。帰ったら労ってくれよ」


言うだけ言って、レビも対策課室を出ていく。

後にはシキだけがぽつんと取り残された。

──お前に助けてもらったって。

──対策課に来る前に。

──ずっとずっと追いかけてるのに、先輩が気付いてくれないから。

その事実の有無よりも、「マリがそう言っていた」記憶すらないことが、どうしようもなくシキを困惑させた。


「マリ、お前は──いや」


もしかすると、すべてはシキの問題なのだろうか。

マリとの関係が目まぐるしく変わりはじめている。そう感じても、何も思い出せないシキはただ、その場で立ち竦むしかなかった。

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