表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ただ君のために  作者: 麩天 央
第一章
8/8


後に残されたのは俺と透矢だけ。俺たち二人に会話は無いし、透矢の手はまだなお離れない。


「…透矢。」


俺が声を掛けると、びくりと透矢の体が震えた。そっと目を覆う手に触れ、「どけてくれないか?」と伝えたが、「いやだ」とだけ返される。

なぜと質問すれば、「…離したら、ヒナが居なくなるから。」と消え入りそうなくらい小さな声が聞こえた。

俺にまた拒否される、と思っているらしい。

あの日、俺はどれだけ透矢が縋ってきても全てを突っぱねた。自分が思っている以上に、俺は透矢を傷つけてしまったのかもしれない。


『本当に勘違いだったのか、しっかり聞いておいで。』


俺の脳内で、何度も青慈さんの言葉が繰り返される。

透矢の気持ちは、森田君との失恋からくる喪失感やそれを埋める為の依存だと思っていた。

けど、もしかしたら本当に違っていた?


青慈さんの言うように、ちゃんと確認しなきゃダメなんだろうな。

俺は覚悟を決めた。

一度深呼吸してから、できるだけ穏やかな声を意識して、再度「透矢」と名前を呼んだ。それから目元を覆う手にそっと触れ、優しく掴む。


「大丈夫、俺は逃げないよ。お前の顔を見て話しがしたい。だから、離してくれないか?」


もう一度名前を呼べば、透矢も納得できたのかそっと顔を覆っていた手が離れた。視界に光が差し込み、何度か瞬きを繰り返す。

漸く光に慣れた所で、手に持ち続けていた眼鏡を掛け直した。

俺の視界が再びくっきりと映し出される。

だけど、透矢と向き合う事は叶わず、肩を抱き込んでいた腕はそのまま、離れた手も一緒に俺の肩へ回され、後ろから更に強く抱きしめられた。

後頭部に透矢の額がコツンと当たり、ぐりぐりと何度も押される。

その動作が愛しくて、俺はつい笑みが零れた。

透矢はまだ顔を見せる勇気は持てないようで、しばらく待っても腕が離れることは無い。なら俺から話そう、と決心する。


「透矢、少し俺の話を聞いてくれないか?」


ぎゅっと腕の力が強まる。けど否定の様子は無い。

それに安堵し、俺はゆっくりと話し出した。


「この前は、透矢の気持ちを否定するような事を言ってごめん。透矢を傷付けた。」


後ろで息をぐっと飲む気配がした。あの時を思い出させて、苦しめているのかもしれない。

俺はそっと腕に触れ、ゆるゆると撫でる。


「俺、透矢が好きだよ。きっと透矢が森田君を好きな時から、ずっと。」


透矢の肩が震えるのを感じたが、そのまま俺は話し続ける。


「透矢の森田君を一途に大好きな姿が好き。好きな人のために、自分を変えようと努力する姿も好き。不機嫌そうな顔も、ふとした瞬間に見せる優しさも、全部が好きだよ。」


覚悟を決めたからか、もしくは顔を見ていないからか、俺の口からはどんどん透矢への思いが溢れていく。


「だから、お前が俺の事を好きって言ってくれたのは凄く嬉しかった。でも、それが本当に俺への愛情なのか、俺は信じきれなかったんだ。」


透矢に対して好きと自覚したのは、透矢が失恋してからだった。だから、俺は無意識下で俺へ依存するように打算が働いていたのでは、という考えが拭いきれなかった。だから、お前の気持ちを信じきれなかったんだ。ごめんな。

と続ければ、「それは違う」と透矢の声が響く。


「俺はずっとヒナが好きだ。この気持ちは依存じゃない。優一郎への気持ちに区切りをつけても、俺の気持ちは変わらない。ずっと俺はヒナが好き。他の奴がヒナに近づいたら凄く嫌な気分になる。」


だからアイツは嫌いだ、と青慈さんを名指しで非難する。

「ねえ」と透矢は腕に力を込め、俺の後頭部から額を離し、耳元へと顔を近づけてくる。


「ヒナが俺のことを好きって、本当?」


耳元で囁く透矢の声音に、若干の熱が含まれ始めた。透矢の鼻が俺の髪をかき分け、耳元へ唇を寄せ、再度「ヒナ」と甘く名前を呼ぶ。

瞬間、背筋へぞくりと痺れが走り、肩が震えた。ちょっと、いや、かなり透矢の様子が変わってきた。

でも、その変化に俺は満更でもない気がした。寧ろ嬉しい。

言葉と態度が、ちゃんと俺を見ている。


「あぁ、好きだよ透矢。」


俺からも透矢へ頭をすり寄せれば、透矢の腕にぐっと力が入った。

「本当に本当?」とまた聞いてくる透矢へ、俺は手を伸ばし頬を撫でる。顔を必死に透矢へ向け、にっこり微笑んで頷く。

その瞬間、俺の口めがけてがぶりと透矢に嚙みつかれた。

そのまま暫く堪能され、漸く離れた頃にやっと透矢と目があった。その表情はサッパリとしていて、眉はへにょんと下げられ、口元は緩み「両思いだね。」とへらりと笑っていた。

それがもう可愛いくて、俺も「そうだな」と笑って見せた。



空からは今季初の雪がちらつき始め、周囲の人たちは皆空を見上げ歓声を上げる。

その中で、俺たちだけは互いを見つめ、もう一度ゆっくりと唇を重ねた。




おわり。



これにて終了です。ここまでお付き合い下さりありがとうございました。

短編を書きたくて始めたのに、思ったより長くなり…短く話を纏める難しさを思い知らされました。

まだ書きたかった事がいくつかあるので、いつか単発番外を書けたら良いなと思っています。

最後まで読んで下さり本当にありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ